ススキ波の下で
私達はボロイ小学校を後にして、二人きりになれる所を探した。
特に私は心の目を血なまこにし、ありとあらゆる暗がりに神経を集中させた。
ロッジに連れこ……戻ってしまえば話は早いのだけれど、ただ単に物理的に『二人きりになりたいだけで、野生のチャクラを開きたかったワケではないのじゃ』だったら顔面でスクリューダンス並に痛いし、ロッジからは花火が見れないらしい事を聞いて、俄然その辺の良さげな暗がりが良いのだった。
スパークリングを観ながらスパークリングしてみたい。否! 特別なスパークリングにしたいのだ!!
カッパ~ズたちに前みたいな邪魔(第二十二部参照)をされない、彼らが予測出来ないかつ、程々のスパークリングスペースのある暗がりはどこじゃ!!
私が一人荒ぶっていると、カパ郎が足を止めた。
「この辺がいいかの~」
カパ郎がそう言った。
いつの間にか、ススキが群生しているなだらかな丘に来ていた。
「え……? あ、アレ!?」
私は驚いてキョロキョロと辺りを見渡した。神経を使って周囲を見ながら歩いていたハズなのに、一気に景色が変わってしまった感覚を覚えたからだ。
「さっきまで、村の中だったのに」
目を見開く私の前で、まだ夏の勢いを発して青々としている背の高いススキが、あるかないかの風にサワサワと微かな音を立てて揺れていた。揺れるススキの少し向こうで、川のせせらぎが聴こえた。
カパ郎は不思議がる私を見て目を細めた。何度も言うけどカッコいい。
「ちょっと近道したのじゃ」
「……近道って……」
「りおな、こっちじゃ」
不思議がる私の手を引いて、カパ郎はススキの中へわしゃわしゃ入って行く。
彼は少し深く茂みに分け入った後、手刀でバッサバッサと邪魔な分のススキを刈り取って(ちょ……カッパって万能なの?)、くつろげる分のスペースを作ると、刈り取ったススキをそこに敷き詰めた。
私もススキを敷き詰めるのを手伝った。それはカパ郎と二人の巣作りをしている様な、楽しい作業だった。
ひと段落すると、私もカパ郎も満足気に巣に座り込んで、微笑み合った。
周りは背の高いススキで囲われて、完全個室空間だ! 凄いよカパ郎!!
揺れる穂の向こうにようやく夜らしく暗くなった空が、月を浮かべて丸く広がっている。
カパ郎がいそいそと身体を寄せて来たので、私も待ってましたとばかりに彼の脚と脚の間に滑り込んで太い首に腕を回した。
ア~逞しい。なんですかこの筋肉。おほー、逞しい。
このまま、ハッケ・ヨイ! と、腰を入れて押し倒したいけど、我慢我慢……耐えろ里緒奈、相手は最近キスを覚えたピュアカッパだ……あの時みたいに(第二十二部参照)向こうから押させるのだ!! 理性を脱ぐまでは淑女!! ドスコイ、ドスコイ……ノコッタノコッタ……。ああ、己に巣食った野獣が抑えきれない。落ち着け野獣、な、なんか、会話……。
「ぐ、は……良い場所だね」
「気に入って良かったのじゃ」
「花火は見えないかなぁ……ここは会場から遠いの?」
「いんや、そう離れとらんのじゃ。心配せんでも遠くに攫ったりしないのじゃ」
焦った顔をして、とても真面目にカパ郎が言った。
いや、今更攫われる心配とかしないよカパ郎!! むしろ攫って!?
「りおなは、街に帰るんじゃもんな」
「……カパ郎」
……そうだ。私は後少ししたら一旦街に帰る。
今はカパ郎の事を良く知る為に一緒にいるけれど、やっぱり帰らないのは色々無理があるし、帰ってから今まで自分が生活して来た世界を改めて見て、「カパ郎と末永くお付き合いするにはどうしたらいいか?」を編み出さなければいけない。自分が諦めるもの、カパ郎が諦められるものを、見極めて行かなきゃいけないのだ。
酔いが醒めた気分の私を、カパ郎がギュッと抱きしめた。
「攫えないのじゃ」
私は彼の少し辛そうな声に、胸が締め付けられた。
カパ郎、煩悩まみれの人間でごめんね。人間の生活を惜しんでごめん。
「攫わなくても、一緒にいるよ」
私はカパ郎の唇にキスをして、力いっぱい彼の身体を抱いた。
ススキの穂が、優しい音を立てていた。
「帰るんじゃろ?」
「離れてても心は一緒って言葉、カッパは知らないの?」
「離れてても……。……離れとる間、忘れんかの?」
「カパ郎を? 忘れられないよ」
こんなインパクト大な男、世界にカッパ一人だよ。
「帰ったら、人間の男がぎょうさんおる……」
カパ郎はそう言って私を抱きすくめる。
私は彼の大きな腕の中、自分の胸中で叫んだ。
誰にも相手にされてなかったから大丈夫だよおおおおおお!! チッキショー――ッ!!
