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第109話 世界の果てと報告

元の世界とのやり取りが中心です。

さくら編ダイジェストもあります。

《……と言う訳でご主人様が確保した魔族の2人は、日本では母娘だったみたい。2人で買い物をしている途中に、2人まとめてトラックに轢かれたみたいね》


 朝食を食べ、再び世界の果てを目指して走っている途中でミオからの報告を聞く。

 本日の話題は『召喚の間』で確保した魔族四天王の2人についてだ。


《ホントびっくりしたよ。トラックに轢かれたと思ったら、急に真っ暗だし、肌の色は変わってるしでどうなることかと……》

《でも、恵が無事で本当によかったわぁ。……あら、無事、ではなかったのかしら。1回は死んじゃっているのですから》

《お母さん、変なボケをしなくていいからね。でも、お母さんが一緒で良かったぁ。これで1人だったら心細すぎて泣いてたよ》

《あらあら、でも、確か記憶が戻った直後、恵泣いていたわよね?》

《な!?それは忘れてよ。もー!》

《この母娘、仲いいわね……》


 アルタの説明を聞き、一夜明けたと言う事もあって、キャリエリウスこと成瀬なるせ美幸みゆきとクラウンリーゼこと成瀬なるせめぐみの母娘は随分と落ち着きを取り戻していた。

 ミオが言っていた通り、2人は日本で2人まとめてトラックに轢かれ、気が付いたら俺と会った『召喚の間』だったという。


 なお、2人がトラックに轢かれた時間を確認したところ、俺達がこの世界に飛ばされた時間よりも後だと言う事が分かった。

 ついでに言うと、2人の年齢は転生前と同じだという。……あれ?キャリエリウスが27歳でクラウンリーゼが14歳だったよな。それで2人は実の母娘と……。うん、余計な事は聞かないことにしよう。


 さて、この2つの事実から、色々な疑問点が浮上してくる。

 その疑問点についてアルタが調査したところ、いくつかの新事実が明らかになった。


 まず、2人は元の世界と同じ年齢で転生してきた。これはどうやら確定らしい。0歳で転生して今の年齢になった訳では無いようだ。

 つまり、2人は元の年齢のまま魔族として転生して、最近四天王になったことになる。

 それはまるで俺が倒した2人の四天王の穴を埋めるかのように……。


 要は四天王と言うのは、元の世界から年齢そのままに引っ張ってきた転生者と言う事なのだろう。欠員が出たら、再び呼び出すことのできる便利な駒と言う事だ。

 つまり、まだ四天王は最低2人残っていると言う事になる。

 この母娘がどういう扱いなのかはわからないが、呪印カースは残っているから、欠員扱いにはならず、四天王の補充が出来ない、……はずだ。

 頭である魔王を倒さない限り、四天王はいくらでも補充できる可能性すらあるし……。


 転生してからの事は一切覚えていないらしい。つまり、四天王として過ごしてきた期間の記憶はないと言う事だ。

 アルタチェックによると、元々の記憶を封じた上で魔族としての記憶が上書きされていたようで、2人に与えたショックのせいで魔族としての記憶が消えたらしい。

 本来、この与えられた記憶と言うのは、死んだ時に呪印カースと一緒に魔王の元に戻るそうだ。

 今回はたまたま2人が転生してから時間が経っておらず、記憶の上書きが完全に定着していなかったというのが、記憶を取り戻せた理由になる。


 新規で四天王になった2人がこちらにいる以上、これ以降に出会う魔族は全員転生してから時間が経っていることになる。つまり、転生者だったとしても記憶を取り戻すことは困難な存在と言う事だ。

 これに関しては遠慮する必要が完全に消えたということで、俺達が損する内容ではないから良しとしよう。


 2人も最初はこの世界の事や、自身が魔族になったことを受け入れがたく思っていたのだが、色々なものを見せてあげた結果、観念して現実を認めてくれたそうな。

 そんなこんなで、2人は俺の配下としての生を受け入れ、第2の人生(魔族だけど)を歩むことになったのだ。


《お二人は魔族と言う事もあり、外に出る作業は困難かと思われます。なので、カスタールかエステアの屋敷、アドバンス商会の工房を中心に内職をして生活していただく予定です》


