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りおな、街へ帰る

 私がそろそろ街へ帰ると伝えると、カパ郎は寂しそうに頷いた。

 カパ郎からは、ヤリ捨てされた乙女みたいな悲壮感が漂っていた。

 私は、ロッジに何故か備えてあった「日本地図ブック」を開く。


「カパ郎、よく見てね。この辺りが、この山ね。それで、これがそこの川」


 私は地図を指差して、カパ郎に教えた。

 カパ郎は地図を覗き込んで、わかったという様子で頷いた。


「俺がおる川じゃの?」

「そうだよ。カパ郎のいるのは、この辺り。で、まずこの川のもっと上流まで行くの」

「元の方じゃな」


 うん、と私は頷いた。

 ロッジの横を流れて行く川は、私の街の方へ流れていないのだ。

 でも、この川は源流付近で分かれている。


「もう一つの流れを追うとね……私のいる街の傍を流れてるの」

「ほう」

「こう……下ってね? ほら、この辺」


 私はページをめくりながら、指で川を下る。

 カパ郎はジッと私の指を見詰めている。

 私の住んでいる街の傍で指を止めると、カパ郎は身を乗り出して食い入る様に地図を見た。


「ここに住んどるのじゃな?」

「うん。案外近いでしょ? だから安心して。休日は会いに来れるし」


 そう。私には休日がある!!

 今生の別れでも何でもないし(その意思も無いし)よくよく考えたら、遠距離恋愛なだけだ。

 私は一応、メモ用紙に住所を書いてカパ郎に渡した。

 カパ郎は大事そうにそれを受け取って、しげしげと見た。

 念の為音読してあげると、一生懸命繰り返して読んでいた。

 うう、カパ郎……。

 私はカパ郎の逞しい身体にひしと抱きついて、ギュッと抱きしめる。


「今日は、おるんじゃろ?」

「うん」

「じゃあ今日は、放さんのじゃ……」


 カパ郎はそう言って、私を抱きしめ返した。

 テーブルに置かれた水を張ったグラスで、少し萎れてしまった千日紅の花束が、扇風機の風に揺れていた。



 *


 憎っくきエロガッパカパ千代が、夏雪葛を亡き者にしてしまったので(百パーセント的中な予想)、カパ郎は駅で私を見送れなかった。

 なので、私達はロッジでお別れをした。

 大量のアユをお土産に持たせてくれようとしたけれど、うん……悪いけど断った。

 カパ彦とカパ斗とポチャマッチョも見送りに来てくれた。

 彼らは「一旦帰る」のを、あまり理解してくれなかったけれど、カパ郎がそれで良いなら、と言った風な顔をして、「ほんならの~」と、実にのほほんとした別れの挨拶をした。

 帰りの電車に乗り込んで、窓の外を眺めながら私は彼らを思い返してクスッと笑う。


「カッパ……」


 カッパって。

 マジか。

 本当にお酒とキュウリが好きだった。

 くちばし? があって、小さな水掻きと、甲羅があった。

 泳ぎが無茶苦茶上手で、おじいちゃんみたいな話し方。

 そんなカッパと、恋に落ちただなんて、こんな話、誰が信じるだろう?

 電車が走り出した。

 私は、何故だかドキドキして流れ出す風景を雲をつかむ様な心持で見た。


 ―――あの占い師は、ひと夏の恋って言ってた。


「……」


 もしかして、カッパは夏しか生きられないとか、ひと夏の命とかじゃないよね……?

 急にそんな事を思って、私は不安になった。

 イヤイヤイヤ……カパ郎もカパ彦たちも、そんな様子じゃ無かったし!!

 私は頭をブンブン振って、車窓の向こうを見る。

 木々が開け、川沿いを電車が走る。

 来る時は大して見もせずに、スマホをいじっていたなぁ。

 こんなにキラキラ光って、綺麗なのに。

 そう思って川を眺めていると、川の中で、誰かが手を振っているのを見つけ、私は思わず立ち上がる。

 川から手を振っているのは、カパ郎だった。

 私は急いで車窓を開けた。風が車窓から乗り出した上半身に思い切り当たっても、髪が乱れても気にしなかった。


「カパろーーーーうっ!!」


 叫ぶ私に、カパ郎が微笑んで手を振っている。

 向こうも何か叫んでいるようだけれど、電車と風の音で、ちっとも何を叫んでいるか分からなかった。

 嬉しいんだか、悲しいんだか、分からない大きな大きな気持ちに、私は泣きながら、彼に手を振り続けた。

 カパ郎も、川沿いを走る電車について来て(カッパ凄い)、線路が川沿いを離れると、いよいよ諦めた風に手を振った。私も、彼が見えなくなるまで手を振り返した。

 今生の別れじゃないったら!! でも……寂しいよ!!

 電車内には、髪を振り乱して泣く私が一人。

 誰もいなくて助かった……。

 私はグイッと顔を腕で拭って、息を整える。

 次の駅からは、きっと人が乗り込んで来るだろう。

 私は現代人みたいに、現代人しなきゃいけないんだ。


 気を紛らわす為に、スマホを見ると、うーたんから連絡が来ていた。

 日は登って、少し早いお昼の時間になっていた。

 きっと、うーたんはお昼の休憩中なのだ。


『別れようと思う』


 !?


