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〇月×日、今日は快晴  作者: 小声奏


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57.男×男(※中身は違います)

 顔を上げると、墨氷がパリパリと音を立てて砕けていくところだった。


「戻って!」


 カイの怒声がとぶ。

 パキンッと一際大きな音が響いた。

 完全に粉々になった墨氷が、ごうごうと渦を巻きながら徐々にその範囲を広げていく。

 竜巻の中で無数の鋭い破片が舞っている。と言えばわかりやすいだろうか。

 ひいいいいい。私は声にならない悲鳴を上げた。

 アイギスなしであれに巻き込まれたら、悲惨なことになるのは間違いない。

 渦はあっというまにカイと私を包み込む。

 欠片は透明なアイギスの膜に何度もぶつかり弾き飛んだ。

 恐ろしい光景だけれど、アイギスに護られているから安心だ。


「この竜巻どのくらいつづくの?」


 カイの肩をつんつんと突いた。


「直におさまる。けど………」


 けど? ああ、なんだか猛烈に嫌な予感がするんですけど。

 ストンっと足元で音がした。

 ま・さ・か

 ぎこちない仕草で下を向けば、薄墨を溶かしたするどいガラスの欠片に似たモノが深々と地面に突き刺さっていた。

 うっひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい。

 あと数センチずれていれば私の足は地面に縫い付けられていただろう。


「やはり無理か」


 無理かって――――――え? え? 無理なんですか!?

 驚愕の宣告に、がくがくと震えていると、目の前のシールドに穴を開けて欠片が飛び込んできた。

 どういう動体視力と反射神経をしているのか、カイが槍の柄でそれを受ける。硬い音がして欠片は宙を舞い、勢いを殺がれて地面に落ちた。

 その槍の柄、何で出来てるの? と詳しく聞きたい。


「伏せ!」


 分かりやすく余裕の無さを示した、カイが強引に私の頭を押さえつける。

 今度は真横にあった膜を欠片が切り裂く。角度が浅かったのか、その欠片は長い切り傷を付けて、そのままシールドの外側に落下した。

 ほっと息をついたのも束の間、切り裂かれて空いた隙間から、連続して2個3個と欠片が滑り込んできた。

 かんっきんっこんっ、と小気味よい音と共にカイが槍の柄で打ち落とす。

 けれど、それが限界だった。

 360度、どの方角から飛んでくるか分からない欠片にカイが1人で対応出来るはずもない。

 外の渦は少し勢いが弱まってきていたけれど、アイギスを切り裂く威力は残っていた。


「伏せて、絶対に頭を上げないで」


 言うなりカイは私を地面に引き倒す。

 土の感触を額に感じたとき、同時に背中に硬いものが覆いかぶさった。


「カイ!?」


 カイの鎧だとすぐに気付いた。


「じっとしてて、大丈夫だから」


 小さな鐘を打ち鳴らしたような甲高い音が連続で私を覆うカイの体から聞こえた。


「……その……鎧で、防げるの……」


 声が掠れる。


「防げる」


 その言葉がもしも本当だったとしても、頭部はどうなるというのだ。


「なにを!?」


 私はなるべく丸くなったまま、上を向くと、シルクハットを脱いでカイの頭に押し付けた。

 角があるから被る事は出来ない。

 カイの後頭部に手を回して、シルクハットを押さえつける。

 カイの額が私の額に触れる。目の前で赤い瞳が瞬いた。


「手を、放して」


 温かい息が頬にかかる。カイが懇願するように囁いた。

 また目頭が熱い。一度緩んでしまった涙腺を自制するのは骨の折れる仕事だった。


「絶対いや」


 私は唇を噛み締めて精一杯微笑んだ。

 シルクハットがどれだけ防いでくれるのか分からない。効果なんてないのかもしれない。でも手を放す気にはならなかった。


「………つっ」


 カイがくぐもった声を上げた。額に赤い雫が落ちる。


「………カイ」

「目を瞑っていて、絶対に開けないで」


 私は氷ついたように動けなかった。瞼の一つも自分の思い通りにはならない。

 カイが困ったように笑い、大きな掌が目を覆った。

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