68.バトルロイヤルはお好き?
連れて来られた先には、このROの世界には不似合いな、でっかい電光掲示板が二つ並んでいた。
「これは………」
思わずもれた声に答えてくれる人はいない。
カイも伊達も次々と表示される文字列を読むのに必死になっていた。ちなみにリカさんはまだ遥か後方を歩いている。
私は一歩下がって掲示板を見上げた。二つある掲示板のうち、一つは地図が描かれ、大小様々な赤い丸が重なり合うようにあちこちで点滅している。地図の右上端には表があり、地区名の隣に表された数字は目まぐるしく変動していた。
「これ、メインボード? 私達7人しか表示されなかったってやつ?」
今や表示された人数は4桁半ばを数えていた。
「…………ちょっと」
問いかけにも無反応な二人を横目で睨み、二人の視線が隣のボードに釘付けになっているのに気付く。
「どうしたの?」
どうせまた返事は無いだろう。
返答を待つことなく、視線の先を追い、掲示板の中腹辺りを見た私は、目を疑った。
11/10/07/FRI 22:36 千古平原コアトール調伏 5名募集 SAKURA
11/10/07/FRI 22:36 ノートの泡採り @3名 TAMA
11/10/07/FRI 22:37 まったりレベル上げ AHOO!
11/10/07/FRI 22:38 ホデリ探索 初心者歓迎 may
11/10/07/FRI 22:40 ノートの泡 4名募集 TOTORI
11/10/07/FRI 22:41 黒雫 2名 Lina
11/10/07/FRI 22:46 ノートの泡 TAKU
つらつらと並ぶ文は様々な目的の同行者を募るもので、『ノートの泡』という文字が目に付く。確かカイは拡張パッチ発売から2週間と言っていたか。無窮の王へ挑戦しようとする者が続々と出ているのが分かる。
しかし今注目すべきはそこではない。日付と何より時刻だ。
「………時間が経ってない?」
精密数値マシーン、カイ曰く、最後に見た時計の時刻は、7日金曜日の午後10時18分を指していたという。RO内で3晩を過ごし、もう20時間近く経過しているはずなのに、掲示板に映し出された数字は、落雷があった、あの時刻から数分しか経過していない事になっている。
カイがこくりと頷いた。
「正確には経っていなかった」
つまり、どういうこと!?
私は髪をかきむしって悶絶した。分かりそうで分からない。頭の中がむず痒くて苛々する。
ROの中にキャラクターの姿で取り込まれるという奇妙奇天烈奇々怪々な現象が起こったその時から、ほんの数分前まで、リアルの時間は流れてなくて………ところが、数分前からいきなり時が流れ出して………プレイヤーの姿が見えて、声が聞こえて、掲示板も見れて、この変化の起因は、つまり………
「―――――タスクさんが死んだから?」
「恐らく」
「それ以外に思いつかねえな」
カイと伊達が呻くように同意する。
その時、パッと掲示板が瞬いた。かと思えば、行が繰り上がり、新しい一文が追加された。
11/10/07/FRI 22:46 オクト君、伊達君、僕は無事だ。戻ったよ。 TASK
――――TASK
文字を追って、最後に刻まれた名前を目にした途端、どくんと心臓が大きく跳ねた。
タスクさん。タスクさんだ! タスクさんは生きていた。生きて、戻れたんだ。
白く輝くその文を私は何度も読み返した。
遅れてきたリカさんを含め、呆然と掲示板を見上げる私達の前で、続けざまに文字が光り、形を変えた。
11/10/07/FRI 22:46 戻れた。本当の僕に、戻れたよ。体も問題ない。 TASK
11/10/07/FRI 22:47 恐らくキャラクターの死が鍵だろう。毒霧にやられた TASK
11/10/07/FRI 22:48 夢であって欲しいが、夢であって欲しくない。 TASK
11/10/07/FRI 22:48 もし君たちが実在するのなら、脱出は可能だと伝えたい。 TASK
11/10/07/FRI 22:49 これから父親になりに行く。これが最後の書き込みだ。存在したかもしれない6人の仲間の幸運を祈る。 TASK
もう泣かないでと、カイに言われたけれど、嬉し泣きはありだろうか。
じんわりと目尻が熱く濡れるが、涙を流すのは気恥ずかしくて、代わりに唇を噛み締めた。
「良かった。良かった。タスクさん、良かった」
隣に並んだ伊達が何度も何度も言葉を繰り返している。
挙句、感極まったのか、私の背中を馬鹿力で叩きだした。
「良かったなあ。オクト! まじで。タスクさん、親父になるんだってよ。すげーよな。親父になるんだってよ!」
「いたっ、痛い、痛いから」
伊達の張り手から逃れようと、横に飛びのくと、とんっとリカ姉さんの肩にぶつかった。
あ、ごめんなさい。と謝罪する私を見詰めて、リカ姉さんは眉を顰めて呟いた。
「朗報には違いないけど、死ねって言われても………ねえ」
その一言で、毒霧のせいでひいひい言っていたほんの数分前の自分を思い出す。あれ以上の苦しみを味わわないといけないとか、考えるだけで嫌な汗が出る。とりあえず、服毒死だけは嫌だ。絶対に。
「まずは広場に戻ろう。これ以上タスクさんの書き込みは無さそうだし、佐藤さん達が戻っているかもしれない」
一番楽な死に方を模索する私の前を通り、カイが広場へと歩き出す。
「そうねえ。まずは合流ね。二人がまだこの世界にいればだけどお」
リカ姉さんのモンローウォークを眺めながら、私と伊達もまた橋を渡り、広場へと急いだ。
佐藤さんとロクは、まだROの中に居た。
広場に出ると、冒険者でごった返す噴水の前で、眉を寄せて尻尾を揺らす佐藤さんと、大きく口を開けて欠伸をしているロクの姿が目に入る。
よく似た服装の別人だったらどうしようと思ったが、声をかけると、佐藤さんのしっぽがぴこんと反応して、ほっとしたような笑顔が返ってきた。
「皆、無事だったんだね」
「いやー、無事というか……」
「皆、無事じゃないわねえ」
「いや、無事だろ」
嬉しそうな声を出した佐藤さんは、私達の曖昧な態度に、眉を寄せた。
「何かあったのかい?」
心配気にせわしなく尻尾を揺らす佐藤さんと、相変わらずにマイペースなロクに、タスクさんのこと掲示板のことを説明すると、佐藤さんは息を吐いて噴水の縁に座り込んだ。
「そうか、そのせいでユーザーさんが見えるように………。しかし、死ねと言われてもなあ」
リカ姉さんと同じ台詞を口にして目を伏せる。
レベル1の私と違って、レベル99の佐藤さんやカイは死ぬのも一苦労だろう。
いや、でも、防具を脱いで、久遠の洞窟に突撃すれば、いかにカンスト組でもそう長くは生きながらえられないのではないか? あそこの敵なら抵抗しなければ………と考えて、ふと、裸族になった私たちにローチリアが群がる様子が浮かんだ。
いやああああああああああ。
無理無理無理。巨大Gに襲われても無抵抗でいなきゃなんないとか無理!
無論、柴犬サイズの蝙蝠に血を吸われるのも無理だし、センジョレクスの腹の下敷きになるのも無理だ。うん、あそこの敵はないわ。
じゃあ、他に一撃で殺ってくれそうな強敵は?
うーんと首を捻った時、ぽくぽくチーンと音がしそうな勢いで、妙案が閃いた。
―――――いるじゃん、すぐ側に。
「PKしあうってのはどうですか!?」
私は得意満面に挙手して声を張り上げた。




