消えたお嬢様
ロッジに戻ると、私は水を滴らせながら、すぐさま六さんの店先にある洗濯機へ向かった。
カパ郎も近くまでついて来た。
彼は人目につかないギリギリまでこうして付いて来て、濡れた洗濯物を運んでくれるのだ。
もちろん、でこぼことはいえ舗装されたアスファルトの道を使うのは人目に付く。
人なんていやしないけれど、警戒するに越した事は無い。
なので、道から逸れた木々の間の暗がりを、ブリーフ一枚の偉丈夫がガサガサ歩いております。
小学生の頃、下校時に遭遇したトラウマを思い出すけれど、ソイツは変態。あれはカパ郎。
六さんは留守の様で、店は格子ガラスの引き戸がぴしゃりと閉められていた。
チラシの裏に『夕方モドリマス』と書いたものが戸に張り付けてあった。明日のお祭りの協賛をしていると言っていたし、その準備にでも行ったのだろう。
特に彼に用事が無かったので、私はいそいそと静まり返っている洗濯機を覗き込んだ。
そして、私は異変に気付いた。
いつもなら脱水層の中には、少ない洗濯物が脱水されて惨めな様子で固く凝固し合っているというのに、何故かほぐれていたのだ。
―――何かがおかしい。
私は朝、風呂敷を背負ってこちらへやって来るばっちゃんのシルエットを脳裏に描いた。
もしや、彼女がほぐして置いてくれたのだろうか?
いや、まさかね。そこまでお節介なオバアでは無かったハズ……。
私はやや不振に思いながらも程よくクチャクチャにほぐされた洗濯物を引き出すと、何度かパンパンと音を立てて振った。
それから順に、バスルームに置いてあった籐の籠(勝手に洗濯用に使用)にふんわりと重ねていき、全部の洗濯物をそうしてしまうと、更なる異変を感じて脱水層の奥を覗き見た。
ちゃんと見た。
けれど無い。
何が無いって、お嬢様パンツが無いのだった。
「あ、あれ?」
確かに洗濯機に放り込んだハズ。そんな馬鹿な。
明日貴女がいないと困るのに。
イヤ、落ち着け里緒奈、見えないけれど、あるかもしれないじゃないか、と謎の理論で自分を励まし、層に腕を突っ込んで底を撫で回し、洗濯層の方も頭を突っ込んで覗き見る。
傍から見たら『二層式洗濯機超絶ラブ愛撫せずにはいられない』みたいな女になっているに違いないけれど、二つも穴があれば、コッチを見ている内に「アッチに在るかもしれない」という気になってアッチを覗き、そうして無いと「やっぱりコッチにあるんじゃなかろうか」という気になってコッチを覗く……そんな風に私は何度も洗濯機をガタガタいわせながら弄った。
「……無い……」
まさか……まさか六さんが……?
イヤ、まさか。六さん? 六さん……?
こんな小娘のパンツを……?
今朝親し気に朝の挨拶をした記憶の中のオッサンの笑顔が、急にドスケベそうに舌なめずりするオッサンの笑顔に塗り替えられていく。
あの時、既に彼は私のお嬢様を狙っていたのかもしれない。
六さん……いや……今までそんな目で私を見て……!?
お、落ち着け里緒奈……冷静に考えよう。
ええと……下着泥棒って盗んだ下着を何に使うんだ?
駄目だ、ヤッパリ考えるのを止そう……。
もしも、六さんが下着泥棒なんだとしたら、気持ち悪い。
私もう、この店に来られない。
キュウリももう、買いに来れないから、カパ郎がガッカリしちゃうよ!
そんなの駄目! カパ郎の為にも、六さんの性的欲求に応え続けなければ……。
でも、そんなにパンツを持って来て無い。
まさか、六さん、じわじわと私をノーパンライフの底へと落とそうとしているのか。
それよりも何よりも、あああ、私のお祭りニャンニャン計画が……。
何処へ行ったのお嬢様!!
*
洗濯機の中に放り込んだお嬢様は幻覚で、実はまだ使用済みお嬢様はロッジの何処かに居るのかも知れない、なんて絶望的な希望を抱きつつ、涙目で洗濯物の籠を抱えてとぼとぼと山へ戻った。
カパ郎が洗濯物の入った籠をヒョイと受け取ってから、元気の無い私の顔を覗き込んだ。
「りおな、どうしたんじゃ?」
「おじょ……ぱ、パンツが無いの」
「ぱんつがないじゃと?」
私はコクンと頷いて、
「誰かに、盗まれたみたい」
「な、なんじゃと? ぱんつを……」
理解に苦しむといった顔をして、カパ郎が凛々しい眉をしかめた。
「一体なんの為じゃ……」
「……考えたくもないよ」
そう言って私は溜め息を吐いた。
パンツすら思い通りにならないなんて、自分はなんてツイてないのだろう。
彼氏とお祭りに行くのに素敵なパンツを履いて行きたい、ただそれだけじゃないか。
こんなに純粋な願いすら、私には叶わないのだろうか。
「とりあえず、ロッジにあるかもだし、一旦戻るよ」
「そうじゃのぅ……俺も探すのじゃ」
「ありがとう、カパ郎」
*
ロッジに戻り、洗濯を干してしまうと、私とカパ郎はお嬢様をロッジ中探し回った。
途中、万が一使用済みお嬢様をカパ郎に先に発見されたらとんでもなく恥ずかしい気がして、私は我先にとお嬢様の捜索に熱を入れたが、そのカイも虚しく、お嬢様は依然行方不明のままだった。
どうやら、お嬢様は本当に六さん、または他の不埒者の汚い手の中の様だ。
今頃どんな無体な仕打ちをされているかと思うと胸が痛い。
萎んでいる私に、カパ郎は優しく微笑んで
「そうガッカリするでないのじゃ。遅うなったが、魚でも獲って来るからの。元気出すのじゃ」
「……うん」
私が力なく頷くと、カパ郎は心配そうに私の頭を一撫でして川へ飛び込んで行った。




