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〇月×日、今日は快晴  作者: 小声奏


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64.鉄板フラグにご用心

 枝いっぱいに葉を茂らした木々の合間を駆け抜けるのは容易な事ではない。

 おまけに蔦が木と木を跨ぎ、トラップのように張り巡らされている。

 二振りの刀でそれらを払いながら走るのが難しいと見て取ったのか、伊達は巨石と巨石の隙間を選んで駆けた。


「こっちだ。来い!」

「タスクさーん! 早く、早く!」


 タスクさんは腰に巻いたポーチから、手当たり次第に物を引っ掴んではコアトールに投げ、応戦しつつ後退していた。


「すぐに行く! 先に進むんだ!」


 と言われても……。

 拳闘士のタスクさんの武器は拳につけたナックルで、コアトールとの相性は最悪だ。

 先に進むのを躊躇していると、伊達が私の腕を掴んだ。


「何してやがる。さっさと来い! お前が行ったところで何も出来ねえだろうが。それより隠れられる場所を探せ」


 私は唇を引き結んだ。

 伊達の言う通りだ。

 私の取り得は敵に認識されないだけ、タスクさんのもとに駆けつけて、囮になることも出来ない。

 私が「分かった」と頷くと、伊達は腕を離し、腰の鞘から刀を一本引き抜いた。

 大きく振りかぶり、鈍く光るそれを岩に突き立てる。

 鈍い音が岩間に反響し、奥へ奥へと続いていった。

 岩に刀をつき立てたまま、伊達が走ると、後には一筋の線が残される。

 そこでようやく私は気付いた。

 タスクさんの為の道しるべだ。

 体の大きなタスクさんが駆け抜けやすいように、岩の隙間に力強く根付いた邪魔な小木をショートソードで切り取りながら、私は後を追った。

 コアトールの鳴き声が遠ざかる。

 タスクさんの声が聞こえない。

 胸を締め付ける嫌な予感に気付かぬ振りをして、走り続け、私達は岩の腹にぽっかりと開いた小さな空洞に身を滑らした。

 深さは3メートルもないだろう。それでもコアトールの羽と鉤爪避けにはなるはずだ。

 壁に背中を預けて、数度大きく息を吸い込むと、あっという間に呼吸が楽になる。


「タスクさん……無事かな? 気付いてくれるかな?」

「祈るしかねえな」


 刀の刃先を確認していた伊達は、僅かに眉を寄せてから、鞘に収める。


「それにしても、どうなってんだよ」


 伊達が呻いた。


「何が?」


 とは聞いたものの何となく分かる。

 コアトールの出現が、だろう。


「本来、ホデリにコアトールは出ねえ」


 やっぱり。私は頷いた。


「初心者向けのダンジョンだもんね」


 そこにあんなのがちょくちょく出現したら、何人でパーティを組んでも即全滅だろう。


「今までは敵の分布は従来通りだったってーのに」


 それが崩れるとなると、移動はすこぶる困難になるに違いない。

 何より恐ろしいのは街の中に敵が出現する可能性も否定できないという点だ。


「皆無事かな……」


 カイにリカさん、佐藤さんにロク……他のダンジョンにも想定外の敵が出てきたりしていないだろうか。


「とにかく、ロップヤーンに戻らねえとな。タスクさんが来たら、どうやって戻るか考えよう―――タスクさんが来なければ……いや、来る。ぜってえ来る」


 伊達は己に言い聞かせるように、何度も呟いた。


「うん、きっと来るよね」

「はい、お待たせ」


 おわっ!?

