カッパの物差し②
自分の持ちうる「親愛」とか「信頼」とか「絆」とか、そういったものの概念を説明・ご理解して頂く時、一体どうしたら良いのだろう?
もちろん、他人・他カッパと違う見解がそこにはきっとある。
個々の見解の違いは過程、結果を含めて大いに有り得るし、どれが正解ってわけでもないんだろう。
そんな事は承知の助であるけれど、その議論の不透明さを、尻の穴を自ら裂傷させるようなアホカッパにズバリと言われるのは、虚しい。
結構ドヤ顔で語ったのに、『薄ぼんやり』で片づけられた気持ちをご理解頂けるだろうか。
ぐぬぬ……アホのクセに、私をアホ扱いするとか……同類への優しさは無いのか。
カパ彦は更に私を追い詰める。
「後半は特に何を言っとるのかサッパリじゃ。山に住むのか住まんのか、なだけじゃろ」
「だ、だから、お互いを良く知って一番良い生き方を……」
あ、あれ~? カッパには難しかったですかね? という調子で私が答えようとした時、カパ彦のメガネが、レンズも無いのにキランと光った。
「カッパの一番良い生き方は、清い山と川で暮らす事じゃ」
「……」
これにはちょっと、グサリと来た。
カッパの一番良い生き方……。カッパという生き物の。
カパ郎の、一番良い生き方。
そう思うと、人間は? 人間の一番良い生き方って何だろう?
「言っとる意味は薄ぼんやり解るんじゃ。ゆっくり慣らしていきたいんじゃろ? でものぅ、どうせ住むならさっさと住んじまえばええじゃろが」
「だ、だから、無理して一緒に居る事がお互いにとって良い事とは思わないって言ってるの」
「無理と思うンなら、前も後もないじゃろ」
元も子もないと言うか、カッパってせっかちなんだろうか?
私とカパ彦の会話を、ずっと黙って聞いていたカパ郎が口を挟んだ。
「もう止さぬか。りおなにはりおなの世界があるんじゃ」
「じゃが、カパ郎を好いておるなら、どうせ捨てる事になるのじゃ」
「俺は捨てさせようとは思わんのじゃ」
「そんなのは無理じゃ。それともカパ郎、お前が捨てるのか? お前がいなくなったら寂しいのじゃ。誰が薬を塗ってくれるのじゃ」
岩にでも塗ってそこに尻を擦り付けてろ、と私は思ったが、黙っていた。
私はカパ郎に山や川を捨てて欲しく無い。
だって、彼を取り巻くそれらが、彼をつくったに違いないのだから。
「昨夜りおなに、人間の世界で暮らせるか聞かれたんじゃ。『俺はりおなと一緒におる為なら』と言うて直ぐに頷いてやれんかった。山や川が好きじゃ。お前も心配じゃしのぅ、カパ彦」
「クワワ……♡ カパ郎……」
なんかキュンと胸打たれているカパ彦に、カパ郎は優しく微笑み返している。
私はカパ彦の、大きめの鳥のヒナが親鳥に甘える様な「クワワ」が気になった。カッパって鳴くんだ……。
カパ彦め……今まで散々カパ郎に甘えていたな。しかもロクでも無い甘え方に違いない。
優しくて良い人に限ってどうしようもない友達が多い、と言う説があるけれど、当たり過ぎててビックリする。
それにしても、カパ郎がカパ彦のツンツンした態度を瞬時にデレさせた事に感心してしまう。
相手をデレさせる事即ち、防御力を半減させる事だ。
いつもその術中にハマっている私は、改めて「カパ郎……恐ろしい子……!」と思わずにはいられないのだった。
「じゃからの、りおなを責めんで欲しいのじゃ。俺の『山や川やお前達』と同じものを、りおなも今まで生きておった人間の世界に持っておるんじゃから」
「か、カパ郎……。ありがとう」
私はカパ郎の手を取って、彼を見つめた。カパ郎も頼もしい微笑みを私に向けた。
キラキラの中にいる私達に、カパ彦はブッと屁をこいた。
「ほんで、山で暮らすンか? 暮らさんのか?」
ああ~っ! もうっ!!
バッティングセンターに行きたい。行った事ないけど。
今、メガネの描かれたボールを思いっきりバットで打ったら、きっと気持ち良いに違いなかった。
*
「……え、また戻るの……?」
このカッパはメガネのレンズだけじゃなく、どこか抜けてしまっているに違いない。
もう面倒臭いから「山で暮らす」って鼻でもほじりながら言ってしまおうか。
その時、カパ郎の巣の隅の大きな壺から声がした。
「カパ彦、いい加減にせい」
「!?」
カパ郎の巣の中が異空間過ぎて逆に気にもしていなかった大きな壺が、ガタガタ揺れて、中からポチャマッチョカッパがヒョイと顔を出した。
私は軽く悲鳴を上げて、カパ郎の腕に爪を立ててしがみ付いた。
「お、お前、何時からおったんじゃ」
カパ郎がアワアワして、壺から顔を出しているポチャマッチョに聞いた。
ポチャマッチョは、
「ゴホン、何時からでも良いじゃろう」
イヤ、全然良くないよ!?
何してるのこのカッパ!?
