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学校の怪談VS里緒奈

 ド田舎のボロイ校舎の前に置き去りにされた私は、とにかく何かを恨みたいエコエコアザラクな気分で佇んでいた。

 私が一体何をした?

 自信を持って自白させてもらうけど、ただただ自堕落に生きていただけだ。

 なんの罪も無い生き物里緒奈に、こんなのちょっと酷いよ神様。パンツ返して。

 あの時(本当は何時いつか思い出せないけど、とにかくあの時)最後に履いた、穢れを知らないお嬢様。

 今では存在自体が穢れモノとなっているに違いないと思うと、身を切られる思いだった。

 俯いてメランコリックになりたいところなのに、あろうことかトイレに行きたくなった。

 尿意ってどうしてこう、KYなんだろう。

 どんなに大事な場面でも、悲しくたって切なくたって容赦なく襲って来る。

 こうなってしまうと、辛い思い出も思い返せば『あの時トイレはちゃんと行ったんだよなぁ』なんてトイレの思い出の方を強く思い出してしまう始末だ。

 まぁ、そんな事はいいや。トイレ行きたい。(ほら、尿意の思うツボだ)

 浴衣だからいつもより制限時間も数段短いワケで、私はひとまず頭の中を「トイレ」に切り替えたのだった。


 小学校の校舎には幸いトイレがたくさんある。

 選びたい放題、どこでするのも私の自由でハーレムなワケだけれど、古い小学校の夜のトイレは、未だLEDを拒むかのように青白い蛍光灯が幅を利かせていた。

 死にかけの青白い蛍光灯は、「死ぬ・死ぬ……」と苦し気に呟く様にチカチカと間隔を置きながら点滅していて、肝試しムード満点だった。

 ストレートに薄気味悪い。

 私はお化けが怖いのだ。

 人間の方が怖い説もあるけれど、人間にはいざとなったら打撃が効くので、やっぱりお化けが怖い。

 かなり分かりやすく怖気づいて、やはり薄暗い廊下の蛍光灯の下、立ち竦む。


 私は真剣に考える。


 何秒で用事を済ます事が出来るだろうか?

 何秒でなんか怖いのがヒョッと現れるだろうか。

 どうせ現れるなら、今出て来て欲しい。

 ジェットコースターの上昇中が終わった後みたいに、意外と「ふ~ん」ってなって呑気に用を足せるに違いない。……多分。

 最中とか本当に止めて欲しい。

 怪談の本とか貪る様に読んでいた子供の頃が恨めしい。

『花子さん』とか『霊子さん』とか『赤い紙・青い紙』とか言い出しっぺ本当に恨む。

 なによりも、もう成人してるのにそういうの思い出しちゃって怖がる自分を恨む。

 ああ、恨めしや……。

 ハッ、いけない。奴らは「恨み」の念によって近寄って来てしまう気がする。

 なんてゆうか、こう、「ハレルヤ!」な気分で挑まねば!


 ハレルヤ!!


 私は心の中を「ハレルヤ」で満たし、薄暗いチカチカトイレに踏み出した。


 ―――怖くない怖くない怖くない……ここはハレルヤな場所……そう……ハレルヤになる場所じゃないか!


 そんな風に意気込む私の心に、怪談を怖い物見たさで読みふけった過去からの薄暗い声が囁く。

 うう……いくら独り身が長かったとは言え、こんな時にまで自分で自分を盛り上げてしまうとは、私ってばどうかしてる。


(三番目のトイレに入るとね、一番目のトイレから順に、ノックする音が……)


 ―――じゃあ、三番目に入んなきゃいいんだよ。


 私は四番目へ急ぐ。しかし、確かそれは罠で四番目の「四」は「死」と掛かっていて……。

 私はジャクソンも「Wow」な華麗なムーンウォーク(抜き足差し足後ろ歩き)で一番目へ戻った。

 これで迫り来るノック恐怖は回避だ。

 まさかファーストコンタクトで「入ってます」とは、あちらも予想外だろう。

 こうなったら先に驚かしたモン勝ちだ。


(入ってるとね、『赤い紙・青い紙、どっち?』って聞かれるんだ)


 ―――これはトンチを効かせたつもりの『白』では不正解だ。真っ白な顔で昇天させられる!! グレーを狙え……ええと……『エコ・ペーパー派です』と答えよう。良し。


(手を洗っているとね、すぐ後ろで泣き声が聞こえるの。振り返っても誰もいないんだけど、洗面台の鏡を見るとね……)


 ―――見ません。鏡見ません。


(用を足してるとね、便器から不気味な手がニュッと出て来て……)


 ―――ハイキタ、それカッパァーーーッ!!


