第260話 ボスラッシュと虜囚
上空に潜んでいた土喰いの本体を倒すと、いつものように光の柱が現れた。
本体が地下ではなく上空にいることは、地上で生存者を探した時に気付いていた。
何故、最初に本体を狙わず、複製体を狙ったかといえば、スキルポイント獲得のためである。
土喰いの本体を倒した瞬間、複製体が消滅する可能性があるからだ。
逆に、複製体は倒してもスキルポイントを得られない可能性もあった。
実際には複製体からもスキルポイントは得られ、色々と試す余裕が生まれたから正解だったな。
ミャオが進化するための尊い犠牲となった土喰いには感謝しかない。
「それじゃあ、ミャオ、向こうで待っててね」
《ばいばーい》
「みゃいみゃーう……」
そのミャオは滅茶苦茶名残惜しそうにしながら『深淵』の外に帰っていった。
またしばらく、ご主人様と会えないのが寂しいのだろう。
「……今更だけど、随分と長い間『深淵』に潜りっぱなしだよな」
俺達は既に10を超える異世界を渡り歩いてきた。
1つの世界に長期間滞在することがないので気にしていなかったが、『深淵』の中という意味で累計すると結構な時間が経っている。
浅井に会うという明確な目標はあるが、無限に時間を使える訳ではないのが悩ましいところだ。
「……決めた。今から、本気で浅井のいる世界を目指す」
「どゆこと?最初から目指していたんじゃないの?」
俺の発言の意図が分からず、ミオが首を傾げる。
「今までも目指していたけど、半分は『深淵』を観光している気分だったからな。自信を持って本気と言える程、本気じゃなかった。だから、これからは観光気分なしの本気で目指す」
「でも、次に行く世界は基本的に選べないですわよね?」
「もしかして、仁君はその世界に縁のある物を持っていたんですか……?」
『深淵』の中では、縁のある世界に行きやすくなる性質がある。
そして、対象の世界の宝物を持っていれば、高確率で目的の世界に転移することができる。
「残念ながら、咲もその世界からは何も持ち帰っていないそうだ」
「つまり、完全に運任せ……って、それこそご主人様の得意分野よね。……あれ?それなら、最初からお目当ての世界を引き当ててもおかしくなかったんじゃない?」
ミオの言う通り、本当に完全なランダムなら一発目で引き当てる可能性も十分にあった。
「そう上手くはいかないんだよ。咲曰く、『深淵』の世界と世界の間には方向と距離の概念があって、縁もゆかりもない遠い世界にいきなり辿り着くことはできないそうだ。浅井のいる世界は『深淵』の入口から遠く離れているから、最初に引き当てるのは流石に無理だな」
イメージとしては、宇宙空間の星間移動が近いかもしれない。
縁、つまり目印があれば真っ直ぐ目的の星に向かえるが、そうでなければ近くにある星のどれかにランダムで移動する。
いきなり、縁もゆかりもない遠く離れた星に飛んで行くことは不可能という訳だ。
「それじゃあ、次がお目当ての世界になるってことね?」
「いや、光の柱が発生した後に決めたことだから、既に次の世界は決まっていると思う。だから、更にその次の世界が目的の世界になる」
俺の推測では、光の柱による転移先は、光の柱が発生した瞬間には決まっている。
既に転移先が決まった次の世界は無理だが、その次で狙った世界を引き当てる自信はある。
「それを断言するのがご主人様の凄いところですわよね」
「まあ、今更疑う余地もないんじゃない?」
「仁君ですから……」
《ですからー》
俺の幸運には、確かな信頼と実績があります。
「という訳で、いよいよラストスパートだから、気を引き締めていこう」
「仁様は誰にも傷付けさせません」
「マリアのことは頼りにしてるよ。みんなの準備は……良さそうだな」
「それじゃあ、触るわよ」
土喰いの本体を倒したミオが光の柱に触れ、俺達は次の世界へと転移する。
余談だが、土喰いを倒した時に得た称号は『土喰いの根絶者』だった。予想通り過ぎる。
-ビー!ビー!ビー!ビー!-
