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前奏曲

 私達は芋アナのいる場所を後にした。

 芋アナは私の手を大きな両手でぎゅっと握って、寂しそうにしてくれた。

 私も寂しかった。一緒に危機を乗り越えたかけがえのない友達だ。

 大人になってから出会う友達候補には、素直に心を開く事がどうにも難しい。

 親密になるには時間が少なくて、その少ない時間で理解し合うには共通点がとても少ない。人はとても多いのに。

 少しでも合わなければ会わなければ良いし、意に反するお誘いの断り方やスルーの仕方は覚えてしまった。でも、あっけらかんと微笑む芋アナを見ていると、自分は最初から身を躱すのに必死で、それにエネルギーを使い過ぎているのでは、と考えてしまう。

 芋アナのエネルギーの使い方は違う。人と親しくなりたかったらアナウンサーになれ、と誰かが言っていた。正しく、芋アナはアナウンサーだ。アナウンサーだし。うん。

 そう思うと、私にとっては滅多に無い素敵な出会いとなったワケだけど、芋アナにとって私なんかとの出逢いは数ある楽しい(と、思っててくれ思っててくれ)出逢いのたった一つでしかない……きっと。


「本当にありがとう。巻き込んでごめんね」

「いえいえ、どうなる事かと思いましたが。良かったです。りおなさん、お元気で」


 ううう、いつもの芋喋りを聴きたい……。

 しかし友達の秘密を守るのもまた、友達の役目だ。

 私は再びありがとうを芋アナへ言って、微笑んだ。

 芋アナも微笑んだ。私の横で、カパ郎が「本当にそっくりじゃな」と呟いた。

 女の子の芋アナだったら、勇気を出してここで連絡先を聞くのもアリだけど、芋アナは今男だ。

 出来立てカレシのカパ郎の前で、連絡先を聞くのは気が引けた。

 私はビッチだけど、カパ郎にはビッチと思われたく無さ過ぎる。

 名残惜しそうにしていると、カパ郎が私の手を引いた。


「そろそろ、行こう、りおな」


 私は頷いて、芋アナに手を振った。

 芋アナも笑って手を振って、部屋を出て行く私達を見送ってくれた。


 *


「ほいじゃ、ちょっくら川に流して来るのじゃ」


 校舎の裏の林に向いながら、カパ千代を担いだポチャマッチョが汚れ役を引き受けてくれた。

 任せたのじゃ、と、少し申し訳なさそうなカパ郎に、ポチャマッチョはグッと親指を立てて「任せるのじゃ!」とくちばし? をひん曲げた。

 おお、頼もしい。ポチャマッチョなだけあるな!

 カパ斗も「じゃあの~」とヘラヘラして(媚びを売っている。絶対媚び売っている!)ポチャマッチョに続いた。もちろんカパ彦も……と私は彼を見た。

 カパ彦はサーヤちゃんの縦笛を両手で握って、


「オリは、おっぱ……サーヤたんに笛を届けに行くのじゃ! 絶対行くのじゃ!」


 と、まだ誰も反対していないのに言い張った。

 でも、その縦笛、使用済みになっちゃったから返さない方が良いと私は思う。

 サーヤちゃんの中で行方不明の笛でいた方が、サーヤちゃんが今後も清らかでいられると思うんだ。……どうせ、数年後には彼女も自動的に汚れて行くんだろうし、そういうのは自然の法則に任せた方が良いと思う。

 それにカパ彦、おっぱいって言おうとした。絶対おっぱいって言おうとした。

 サーヤちゃんに二次被害が確実に起こってしまう予感がプンプンする。接触させてはいけない。このまま放って置けば、幼女とカッパ間に事件が起こるのは避けられない。

 私はカッパと人間の架け橋になりたい! なんて毛ほども思っていないけれど、カパ郎の為にもあまりカッパの評判を落としたく無い。

 と、言うワケで私は反対した。


「サーヤちゃんとの接触は禁止。笛は処分します」

「な!? なんでじゃ!? おっぱ……サーヤたんが悲しむのじゃ!」

「代わりなんてきっとたくさんあるから大丈夫!」

「あのおっぱいの変わりは無いのじゃ!!」

「はい絶望的にアウト! それをよこしなさい! 封印するから!!」


 私は手をカパ彦に差し出した。『それをよこせ』と。

 カパ彦は縦笛を抱きかかえる様にして、半泣きの顔で首をブンブン振った。


「いやじゃ……いやじゃ……ちょっとつつかせてもらうんじゃ!!」


 本格的にサーヤちゃんが危ないな。

 コイツもカパ千代みたいに、いずれ堕天するんじゃないの?


「縦笛のお礼にそんなイベントついてないよ!」


 私は無理矢理カパ彦から、サーヤちゃんの縦笛を奪おうとした。

 しかし、カパ彦は私から三メートルくらい飛びのき、空中でクルクル回ってシュタッと着地すると、「ヒャッハー!」と悪そうに笑って運動場の方へ駆けて行ってしまった!!


 うわ、ナニアイツ。妖怪か!?


「カ、カパ郎、どうしよう!?」

「大丈夫じゃろ」


 カパ郎はのほほんと笑った。

 イヤ、どこが大丈夫だった!? 「ヒャッハー」って言ってたよ!?


「心配だなぁ……」

「カパ彦は存外、ヘタレじゃで大丈夫じゃ。可愛いオナゴの前じゃ、口もよう聞かん」

「そ、そうなんだ~……」

「よう出来て、モジモジ笛を差し出すくらいじゃ」


 私の前ではペラペラ下ネタ喋っていましたが!? アイツ許さん……!!

 可愛い所もあるもんだ、なんて、全く思えないのがカパ彦の気持ち悪い所だ。あれだけ煩悩を隠さないクセに、対象の前でだけモジモジするなんてアイツ筋金入りで気持ち悪いな。


「それよりも、りおな……」


 私がカパ彦にイライラしていると、カパ郎が私の手をそっととった。

 見上げると、はにかんだ中にも男らしく微笑んで、彼は言った。


「夜が更けて来たのじゃ……」

「え、うん……」

「二人きりになれるところに、行かんかの?」

「カパ郎……」


 心臓がパァンってなりそう。

 目元を少し染めた、懇願含めのカパ郎の微笑みをまともに喰らった私は、危うくゴリラみたいにウホウホ胸を打ち鳴らしながら全速力で駆け出したい気持ちをグッと堪えた。

 ああ、もう喚きながらグルグル回りたい!! 嬉しい! 楽しい! 大好き!!

 私は充血した目を見られない様に少し俯いて、興奮を悟られない様に小さくコクンと頷いた。

 ふふっ、と、カパ郎が笑う声がして、手を引かれた。


「行こう、りおな」


 私は頷いて、カパ郎の手をギュッと握った。すると、カパ郎もギュッと握り返してくれた。

 その後はもう、人気のない良さげな暗がりの事しか考えられなかった。

 小学生たちの縦笛発表会が始まったのか、たどたどしい笛の音が流れ出した。

 その幼い演奏の音に背徳感を感じながら、私達は人気ひとけの中からそっと抜け出した。

 (と、締めたいところだけど、背徳感バッチコイ最高! だし、どちらかというと「いざ出陣!」の構えで出撃、が本音である。かしこ。)


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