 と、こんな具合にトイレに行くのも一苦労な私だったけれど、懐かしいドキドキを感じながらなんとかトイレから生還し、「こんなドキドキじゃなくて甘いドキドキが……」などと思いながら手を洗っていた。

 すると、聴こえて来たんだ。

 生憎、啜り泣きでもノックでも無くて、それは……笛の音だった。


 ぴょろっ、ぱぴぃー、ぷぉ~……。


 散々神経を尖らせた割に何事も起こらなかった後のゆるゆるタイムだった私は、音のマヌケさとかそういうのはどうでも良かった。

 私は、ただ「なんか音がした」事に飛び上がり、チキンの名を欲しいままに疾走した。

 不幸な事に、校舎入り口から音がしたので『脱出不能』の恐怖にテンパってホラーやパニック映画で良くある『階上へなんで逃げるの』を決行する。

 便所スリッパを履いているにも関わらず、私は自分に翼が生えたのではないかと思う程の勢いで階段を駆け上り、二階の左右に伸びる廊下を見比べ、煌々と明るい教室がある方へと突進した。


 ああ、あと数歩駆ければ明るい教室だ。

 なんか人の気配もするし、助かった……!!


 私が勢い良く、半ばスライディング気味に教室のドアへ手を伸ばした瞬間―――。


 ガラッと教室のドアが開き、誰かが出て来た。

 私よりも少しだけ背が高くて、黒地モダン柄の浴衣を着た女の子だった。

 私はその娘さんが誰かすぐに判ったんだ。

 だから、思わずそのの名前を呼んだ。


「い、芋野アナ―――!?」


 もちろん、車やイノシシは急には止まれないので、意に反して突進(あるいはスライディング)し、芋野アナに思い切りぶつかってしまった。


 なんでこう、なるの!?


 *


 芋野アナの身体にガバッと抱き着く形で飛び込んで行った私、申し訳無さと「あ~、もうしゃ~ないしゃ~ない、なるようになるわクソが」な諦めの中、ふと違和感を感じた。

 ちょっと女の子にしては固い様な、そんな感じがしたのだった。

 それに、咄嗟に私を受け止めようとしてくれたのか、広げられた腕がなんとなく逞しかった気がした。

 でも私に覆いかぶされながら「イタタ……大丈夫け?」と言う彼女は紛れもなく同年代か少し下の女の子で、テレビで見るより可愛かった。


『きっとアレだな、カメラとか担いだりするシーンがあるから筋肉ついてるんだよ!!』


 本当に些細な印象だったので、私はそう思っただけだった。


「ごめんなさい!! すいません!!」


 それよりもとにかく平謝りして、芋野アナを助け起こそうとしたら「ダイジョーブダイジョーブ!」と、彼女は自らピョコンと立ち上がった。

 う、やっぱりちょっとテレビで見るより可愛い。芋アナのクセに……。

 芋アナは私を見て、ちょっと周りを見、残念そうな顔をした。


「アレ? 出前の人でないの?」

「え? で、出前?」


「ん」と芋アナは頷いて、祭りが始まる頃に誰かが頼んでくれたお寿司をずっと待っている事を教えてくれた。


「祭りが始まる頃って……もう何時間か経ってる……」

「だべ~。ほいだで、皆ハラ空かして屋台に行っちまったんだ」

「い、芋野アナは?」

「んふ、こんなの慣れっこ!」


 芋アナはそう言って、ニッコリ笑った。

 ここ、きっと私とカパ郎が「芋アナどこだろう?」って探した放送局だ。

 ドアの上に垂れているプレートを見れば、『放送室』とちゃんと書いてあった。

 芋アナはプロだから、お腹を空かせた爺さんたちが我慢できずに屋台に走っても、無人に出来なかったんだ……。


 凄いナァ……インフルエンザなんて嘘を吐いて会社をズル休みしている自分の胸が、ちょっと苦しい。(本当にちょっと。反省? すみませんしてません)

 罪の意識と言うよりも、そうやって空腹とか小さな理不尽を笑って「平気」と言える位仕事に打ち込めているのが、私は羨ましかったのかもしれない。


 私なんかちょっとお腹すいただけで、デスクでブンむくれてイライラしてるかンよ!!


 改めて憧れの目で芋アナを見ると、芋アナはケラケラ笑って私の襟を指差した。


「な、なんですか?」

「ねぇサマ、浴衣の襟が合わせ逆だぁねそりゃ!」

「え……!?」


 ぐおおおお……本当に私ってなんなんだっ。

 お化け怖がる前に死人じゃないか!!

 私の良い所は何処だ。何処なんだ!!


 下唇を噛んでいると、なんと芋アナが「直してやっから、奥に来なせぇ!」と言ってくれたのだ。


「え、いいの?」

「ん、やだろぅ? いいからいいから!」


 芋アナが放送室へ招き入れる為に、私の手を引いた。

 その手は温かくて……アレ? 

 なんか……やっぱり……?

 イヤ、んんん~?


「キレーな浴衣だぁね~」


 そう言って「ニシシ」と人懐こく笑う芋アナの笑顔に、私はある疑問を抱きつつ、「そんな馬鹿な」と微笑み返す他無かった。

 だって……芋アナは本当に人柄が良さそうで、テレビで見るよりずっと可愛かったのだ。




お久しぶりです!!

間が開いてしまって大変申し訳ありませんでした!!

読んで下さる方に幾千万の感謝を!!


あと、ネタが昭和で(以下略)

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