次の世界に到着した瞬間、大音量で警報が鳴り響いた。
《うるさーい!》
「音を減らします」
そう言ってマリアが俺達の周囲に結界を張った。
完全な防音ではなく、周囲の音を小さくする結界らしく、警報音は聞こえるが耳障りではないくらいに抑えられている。器用なことをするなぁ……。
「急に何なのかしら?」
「警報ってのは、注意を引いた後に説明が……」
『警報、警報、異世界物質の出現を検知いたしました。検知座標155の226、検知コードA02、来訪です。殲滅部隊は直ちに現場に急行し、異世界物質の排除を実行してください』
俺が言い終わる前に警報は止まり、その理由が放送された。
「……なるほど、俺達の転移に対する警報か」
「殲滅部隊とか排除とか、かなり物騒な単語があったわね」
異世界転移者というのは、悪い言い方をすれば世界にとっての異物である。
異世界人を優遇する世界があれば、異世界人を排除しようとする世界があってもおかしくはない。
もちろん、大人しく排除されてやるつもりはない。
「北から敵の一団が接近してきます」
「どれどれ……ああ、なるほど」
マリアに促されてマップを確認すれば、20体ほどの集団が近付いてきているのが分かった。
そして、この世界がどんな世界なのか一発で分かった。
「この種族と称号、そういうことですわよね?」
「まあ、そういうことでしょうね」
接近してきた殲滅部隊には、全員の種族と称号に共通点があった。
「ここは、Dリーパーの本拠地の世界だな」
全員の種族に『Dリーパー』、全員の称号に『世界の崩壊を見届けし者』と記載されていた。
世界を滅ぼし終わったDリーパー達が集まる場所、そんなの本拠地以外に有り得ないだろう。
「『魔人ダモス』、『暗黒竜ブラック』、『超獣ギガ』、迫力のある名前が多いですね……」
さくらが読み上げたのは、Dリーパーの憑依した身体の名前の一部だ。
Dリーパー達は世界を滅ぼした後、憑依していた身体ごと帰ってきたらしい。
「……ボスラッシュ?」
ミオのゲーマーらしいことを呟く。
厳密に言えば、ボスラッシュは章ボスとの連戦を指すことが多いので、ラスボスとの集団戦とは若干ニュアンスが違う気もするけど……。
「仁様、スキルポイント稼ぎはどうしますか?」
「……うーん、いいや。いらない」
マリアの問いに少し考えてから答える。
ラスボスラッシュだとすれば、スキルポイントを稼ぐ絶好の機会と言える。
しかし、まったく食指が動かない。
「良いの?」
「アレでスキルポイントを稼ぎたいって気持ちがカケラも出てこない。『ボスラッシュ』と言えば聞こえは良いけど、シンプルに言えば『使用済みキャラの詰め合わせ』だろ?扱いがどう見ても端役だし、時間を掛けたいとは思えない」
「相変わらず容赦がないわね。まあ、ご主人様が良いなら良いんだけど……」
ここで、いつものように転移条件がやってきた。
A:以下の3点が異世界への転移方法です。
①96時間生存する。
②空中要塞ネメシスを排除する。
③魔王ディーを殺害する。
「……空中要塞ネメシスってなんだ?」
「恐らくあちらだと思われます」
《おっきーい!》
マリアの示す方を見ると、空中に超巨大要塞が浮かんでいた。
ファンタジー寄りな石造りの要塞ではなく、スチームパンク的な金属製の要塞である。
目算では、直径2キロメートルくらいはありそうだ。
断言できないのは、この要塞は見えているのにマップ上は何もないことになっているからだ。
A:空中要塞ネメシスは災竜の亜空間に近い空間に存在しています。この世界からは、見ることはできますが、通常の方法では干渉することができません。
流石のマップも亜空間にある物を調べることはできない。
つまり、②を達成するには、何とかしてあの亜空間に入る方法を探す必要が……
A:いいえ、<多重存在>のLV8を使用すれば干渉し、侵入することも可能です。
あらまあ。
<多重存在>のLV8は災竜の亜空間を管理する能力だ。
似た亜空間なら、干渉することもできるということか。
