探しものは、一人より二人
盆踊りがこんなにもハードなものだとは思わなかった。
日ごろ運動不足かつ不摂生な里緒奈カッパ、大きく腕を振り上げたり、ピョンピョン片足で跳んだりとか継続して出来ない。
大きい輪を一周し終えたところで息が上がってしまった。ピョンピョンが辛い。
飛び上がる時は身体が重いし、着地する時はヤッパリ身体重い。
前を踊るカパ郎は「これからじゃ~」という感じでフンフン踊っている。
待ってカパ郎……里緒奈カッパ、カッパマスクが超苦しいの……。
カッパマスクに覆われた口の周りが、汗でえらい事になってる。
トロトロリップグロスとか、もう全部顎のあたりにドロドロ流れ落ちているに違いなかった。
口の周り熱い。自分の息臭い。
なんだこのセルフ灼熱瘴気の刑は……!?
辛い。情けない。なんかしょっぱい。口の周り痒い。舌が届かない所痒い。もうヤダ。
「カパ郎、ごめん。私ちょっと休む……」
モガモガそう言った私へ、カパ郎が振り返った。
「うぉ、りおな、汗だくじゃぞ!? 大丈夫かの?」
ううう、見ないで。汗だくの里緒奈なんて見ないでっ!!
『うぉ』って言われた。『うぉ』って言われた……。
「ふしゅー、へへ……暑いからさ、ふしゅー」
相撲取り喋りをせざるを得ないこんな私の汗だくの顔を、カパ郎は自分の浴衣の袖で拭ってくれた。
「ちょっと休むのじゃ。踊りは一晩中いつでも参加出来るからの」
「うん……♡」
「出店で冷たいものでも飲むのじゃ」
ん、とカパ郎が私に手を差し出した。
「あ、ジュース代? ちょっと待ってね」と思いながら、帯に突っ込んで来た小銭入れを出そうとしていると、カパ郎は私の手をひょいと取って、そのまま屋台の方へ歩き出す。
私は、「手を繋ごう」の素振りを「ジュース代よこせ」と勘違いした自分に「マジか」と思った。
自覚は無かったけど、自分で自分の価値を相当貶めてしまって行くところまでイッちゃっているのかも知れないと思うと、里緒奈カッパはかなり自分で自分が不憫だった。
こんなに自然に優しくしてくれているのに、そうされればされる程、それを失うのが怖くなって卑屈になって行ってしまっている気がする……。
そうだ。出会ってから恋に落ちるまでと、恋に落ちてからの気の持ち様が、私の中で確実にガラリと変わってしまっているのだ。
『ツンツン』なところが良かったのに、付き合い出したら『デレデレ』で、ちょっと違った、とか、『サバサバ』してたのに、付き合い出したら束縛し出してちょっと違った、とか良くある話だ。
私は何だろう……『ガハハってセクハラしてくる』女だったのに、付き合い出したら急に卑屈になってちょっと違った……? いや、「だったのに」がマイナスからなんだけど、どうよこれ?
駄目だ、とにかく駄目な気がする。
折角、出店もあって、カパ郎と手を繋いだりなんかしちゃったりしちゃってる楽しい時間に、私は自分の卑屈さをカパ郎に察知され「鬱陶しいのぅ」などと思われやしないかなどと考えて時間を無駄にした。
そして、それもこれも、自己評価の低さから来るものだと分かっているから腹が立つ。
カパ郎に気付かれない程度にしゅんとしていると、
「里緒奈さーん!」
と、ちらほら道に並ぶどこかの屋台から、私を呼ぶ声がした。
「あ……六さん……」
「里緒奈さーん! 一本漬け、良い塩梅になっとりますよー!」
そう言って、六さんはキュウリの一本漬けを手に持って私に振っている。
彼の笑顔に反して、私は表情を固くした。
アイツは下着泥棒かもしれないのだ。
あんな人の良さそうな笑顔をして、私が気付いていないとでも思っているのだろうか。
お嬢様はどこだっ、そのハッピの下か! まさか腹巻に挟んでいないでしょうね!?
ジリッ……と、後退りかけた私だったけれど、「おお」と声を出したカパ郎の「キュウリの一本漬けじゃあ~!」の表情を見て踏み止まった。
く……、なんてキラキラした瞳をしているのカパ郎!
「りおな、喰うのじゃ! りおなも好きじゃろう?」
「……う、うん」
くぅぅ、やはりカパ郎の為に六さんの性的欲求に蹂躙されなければならないのか!?
