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カッパと銃と脱衣麻雀

 揺れる提灯を辿って、幾つか現れる分岐点で適当に方向を決めながらブラブラ歩いていると、小学校に辿り着いた。

 グラウンドに小さな櫓が建っていて、生徒達が描いたカッパの絵が飾られていた。

 どれもこれも、緑色のカッパで、頭にお皿を乗せている。手にはもちろんキュウリを持っていた。

 私は今まで疑問に思っていた事を、ふと口にしてみた。


「カパ郎もカパ彦たちも、緑色じゃないね」

「カッパじゃからの」


 カパ郎は、大して興味を持っていない様子で、チラッと絵を見ただけで、素っ気ない。


「でも、私達の知ってるカッパはこうだよ」


 私は小学生たちの描いた絵を指差して首を捻った。

 ここんとこ、カパ郎たちはどう思っているのか気になるところだ。

 カパ郎はと言うと、あまり答えたくなさそうだった。


「そうじゃのう……。なんて言うのかのぅ……こ奴等は別種じゃ」

「別種……こういうカッパもいるにはいるって事だよね?」

「むぅむ。一括りにされたく無いのじゃが……おるのぅ」


 カッパにも派閥かカッパ種問題があるらしい、と私はこれ以上突っ込むのを止めようと思った。

 こういう話題はデリケートに違いない、と気配リストの直観が告げるのだった。

 それにしても、面白く思っていない(と、カパ郎の様子から判る)緑(カッパ)種の方がメジャーなのを、肌色(カッパ)種派はどう思っているのだろう、と、ちょっと要らない好奇心が沸いてしまう。

 それから私は、「あっ」と、昼の事件を思い出した。


 あの気持ち悪い変なカッパ……! アイツは緑色だった……っ!!

 幸せ(浮かれ)過ぎて、すっかり忘れていたけど、アイツは小学生の絵の方だ!!


 私は直ぐにカパ郎に昼間の出来事を報告しようと思ったけれど、止めた。

 カパ郎が、特に上手く描けているカッパの絵にさり気なくデコピンを喰らわしていたからだ。

 丸い大きな目を細め、目頭の下に皺まで刻んでいる。

 癒し系の彼らしくない「チッ」という表情だった。

 ダークな彼も素敵……じゃなくて、カパ郎は緑人カッパ種がよっぽど嫌いなんだろう……。

 これは話題を出さない方が良い、と私は思ったのだった。

 プイ、と風に揺れる画用紙たちから離れるカパ郎に付いて行き、グラウンドにポツポツ出ている出店を見渡すと、子供達がわちゃわちゃ集まっている店が一つ。

 何だろうと遠目から見ていると、子供達の中心に、厭な予感しかしない三人組の頭を見つけた。


「お、カパ彦たちじゃ」


 カパ郎が嬉しそうに言った。

 私にとっては「ゲ」でしかない三人組だったけど、カパ郎にとっては違うのだからしょうがない。嬉しそうに出店へ行ってしまうカパ郎の後を、かなり渋々ついて行く。

 店は射的の店だった。

 カパ彦が夢中で銃を構えている。

 彼の両端には、ポチャと女顔が真剣な面持ちで胸の前で両こぶしを握っていた。

 それは良いけれど、アホ三人組は、浴衣を着ているものの、上半身をはだけて晒していた。

 良いよ。皆、中身はアレでも、スタイルは良いんだ。

 私も思わず涎が出そうな光景ですよ。

 しかし、甲羅、甲羅がモロ見えですが……!?

 な、なんで「まんま」で来ているんだこのアホ達は!?

 そのせいで子供たちが彼らに群がっているのだった。


「にいちゃん、これ良く出来てるね~!!」

「おれも触りたい~!」

「ツルツルしよる~!!」

「ぬわーっ! ワッパども、甲羅を引っ張るでないのじゃっ! 狙えんのじゃ!」


 グイグイ甲羅を引っ張られて、カパ彦が大人気無くマジギレしている。

 イヤ、しょうがなくない? しょうがないよ、カパ彦。

 グラグラ揺れるカパ彦の銃口の先には、脱衣麻雀のゲームソフトのパッケージが置いてあった。


 カパ彦ぉ! あんたはゲーム機なんて持ってないでしょ!!