 俺の配下に関する事全般を取りまとめている、総メイド長のルセアがそう言った。

 魔族は外見が特徴的で、外に出したらすぐにばれてしまう。<幻影魔法>とか化粧とかで誤魔化すことが出来ない訳ではないが、態々危険を冒す必要もないだろう。


 さくらの魔法で種族を変えることは出来ないのか?と言う話も出たそうだが、吸血鬼のミラと同じく、肉体の変化に精神が耐えきれないようなので却下と言う事になった。

 どうやら、魔族と人間の間には、人間と吸血鬼以上の生物としての差があるらしく、肉体の変化の際にかかる精神的負荷に耐えられないそうだ。

 申し訳ないが、引きこもりの内職として生を送ってもらうことになる。動きたければ迷宮に行ってこい。


《それは……仕方ないよね。魔族について話を聞いたけど、天下の往来を歩ける種族じゃないみたいだし……》

《魔族の領域に戻れば、天下の往来を歩けるんじゃないか?魔族側に対するスパイにもなるし、丁度いいか?》


 折角の魔族だし、内部に潜り込ませてスパイとして使うというのも有りと言えば有りだ。

 前の魔族ロマリエは、それどころじゃなかったからな……。

 とは言え、そんな上手くいく訳が無いだろうからこれは冗談だ。そもそも、記憶を失っている以上、魔族四天王として振る舞うことが出来ないのだからな。

 下手をしたらすぐにバレるだろうし、そんな危険を冒させるわけにはいかない。


《絶対に嫌!私、こんな姿になったけど、心は人間だもの。魔族として人間に疎まれながら生きていくなんて嫌よ。だったら、内職でもして人間の役に立っていた方が何倍もいい》