「人間の男より、カパ郎の方が好きだよ!」
「ほうか? カッパじゃぞ?」
「今更だよ!」
「じゃが、この方がいいじゃろ?」
カパ郎はそう言って、自分の顔を指差した。
少し悲しそうな顔で、無理矢理薄っすら笑っているカパ郎の瞳は、初めて出会った時と同じでとても綺麗だった。けれど、今、その瞳は憂いを帯びていた。超絶いい男で涎が出そう。
私は何を聞かれたのかよく解らなくて、首を傾げた。
「なにが?」
「じゃから……に、人間の姿のほーが……」
「……カパ郎」
「い、一日一回は変われるんじゃ! 今日みたいにじゃの、朝から晩まで化けとるのも出来るんじゃ!」
カパ郎は私の両肩を掴んで、必死な様子で捲し立て始めた。
私は驚いてポカンとしてカパ郎を見た。
「……そんな事気にしてたの?」
「モンモンみたいのがいいんじゃろ……」
あーもう、『monmon』なんか持って来るんじゃなかった。
カパ郎、まだ気にしてたのか。
私は毅然として本音を言った。
「前にも言ったけど、カパ郎の方が良い」
「無理せんで良いのじゃ……この前、ぱんつ姿の男の所を折ってあったの見たのじゃ」
カパ郎は近くで揺れるススキを一本抜いて、それを他のススキにペシペシ当てながら、拗ねた様に言った。形の良い唇をツンと突き出していて、むしゃぶりつきたいしか思いつかない。
「あ~……」
カパ郎の言っているそのページは『カレシにこんなパンツは如何ですか?』という、男性下着の広告ページの事だ。しかし、そんなのはタテマエで、完全に飢えた雌豹達の目の保養、心の滋養的な役割を果たすオアシス的ページでもあった。(『monmon』なんか愛読する女にカレシなんかいない・もしくは上手く行っていないのである)
何故私がそんな広告ページをドックイヤーしたかというと、カパ郎に似合いそうなパンツが掲載されていたからだった。
「カパ郎に似合いそうなパンツがあったんだ。それだけだよ?」
変テコな弁明(?)をしながら、昨日の昼、どうしてカパ郎がよそよそしかったのか段々分かって来た。
人間の姿初お披露目の時はあんなに積極的だったのに、急に避けるからおかしいとずっと思ってた。
あの時、カパ郎は川で私を運ぶために変化を解いてカッパ姿だった。
「カパ郎……もしかして、自分が人間の姿じゃなきゃダメだと思ってる?」
「その方が……その、よいじゃろ?」
カパ郎は私から顔を背けて、手に持ったススキをあても無く振り回している。
私は彼が振り回している腕をそっと押えて、微笑んだ。
「私はカッパのカパ郎を好きになったんだよ」
本当に、こんな素敵な人はいないよ。
大らかで、優しくて、一緒にいると楽しい。次は何があるんだろう。何を知れるかな、なんて思える。
嫉妬深い一面や、こんな風に女々しい部分もあるけれど、こんな私に対して、そんな風に心配してくれたのは、カパ郎が初めてだ。
私は無茶苦茶浮かれてる。カパ郎がそうさせる。
「私は幸せなんだよ」
「りおな……」
「凄く凄くだよ」
「俺もじゃ」
「ホントかな~?」
マジで心配。
私が仕返しとばかりに、疑った口調でカパ郎の顔を覗き込もうとした矢先、ガバッと抱きすくめられた。
勢いで私の顎がカパ郎の逞しい肩にガクンと押し上げられ、格闘技的に若干キマッたけれど、愛情表現に違いないので甘んじて受けます。(強引に)見上げ(させられ)た夜空は、ススキに囲まれて真ん丸だ。小さな世界に、カパ郎とたった二人で抱き合っている様な気がして、狭められた喉の気道から溜め息が漏れた。
カパ郎は「本当じゃ」と囁いて、更に強く私を抱きしめた。
ちょ……嬉しいけど苦しい。でも我慢だ里緒奈。今凄くイイ感じじゃないか里緒奈。窒息なんか恐れるな里緒奈! ……アカン、完璧にキマる。イク前に逝く……イヤイヤ何考えてんだ里緒奈。逝ってなるものか!!
「く、苦しいよカパ郎……」
「りおな……ッ! 俺も胸が苦しいのじゃ!」
「ふ……ふぅぅ~……」
「ふ、夫婦!? そうじゃ! 夫婦に……りおなッ!!」
私流に言うなら『辛抱堪らん』といった勢いで、カパ郎が私をススキの敷き詰めてある地面に押し倒した。
ぐおおっ!! ついにこの時が!!
でも待って。まず首をこのガッチガチの剛腕から解いて欲しい!!
「カ……パ郎……解いて……」
息も絶え絶えに私が言うと、カパ郎がガバッと起き上がって私を見た。
その宝石の様な瞳は、感激にキラキラと輝いている。
「変化を解けとゆうのかの……!? 本当の俺を……受け止めてくれるとゆうのじゃな!? りおな……!! ありがとうなのじゃ!!」
「ゼハァーッ!!」
私は必死で息を吸い込みながら、カパ郎が「カッパ!」と叫ぶのを聞いた。変化を解く言葉だ。
なんか勘違いしてるみたいだけど、ぶっちゃけ本気でどっちのカパ郎でも好きだから、イイヤ。
酸欠のせいか、頭がちょっとボンヤリするけれど……ああ、くちばし? のあるカパ郎が、私の上に覆いかぶさって来る……。あなたのくちばし? が私は大好きだよ、カパ郎。
頬にヒタリと触れる、小さな水かきのある大きい手も大好き。
背に腕を回した時に手に当たる、こんもりした甲羅も大好き。
清流みたいに綺麗でキラキラ光る、優しく微笑むまあるい目も、大好き。
「りおな……」
カパ郎が、耳元で私を呼んだ。
私は幸せ過ぎたのか、眩暈の様なものを感じて目を閉じる。
閉じて行く視界に、ススキで出来た丸い夜空とカパ郎と、彼の後ろでドーンと花火が上がるのが見えた。