 パッケージだけでイケるとか止めなさい!!


 と言うか、小学校のグラウンドで何を景品にしているんだ。


「くちばしスゲー!!」

「リアル!」


 ポチャも女顔も、子供たちの無遠慮に伸びる手に、「シッシ」とちょっと厭そうにしている。

 ぶにゅっ、と女顔がくちばし? を掴まれて、フガフガしている所に、カパ郎が割って入った。


「これ童、カッパにそんな事をすると、雨を降らせてもらえんくなるぞ」


 カパ郎にそう言われた男の子は、ぷうっと頬を膨らませた。

 他所の子って本当に可愛く無いな……。どうでも良いけど。


「本物じゃねぇもん!」

「本物じゃ」

「ちょ、ちょっとカパ郎……」


 心配になってカパ郎の袖を引くと、彼は「大丈夫じゃ」と言うように私に微笑んだ。

 それから、男の子の傍にしゃがみ、


「よう見ておるのじゃ」


 と、銃を構えるカパ彦を指差した。

 でも、男の子はカパ郎の浴衣がはだけた股を目を丸くして凝視している。


 ああ……またしてもカパ郎ってば曝け出しちゃってるよ!

 違うよ! その銃をよく見ては駄目!!


 カパ彦の銃でなく、カパ郎の銃に驚きを隠せない男の子は「ヤバイ人だ」という顔をして、急にしおらしくなった。

 カパ郎からコソコソ離れ、それでもカパ彦の射的かカッパ姿のどちらかが気になるんだろう、店から離れずに様子を伺っている。

 相手が男の子で良かった……?


「カパ郎ぅ~、助かったのじゃ」


 女顔が半泣きでカパ彦に縋った。


「カパ郎、オッスなのじゃ」


 ポチャもカパ郎に手を上げて挨拶した。

「オッスなのじゃ」ってなんだよ。

 カパ郎もそんな二匹に微笑んで、カパ彦に声援を送った。

「おぅ~、皆楽しんどるのぅ。カパ彦がんばるのじゃ」

「ガッテン承知の助なのじゃ!」


 カパ彦と向かい合っているのは、鉢巻をしたオッサンで、何やら悪だくみをしていそうなニヤニヤ笑いをしている。

 それもそのはず、他の子供達がいくら狙いを定めて銃を撃っても、景品は一向に獲れていない様子だった。当たっても落ちない威力なのだ、と傍目に明らかだった。

 しかし残念な事に、子供とバカ三匹しかこの場にはいない。

 そりゃあ鉢巻オジサンも、ニヤニヤ笑いたくなる事だろう。

 いやらしいお祭りの闇を見てしまった私は、「ムヒョー!!」となっているカパ彦をちょっと可哀想に思った。

 カパ彦……残念だけど、いくらコルクが当たっても、脱衣麻雀は取れないよ……。

 鉢巻オジサンの「へっへっへ、どんだけ狙いを付けても取れねぇっぺよ!」という悪役顔が、段々癪になって来る。

 しかし、カパ彦はそんな鉢巻オジサンに「フン」と笑うと、銃をチャッ、と構え直した。

 カパ彦が狙いを定め、引き金を引いた。


 ドシュッ!!


「!?」


 パンッ、とか、バンッ、とかそんな銃声を予想していた私は、予想以上に大きな勢いの音に驚き、更に脱衣麻雀のゲームパッケージが置いてあった場所にそれが無いのを見止めると、驚いてカパ彦を見た。

 鉢巻オジサンも目を丸くしている。

 周りにいた子供たちも、一瞬でカパ彦を尊敬の目で見始めた。


 カパ彦が「ふふん」といった様子で、まだ残っているコルク弾を片手で空に放って受けた。


「後三発じゃの」


 クールなガンマンカッパになり切ったカパ彦は、次々と景品をドシュドシュ撃ち落として行く。

 狙う景品が、幼女向け美少女戦士のフィギュア、古いアイドルの水着がプリントされたトランプ、脱衣麻雀②というのを除けば、子供達と一緒に「ほわぁ……!」と感心してしまう腕前だった。


