35.知らぬ顔の半兵衛(マッチョ)
チャラ男。やっぱチャラ男だよなあ。
本を取り上げるとか、異性関係をあげつらうとかなんてことは、ありふれた話かもしれないけど、懐中電灯持って来ちゃう馬鹿は、ありふれてないよね。多分。
歳も合う。チャラ男の外見的特徴も水泳選手のそれだと言われればどことなく合致する。やっぱり伊達はチャラ男―――そういえばチャラ男の名前なんだったっけ?―――とみて間違いないのだろう。
自分の知り合いに、自分の願望丸出しのキャラで出会っちゃうなんて、ついてないなチャラ男よ。さらに、当人に相談とか………。一歩ひいて冷静に見てみればものすごく哀れな男よ。
達観した気分でチャラ男を見上げ、ふと、奇妙な感覚に囚われた。
あれ? なんかおかしくない?
どっかで味わったような。なんだっけ、こういうの。高木ブー……じゃないや、デジャヴュ?
誰かと誰かが知り合いじゃないかって、結構最近思ったような。うーん、と首を傾げかけて、私は、はっとした。―――――砂糖さんだ。
砂糖さんはソルトで、でもカイはサトウさんって呼んでて、それは塩って名前を面白可笑しく砂糖さんって呼んでるのかもしれなくて、でもやっぱり……砂糖さんは、砂糖さんじゃなくて、佐藤さんだった?
お腹の中がぞわぞわとした。背筋を冷たい羽でなぞられる様な不快感が襲う。
こんな偶然ってあるんだろうか?
カイとサトウさんが知り合いで
私と伊達も知り合いで
ROのユーザーは全国に何人くらい?
私の知り合いがプレイしててもおかしくないし。知り合い同士でプレイしててもおかしくない。だけど、これだけ他のユーザーに合わない状況で、カイとサトウさんと伊達とロクと私だけの、この狭い世界の中で知り合い同士が二組もいるなんて、おかしい。
「やっぱもう、許してもらえねえかなあ。一人でも泣いたことなんてなかった奴なんだよ。それを泣かしちまったんだもんなあ」
「え?」
思考の渦に割り込んだ声に、思わず声を上げる。
途端に、目の前の伊達の顔が歪められた。
「えって、おまえ人の話聞いてんの? やっぱお前に相談したのは間違いだったか」
「あ、ああ。ごめん」
頭の中の思索から現実に引き戻されて、私は慌てて謝った。
「えーと、そうだなあ。泣いてたとは……限らないんじゃないかな?」
乾いた喉から搾り出した言葉に伊達は力なく首を振る。
「震えてたんだぞ?」
「うーん、怒りを耐えてただけかもよ?」
「お前じゃあるまいし」
相談してんのか、喧嘩売ってんのかどっちよ。
「そんなの分からないじゃん」
「いくら俺でもそんぐらい分かるっての」
伊達は馬鹿にしたように私を見る。やっぱり喧嘩売ってるのか?
「あんたを殴りたくて、でも、そんな事したら余計に浮いちゃうのが分かってるから、必死に抑えてたのかも」
「そりゃ、お前の場合だろ。あいつは……なんつーか、そんなタイプじゃないんだよ」
いや、本人がそう言ってんだけど………。
「あーもう、ぐだぐだと煩いなあ。素直に謝ればいいじゃん。あっちはもう気にしてないかもしれないよ」
それどころじゃないからね。
「それから、余計な世話やくのやめればいいんじゃない。好きで一人で居るのかもしれないし」
「んな奴いんのかよ」
唇を尖らせて分からないというふうに伊達は首を傾げる。
「いるんじゃないの」
中には。
「あいつは、そうじゃねえと思うけどなあ」
伊達は何かを確かめるように空を見上げて呟いた。そんなとこに私はいませんけど。
つられて空を見れば、昼の月トファルドが太陽と仲良く寄り添って浮かんでいる。
「どうしてそう思うの?」
「男の勘」
空を見上げたままうそぶく伊達に、ああ、そう。と返した。
私がどうかと言われると、正直分からない。
元々人付き合いは得意じゃなかったけれど、中学の時は決して多くはなかったけど普通に友人がいて、休み時間になれば一緒にトイレに行って、時々放課後に遊んだりもしてた。
でも高校に入学して周りの知り合いがいきなり減ってしまった時、ちょっと怖気づいてしまった。私以外の子達が急に大人びて見えた。他の子は前へ進んでいるのに、自分だけが鎖に囚われたように、同じ場所で足踏みしてるんじゃないかって、そんな錯覚に陥ったのだ。最初はたいした事ないと思っていた細い鎖は、声を上げるのを躊躇っているうちに、どんどんと太い鎖へと変化して、気付いた時には人と関わるのを避けるようになっていた。
一人で居るのは嫌いじゃない。
でも、多分、誰かといるのも嫌いじゃない。と、思う。
「でもなあ。相性ってのがあるからねえ。伊達がいくらその子を気遣って声をかけても、気の合わない相手に無理して付き合うのも疲れるんじゃない。その、話を聞く限りじゃ、タイプは全然違うみたいだし」
誰かといるのは嫌いじゃないとしても、チャラ男といるよりは一人の方が確実に心地よい。それは分かる。
「お前なあ。元ぼっちを舐めんなよ。気の合わねえ相手といんのが辛いことぐらい分かってるよ。だからって、そいつら無視して、自分の世界だけ守って生きてけるわけじゃねえだろうが」
私は目を瞬いた。
「驚いた」
「何だよ」
伊達が眉を寄せて私を見る。
「伊達って意外と大人」
馬鹿で無謀で善良で、でもってやっぱり馬鹿だけど、隣に立つ伊達が、やけに大きく見えた。
「気持ちわりいな」
素直な賞賛に、伊達は眉を顰める。
「謝んなくてもいいと思うよ。本を取り上げるんじゃなくて、普通に話しかけてみれば? 「おはよう」とかってさ。そしたら、多分、その子も「おはよう」って言うと思う」
対人スキルのない伊達が、私に声をかけるのは、勇気のいることだったのかもしれない。その方法にはかなり問題があったけれど。
伊達が私を想って声をかけてくれるのなら、同じ想いをもってちゃんと応えたい。いや、ちゃんと応よう。
砂まじりの埃っぽい風が、伊達の髪をすくう。
「………そうだな。そうしてみるか」
面倒そうに、顔を覆う髪を払いながら、伊達は頷いた。
チャラ男と話すのはきっと疲れるだろう。彼と関われば、彼の周囲の人間とも関わりを持たなければならなくなるだろうから。その中には私の事を快く想わない人もきっといるだろう。でも、チャラ男とは、それなりにいい友達になれるかもしれない。
私はそっと伊達の横顔をのぞき見た。
彼の顔を彩る奇抜な青い髪が、それ程気にならなくなっている事に気付いた。
「まあ、こっから帰れたらの話なんだけど」
「おう……、まずはそこだな……」
伊達と私は揃ってため息を吐いた。




