第207話 傀儡と解呪魔法
グレイブフォードの名前はグレイブヤード(墓場)を少し変えたものです。
関係ありませんが、「人を呪わば穴二つ」の穴とは、墓穴のことだそうです。
グレイブフォードが大体全部説明してくれたが、まだ気になる事は残っている。
相当に口が軽いみたいだし、聞いたら答えてくれそうな気がする。
「巨人族の移動は簡単じゃないよな?どうやって、魔族領まで連れて行くつもりだ?」
「…………」
俺が疑問点を尋ねると、グレイブフォードは急に不機嫌そうな顔になり、さっきまでの饒舌が嘘のように黙り込んでしまった。
「……折角、俺様の崇高な考えと偉業を伝えてやったのに、最初に出てくる質問がそんなつまらん事か。全く、これだから下等な人間は嫌なのだ」
不機嫌そうな顔のまま、吐き捨てるように言う。
さっきまで、壊れた蛇口みたいに情報垂れ流しだったのに……。
「……貴重な呪物って何だ?」
試しにそれほど重要じゃない疑問をぶつけてみる。
「ふっふっふ。貴様は蟲毒というモノを知っているか?大量の生き物を閉じ込め、最後の一匹になるまで殺し合わせる儀式のことだ。普通はその名の通り虫を使うが、俺様は人間を使うことで、最高品質の呪物を作り出すことに成功したのだ!人間は良いぞ!小さな村1つで蟲毒を行うだけで、虫の何倍も簡単に呪物を作り出せるのだからな。親しい者同士が自己弁護をしながら殺し合う最高の見世物も見られるオマケ付きだ!」
嬉々として情報を垂れ流す壊れた蛇口。
話せる事と話せない事があるのは当然だが、態度があまりにも違うのが気になる。話せない理由に何か原因があるのだろうか?
それにしても、随分と趣味の悪い奴だ。
まあ、趣味の良い魔族なんて、今まで1度も会った事ないけど。一番マシなのが中二病かな?アレは、ある意味では趣味が良いと言えなくもない。
……よく考えたら、クラウンリーゼ以外の四天王って、今のところ全員が裏方とか暗躍とかに向いた呪印持ちだよな。
クラウンリーゼ以外の4人が持っていたのは、『変化』、『強化(寿命消費)』、『魅了』、『隠密』といった、本人が戦うことを主軸としていない呪印だ。
四天王の能力は魔王が選んでいるらしいので、暗躍するのが魔王の方針なのだろう。
「『村の崩壊』という因果を持った呪物だからな。巨人の村を呪うのには相性が良かったぞ。呪いの性質上、俺様もこの島を離れられないのが難点だがな」
「それなら、お前を殺せば、村の呪いは解けるのか?」
これは、呪いの詳細を調べれば分かることだが、楓にとって重要な情報だから、あえて本人に聞くことにした。
「ふっふっふ、はっはっは!!!面白いことを聞くものだ!そんな事を聞いてどうする?まさか、貴様らがこの俺様を殺すとでも言うのか?不快な勘違いをされたくないから教えてやるが、俺が操れるのはここに居る椿だけではないぞ。過去に殺し、傀儡にした強者は他にも居る。見せてやろう!」
グレイブフォードは懐から人形を1つ取り出し、目の前に放り投げた。
-ボン!-
「旦那、お呼びですかい?」
投げた人形と入れ替わりに現れた男を一言で表せば『侍』だった。……腰に刀を差した袴姿の男を、侍以外の単語で説明できる自信はない。
余談だが、グレイブフォードが投げた人形も袴を着て刀を持っていた。
「その人形、遠く離れた場所にいる相手を呼び出せるのか!?」
「…………」
態とらしく驚いたフリをして聞いたが、これも『話せない事』に含まれているのか、グレイブフォードは答えてくれなかった。
どうやら、『移動』や『転移』に類する情報は話せないようだ。
確かに、戦略上重要な情報であることは間違いないが、あれだけ手札を晒しまくった奴が今更そんな事を気にするのか?何か、違和感がある。
「……その男は?」
今度は答えてくれそうな事を聞いてみる。
「ふっふっふ、この男の名はコジロー。決闘において無敗を誇った剣豪だ。尤も、俺様の呪術の前には自慢の剣は何の役にも立たなかったがな」
「旦那、ソイツは言わねぇでくだせえ。オイラの強さは真剣勝負限定なんでさぁ」
偏見かもしれないが、剣士で小次郎と言うと、どうしても格下感が漂う気がする。
「それで、オイラを呼んだ理由を聞かせてもらえやすかい?」
「ふっ、そこに居る商人の男が、俺様を殺せば呪いが解けるのか聞いてきたのだ。貴様には、それが不可能であると示してもらう」
早い話が、『強い奴に守ってもらう』ってコトだよね?
