仲良くなるのに時間はいらない
放送室の中に入ると、芋アナは窓に掛かっていたカーテンを閉めて私を手招きした。
「こンなら、外から見んでしょ」
「は、はい……」
「ン。コッチ来んせぇ」
目をキュッと細めて、可愛く手招きする。
私は頷いて芋アナの傍に寄った。
芋アナはサッサと私の浴衣の帯を解き、襟の合わせを正しく直すと、手際よく帯を締め直してくれた。しかも、どうやら蝶々結びじゃない結び方をしてくれているみたいだった。
何となく予想していたけれど、女子力が高い。
「凄い、よく出来ますね」
「えへへ、下手くそだけンどね~。ちなみに、うろ覚えだからちっと変かも。許してケロ」
そんな事無いよ! 後ろでテキパキ帯を操っているところこそ見えないけれど、帯は歯切れ良いシュッシュッという音を立てている。
集中しているのか、芋アナが喋らないので、ここは私の出番だ。
「旅行で来ているんですけど」
「ウン?」
「毎朝ニュース見てます」
「エー、ありがとさんです!」
「か、カレシも、芋野アナの事気に入っていて……」
芋アナが「キャハ」と笑った。
可愛い笑い方だったけれど、どこか田舎臭くてそれがブリッコにならない。
『ブリッコにならない可愛さ』というのは、女子間ではとても大事な事だ。
どの位大事かと言うと、死活問題位である。
「カレシ、いいな~」
デヘヘ……その言葉、長年待ってました!!
「ほんじゃ今日はお祭りデェトさん?」
「さん」が何故付くのか分からなかったけど、「お祭りデート?」という意味なんだろう。
私は頷いた。
「でも、はぐれちゃって」
カパ郎が私を置いて、変態を追いかけて行ってしまった事を思い出して、急にテンションが下がった。
しょぼくれた私の背を、芋アナがトンと突いた。
「でけた! 良い帯だっぺ。 ねぇサマ、お名前は?」
「え、妹尾、です」
「カレシさんは、なんて呼びなさるの?」
「……? りおな、です」
「りおなさん、ね。まっかせてちょーだい!」
芋アナが笑って、放送室の一角にある色々なボタンがついたSFッポイ機材の方までテンテンと歩いて行くと、その機器をポンと手で叩いた。
「今ここさマイク、村中に繋がってるっち! 呼び出しかけてあげる」
ええ!?
……それって……
『ピンポンパンポーン、迷子のお知らせです。
妹尾さんという地味なオナゴが、お連れ様とはぐれてお独りサマです。
お連れ様のカパ郎さんは、小学校二階放送室までお迎えに来て下さい』
想像するだけで恥ずかしい!!
私は慌てて首を横に振った。
「イヤ、それはいいです」
「なんでぇ?」
「ここで待っていれば、また落ち合えますので」
「ふぅん……じゃあ、それまで寂しいべ? ここにいない?」
どうやら芋アナも爺たちが餌を求めて出て行ってしまい、退屈していたみたいだ。
「夜のガッコなんか、一人でいンのオソガイ(怖い)し」
「あ、わかります」
「んねっ。じゃあ、決まりッコ!」
カパ郎が変態を追って行ってしまって沈んでいた気持ちが浮き上がる。
地方のローカル番組と言えど、テレビに出ている人と話が出来るなんてちょっと面白いじゃないか。
これはうーたんに自慢しなくては。
*
テレビで観ていた通り、芋アナは人懐こいあしらい上手だった。
私は直ぐにリアルの彼女にも親しみを持った。
初対面でも付き合いの長い友達みたいに感じにさせる、そんな凄いスキルを持っている人がいるけれど、まさに芋アナはそれだ。
こういうのって、天性なんだろうか。それとも、身に付けていったものなんだろうか。
どちらにしても、羨ましいスキルだ。
そんな事を思いながら、私はお腹を空かせた芋アナと共に一旦校舎を出た。
もちろん、放送室まで駆け抜けた恐怖を忘れたワケじゃない。
でも、朗らかで、どっしりと落ち着いた所のある芋アナはなんだか頼もしかったし「ひゃー、こわいこわい」なんて言いながら薄暗い校舎の中を行くのは、楽しかった。
学生時代、新学期に新しく友達が出来た時の様なトキメキ。
「我は今、乙女である」感がハンパない。
そして乙女らは、ビール缶とイカ焼きと串カツと焼き鳥と焼きもろこしを抱えて、校舎へ引き返した。
私も芋アナも「ゲッヘッヘ」という顔で、意気揚々だ。
女というのは乙女にもオッサンにもなれる便利な生きものなのである。
私たちはお祭り特有の浮かれた空気に後押しされて、一気に打ち解けながら、芋アナの仕事場である放送室へと戻って行った。
校舎内の薄暗い廊下に、笛の音はしなかった。
それどころか、薄々お気づきだろうがあまり物事を深く考えるのが苦手で誘惑に弱い私、目の前の楽しそうな芋アナとの交流の幕開けにワクワクしてしまっていたので、警戒心などトイレにジャーなのだった。
だからカッパと恋に落ちたのだけれど、我ながらちょっと反省して欲しいのであった。