 突然振って沸いた声に驚き、入り口を見ると、大きく肩を上下させたタスクさんが、岩に手をかけて立っていた。


「タスクさん!!」

「しっ」


 タスクさんは人差し指を唇にあてた。


「時間がない、よく聞いて」


 口早にそう言うタスクさんの服にはところどころ血が滲んでいる。腕には爪で出来たと思しき赤い筋がいくつも走っていた。


「僕はこれから山頂に向かう」


 私は目を見開いた。


「コアトールを連れて行く。君達は5分待って、すぐに下山するんだ」

「何を言ってるんですか!? 私が、私が1人でロップヤーンに戻ります。それで、カイや佐藤さんや皆を連れて戻ってきます!」


 タスクさんは笑みを浮かべた。


「いい子だね。君はいくつだ?」

「え?………16ですが」

「君は?」


 タスクさんの視線は伊達に向けられる。


「同じです」

「そうか、やはり僕の半分も生きていない君たちを道ずれには出来ないよ」


 タスクさんは笑ったままだ。


「ここで、待ってて下さい。絶対にカイ達をつれて戻ってきますから!」

「気持ちはありがたいが、ここでは毒霧を防げない」


 タスクさんは何かを考えるように俯いて少しの間をおいた後、すっと顔を上げた。


「子供がね……産まれるんだ」


 な・ん・て・こ・と・を

 顔から血の気が引いていく。

 なんて時に、なんて告白をするんだ。

 それ! 今一番口にしちゃいけない言葉だから!


「あと一週間で予定日なんだよ。でも僕はずっと怖くてね」


 私の心配をよそにタスクさんは話を続ける。


「いい歳なのにおかしいと思うだろう?」


 思いません! 思いませんからそれ以上喋らないで。


「でもね、社会人になって、嫁さんをもらって、35になっても中身はずっと変わらないんだよ。いつからかな、ずっと、変わらないんだ。だから嫁さんに子供が出来たって聞かされた時は嬉しかったけど、それ以上に怖かった。僕が子供の頃に見上げた親父の背中はもっと大きかったはずのなのにってね。自信が無かったんだ」


 話し続けるタスクさんを見詰め、ただ耳を傾けている伊達と私を見て、タスクさんは言葉を切って、ふふっと笑った。


「こんな話、まだ若い君達にはぴんと来ないだろうけど……」


 タスクさんが表情を改める。

 その真っ直ぐな目は、誰よりも父親らしい男の目だと思った。


「正直に告白するよ。君達を囮に自分だけ逃げようかとここに来る間、考えていた。でも、君達の顔を見た瞬間、自分の愚かさに気付いたよ。今ここで君達を助けられなかったら、例え無事に戻れても、子供と向き合えない。頼む。僕の為に逃げて欲しい」


 言葉が出なかった。

 何て言えばいいんだろう。

 どうすればいいんだろう。

 タスクさんと共にロップヤーンに戻りたい。誰1人欠けることなく、笑って仁木杏に戻りたい。どう言えばこの気持ちを分かってもらえるんだろう。


「分かりました」


 低い声が聞こえて、私ははっとして横を向いた。


「何……言ってるの?」


 声が掠れる。眉間がずきずきと痛んだ。

 ちらりと伊達が私を見る。が、すぐにタスクさんに視線を戻して、力強く答えた。


「こいつは責任を持って俺が連れて行きます。必ず逃げおおせます」

「頼むよ。君達は……友人同士なのか?」

「いえ、こうなって初めて会いましたが……いえ、そうですね。もう親友です」


 タスクさんは柔らかく微笑んだ。


「そうか、産まれてくる子供にも、君達のような気持ちのいい少年になってほしいよ」


 クックルー

 タスクさんの声に被さる様に、コアトールの鳴き声が響いた。


「さて、時間だ」


 タスクさんが壁についていた腕を下ろし、空を見上げる。「それから――」と彼は上を向いたまま言葉を紡いだ。


「オクト君、もし僕が無事に戻ったら、思い切り殴ってくれ」


 殴るって、

 ――――――――まさか!? 

 私は目をむいてタスクさんを見た。


「……話を……聞いていたんですか?」


 聞こえていたのか。あの距離で……

 タスクさんは肩越しに私を見て、にやっと笑う。


「ギガスの耳は幸か不幸か遠くの音もよく拾ってくれるんだ。盗み聞きするような形になってしまって悪いね」


 それから首を傾けて、私と伊達を交互に見詰めた。


「死んだ開発の名は斉藤。部署が違うから多くを知っているわけではないが、僕も彼が祟るとは思えない」

 

 それじゃあ、運がよければ、また―――――。

 

 そう言うとタスクさんは岩の外に身を躍らす。

 獲物を見つけたコアトールの狂喜の鳴き声が辺りに響いた。

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