「とりあえず、正規の方法がないか探そう。そもそも、どの条件を満たして次の世界に行くのかもまだ決まっていないし……」
「他の条件は4日経過と魔王討伐でしたわよね?」
「もしかして、この魔王ディーがDリーパーの親玉なんでしょうか……?」
「名前から考えたらそれっぽいよな。とはいえ、判断材料も少ないから、まずは情報収集を……その前にアレの相手が先だったな」
俺がそう言った瞬間、Dリーパーの集団からいつものエネルギー弾が飛んで来た。
「マリア、全て倒せ」
「はい」
マリアは俺の指示に答えた直後に駆け出し、全てのエネルギー弾を切り捨て、そのまま10秒も掛けずにDリーパーの集団を殲滅した。
「終わりました」
「お疲れ様。亡骸もしっかり回収したな」
「はい、Dリーパーの部分を除き、回収してあります」
一応、各世界のラスボスを張った連中の肉体なので回収してもらった。
もちろん、Dリーパーの部分は要らないので除外してある。
「元とは言えラスボスの集団なのに、全く見せ場がなかったわね。会話パートすらないし」
「先制攻撃された以上、会話もクソもないだろ」
先制攻撃とは、対話の意思がないことの何よりの証明だ。
会話による情報収集も考えたが、ああなったら殲滅以外の選択肢はない。
-ビー!ビー!ビー!ビー!-
『警報、警報、異世界物質の反抗により殲滅部隊が全滅しました。第二殲滅部隊は直ちに現場に急行し、異世界物質の排除を実行してください』
どうやら、第二殲滅部隊が来るらしい。
「ボスラッシュかと思ったら、タワーディフェンスだったわね」
タワーディフェンスとは、敵の集団から拠点を守り続けるゲームである。
なお、集団で現れるのはザコ敵というのが基本だ。
「元ラスボスの風格、欠片も残っていないよな。……それで、何回で殲滅部隊が尽きると思う?」
「Dリーパーがどれだけの世界を滅ぼしているか次第よね。5回くらいで終わると良いけど……」
20体の集団で5回だと、それだけで100の世界が滅ぼされていることになる。
色々な意味で少ないに越したことはない数字だ。
「Dリーパーの集団が現れました」
北西の空中に巨大な魔法陣が現れ、そこから20体のDリーパーが出てきた。
あの魔法陣の先が空中要塞ネメシスかな?
A:その可能性が高いです。
Dリーパー出現後に魔法陣は消えたけど、魔法陣が現れている間なら逆侵攻できないかな?
正規のルートじゃないだろうけど、相手の不手際なら遠慮なく使わせてもらうよ。
A:一方通行の魔法陣のようなので難しいと思われます。
残念、そこまで甘くなかったか。
「今度はどんな奴らがいるのかしら……あ、ご主人様!面白いのがいたわよ!」
「どれどれ……」
ミオに促され、現れたDリーパーの名前を見ていく。コレか……。
永劫の獣 ファイナル・カイザー・ドラゴン∞
タイプ:黒
コスト:黒10無色4
ライフ:14
パワー:14
スキル:『飛行』『超再生』『眷属召喚』『終焉』『永劫』
エボル:終末の獣 ファイナル・カイザー・ドラゴン(指定カードに重ねた場合、召喚コストが不要になる)
永劫の獣は世界を終わらせた。後に残るは永劫の虚無。
「進化形があったのか」
それは、カードゲーマーなら一発で終末の獣 ファイナル・カイザー・ドラゴンの進化形と分かる存在だった。
終末の獣 ファイナル・カイザー・ドラゴンの時点でエステル達の世界を滅ぼすだけの力があったのだ。
その進化形が既に世界を滅ぼしたと言われても、何の不思議もありはしない。
そして、進化形があるのなら、終末の獣 ファイナル・カイザー・ドラゴンのカードにアンコモンと記載されていたのも納得だ。
1つのパックに進化の前後が同時収録されると、進化前のレア度って露骨に落とされるんだよ。
「……待てよ。進化するのは良いとして、何で他の世界に進化形がいるんだ? 終末の獣 ファイナル・カイザー・ドラゴンはエステル達の世界の存在だよな?」
A:いいえ、終末の獣 ファイナル・カイザー・ドラゴンはエステル達の世界の原生生物ではなく、異世界から転移してきた存在です。