グレイブフォード自身の戦闘力は、商人相手でも絶対に勝てると言えない程度のモノだ。
「へぇ、旦那を殺す……ね。アンタらに恨みはねぇが、旦那の敵ならオイラの敵だ。旦那に手を出そうってんなら、刀の錆びになってもらうぜ?」
「待て」
刀を抜き、殺気を放つコジローを止めたのは、グレイブフォード本人だった。
「何で旦那が止めるんですかい?」
「まだ、俺様の話が終わっていないからな。俺様の許可なく、勝手に話を進めるな」
「はぁ……。すいやせん」
コジローの殺気が消え去る。ついでにテンションも下がっている。
「ふっふっふ、そう言えば、まだ答えていなかったな。俺様を殺せば、呪いは解けるか?その答えは『是』だ。俺様を殺せば、巨人どもの呪いは跡形もなく消えるぞ。やれるものなら、やってみるが良い!」
自信満々なグレイブフォードだが、本人の戦闘能力はお察しの通りである。
「ジンさん、降ろすよ」
楓はそう言って俺達を地面に降ろした。
それなりに重要な話をしていたが、俺は楓の胸に抱きしめられたままだったのである。
「正直に言って、あの人が何を話しているのか、半分も分からない」
グレイブフォードの台詞は、専門用語を含めて前提知識を要する部分が多く、楓が理解できないのも無理はない。
「でも、あの人が村を呪った酷い人ってことは分かった。……ジンさん、あの人を倒せば、本当に村の呪いは解けると思う?」
「あの状況で嘘を付く理由も無いから、恐らくは本当のことだろう」
鑑定の結果からも、グレイブフォードを殺せば呪いが解けるのは間違いない。
「ふっふっふっ。ついでに良い事を教えてやろう。呪いを解く方法は、他に大きく2つ存在する。1つ目は、俺様がこの島から遠く離れることだ。距離制限の厳しい強力な呪いだからな。2つ目は、高位の<回復魔法>による解呪だ。解毒ポーション程度ではどうにもならんが、高位の魔法が相手では流石に分が悪い。さあ、選択肢が増えたぞ。どれを選ぶ?」
「……どうして、態々教えてくれるの?」
楓が心底不思議そうに尋ねる。
確かに意味不明だよな。自身の能力の対処法を堂々と説明しているのだから。
「どちらも不可能だからに決まっている!俺様を遠くまで運ぶ?完全に呪いを解くには、近くの島まで行く必要があるぞ。そこまでしなければ、衰弱死することに変わりはない。<回復魔法>を使う?高位の<回復魔法>があるなら、解毒ポーションなど使わず、最初からそちらを使えば良かったのだ。使っていない以上、<回復魔法>は無いということだ」
前者はともかく、後者はすぐにでも実現可能な方法である。
<回復魔法>を使わなかったのは、アイテムを使って代金を請求するためだから……。
「ふっふっふ。貴様らに残された選択肢は、『大人しく巨人どもが衰弱死するのを見ている』、『愚かにも俺様に挑んで死に、一足先に傀儡の仲間入りをする』、この2つだけだ!」
「3つ目の選択肢、『お前を倒し、村に掛けられた呪いを解く』が抜けているぞ?」
「ふっふっふ。できもしない妄言を並べるとは、貴様は商人ではなく、詐欺師だったのか?只の人間に、魔王軍四天王である俺様を倒せる訳がないだろう!」
「それなら、私があなたを倒す!私が村を守ってみせる!」
楓が勇ましくグレイブフォードに宣言するが、自分の発言に気付いているのだろうか?