《あらあら、私達のご主人様は冗談がお好きなのかしら。私も恵と離れるのは嫌ですし、出来れば2人揃って内職に従事させていただきたいですねぇ》

《ああ、勿論冗談だ。2人には悪いが、日の目を見ない生活で我慢してもらうことになる》

《その方がマシ!》

《ええ、そうさせてもらいますね》


 と言う訳で、2人は内職担当になりました。メイドじゃないよ。



 朝の定時報告(さっき決めた)を終え、4時間ほど走り続けたが、未だに世界の果てには辿り着けていない。

 どうやら、思っていた以上にこの世界は広いようだ。崩壊直前だと思っていたから、もう少し狭いものだと考えていたんだけど……。


 まあ、走ること自体は何ら苦にならないんだけど、とにかく飽きる。

 虚獣も神狼フェンリル以来、1匹も出てこない。

 加えて、倒壊した建造物の瓦礫しかない風景と言うのも正直滅入る。


「正直、何も無しに走るのも飽きてきたな」


 世界の果てを見るというのは、現状を把握するという意味で重要だが、そのためだけに何日も使うのは得策ではない。

 今日1日走って世界の果てに辿り着けなかったら、スケジュールの見直しが必要かもしれないな。

 あるいは、虚獣を先に間引いて、世界の崩壊を遅らせてからじっくりと確認に行くというのも有りだろう。


 ……と言う事を考えていたのだが、その日の夕方俺達はついに世界の果てへと到着した。

 結構な距離があったが、何とか今日中について良かったよ。


「それにしても、世界の崩壊なんて言うからどんなものかと思えば、単に壁が迫ってきているだけとはな」

「でも、その壁に触れた物質は消滅しているみたいですね」


 世界の果て、と言うのは垂直に伸びる巨大な壁の事だった。

 見れば1秒に1cmずつ程度の速度で、じりじりと内側に向けて進んでいる。

 そして、その壁に触れた瓦礫はその瞬間にフッと消えるように無くなってしまったのだ。


「これに人間が触れたらどうなるのかね?」

「じ、仁様まさかとは思いますけど、触ってみようなんてことを考えてはいませんよね!?」

「ああ、流石に俺もそこまでチャレンジャーじゃないよ。とりあえず、はっ!」


 少し離れた所から<飛剣術>を放ってみる。

 <飛剣術>は普通にこの世界でも使えるスキルみたいだからな。

 <飛剣術>によって生まれた刃は壁に当たるとシュっと音を立てて消滅してしまった。


「干渉することは出来そうにないな。強い衝撃を与えれば、進行を抑えることも出来るかと思ったんだが……」

「そもそも、衝撃を受けているようにも見えませんね」

「普通の壁に見えるけど、そんな訳ないってことだな」


 干渉することが出来れば1番良かったのだが、これも想定の範囲内だ。

 とりあえず、世界の果ての進行速度と多少の特性を知ることが出来たのは収穫だろう。


 少なくとも、この進行ペースなら観光する時間は十分にあると言えるからな。


「じゃあ、後は虚獣退治によるレベル上げと、現地住民への挨拶かな」


 1つ目の目的が達成できたので、残りの目的を挙げていく。

 正直な話、観光名所は期待できないからな。風景が変わらん。


「現地住民、本当にいるのでしょうか?食料の1つもないこの世界に虚獣以外の生き物がいるとはとても思えないのですが……」

「虚獣の生態も十分に意味不明だし、この世界に適応した種がいても不思議ではないだろう。俺達と同じ人間とは思えないけどな」

「危険を感じたら、躊躇なく排除いたします」


 まあ、マリアならそうなるよな。


「言葉が通じない可能性もあるから、いきなり攻撃をするのは止めるように」

「はい、わかりました」


 さて、今から虚獣退治や住民探しと言うのも気分が乗らない。

 夕食を食べて寝ることにしたのだが、何となく崩壊中の世界の果ての近くで寝るのは抵抗がある。

 食事をとった後、2時間ほど走った地点でテントを張り、就寝することにした。



「さて、虚獣狩りの時間だ。道中、住民がいたら都度挨拶周りにシフトする」

「はい」

「基本的には円を描くようにこの世界を一周し、虚獣を狩って行くことにする」


 アルタにも確認を取ったのだが、世界の果ては円形だ。

 円形のまま徐々に狭まっていき、最後にはその中心点に収束する。


 螺旋を描くように進んでいけば、この世界を網羅的に見て回ることが出来るだろう。

 マップを全て埋めるような角度で螺旋を描くのがコツだ。


 朝食を食べ終わった後、少し休んでから早速走り出した。

 ついでと言う訳ではないが、走りながら向こうの世界の定時報告を聞く。

 本日は魔物使いテイマーのアーシャから報告があるそうだ。


《ご主人様がこの間ステータス回収をしていたでしょ?あのおかげで、調教テイムした魔物が大量に増えたんだよ。だから、一言お礼を言っておこうと思って……》


 アーシャの説明によると、俺がステータスを集めた時、俺の配下により各地の魔物が大量に討伐された件に関わるらしい。

 エリア内の魔物の数が減ったり、全滅したりすると、レアな魔物が出現する事がある。

 今回は各地で魔物の全滅が発生し、かなりの数のレア魔物が出現したそうだ。


《折角<魔物調教>を覚えている者がいるんだから、有用そうなレア魔物は私にテイムさせようって、ルセア様が言ったんだよ。それで、大量のレア魔物をテイムできたってワケ》


 何故かルセアを様付けで呼ぶアーシャ。


《なるほど。それじゃあ、戦力の増強は出来たんだな?》

《うん、僕1人じゃ倒せないような魔物は、冒険者のクロード君達も手伝ってくれたからね。かなりの戦力アップになったよ。……ちょっと、数が多すぎて屋敷に置いておくわけにもいかなかったから、エステア迷宮の方に連れて行くことになったけど》