Dリーパーの憑依とは関係なく、最初から外来種だったらしい。
進化形が別で存在するということは、終末の獣 ファイナル・カイザー・ドラゴンは個体名ではなく、種族名と考えた方が良さそうだな。物騒な種族名だよ。
「折角だから、セラが倒してやれ」
「何が折角なのか分かりませんけど、了解ですわ」
そう言って、セラは<英雄>の重力操作を使い敵の方に落ちていった。
敵の全滅には、10秒チョイ掛かった。
「重力操作は急な方向転換が難しいですわね。要練習ですわ」
セラは方向転換のせいで時間が掛かったことが不満そうだ。
『警報、警報、異世界物質の反抗により第二殲滅部隊が全滅しました。第三殲滅部隊は直ちに現場に急行し、異世界物質の排除を実行してください』
「はあ、終わらないかぁ……」
3度目の放送を聞き、溜息を吐きながらお代わりが続くことを覚悟した。
「マリア、やれ」
「はい」
特に面白いこともなかったので、ラスボス集団との戦いは全て省略するが、更に2度のお代わりがあったことをここに記す。
『警報、警報、異世界物質の反抗により第五殲滅部隊が全滅しました。異世界物質の排除は不可能と判断し、以降は不接触として扱ってください』
6回目の放送は今までとは異なり、殲滅部隊の出動要請ではなくなっていた。
「ようやく、諦めてくれたか……」
「5回というミオさんの読みが当たりましたわね」
「当たっても嬉しいことじゃないけどね。それより、これからどうするの?」
「さっきも話したとおり、情報収集だ。この世界には人間もいるからな」
マップで見た限り、この世界にはDリーパーと人間の2種類が住んでいる。
しかし……。
「人間の方は明らかに奴隷扱いよね」
「それも、しっかり虐げられているタイプの奴隷です……」
この世界はDリーパーに支配されており、人間は奴隷階級として酷使されていた。
柵に囲われ監視された施設に住み、ボロい貫頭衣を着て、味のなさそうな食事を食べ、船の舵のような棒をぐるぐると回している。
誰がどう見ても『酷使される奴隷』である。
「全員、年齢が500歳を超えているのが気になりますわ」
「子供は1人もいないわね。どういう集団なのかしら?」
「どこかの施設に行って、本人達に聞いてみるしかないだろうな」
人間のいる施設は1つだけでなく、各地に何個も存在している。
どの施設にも10体のDリーパーが駐在しており、100人ほどの人間を管理していた。
「ここからだと、北の……あの施設が1番近そうよ」
「仁様、少し離れますが、南の施設には『元国王』や『元王女』の称号を持つ者がいます」
そうか、王族がいるのか……。
「他のヤツらよりは事情にも詳しそうだし、元王族のいる施設に行こうか」
「王女ゲットのチャンスは逃せないわよね」
この世界の詳しい事情を知るため、俺達は元王族に話を聞きに行くことにした。
決して、ミオの言うような理由ではない。
軽く走って10分くらいで南の施設に到着した。
Dリーパーの本拠地だが、身を隠すようなことはせず、堂々と移動して堂々と入っていく。
「異世界人が来たぞ!」
施設に入って間もなく、俺達の姿を認識した男が叫んだ。
捕捉しておくと、人間の行動できる範囲は檻で囲われており、俺達はその外側にいる。
「助けてくれ!」
「あの悪魔をぶっ殺してくれ!」
「ここから出して!」
男が叫ぶとすぐに人が集まってきて、檻越しに好き勝手なことを言ってくる。
余裕がないのかもしれないが、もう少し冷静になって欲しい。
この世界に来たばかりの異世界人に自分の要求だけ伝えても意味がないだろ。
まずは事情を話せ。
「……………………」
学校の先生よろしく、連中が落ち着くまで何の反応も示さないようにしよう。
はい、貴方達が静かになるまで、3分掛かりました、とか言うんだ。
「おい!聞いてるのか!何か言ったらどうなんだ!」
「あの悪魔……堕ちた勇者を殺せ!」
「早く私達をここから出しなさい!」
しかし、彼らは時間が経っても落ち着かず、むしろヒートアップしていった。