楓は頑なに『倒す』と言っているが、それは『殺す』とイコールだ。楓は本当に、人を殺す覚悟ができているのだろうか?
狩人として獣を殺すのと、言葉の通じる相手を殺すのは全く話が違うぞ。
「ふっ、勇ましいことだな。だが、忘れてはいないか?こちらにも椿が居るのだぞ」
「はい。グレイブフォード様を傷付けさせません」
「おっと、オイラも忘れてもらっちゃあ困りますぜ?」
椿とコジローがグレイブフォードを守るように立ち塞がる。
「戦う前に1つ聞かせてくれ。本当に楓は人を殺せるのか?」
「うっ……」
俺が問いかけると、楓は見るからに狼狽えた。やっぱり……。
「村の人達を助けるためなら、何でもやるよ……」
そんな、明らかに『無理をしています』という表情で言われても、説得力はない。
「……楓、悪いが椿の相手を頼めるか?殺す必要は無い。動きを止めてくれ」
俺は少し考え、楓に椿の相手を任せる事にした。
椿を殺せとは言わない。グレイブフォードを殺すまで、動きを止めてくれれば十分だ。
「え?椿さん以外の2人はどうするの?」
「他の2人は俺達が相手をする。椿を殺さずに止められるのは楓だけだ。任せても良いか?」
「う、うん。任せて! ……ジンさん、ありがとう!」
俺が気を使ったことは、楓にもバレているようだ。
「おっと、黙って聞いてりゃ、オイラを舐めてるんですかい?こちとら、殺しで生計を立ててきた生粋の人斬り。女子供6人で相手できると思われちゃあ、商売あがったりですぜぇ」
「ふっふっふ、所詮は相手の実力も見ぬけん素人の戯言だ。コジローよ、存分に己が愚かさを後悔させてやると良い」
「へぇ、そうさせてもらいやす」
コジローは獰猛な笑みを浮かべながら刀を構え直し、グレイブフォードは俺達を嘲笑う。
「商人が、危険な島に来るのに、護衛の1人も付けないと思うのか?」
「ふっ、何処に護衛が居るというのだ?まさか、そのメイドが護衛とでも言うつもりか?」
「何だ、分かっているじゃないか」
「は?」
完全に予想外だったようで、間の抜けた声を上げるグレイブフォード。
適当だったとしても、自分で言って当てたのに驚くなよ。
「マリア、相手の実力も見抜けない愚か者に、格の違いを見せてやれ」
「承知いたしました」
俺はグレイブフォードの台詞を真似て、挑発するように言った。
「人間風情が俺様を愚か者だと……?調子に乗るなよ、この下等生物が……」
煽り耐性が低いようで、グレイブフォードの顔が簡単に怒りに染まる。
『相手をする』とか『殺す』と言われるのは平気だが、直接侮辱されるのは駄目らしい。
「でも、お前の能力はその下等生物が頼りなんだろ?あれ、もしかしてお前、弱いのか?」
「椿、コジロー、その男を殺せぇええええ!!!」
更に煽ったら、グレイブフォードは完全にブチ切れ、青筋を立てて2人に命じた。
「はい、お任せください」
「へぇ。……恨むなら、旦那の禁句を踏んだ自分を恨んでくだせぇ」
あ、やっぱり本人も弱いことを気にしているんだ……。
最初に駆け抜けてきたのは、予想外に足の速いコジローだった。
俺を殺せと命じられているのに、コジローの視線は俺ではなく、マリアに向けられている。
意外なことに、コジローの表情にはマリアを侮るようなモノは含まれてなかった。
「先手必勝!」
ある意味、侍らしい掛け声で刀を振るうコジロー。狙いは下段、マリアの足のようだ。
足を傷付け、機動力を奪うのは戦いの定石の1つである。初手で決まれば効果的だ。
そう言えば、何でコジローは『先手必勝』という四字熟語を知っているんだ?
