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〇月×日、今日は快晴  作者: 小声奏


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69.人の噂も75日

 がつん、と後頭部に鈍い痛みが走る。

 その場にうずくまり、頭を押さえた私は、痛みの原因を作った男を見上げて睨んだ。


「何すんのよ」

「何すんのよじゃねえよ、ドアホ。PKなんて簡単に言うな。痛みも人格もある相手に刃を向けんだぞ。殺る方の身にもなってみろよ。俺は絶対やだぞ。お前をぶった切んのは」


 …………正論だ。


「ごめん。何も考えてなかった」


 だろうな――――伊達は蹲ったまましょげる私に手を伸ばす。掌を重ねると強く握り込まれ、引き起こされた。


「でもねえ、伊達の言い分も分かるんだけど、それが一番手っ取り早いわよねえ。ねえ魔道士の魔法であるでしょお、私達を一撃で殺れそうなの。皆まとめて一緒になら、苦しむ姿も死体も見ることもないだろうし、罪悪感もマシってもんじゃないのかしら。―――――ただねえ、出来るのかしら? PK」

「出来ない。PKは無理だよ」


 佐藤さんがリカさんの問いに即答する。


「あっ、そうか……そうだよなあ」


 伊達は声を上げ、腰に手を当てて空を仰いだ。

 はい? 何がそうなのか分からない。

 私は答えを求めて皆の顔を見た。

 「やっぱりねえ」と呟きながら色っぽい顔で思案するリカ姉さん。口をへの字に曲げた伊達、噴水を見詰めているカイ、こきこきと肩を鳴らしているロク。漸く耳をへちょんと伏せている佐藤さんと目が合うと、彼はきょとんとした顔で私を見、それから「ああ」と声を出した。


「そうか、オクト君は説明書も読んでいなかったんだよね。PKはね―――――出来ないんだよ。システム的にね。プレイヤーはプレイヤーを攻撃できない」


 すみません、初心者で。説明書も読んでなくて、と小さくなっていると、リカさんが「でもねえ」と口を挟んだ。


「それはゲームの場合でしょお? 今の状態なら可能なんじゃないのかしらあ?」


 佐藤さんが口を開く前にカイが首を振る。


「千古平原で別れて、この体がROの法則に従っていると気付いた時、どこまでそれが適応されるのか佐藤さんと色々と試した。武器でも魔法でもプレイヤー同士で相手を傷つける事は出来なかった。やるなら自裁だが………」


 ちらりと視線を投げられて、思わず私は叫んでいた。


「絶対無理!」


 一撃必殺で、痛みを感じる間もなく、即死希望だ。希望だけど、私は一撃必殺技どころかイナバ相手でさえ十数分にわたって拳をふるわねばならなかったのだ。腰に下げたショートソードで何回腹を切れば死ねるのだろう。伊達に鍛えてもらって強くなったはずのショートソードが急に鈍らに思えてきた。


「私も嫌よお」

「俺も、自刃すんなら、まだ敵にたこ殴りにされた方がまし……かも?」


 それは本当にましなのか。


「………それも嫌ねえ」


 ですよねえ。頬を押さえてため息を吐くリカ姉さんに必死に同意する。


「なんやあんたら、あれも嫌これも嫌て。まあ、皆仲良くおてて繋いでここで暮らすんもありかもしれんけどなあ」


 それは絶対ない。

 何が面白いのか、にやにやと笑っているロクの顔を殴りたい。切実に殴りたい。


「――――ちゅうても、本体が力尽きるまでの間だけやろうけど」


 不謹慎な笑みを浮かべたまま続けられた言葉に、拳を握り締めたまま息を呑んだ。

 本来の体が力尽きるまで。

 なんて明確な時間制限なのだろう。

 漠然としていた不安は、時の流れや現実を生きる他のプレイヤーを目にした事で、はっきりと形を成し、今や手触りや匂いまで感じられそうだ。

 いや、私はまだいい。伊達やカイも恐らく家族と同居しているだろうから、明日の朝になれば発見されて病院に担ぎ込まれるはずだ。そうなれば、延命は見込めるだろう。けど、1人暮らしであることを懸念していた後の三人は………。