迷宮あそこも今や牧場や農場みたいなものだからな……》


 エステアの迷宮、その51層以降は俺が、と言うか俺達がかなり自由に使っている。

 孤児院があったり、迷宮保護者キーパーの住居があったり、農場があったり牧場があったりと、遠慮容赦なく自由に使っている。

 今更、テイムした魔物の住居にしたところで、全く問題はないだろう。


《そして、僕もついにテイムしたんだよ。メタモルスライムを!》

《それは、最初に報告するような事なのか?》

《もちろんだよ!だってメタモルスライムだよ!ご主人様なら僕より知っているはずだろう?その有用性は!》


 それはもちろんだ。

 タモさんの有用性を今更語る必要がどこにあると言うのだろうか?


《流石にご主人様みたいにはいかないだろうけど、僕もこの子を立派に育て上げて見せるからね。……くすぐったいよ。あ、コラ、何処触ってんの!》

《メタモルスライムもそこにいるのか?と言うか、セクハラスライムかよ》


 どうやら、メタモルスライムだけは迷宮に連れて行かず、常に連れて歩いているようだ。

 そして、アーシャの様子を確認すると、メタモルスライムが胸に張り付いていた。


《うん、魔物を<吸収>させるためにも、常に連れ歩いていた方が良いからね。『召喚サモン』の魔法はまだもらえていないし……》


 俺の配下には役割に応じてスキルや魔法を与えている。

 また、貢献に応じて(ポイント制)新しい魔法やスキルを取得させることも許しているのだ。

 現在のアーシャの狙いは、テイムした魔物を召喚できる『召喚サモン』の固有魔法オリジナルスペルである。

 固有魔法オリジナルスペルはさくらの協力が不可欠で、労力が他のスキルに比べると大きいため、必要な貢献ポイントが多く設定されている。


《『召喚サモン』を入手したからって、公に使っていい魔法じゃないから、そんなには便利にならないと思うぞ》

《それはそうだけど、緊急の時に使える手札は多い方が良いでしょ?残念な事に、僕自身の戦闘能力はそんなに高くないんだからさ》

《まあ、それもそうか……》


 魔物使いテイマーに特化しているため、アーシャ自身の戦闘能力ははっきり言って低い。それこそ、Cランク冒険者程度の実力しかない。


《そこで肯定されるのも悲しいんだけどね……。とにかく、今回大量に調教テイムできたおかげで、Aランク冒険者としての活動を再開できそうなんだ。折角だから、クロード君達のクランに入る予定だよ》

《良いのか?今まで単独ソロで活動していたみたいだけど?》

《うん、別に単独ソロで活動することにこだわりがある訳じゃないからね。単純に足並みが揃わなかっただけだから。クロード君達なら、僕の都合もわかっているし、今回一緒に活動してみて、相性が悪くないこともわかっているから、何の問題もないよ》


 今まで、<魔物調教>に特化しすぎてパーティが組めなかったと言うアーシャだが、今回の調教テイム巡りではクロード達とは足並みも揃い、上手く連携が取れたようだ。

 アーシャも仲間が魔物だけ、という状況には危機感を覚えており(ギガント・マンイーター戦の教訓らしい)、これ幸いにとクラン参加を決定したそうだ。


《となると、アーシャにもSランク冒険者を目指してもらった方が良いのかな?》

《そ、それは出来れば勘弁してもらいたいかな……。流石に僕はSランクの器じゃないよ》


 俺の異能の恩恵を受ければ、器の形なんて簡単に変わるんだけどな。


《今は同じAランクだが、その内クロード達はSランクになるぞ。冒険者の先輩として、置いて行かれても構わないと言うのなら、好きにすると良い》

《……その言い方は、ちょっとズルいと思う。……わかったよ。難しいとは思うけど、僕もSランク冒険者を目指してみる。クロード君達に情けない格好を見せるのも嫌だからね》