だがしかし。
カパ郎嬉しそう~っ。よちよち、一本漬け食べようねっ食べようっ!
カパ郎のキラキラを消したく無くて、案の定六さんの性的欲求を受け入れざるを得ない私は、六さんの出店へ寄って行った。
六さんは私が連れているカパ郎を見て、目を丸くしている。
「ほぁ~、里緒奈さん、良い男連れとりますなぁ!」
「え、へへへ……」
「ホストってやつですか? 都会の娘さんは、金持ってんダナ……」
「いいえ、違います。違いますよ」
いきなり援助交際を疑われて軽くショック。
でもまぁ、リンリンはリアリストなので、カパ郎と釣り合って無い事位は解ってますとも。
だから今しがたシュンとしてましたとも。
ハイハイ、釣り合っていませんよ。
キュウリのお支払いも私ですしね!
と、財布を出そうとすると、カパ郎が懐からサッと千円札を出したではないか!
お釣を出す六さんの表情から「お小遣いまでやってンだな……」と、心の声が聞こえて来た様な気も、若干しないでもないけれど、
「ほれ、りおな」
「あ、ありがとう」
カパ郎はなんでも無い事の様に、私にキュウリを差し出したので、ポカンとしつつも受け取った。
でも、六さんの前で「お金どうしたの?」なんて聞けない。
絶対アレだもの。お賽銭。
カッパ神社のお賽銭だから、カッパのカパ郎が貰っても大丈夫だよね?
カパ郎、バチとか当たらないよね?
私は少し心配しつつ、鼻をくすぐる酸味のある青い匂いにカパ郎程じゃないにしろ「うぉぉぉ、キュウリの一本漬けだーっ」と否応なしにテンションが上がった。
カッパマスクを田舎のヤンキー風に顎に引っ掛けたカパ郎が、いい音を出して一本漬けを齧るので、私もそれに習った。
匂い程酸っぱくない。酸味よりもお出汁で攻めて来るタイプの一本漬けで、冷たくて美味だった。
良い……六さん、あんた、良い腕してるよ。
下着泥棒(容疑)なのが悔やまれる。
六さんはニコニコしている。
「里緒奈さん、浴衣ばっちゃんに貸して貰えたンだな」
私はそれに対して、気を回してくれた六さんにお礼を言わなければいけないのだけれど、お嬢様の事もあって若干つっけんどんな口調で答えた。
「はい。ばっちゃんが、六さんが心配してくれたって……ありがとうございました」
「ウンウン。若い娘さんの浴衣ば、やっぱイイね~」
「アリガトウゴザイマス……」
私は六さんの脳内で、帯をこう、クルクルクル~とされて「アレーお止め下さいまし~」とかされていないか大いに警戒した。
六さんめ、まさかそれが狙いで……などと勝手に鳥肌になっていると、彼はそう言えば、と言った風に私に尋ねた。
「転んだの、大丈夫でしたか?」
「え?」
「いや、俺が出かける時、洗濯場で派手に転んどったみたいなンで」
「? 六さんが出かける時……? 私お昼過ぎに洗濯を取りに行きましたけど……」
その時には、既に六さんは出かけていた。
「あんれ? おかしいナ。朝一旦引き返してから、すぐ洗濯取りに来とりませんでしたか?」
六さんがそう言って首を捻った。
そんなまさか。私は昼過ぎまでカパ郎と一緒にいたのだ。
カパ郎も首を捻っている。
「六さん、姿は見ていないんですか?」
「見てねぇなぁ~。急いどったし、里緒奈さんも『着替えてるから来ないで』って言っとったし……」
六さんはそう言ってちょっと恥ずかしそうにした。
イヤイヤ、私、あんな道沿いの解放的な場所で着替えたりしないのですが……。
六さんの中で、私がどれ程の痴女レベルなのか教えて欲しい。やっぱいい。
どうやら洗濯場から派手な物音がして、様子を見に行こうとした六さんに何者かがそう言ったらしい。
六さんはやっぱり今みたいに恥ずかしそうにして、現場を覗かなかったんだろう。
六さん、誠実では無いか。
そしてどうやら、お嬢様誘拐事件の犯人は、他にいる?
しかし待てよ。これは六さんの巧妙なフェイクなのでは……?