「そうだよなあ………タスクさん体は問題ないって言ってたけど、それは今だから、だよなあ。帰ってみたら体が弱っちまってて、なんて、冗談じゃねえぜ。」


 伊達が吐き捨てて俯いた。


「本当に孤独死しちゃうわねえ。一番あっさりやってくれそうなのは………やっぱり久遠の洞窟内の敵かしらあ」


 えええ、Gですよ。G! それなら私はまだイナバの肉球キックで昇天したい。


「ははっ、肉体は無事でも精神がやられたりしてなあ」


 そこは笑うとこなのか!? ええ? 笑うとこなのか? ってか、こいつなら私がやってもいいかも。

 とんとんと胸を叩いて示すロクに本気で殺意を覚えていると、佐藤さんが一歩足を踏み出した。

 自然と出来上がっていた円陣の中に足を踏み入れた佐藤さんは、すっと顔を上げ、ロクを見た。


「方法は他にもあるかもしれない」

「………へえ? なんやそれは?」


 相変わらずにやにやとした笑みを浮かべてロクが佐藤さんを見下ろした。


「キャラクターの死が帰還の手段だとすれば、それと同じ状況に陥れば良い―――『女神の泉』に潜ろう」


 「女神の泉?」伊達がすっとんきょうな声を出し、「武器のレベルアップさせてどうするのよ」と呟きながらリカ姉さんはがくっと肩を落とした。

 だがロクは違った。


「ふうん? それやったら昨晩タスクから聞いたわ。面白い噂をなあ。それを試すっちゅうわけか。けど、所詮は噂話やろ」


 楽しげに目を細め、腕を組む。馬鹿にしたように佐藤さんを見詰めて。

 いやいや、あんただって怪談めいた噂話に興じてたじゃん。と突っ込みかけたが、二人の間に漂う只ならぬ空気を感じて口を噤んだ。


「………噂は本当だ」

「んだよ、その噂ってのは」


 不満げな伊達の声。


「女神の泉にLV30未満の武器を投げ入れると、女神が現れ、1/2の確立で一つレベルを上げて返してくれ、1/2の確立で一つ下げて返される。という話は皆耳にした事があると思う」


 ええええええええ。上げるだけじゃなかったの!?

 伊達から聞いていた話とちょっと違う。ちろりと睨むと、伊達はふて腐れた顔をして見せてから目を逸らした。


「その効果は通常武器以外にはない。けど装備をすべて取り払った状態でキャラクターを泉に入れると、最後にセーブした街に飛ばされ、1/2の確立でジョブレベルが上がり――――」


 1/2の確立で下がるわけか。


「最後にセーブした街に飛ばされる。これはプレイキャラが戦闘で死亡した時と同様のプロセスで行われる。つまり、泉に入る事でキャラ死亡と同等の効果を得られる可能性がある」

「ちょっと、それなりに長くROをやってるし、情報交換系のHPだって覗いてるけど、そんな噂、聞いたことないわよ」

「俺もありません」


 リカ姉さんもカイも知らない噂?


「その噂話大丈夫なのお?」


 ぶーぶーと文句を垂れるリカ姉さんの横で、私はホデリで伊達から聞いた言葉を思い出していた。


『佐藤さんってさ、このゲームの関係者じゃねえかと思うんだよな。それも、多分、開発の1人』『責任を追求したり、悪意を抱く奴がいるかもしれねえ。だから、取り乱した佐藤さんをカイが止めた………つうより、庇ったんじゃねえかって思うわけよ。佐藤さんがROの関係者だとばれねえようにな』


 もともと黒に近い灰色だった確証は、もう真っ黒に染まっていた。

 だって、泉の噂を知っているのは佐藤さんだけじゃないから。タスクさんもまた、泉の噂を知っていたから………。ゲーム廃人(推定)であるLV99のカイも、ネットでROの情報を調べていたというリカさんも知らないその噂は、ごく狭い範囲の人間――――つまりROの関係者しか知らないような小さな噂だったのではないだろうか。

 ぐっと掌が誰かに握り込まれる、顔を上げると、伊達が静かに首を振っていた。伊達も気付いたのだろう。タスクさんと佐藤さんしかしらない噂の意味に。黙っとけ、そう伊達の顔は語っていた。佐藤さんが開発の1人だとして、それが明らかになったところで和を乱すだけだと。

 けれど、佐藤さんは静かに口を開いた。


「噂は確かだ。そのシステムを組んだのは僕と同僚だからね」

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