「オイ(俺)は、りおなどんに一理あると思うのぅ」
壺から顔だけ出したまま、ポチャマッチョカッパは普通に話を戻し出す。しかもいきなり現れて主導権を取らんばかりの威厳ある口調だった。
カパ彦がくちばし? を尖らせる。
「なんじゃ、りおなどんに肩入れする気かの。カパ郎が連れ行かれてもええんかのっ」
「カパ郎が離れて行くのが寂しンは、お前だけではないぞカパ彦! オイじゃて、昨夜麻雀をブッチされたンは寂しかったのじゃ……」
「す、すまんのじゃ……」
端正で男らしいルックスに似合わず「ぷう」と頬を膨らませたポチャマッチョに、カパ郎が身を小さくして素直に謝っていて、何だか妙な感じで微笑ましくなってしまうのは、私の感覚がおかしくなって来たからだろうか?
「まぁ、いいのじゃ。お前達の仲睦まじい様子は、今見させて貰ったのじゃ」
オイイイイイィッ!?
「カパ彦、りおなどんとカパ郎はの、多分山も街も無いのじゃ」
「ふん……じゃあ海にでも行くんか」
カパ彦がなんでこんなに突っかかるのか、私は段々と分かって来た。
カパ彦は優しい親友が離れて行ってしまうんじゃないかって、寂しいんだ。
私はその気持ちが解る。だって、うーたんに王子サマが出来た時、私は寂しかったんだから……。
カパ彦……でもゴメン。全然好感度上がらない。
「どうかのぅ。海か林か解らんが、こやつ等はの、中間を探しとるンじゃなかろうかと、オイは感じたンじゃが、どうかの?」
壺から、「ん? どうじゃ?」と、ポチャマッチョが私とカパ郎に向き合った。
どうして出て来ないんだろう、と思いつつ、私もカパ郎も自分たちの薄ぼんやりした答えを言い当てて貰って、コクコク頷いた。
「そうじゃ。山も川もあってじゃの、ほどほどに人間の世界にも近い場所があれば、境に巣を作ってもいいのう」
*
職場から電車やバスを乗り継いで一時間半、もしくは二時間ちょっと。小さな街ならそれだけ行けば、結構深い山に行ける。職場は今の会社に拘っていないから、そういう街を探すとして(出来れば、ひと泳ぎすればカパ彦たちの住んでいる山に行けたり、乗り継ぎをちょっと増やせばうーたんと飲みに行ける場所があれば最高。その為には川や線路が繋がっているのが好ましい)……さあ、無人の駅を降りて、少し人の作った道を逸れて進めば穏やかな清流が人知れず流れている。
この際、苔生した土手ッポイ所を登るのも我慢しよう。
だから、タイトスカートや白いパンツスタイルは駄目。
どうしても「気分」な時は駅のトイレででも着替えよう。
そうして登るか下るかしたら、小さな家がある。今借りているロッジの小さいやつみたいな。もしくは、カパ郎の巣みたいな洞窟が、「おかえり」とでもいう様に私を迎え入れてくれる。
そこにはカパ郎がいて、彼の起こした焚火に目をキラキラさせながら、『今日もお疲れ様なのじゃ』なんて微笑んでくれる……。
いい。
良いよ。コレ良い!!
私がぽわわんとしていると、正気里緒奈が現れた。
―――リンリンの馬鹿!! どこまで現実が見えてないの!?
おお、なに? さっきのイチャイチャ中には出て来なかったのに。
―――そ、それは……ん・ん~……。と、とにかく、アンタね、その生活ヤバイわよ!?住所登録とかどうすんのよ!! 住所不定の女になりたい訳!? 言っとくけど住所不定って結構キツいんだから!!
そんなの実家にしときゃ良いよ!
―――実家ったって、いずれ里愛武(弟)のモンになるでしょうが! 里愛武に嫁が来たら嫌がられるんだから!!
そんな細かい事気にする弟嫁なんか、イビッてやる!
―――電気は!? 文明が無くても平気とは言わせないから!
馬鹿ね、だから私は働き続けるんだよ! アナログや、それらを活躍させる「燃料」を仕入れ続ける為にね!!
―――キャンプじゃないのよ! 続きゃしないから!! それにカパ郎は収入ゼロじゃない! ヒモ状態じゃない!!
い~え! 魚や焚き木をとって来てもらいます!!
―――ゆ、ゆる……!?
いいの! カパ郎はゆるキャラなんだから!!
―――ど、どこが!? 天才画家が描いた本気キャラだよ!? 神様が本気で創ってるよ!?
カパ郎……カッコいいよね……。
―――う、うん……♡ リンリンがハマってたアイドル俳優より全然……って、駄目だってリンリン!! 私はまだ認めて無いんだからね!? カッパなんて―――
正気里緒奈が今更な叫びを叫ぼうとしたので、「面倒臭いなぁ」と私は目線を天井へフイと向けた。
そして、何も無いハズの所に何気なく向けた視線を受け止められた時、物凄くビックリする事を私は初めて知った。
「!?」
二つの綺麗な目玉が怯えた様子でこちらを見ていた。
心臓が止まりそうになりながら、あまりの事に声も出せず、暫し目を合わせ―――な、なんでだろう、物凄くビックリしているのは私のハズなのに、目玉の方が私に怯えている様な―――私がとうとう耐え切れずに驚きの悲鳴を上げようとした時、目玉の持ち主がサッと人差し指をくちばし? に当てた。
イヤ、『シーッ』じゃないよ!!
なにやってるの!? 女顔カッパ!!
私はカパ朗の巣のセキュリティーの甘さに、三度目の驚愕を覚えたのだった。