《おう、頑張れ》


 こうして、クロード達のクラン、『セイバーズ』に、新たにSランクを目指すAランク冒険者が1人増えることになった。

 この間も、俺とマリアはかなりの猛スピードで走り回っているんだけどな。



 ………………次の日、ようやく最初の虚獣に出会うことになった。

 うん、あれから1日経っちゃったよ。


 最初は決めた通り螺旋状に進んでいたのだが、あまりにも虚獣がいないので方針を変えることにしたのだ。

 そもそも、世界の果て付近から螺旋移動を始めると、しばらくはひたすら廃墟の上を進まなければならなくなる。

 つまり、そこには住民はおろか虚獣すらいないのである。

 だって、既に虚獣の仕事が終わっているから。


 虚獣や住民と会いたいのなら、破壊中の境界線を探すのが先決だったのである。

 その事に気が付いたのが1日経った後だった。そこから、世界の中心にむけて数時間進むと無事、虚獣に遭遇エンカウントすることが出来たのだ。


 ただ、螺旋状に走ることで見えてきたこともある。

 ある一定の期間で、建造物の破壊方法が変わるのだ。


 巨人が力まかせに暴れたような領域もあれば、高熱で溶かされたような領域もある。

 砂に埋まって全てが押しつぶされた領域と言うのも面白かったな。

 つまり、虚獣によって破壊方法が異なると言う事だ。この法則を見つけられたので、今後は破壊方法1つにつき、1匹の虚獣がいるものとして移動先を検討できる。


 さて、そんな訳で今回俺達が戦う相手がこちらだ。


個体名:チャイコフスキー

種族名:不死鳥フェニックス

所属:虚獣

階位:

・体力:C

・攻撃:B

・防御:D

・俊敏:A

・技術:C

特性:

[飛行][鳥目]


 その姿は伝説の不死鳥に相応しく、全身に炎を纏った巨大な鳥だった。

 上空を飛び、周囲を旋回しながら地上に向けて火をまき散らしている。


 そう、ついに俺達はこの世界での移動手段あしを発見したのだ。

 別に走るのに飽きたと言う訳ではなく……いや、そろそろ飽きてきたけど、それだけではなく、空から周囲を見渡した方が探索には有効だというのが1番の理由だ。


「タモさん、アレを食って、<擬態>してくれないか?」

《わかった……》


 この世界にスキルはないが、元々空を飛べる虚獣に<擬態>すれば、もしかしたら飛べるのではないだろうか?

 懸念点は2つ。1つはこの世界の生き物に<擬態>出来るのかという根本的なモノ。もう1つは、虚獣は倒すと光の粒子となって消えてしまうので、その前にタモさんの<吸収>が仕事をするかどうかだ。

 まあ、最悪駄目でも経験値にはなるし、倒さない理由もないからな。


 この世界では<魔物調教>は仕事をしてくれないみたいなので、テイムすることは出来なそうだからな。後、飛行用の魔物をテイムすると騎獣ブルーが泣く。

 タモさんの<擬態>ならばギリギリセーフだと思う。


 敵、と言うよりは獲物として扱われている憐れな不死鳥フェニックスである。


「じゃあ、タモさん。準備はいいか?」

《任せる……》

「行っけー!」


 上空を飛ぶ不死鳥フェニックスに向けて、タモさんを全力投擲である。

 弾丸のように不死鳥フェニックスに突き刺さるタモさん。

 そこからタモさんは体の面積を急激に広げ、不死鳥フェニックスを飲み込まんとする。


「クルル、キュワー!!!???」


 不死鳥フェニックスが叫び声をあげ、足掻きながら落下を始める。

 しかし、タモさんに1度絡め捕られて逃げ出せるわけもなく、地上に落下しきる前に全て<吸収>されてしまった。まさしく、不死鳥フェニックスの踊り食いである。


 俺とマリアはタモさんの落下地点まで走り、落ちてくるタモさんを頭でキャッチする。

 その頃には、タモさんも既に元のサイズに戻っていたからな。質量保存則?知らんよ、そんなモノは。


「タモさん、お疲れ様。で、どうだった?」

《やった……》


 そう言って、タモさんは俺の頭上で不死鳥フェニックスへと<擬態>をする。

 <飛行>スキルがある場合、使用者の体重とかを無視して空を飛ぶことが出来るのだが、この世界ではそう甘くは無いようだ。

 単純に重い物は飛べない。そんな当たり前の理屈が有効になっているらしい。

 帰って来た物理法則!