「でもよぉ、思い返すと声がちみっと太かった気ぃすンな……?」
「りおな、ソイツがりおなのぱんつを盗みよったのかもしれんのぅ!」
「なに!? 里緒奈さん、パンツさ盗られたんですか!?」
か、カパ郎ーーーーー!?
そういう事は大きな声で言わないの!!
六さんも!! 隣の屋台のおっちゃんが好奇の目で見てるじゃないか!!
いやだ! おっさんたちに「パンツ盗まれた娘さん」って見られるのイヤだ!!
「どんなパンツです?」
いたずら電話にしか聞こえない質問を、六さんが真面目にした。
私が一瞬の戸惑いを見せると、カパ郎が「ここは任せるのじゃ」みたいな感じで六さんに答えた。
「確か……桃色のヤツじゃの? りおな」
「ほう、桃色ですかい」
「そうじゃ……りおなが初めての時に川で、俺に晒しとったぱんつじゃ」
うおおおおおーーーーい!?
何かが足りなくて何かが過剰だよ!
イヤ、何もかも過剰だよ!!
カパ郎アウトーーーーー!!
「初めての時……川で……さ、晒し……?」
六さんの頭の中で色々な色々が色々しちゃってるよぉぉぉ!!
「な、何言ってるの、何言ってるの!? そんな事してないでしょっ!? し、してませんっ!!」
「いや、いいんですよ、ひ、人それぞれでさぁ……」
「ち、違います!! 誤解です!!」
「りおな、探し物は特徴を言わんといかんぞ」
そうだけど、思い出は言わなくても良いよね!?
「も、もういいから! ほら、カパ郎、あっちにお酒売ってるよ!? 行こう!? 行こうよ!?」
私はカパ郎の浴衣の袖を引っ張って、六さんに別れの挨拶をすると、そそくさとその場を離れたのだった。
*
それにしても、衝撃(?)の真犯人情報だった。
誰かが私に成りすまして、お嬢様を誘拐した……?
いや、多分成りすましたのは物音を聞きつけられた真犯人の、咄嗟の成り行きだろう。
成りすます位だから、女なのだろうか?
でも、声が太かったとの証言も……。
この誘拐事件、謎が深まるばかりだ。
「そんなに難しい顔するでないのじゃ。もしまたソイツがりおなのぱんつを狙いおったら、俺がとっちめてやるのじゃ」
カパ郎が頼もしい事を言って、私に良く冷えたビール缶を差し出した。
そうだ。二次災害も視野にいれなければ、とカパ郎の言葉で気が付いた。
「うん。よろしくね。カパ郎」
「おう。呑んだらまた、出店に行くのじゃ」
「そうだね。金魚すくいとかあったよ」
「金魚すくいは得意なのじゃ!」
カパ郎がウキウキして腕まくりをした。
彼の腕はとても逞しくて、私はその筋肉の盛り上がりに、大いに盛り上がった。
「じゃあ、金魚すくいだね! 飼えないけど」
「毎年獲っては、放しとる池があるんじゃ、そこにはなってやればいいのじゃ」
「あはは、カパ郎、毎年やってるの?」
「そうじゃ、カパ彦たちと毎年来るからの」
「カパ彦たちも来てるかな」
「おう、来とるじゃろな。りおなと行くの羨ましがっとったのじゃ」
ちょっと照れながらカパ郎が言って、「毎年楽しみじゃが、今年は今までで一番楽しみじゃったのじゃ」と私に笑いかけるので、絞め殺したくなるほど愛しさが爆発した。
「珍魚池か~見たいなぁ」
里緒菜浮かれすぎて思わずチン発音。
「珍魚じゃないのじゃ。金魚じゃ」
「う、うん? そ、そんな事言ってないよ! ちゃんと金魚って言ったよ!?」
「ほうか。珍魚もあるにはおるがのぅ……ちと遠いんじゃが、明日一緒に行くかの?」
「うん! 行く行く!」
カパ郎がピュアで良かった……。
明日の楽しみも出来、ちょっと気が晴れた所で、私達はビールをキューっと飲み干した。
それから、二人で手を繋いで金魚すくいの店を探し始めた。
*
提灯がまばらに吊るされずっと先の方まで続いている。
お囃子が好き勝手に鳴り続けている。
延々と何かが続く中、誰しも楽しいものを、探している。
だから、一緒に歩く者がいるという事は、とても幸せな事だ、と、私は思うのだった。
今回から不定期更新に変わります。ペースは落としません(と、思います)ので、よろしくお願いいたします!