「全弾命中じゃ、ほれ、景品をよこすのじゃ」


 ニヒルに微笑んで、銃を肩に担ぐカパ彦を、小さな女の子たちが憧れの瞳で見ている。


「あのおにいさん、くちばしとったらどんなかなぁ」

「かっこいいね……」

「くちばしとってって、お願いしてみようか?」

「恥ずかしいよ~、エミちゃんが言ってよ」

「えー、タエちゃんが言って~」


 キャッキャしてるけど……。

 このお兄さんはお尻の穴をほじくって自分で怪我するお兄さんだよ。


 そして、カパ彦は手渡された景品に夢中だ。安定のカパ彦。

 物凄く不思議そうに銃の調整を調べる鉢巻オジサンの店を後にして、焼きそばやらたこ焼きやらを買い(フランクフルトをやたら勧めて来るガンマンはスルーしました)、私とカッパたちは小学校校舎の入り口付近に落ち着いた。

 なんか普通に合流しちゃったけど……まぁ良いや……。


「焼きそば美味いのう」

「たこ焼きも美味しいよ。マヨネーズつける?」

「おう、りおなどんは気が利くのじゃ~」

「りおなどん、浴衣いいのう」

「りおなどん、フランクフルト、咥えんか?」

「カパ彦、グラウンド十週」


 カパ彦がグラウンドへ駆け出して行った後、彼の置いて行った射的の景品をなんとなく手に取ると、どれも水で湿っていた。


「……これ」

「フフフ、カッパの水鉄砲じゃ」

「……」


 記憶に新しい、金魚すくい屋での出来事を私は思い出してクラッとした。

 こ、コイツら……。


「新参の店で良かったのぅ。前の射的屋には顔を覚えられてのぅ」

「去年は追い出されてつまらんかったのぅ!」


 出禁になってるじゃないか!!

 カッパ祭りだからって、やりたい放題過ぎるよ!


「ほいにしても、何で化けずに来たんじゃ?」

「そ、そうだよ、なんとかなってたけど、目立ってたよ?」


 私とカパ郎がそう聞くと、ポチャが太い腕を組んだ。


「それがのぅ、山中の夏雪葛が全部駄目になっとったんじゃ」

「なんじゃと? 俺が取りに行った時は……」

「うぅむ、多分、その後じゃの……使える花は刈られて川に捨てられとったのじゃ」

「酷い!」


 私は聞いていて悲しくなった。

 あんなに素敵に咲き誇っていたのに、全部駄目って……。

 ポチャが肩を竦める。


「ほいじゃで、化けれんかったんじゃ」

「どうせカッパの姿をして遊ぶ祭りじゃし、このまま来たんじゃ」

「一体誰がそんな事を?」


 私がそう言うと、カパ郎もぽちゃも女顔も、顔を見合わせ視線だけで意思疎通させたのか、小さく頷き合って黙り込んだ。

「知っている」様子だ。


「え? なに? 心当たりあるの?」

「……あるにはあるんじゃが……」

「そこまでヤル奴だとは思わんかったのじゃ……」


 そう言った女顔に、ポチャが「まだ決まってないのじゃ」と、たしなめる様に言った。


「決まっとるのじゃっ」


 と、珍しくカパ郎が鋭く言って、顔を険しくさせた。


 か、カパ郎……?

 一体どうしちゃったんだろう?


 *


 カパ彦がグラウンドを走っている。

 子供達が、「カッパカッパ」と言って、彼の後をキャーキャー言いながら追っている。

「ついて来るでないのじゃ~!」とカパ彦は鬱陶しそうだ。

 彼らが円を描いて駆ける中心には、櫓が提灯の灯りに照らされている。

 その櫓に飾られた緑色のカッパの絵が、微かな夜風にヒラヒラ揺れていた。


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