 何が言いたいかと言うと、不死鳥フェニックス、軽い。

 俺の頭上に巨大生物が乗っかっているはずなのに、重さをほとんど感じない。

 後、火の熱量は調整できるようで、熱くもない。


「これ、乗っても平気かな?」

《多分……、行ける……》

「では、私から確認させてもらいます」


 タモさんがそう言うので、マリアが先に乗って確認することになった。

 マリアの方が俺よりも軽いから、順番としては正しいだろう。


《行く……》


 俺の頭上から降り、マリアを乗せた不死鳥フェニックスタモさんがその翼をはためかせる。バッサバッサと大きな音を立てて、不死鳥フェニックスタモさんは空を飛んだ。

 その後、俺を乗せ、2人まとめて乗せても平気だったので、今後の移動は不死鳥フェニックスタモさんに任せることになりそうだ。

 なお、先行させる意味もなくなったので、アルタの端末であるベガには、向こうの世界に戻ってもらうことにした。存分に向こうで腕を振るってもらうとしよう。



 不死鳥フェニックスタモさんに乗って、本日の定時報告を聞く。

 本日の定時報告は、さくらと虐めっ子達の戦いの話だ。

 向こうの世界に戻ってから、と考えていたのだが、思っていた以上にこの世界の探索に時間がかかりそうなので、先行して話を聞くことにしたのだ。

 直接顔を合わせている訳ではないので、その心情を慮れないのが気がかりではある。


《最初、仮面をつけていたので、元クラスメイト達は私だと言う事に気が付かず、敵国カスタールの人間として罵倒をしてきました……》

《戦争が始まったのはカスタールのせいと言い切り、自分達が正しいと微塵も疑っていなかったようですわ》


 さくらの話に対し、一緒に行動をしていたセラが補足を入れる。


《私が仮面を外すと、彼女達は途端に私個人を馬鹿にするような言葉を口にしました……。私と彼女達との関係を考えれば、当然かもしれないですけど……》


 あえて、どんなセリフを吐かれたかは口にしないさくらだが、聞いていて不愉快になるような言葉であることは間違いないだろう。


《最後には跪いて許しを請うのなら、奴隷として命だけは助けてやる、みたいなことを言われました……。当然、受け入れる訳がありません……》

わたくしも我慢するのが大変でしたわ》


 そんなに酷かったのか……。


《私が彼女達を拒絶すると、怒り狂った彼女達との戦闘になりました》

《酷い戦いでしたわ》


 セラが呆れ果てたように言う。


 さくらとセラの話をまとめると、3人の勇者達は村人を盾にした戦い方をしてきたらしい。

 まずは武装した村人に突撃命令を出し、その対応をしている内に斬撃や光線、毒で攻撃を仕掛けてきたそうだ。


 セラとしては村人ごと切り捨てても良かったのだが、さくらがそれにストップをかけた。

 エルディアは嫌いだし、戦争を仕掛けてきたことも許せないが、その責がこんな辺境の村の住人にある訳もない。

 村人の顔を見ても、嫌々、無理矢理やらされているのが見て取れてしまったので、セラに村人は殺さないでくれと頼んだそうだ。


 さくらは優しいな。俺なら迷わずにスパンだったよ。


 2人は村人達を気絶させて徐々に無力化していったんだけど、3人組の方は違った。

 躊躇なく村人ごと攻撃をしてきたそうだ。

 特に毒攻撃は広範囲に広がる物を使われ、多数の村人がその被害を受けることになった。

 当の本人達は事前に生成した解毒薬を使っていたようだが、村人には配っていなかったらしい。


 ちなみに勇者の毒は、さくらは<完全耐性>で、セラは<敵性魔法無効>で無効化できたようだ。どうやら、勇者の毒は魔法に類するものらしい。


 さくらは大急ぎで<風魔法>を使い毒を吹き飛ばし、範囲回復魔法で村人達を解毒したため、幸いにも死者は出なかったそうだ。

 他にも光線や斬撃に巻き込まれた村人を回復していたせいで、中々勇者達に有効打を与えることが出来なかった。