さて、どうしたものか……。
「お前達、少し落ち着け」
「そうですよ。異世界の方を困らせてはいけません」
そう言って近付いてきたのは、元国王と元王女の二人だった。
「国王陛下、王女殿下……」
「お前達の気持ちも分かるが、急に色々と言われても困るだろう。まずはワシが話をする」
「……分かりました。お願いします」
「お願いします」
色々と言っていた連中が黙り、国王と王女が前に出てきた。
「ワシはこの国の国王、ガンドルフだ。其方達のことを教えて欲しい」
「俺は仁、ご想像の通り異世界人だ」
「貴様!国王陛下になんて口の利き方を!」
「よい、このような状況では、国王の肩書きにも大した意味はない」
俺の言葉遣いを咎めた男を元国王がなだめる。
「其方達が殲滅部隊を返り討ちにしたのだな?」
「ああ、その通りだ」
「殲滅部隊は異世界を滅ぼした存在、打ち倒すには相当な力が必要だ。それほどの偉業を成し遂げた其方達に頼みがある。どうか、この世界を、我々を救って欲しい」
元国王がゆっくりと頭を下げた。
「まずはこの世界の事情を教えてくれ。話はそれからだ」
「よかろう。さて、どこから話したものか……。うーむ」
「お父様、魔王の襲来からが良いのではないでしょうか?」
元王女が悩んでいる元国王に助言をした。
「それがよいか。事の始まりは今からおよそ500年前に遡る。平和だった我が国に異世界から現れた魔王が宣戦布告してきたのだ」
「魔王の名を聞いても良いか?」
「魔王はディーと名乗った。1度だけ目にしたが、圧倒的な力を持ち、邪悪な気配を纏った女だった。そして、我々は魔王に対抗するため、異世界から勇者を呼ぶことにしたのだ」
勇者、召喚しちゃったかぁ……。
デデドン!(好感度の下がる音)
「それなのに、呼び出した勇者は元の世界に戻せと喚くばかりで、一向に魔王と戦おうとはしなかった。魔王を倒した暁には、富も名声も思うがままだと言ったのだが……」
呼び出された勇者は、元の世界に戻ることを望んだ。
それなら、召喚された世界での富や名誉なんて何の価値もない。
元国王はそれを全く理解していないようだった。
「勇者を元の世界に戻す方法はなかったのか?」
「少なくともワシは知らん。我が国には勇者召喚の方法は伝わっておるが、送還の方法は一切伝わっておらん。……それを聞いた勇者は、またしても喚いていたな」
送還方法が分からないのに召喚しちゃったかぁ……。
デデドン!(好感度の下がる音)
「何度も説得した結果、最終的に勇者は魔王を倒すことを決めた。しかし、勇者の本当の目的は魔王を倒すことではなかった。魔王の力を奪い、この世界を支配することだったのだ。魔王を上回る力の前に我々は為す術もなく、捕らえられ虐げられている」
勝手に召喚され、帰る方法も分からない。
その状況で説得が通じると思う方が間違っているのでは?
「……勇者はどこにいて、何をしているか知っているか?」
「勇者はあの空中要塞に居を構え、元の世界に帰るための実験を繰り返しているそうだ。勇者本人から聞いたから間違いないだろう。尤も、勇者がワシらの前に姿を現したのは100年前が最後なので、今も同じことをしている保証はないがな」
勇者の目的はこの世界の支配ではなく、ただ元の世界に戻ることなのだろう。
そして、この勇者がDリーパーの親玉であることも確定した。
「貴様ら、こんなところで何をしている!」
「ぐっ、見つかったか……」
檻の外側、俺達のいる通路に現れたのは1体のDリーパーだった。
隠れもせずに話をしていれば、巡回中のDリーパーに見つかるのも当然だよな。
大した脅威でもないし、瞬殺して……。
「早く作業に戻れ!痛めつけられたいのか!」
「あれ?」
Dリーパーは俺達に目もくれず、元国王達に向かって怒鳴った。
まるで、俺達のことが見えていないかのような反応だ。
「……ああ、不接触ってそういうことか」
6回目の放送で言っていた不接触とは、『接触するな』ではなく、『いないものとして扱え』という意味だったようだ。