A:一部地域で、勇者が広めた将棋知識が元になっています。
また、勇者か……。
先手必勝というのは、囲碁や将棋で、先手が圧倒的に有利なことから生まれた四字熟語だ。
これはこれで1つの真理だが、条件が非常に限定された真理でもある。……お前、じゃんけんでも同じこと言えんのか?必敗に決まってんだろ。
案外、後手の方が有利なことは多い。
-キン!-
マリアはコジローの下段切りを、いつの間にか手にしていた短剣で受け止めた。
相手の行動を見てから、それに合わせて行動が出来るなら、後手でも必勝なのである。
コジローは受け止められたと判断した瞬間、後ろに跳んで距離をとった。
「これを防ぎやすかい……」
「コジローの剣を止めただと!?」
斬撃をアッサリと受け止められたのに、コジローの表情に驚愕は無い。ただし、グレイブフォードはめっちゃ驚愕している。
少し遅れて、楓と椿の戦いも始まった。
「……」
こちらの戦いも先制攻撃は椿の方だった。無言の右ストレートが楓の顔面に迫る。
「遅いよ!」
楓は短い掛け声とともに、椿の拳を紙一重で避け、その腕を掴んだ。
「離しなさい」
「嫌!絶対に離さないから!」
そこからは、椿を逃がさないようにする楓と、何とか楓の拘束を逃れようとする椿の取っ組み合いとなった。
椿は隙を見て楓を殴ろうとしたり、蹴ろうとしたりするが、楓は上手く捌いている。
「楓、地面に押し倒すんだ!」
「うん!」
俺のアドバイスを聞いた楓は、すぐに椿に足払いを仕掛けた。丁度、蹴りを放った直後だった椿は、軸足を払われて簡単に転ぶ。
俯せになった椿に楓がのしかかることで、椿の動きを完全に封じることができた。
「あっちも駄目ですかい……。こりゃあ、厳しそうだ」
「コジロー、何を遊んでいるのだ!早く本気を出せ!」
椿の様子を見て苦笑いするコジローと、それを叱責するグレイブフォード。
「旦那、オイラは本気ですぜ。この娘、本気で強いんでさぁ。護衛と思って見れば、立ち振る舞いに隙が無い事くらい分かりやす。威圧感が無いから、気付くのに遅れやした」
「そんな馬鹿な話があるか!良いから早く殺せ!」
コジローはマリアの強さに気付いているが、グレイブフォードは全く信じていない。
本人が弱くて見る目も無い。お前、指揮官ポジションに向いてないよ?
「へぇ。もちろん、やれと言われりゃ、やりますぜ」
グレイブフォードの命令がある以上、コジローの行動にマリアの実力は関係ない。
「行きやす」
短くそれだけ言うと、コジローは再びマリアに斬りかかった。
-キンッ、キンッ、キンッ-
コジローが何度斬りかかろうと、マリアはその全てを短剣で捌く。2人とも無言なので、剣のぶつかる音だけが響き渡る。
俺が『格の違いを見せろ』と言ったからだろう。マリアは最小限の動きで防御し、コジローに対して攻撃もしていない。まるで、稽古を付けているように見える。
コジローもマリアの意図に気付いており、その表情には諦めと苦笑が滲み出ている。
「はぁ!」
ここで、掛け声とともにコジロー渾身の一撃が振るわれた。
明らかに隙が大きい大振りなのは、反撃されないと分かっているからだろう。
-ギンッ-
受け止めた際には、今までよりも重い音が響いたが、マリアを揺るがす事はできなかった。
-ドゴッ!-
「ぐっ……!?」
マリアはコジローの懐に潜り込み、隙だらけな腹を蹴飛ばした。コジローは受け身を取ることもできずに尻餅をつく。
「反撃をしないなんて言っていませんよ。何を甘えているんですか?」