 勇者がそんな戦いを続けていれば、村人達もどちらが正しいのかわからなくなってくる。

 さくら達に回復してもらった村人達は2人に攻撃することが出来なくなっていた。

 勇者達はそんな村人達に対して、権力をちらつかせて脅すようなことを言った。


 その言葉が決定的だったのだろう。

 ついに村人達は全員が武器を捨てて、さくら達に投降することを選んだのだ。


《その後、自棄になった3人を捕縛するのは、それほど難しい事ではありませんでしたわ》


 ステータス的には大した事のない3人だ。セラならば余裕だっただろう。


《その後、彼女達は揃って命乞いをしてきました……。今更、元の世界での出来事を謝ったところで、何が変わると思っていたんでしょうね……》

《それでも、さくら様は彼女達には1度も恨み言をぶつけませんでしたわよね?》

《はい……。彼女達と戦っている中で気付いたんです……。私の中で、元の世界での出来事は完全に過去になっていることに……。彼女達に対しては、『不愉快』以外の感情は湧いて来ませんでした。憎いとも、殺したいとも思っていなかったんです……。そのことに気付いたら、気分は軽くなりました……。過去は変わりませんし、許した訳でもありません……。でも、過去それを理由に殺そうという気には、とてもなれなかったのです……》


 どうやら、無事にさくらの中で折り合いが取れたようだ。

 3人の勇者の尊い犠牲には感謝だな。で、何で犠牲になったん?


《それで、セラちゃんと勇者達の処遇について話し合いました……。彼女達の思想は危険すぎて、とてもじゃないけれど解放することは出来ませんでした……》

わたくしが止めを刺すと言ったのですが、さくら様が自分でやると仰いましたわ》

《え?さくらが?》


 俺の予想では、さくらの代わりにセラが止めを刺すと思っていたのだが……。


《はい……。『最初の殺人』を犯すならここしかないと思いました……。今まで、ずっと仁君や皆にだけ手を汚させ、私自身は1度も人を殺したことがありませんでした……。この先も仁君達と一緒にいるつもりなら、そろそろ覚悟はした方が良いと思ったんです……》

《そんな覚悟、別に望んではいないんだけどな……》


 この世界に転移した当初から殺人に忌避感を持っていたさくらに、今更人を殺せなんて言える訳が無い。

 そもそも、誰かに人を殺せと言うのは嫌いだ。やるのなら、自分でやるからな。


《仁君がそう言うのは知っていましたから、あくまでも私の中の問題です……。恨み言を言うつもりはなくても許した訳ではなく、放置できない危険人物……。動機も大義名分もある状況なら、私でも踏ん切りがつくかと思ったんです……》


 恨みで殺されるよりは、使命感で殺される方がナンボかマシだろうな。

 殺される方からしてみれば、どちらでもあまり関係が無いけど……。


《でも、結局上手く行きませんでした……》

《殺せなかったのか?》


 殺す気になっただけで殺せる程、甘いモノではないだろう。

 武器を構えても、その武器を振り下ろせるかどうかは別の話だ。


《いえ、さくら様は実際に武器を構え、勇者達の元に向かいましたわよ。ただ……》

《村の人達が、処刑をするなら是非自分達にやらせてくれと懇願してきたんです……》


 セラが言葉を濁したのを、さくらが引き継いで話す。


《彼女達は、私達が村に来る前から、相当に傍若無人な態度をとっていたようです……。そのせいで死んだ村人も、1人や2人じゃないそうです……》


 あまりにも好き勝手な態度を取り続け、最後には村人の命すら無視した勇者達に対して、村の感情は爆発寸前だったと言う。


《私が彼女達を殺そうとしたのは、私の勝手な都合です……。でも、村の人達は現在進行形で被害を受けています……。どちらが優先されるかは、言うまでもないですよね……?》