「頼む!ヤツを倒してくれ!」
「ほいっと」
元国王が叫んだ直後、俺は目の前のDリーパーを瞬殺した。
勇者の事情とか、王国側の所業とか、色々と気になることはあるが、どれもDリーパーを殺さない理由にはならないからな。
「Dリーパーを一撃で……。其方達なら勇者……いや、堕ちた勇者を倒せるに違いない!」
「これで俺達は助かるんだ!」
「あの悪魔が死ぬのね!」
「長かった……。長かった!」
元国王の言葉に反応し、他の連中も声を上げる。
「其方達は新たな勇者だ!頼む!堕ちた勇者を倒し、ワシらを……この世界を救ってくれ!」
デデドン!(好感度の下がる音)
「断る!」
「な、何故だ!?」
「他人に勇者なんて役割を押し付けるヤツの頼みを聞く気はない」
勝手に召喚して『勇者』を押し付け、意に沿わなかったら『堕ちた勇者』なんて呼ぶ。
自分達に都合の良い存在が現れたら、勇者と祭り上げて鉄砲玉にする。
そういうの、大っ嫌いです。
「今!ワシの頼みを聞いてDリーパーを倒したではないか!」
「偶然、アンタの頼みと俺の行動が一致しただけだ。勝手なことを言うなよ」
話の邪魔だから倒しただけで、元国王の頼みを聞いた訳ではない。
最終的に勇者を倒す可能性はあるが、元国王の頼みを聞いて倒す訳ではない。
「くっ、下賤な……」
「どうか!私達を救ってはいただけませんか?」
元国王の言葉を大声で遮り、元王女が懇願してきた。
前屈みで手を組んでいるので、貫頭衣の隙間から胸元が見えている。結構デカい。
いや、子供が多いとはいえ、女連れの俺に色仕掛けって……。
「それなら、アンタ達はその報酬に何を差し出せる?」
「え?」
「まさか、他人に頼み事をするのに、対価を払わないなんてことはないよな?」
嫌いな相手でも、俺が納得するだけの対価を払えるなら頼み事を聞いてもいい。
余談だが、好感度が低いので納得のハードルは上がっている。
もう1つ余談だが、好感度が低いので配下にする気は全くない。
「私達は囚われの身なので、お支払いできる物は何もありません。皆様の慈悲に縋るしか……」
「そうだ!ワシらは被害者だぞ!可哀想だと思うものだろう!」
「全く思わない。どちらかと言えば、勝手に召喚された勇者の方が被害者で可哀想だろ」
勇者も異世界侵略をしているから、純粋な被害者とはもう呼べない。
しかし、それを差し引いても、この連中を被害者として扱う気にはなれない。
「何故そうなる!?勇者はワシらを裏切ったのだぞ!?」
「裏切る……というか、恨まれるようなことをしたのはアンタ達だろ?」
「ワシらが何をしたというのだ!」
「勇者召喚と言えば聞こえは良いけど、相手の都合も考えずに呼び出すのはただの誘拐だ」
自らの世界を守るため、勇者召喚に手を出さざるを得なかったのかもしれない。
俺も脅威から生き残ろうという意思まで否定する気はない。
しかし、どんな言い訳を並べても勇者召喚が誘拐である事実は揺るがない。
送還方法も分からない勇者召喚を行い、その結果勇者に恨まれるというのなら、それは自業自得としか言いようがないものだ。
「我が国の伝統である勇者召喚を誘拐などと一緒にするな!」
勇者召喚、伝統なのかぁ……。
デデドン!(好感度の下がる音)
「……ダメだな。これはダメだ。もうダメだ」
好感度が下がり続け、許容範囲を下回った。
「な、何を言っている?」
「アンタ達と話をするのに疲れた。俺達はもう行くよ。じゃあな」
「ま、待て!何を勝手なことを……」
「お待ちください!私達の話を……」
元国王、元王女が何か言っているが、俺は無視して施設の外に向かって歩き始めた。
まだ、気になることはいくつかあるけど、ここで話をするくらいなら聞かない方がマシだ。
次回、Dリーパーの親玉との決戦(仮)です。
FKDのカードゲーム世界に行く案もあったのですが、バケモン世界と被るのでボツです。
「勇者召喚が伝統の国」=「誘拐を何度も行っている犯罪集団」なので、仁のモチベが0になりました。