「返す言葉もありやせん……。それより、オイラの腕力、生前よりも格段に上がっているんですぜ?何で、そんな簡単に止められるんですかい?」
<存在冒涜>により蘇生された生きた死体は、寝る必要も休む必要もなくなり、肉体の能力を100%発揮する事ができるようになる。
痛みも感じないので、普通の人間には出来ない無茶もできてしまう。
代償という訳では無いが、スキルを全て失っているので、純粋な強化とは言えないけどな。
「貴方とは、格が違いますから」
「そいつはキツイ冗談でさぁ……」
マリアは滅多に冗談を言わない。
今の俺達にとって、身体能力が数倍になる程度は誤差でしかないから、ただの事実だよ。
「ええい、コジロー!何故そんな無様を晒している!早く殺せ!」
「旦那、どうやら、オイラに勝てる相手じゃなさそうでさぁ。このまま続けりゃ、遠からず殺られやす。オイラが死ぬのは別に構いやせんが、旦那の身も危険になりやすぜ」
指示とも言えない命令をするグレイブフォードに対し、コジローは冷静に現状を伝える。
「な、何だと!?ふざけるな!この役立たずが!」
「すいやせん……」
しかし、グレイブフォードは現実を受け入れずにコジローを詰った。
どうでも良いけど、ブチ切れてから、『ふっふっふ』って言わなくなったな。
「椿、貴様もいつまで這いつくばっているつもりだ!さっさと起きてその巨人を殺せ!」
「申し訳ありません。この体勢から動けそうにありません」
今度は楓に押さえ込まれ、全く動けない椿を詰る。
椿の身体能力も上がっているはずだが、それ以上に楓が上手く押さえ込んでいる。
元々、椿はそれほど戦いが得意な巨人族ではなかったのかな。最初の右ストレートから、動きが素人っぽいと思っていたんだよ。
「もういい!貴様らのような弱者は、俺様の軍勢には相応しくない!滅びて償え!」
「ま、待ってくだせぇ!」
「私はまだ戦えます」
グレイブフォードを必死に止めようとするコジローと椿。
「煩い!黙れ!『崩壊強化』!発動!」
しかし、グレイブフォードは止まらず、2人にとって破滅をもたらす呪文を唱えた。
『崩壊強化』とは、<存在冒涜>の能力の1つで、生きた死体の身体能力を100%以上に強化する。その代わり、10分で肉体は崩壊し、完全な消滅を迎えるという、ハイリスクハイリターンな力だ。
……いや、エステアの迷宮で倒した四天王と能力が被っていないか?
ゼルベインの<存在強化>も、寿命と引き換えに自身か従魔を強化する能力だった。いくら四天王の替えが効くとは言え、完全な能力被りはどうかと思う。
しかも、ゼルベインを倒した時、ゼルベインが引きつれていた従魔も亡者だった。状況まで少し被っているのか……。
「がぁっ!」
「ぐはっ!」
痛みを感じない2人が苦しそうに呻く。
『崩壊強化』は、肉体的な負荷であると同時に、魂に対する負荷でもあるからだ。
死によって肉体から離れようとする魂を、呪印の力で無理矢理留められている生きた死体は、肉体の負荷は無視できても魂への負荷は無視できない。
-ブチィ!-
『崩壊強化』による強化は、コジローと椿の肉体にも変化を与えた。
一言で言うと『マッチョ化』であり、身体中の筋肉が膨張している。余談だが、今の音は2人の服が破れる音である。
ここは格闘漫画の世界ではないので、全ての服が平等に破れている。当然、伸縮性のない素材でできた下着も破れているので、全裸のマッチョが2匹現れた。……誰得?