 どうしたうーたん!?


『どうしたの? イヤな事された?』

『ポエムがイヤ。でも、それよりも、アンニャーバブラ教だった』


 !?


『なにそれ?』

『わからん。わっからん!!』


 否、私もっと分かんないよ、うーたん!?


『宗教かな?』


 絵文字も付けて、ちょっとライトな感じで聞いてみる。


『たぶんそうなんだけど、わからん。二世でさ』


 二世。二世ってなんだ?


『親が熱心なアンニャーバブラ教だった』

『熱心なアンニャーバブラ教とか言われてもわからん』

『私だってわっかんねーよ!!』


 切れられた。


『なんだよ! せめて何系だ!?』 

『仏教と神教を日本人が絶妙にミックスアレンジした系だ!!』

『ますますわからん!!』

『六芒星のペンダント十万で買わされそうになった!!』

『十万だと!? でも何となく一気にわかった!!』

『リンリン……アカンやつや』

『何も言えねぇ……』

『今どこ?』

『夜にはいつもの駅に』

『永久に待つ』


 何てことだ……。うーたん。待ってろよ!

 直ぐに行くからな!!


 と、言いたいところだけど、電車はスピードアップなんかしない。

 だから、ポツポツうーたんの相手をしていたんだ。

 お昼の時間は一時間しかないから、そんなに長いやり取りは出来なかったケド、切り出しとは裏腹に、うーたんは迷っているみたいだった。

 きっと、冷めつつあってもやっぱりまだ好きなんだって、私にはわかった。

 私は撮り溜めておいた、カパ郎の写真画像フォルダを開いて、じっくりと画面の中の彼を眺めた。


 うーたん、私のカレシなんか、カッパだよ。

 くちばし? があって、小さい水掻きや甲羅があって、おじいちゃん喋りだよ。

 宗教とか宗派とかの次元じゃ無くて、異種族だよ!!

 それでもね、すっごくイケメンだよ。

 うーたんのカレシだって、きっと良いとこがあるんだ。じゃなきゃ、迷ったりしないもんね!!


 私は片手の拳を握って、力を籠めた。

 それから、アンニャーバブラ教についてネットで調べ始めた。


 電車は順調に街へ向かっている。

 友の良く解らない危機が、私の寂しさを燃やしてくれたのだった。


 街に着いたら、飲むぞー!!


*  *  *  *  *


十年近く、待ちました。

わたくしは、諦めなかったのです。

どうしても、どうしてもわたくしを助けてくれたあの声のお方に会いたかった。

声は、度々聴かせて下さったのですが、お姿は十年間一度も……。

それでも、たくさん珍しいお話を聞かせて下さった日もありました。

そうこうしている内に、十年です。

お嫁に行く時分は当に過ぎてしまっていました。皆がわたくしを笑いました。

両親は、わたくしが何かに憑りつかれてしまったのだと嘆きました。

そして、嫁入り時期を逃してしまったわたくしになんとか縁談を持って来ると、有無を言わさない様子で仕度に掛かりました。

わたくしはいやでした。いやでした。いやでした。

ある年の、あの時の様に夏雪葛が満開のあの夏、花嫁衣裳を着せられたわたくしは、皆が婚礼の仕度に忙しくしている隙に、逃げ出しました。

そして川へ駆けて行きました。

その時の息の苦しさ、暑さ、衣装の重さは忘れられません。

お日様に熱された地面に、逃げ水が幾つも幾つも出来ていました。

でも、川は逃げたりしませんでした。河原で、わたくしは泣いて訴えました。


「わたくし、待ちました。あなたに会えるのを。十年です。十年です!」


川辺は、静まり返っておりました。


「あなたの十年が、どんなものかは知りません。でも、わたくしは人間の女です。光の様に年を取ります。どうか、お願い。わたくしの時間はとても早くて、少ないの」


ちゃぷん、と音がしました。


「そちらから、わたくしの姿がお見えでしょうか?」

『……綺麗じゃ』

「嘘です。わたくしは、もう、輝く娘時代をとうに過ぎました」

『綺麗じゃ』

「夫になる人は、年のいったわたくしを笑うでしょう」

『嫁にいくのか』


ちゃぷん、ちゃぷん、と水音が揺れました。

わたくしは、賭けに出ました。

負ける賭けです。

十年も姿を見せてくれなかった。

これで、諦めようと思ったのです。

私は川に背を向けて、震える声で言いました。


「あなたが行くなと言うのなら、行きません」

『行くな』


声は、率直でした。

水から陸へ、ヒタリと足音がしたので振り返りました。

わたくしは、嬉しくて嬉しくて、泣いて良いのか笑ったらいいのか、良く解りませんでした。

貴方が、どんなお姿でも良かったのです。

わたくしは貴方に飛びついて、川を何処までも何処までも……。


あの時、貴方も賭けたのですね。

貴方は、わたくしが貴方の姿に驚いて、逃げ出すと思ったのです。

その方が、幸せだと思ったのですね。

でも違います。わたくしの幸せは、わたくしが知っているのです。


このお話で、第二章終了です。

第三章へ続きます。続いてすみません。

長い章でしたが、お付き合い頂きありがとうございます!!

励ましのコメントや感想も、いつも力を頂いています。

応援して下さって、本当にありがとうごさいます。

これからもがんばります!!


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