「もう一度、俺様が命ずる!奴らを殺せ!」
「うがあああああ!」
「ぐおおおおおお!」
グレイブフォードの命令により、正気を失った2匹のマッチョが動き出す。
「わぁ!?」
「があああああ!」
椿は力任せに楓の拘束を押しのけて立ち上がり、そのまま楓に殴りかかる。同じく、コジローも今まで以上の速度でマリアに斬りかかっていた。
マリアの方は特に問題も無いので、楓の様子を見ておこう。
単純な腕力では、椿が楓を上回っているのは明白だった。
防御するのは危険だと判断した楓は、椿のパンチを避けようとしたが、想定よりも速かったのか、回避しきれずに左肩に掠ってしまった。
-ガッ!-
「ぐっ!」
掠っただけで相当のダメージが入ったようで、楓が苦しそうに呻いた。
直後、椿が追撃を仕掛けるものの、今度は楓が上手く避けた。初撃を避けられなかったのは、椿の急激な変化に動揺したのが主な原因だろう。
落ち着いて対処すれば、楓に避けられない速度ではなかったはずだ。
問題は、今のダメージで楓の左腕が上手く動かせなくなっている点だ。この状況では、椿の動きを止めるのは困難だろう。
「何故だ!?何故、ここまでしても殺せない!?」
グレイブフォードが焦ったように声を上げる。
言うまでも無いが、マリアは強化されたコジローの斬撃を容易く捌いている。楓も避けることに集中すれば、椿の攻撃が当たることは無い。
このままでは、制限時間である10分が経ってしまうので、グレイブフォード焦るのも無理はないだろう。
しかし、回避に徹して相手の自滅を待つのは俺の趣味じゃない。
そして、『格の違い』と言ったのだから、明確にこちらの手で引導を渡してやりたい。
「もういい。マリア、終わらせろ」
「はい」
俺が命じた次の瞬間には、コジローの上半身と下半身が分断されていた。
生きた死体の中には、上下に分断されても行動できるタイプもあるが、グレイブフォードの<存在冒涜>はそうではない。
知性が残り、生前の技術(スキルでは無い)も使える代わりに、生きた死体としての恩恵もあまり受けられないのだ。
「……ああ、感謝しやす。斬られて死ぬなら本望でさぁ……。呪いも、崩壊も、嫌……」
最後に正気を取り戻したコジローは、そこまで言って動きを止めた。
「何故だあああ!!!馬鹿なあああ!!!うわああああああああ!!!」
代わりに正気を失ったのはグレイブフォードだった。
グレイブフォードは懐に手を入れると、コジローの時と同じような人形を取り出し、放り投げる。それも、1つや2つではなく、合計15個の大盤振る舞いである。
当然、コジローと同様、全てが本物の人に変化する。
現れた15人は、全員が全員、どう見ても物理戦闘職といった様子だった。
<存在冒涜>で蘇生・使役できる上限数は、魔力量によって変わる。
そして、死んだ時点で魔法スキルも全て失われるので、<存在冒涜>で魔法職を蘇生する意味はほとんど存在しないのである。
「やれええええええ!!!そいつらを殺せええええええええ!!!」
シンプルな命令を受け、15人の戦士が俺達の方に駆けてくる。
「マリア、やれ」
「はい」
俺のシンプルな命令により、15人の戦士が上下に分断される。
「は……?」
グレイブフォードは呆けたように口をポカンと開ける。
恐らく、マリアが何をしたのかも理解できていないだろう。
相当に手加減したとはいえ、今のマリアの動きを視認するには、最低でも<身体強化LV7>が必要となる。なお、視認できるだけで、反応できるとは言っていない。
それでも、マリアの行動の結果は誰が見ても明らかだった。
目の前の地面には、コジローを含め16人分の上半身と下半身が並んでいるのだから。
「そんな……馬鹿な……。まさか、この小娘は、本当に強いのか……?」
流石のグレイブフォードも、ようやく現実を直視するに至ったようだ。
「最初から、そう言っているだろう。さて、傀儡を呼び出す手品はもう終わりか?もし、終わったのなら、次はお前の番だぞ?」
俺が宣告すると、グレイブフォードは自身が危機的状況であることを悟ったようで、落ち着きなく周囲に視線を彷徨わせる。
もう、グレイブフォードに呼び出せる傀儡が居ないことは分かっている。
「椿!巨人族など放って、俺様を守れえええええ!!!」
グレイブフォードに残された傀儡は、椿ただ1人となったのだ。
しかし、あれだけ殺せ殺せと言っていたのに、自分の身が危うくなったら、掌を返したように守れと言うのか。何か、ガッカリだよ……。
-ドゴッ!-
グレイブフォードの命令により、椿の意識が楓から外れた。
その瞬間を見逃さなかった楓の蹴りが腹に決まり、椿は衝撃音とともに吹き飛んだ。
椿は起き上がり、グレイブフォードを守ろうと動くが、楓の蹴りで吹き飛ぶ。以下、この繰り返し。
『崩壊強化』を受けると正気を失うので、1つの命令に従うことしかできなくなる。
『守れ』と言われたら守ろうとするが、代わりに楓への攻撃命令が消滅しており、楓に反撃する様子は見られない。
「……い、良いのか!俺様を殺せば、傀儡である椿も屍に戻るのだぞ!」
あ、椿に頼るのを諦めて、命乞いにシフトした。
グレイブフォードの<存在冒涜>は、厳密に言えば『蘇生』ではない。<死霊術>と同じように、術者が死ねばその効果は失われてしまう。
「それは、お前を殺さない理由にはならない。どの道、椿を救うことはもう不可能だろ?」
グレイブフォードは説明していないが、『崩壊強化』を受けた椿は、放っておいても後数分で崩壊してしまう。だから、椿の身は人質にはなり得ない。
「な、何故、それを……」
「『崩壊強化』なんて物騒な名前と、2人の様子を見れば明らかだろう」
鑑定が無くても、2人の先が長くないのは明白だった。
「わ、分かった!ならば、巨人族にかけた呪いを解いてやろう!それで、俺を殺さねばならん理由も消えるはずだ!」
「消えねぇよ。自分で言っただろう。お前は人類種の敵だ。お前を殺しても呪いは解けるのに、態々生かしておく理由なんてどこにも無い」
「ま、待て!じ、実は俺様を殺しても呪いは解けないのだ!それどころか、俺様を殺した瞬間に呪いは強まり、巨人どもが死ぬことになるのだぞ!それでも良いのか!?」
よくもまぁ、こんなに嘘を並べられたものだ。
しかし、残念なことに、今の俺にはグレイブフォードの言葉を否定する根拠を示せない。
ただの商人の知識、つまり鑑定抜きでは、呪いの専門家を論破するのは困難と言わざるを得ないだろう。
「そうか、お前を殺しても、呪いは解けないのか……」
誠実な商人である進堂仁としては、友好的な取引相手である巨人族の命が掛かっている以上、不用意にグレイブフォードを殺す訳にはいかない。
「そ、そうだ!俺様が呪いを解かねば……」
「それなら、先に魔法で解呪すれば良さそうだな。『エリアアンチカース』」
「……は?」
俺を中心に広がった浄化の光が、一瞬で巨人族の集落全てを包み込んだ。
俺が発動した『エリアアンチカース』は、<回復魔法LV8>で覚える範囲解呪魔法だ。
効果範囲を巨人族の集落全体にしたので、巨人族全員の呪いが解けたはずだ。……解けているよね?
A:はい。解けています。
余談だが、範囲系の<回復魔法>は対象範囲が広い程、消費MPが多くなる。加えて、<無詠唱>で高レベルの魔法を発動したので、更に消費MPは上がっている。
久しぶりに、MPが減ったところを見る事ができたよ。すぐに自動回復したけど。
「なあ、『身代り人形』、一体いくつ残っているんだ?」
呪いが解かれたら、その呪いは掛けた側に返る。これを呪い返しと言う。
さて、巨人族1000人に掛けた呪いが、『エリアアンチカース』により一斉に解かれた場合、その呪い返しは一体どうなるのか?
目には見えない、良からぬ気配が近づいてくるのが分かる。
村中から、大量の良からぬ気配がグレイブフォードを目指している。
「待て!?待て待て待て!?待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て!!!」
返された呪いが、待てと言われて待つはずはない。
全ての良からぬ気配が、グレイブフォードの身体に入り込んでいく。
「ぎいいやあああああああああああああ!!!!!!!!!」
凄まじい形相で叫ぶグレイブフォードを見て、頭に浮かんだ諺が1つ。
「人を呪わば穴二つ。うん、呪術師には相応しい最期だな」
『崩壊強化』の効果時間は某光の巨人に合わせて3分の予定でしたが、短すぎるので修正しました。
グレイブフォードの命乞いフェイズが消える。