 自分の大義名分より、村人達の恨みを晴らす事の方が優先度が高いと思ったさくらは、村人達に勇者達の処刑を任せることに決めたそうだ。


《結局、私はまだ人を殺せていません……。中々、難しいです……》

《ホント、無理してそんなことしなくていいんだからな?》

《ありがとうございます……。でも、もう決めた事なんです……》


 他人に『人を殺せ』と言うつもりはないが、自分で『殺す』と決めた者を引き留めることも無い。さくらが決めてしまった以上、それを止めるわけには行かない。

 ただ、個人的にはさくらにはいつまでも綺麗なままでいて欲しいという気持ちもある。


《話を戻しますわね》


 さくらが話終えたタイミングで、セラが話を戻す。


 その後、村を挙げて勇者達の処刑が執り行われたそうだ。

 死刑執行人は勇者の数に合わせて3人。抽選の結果、選ばれた3人と言う事だ。


 1人は婚約者を殺された男性だ。婚約者の女性は村1番の美人と評判で、それを聞き、嫉妬した勇者の1人が女性の顔を切り裂いて自殺に追い込んだ。

 1人は村で食堂を営んでいた女性だ。料理が不味いと難癖をつけて、店員をしていた女性の娘に自家製の薬物を飲ませた。そして、中毒になった女性は死亡した。

 1人は宿屋の主人だ。男性を連れ込んだ勇者に文句を言った娘が、逆切れした勇者の光線によって殺され、さらに半壊した宿屋の下敷きになり他の家族も死亡したという。


 ねえ、それ本当に勇者のすること?

 それ、傍若無人で済ませていいレベルじゃないよね?

 そして、抽選が必要だったってことは、それぞれ2人以上の希望者がいたってことだよね? ……本当にエルディア滅ぼして良かった。戦争参加勇者を皆殺して良かった。


 ともかく、最後まで見苦しく命乞いを繰り広げた勇者達の処刑が終わり、さくら達も俺達を追いかけてきたという話だ。

 ああ、処刑シーンを我慢して見届けたさくらがしばらく休憩を取った後だけどな。


 それと、と付け加えてセラが話を続けた。


《村人達なんですけれど、エルディアのやり方にはついて行けないと言い、カスタールへの亡命を希望しました。ギリギリではありますけど、戦争が終わった際には、敗戦国民ではなく、カスタールへの亡命者として扱っていただけるよう、サクヤさんには連絡済みですわ》

《仁君には事後報告になってしまい、申し訳ないと思っています……》

《いや、直接相対した2人がそれでいいと考えているのなら、俺から文句を言う事もない》


 何度も言うが、別にエルディア国民全員を殺したい訳ではないのだから。

 責任者には相応の責任を取ってもらうことになるけれど……。


《ありがとうございました……》

《いや、別に礼を言われるような事でもないだろ?》

《いえ、亡命の件に関するお礼じゃあありません……。今回の件全てに関するお礼です……。仁君のおかげで、過去の出来事に心の整理を付けることが出来ました……》


 律儀に礼を言ってくるさくらだが……。


《それこそ、礼を言われるような事じゃない。勇者と会って話すことを決めたのも、心の整理を付けたのもさくらだ。俺は何もしていない》

《そんなことはありません……。仁君が居なければ、今の幸せが無ければ心の整理なんて出来ませんでした……》


《仁君はエルディアを追放されたとき、私に手を差し伸べてくれました……。旅の中でも、決して私に無理をさせようとはしませんでした……。過去を思い出しては暗い表情をするような私を、責めることはありませんでした……。仁君との繋がりのおかげで、友達を作ることが出来ました……。ずっと、近くにいてくれました……》


《今の私があるのは、仁君のおかげなんです……。だから、お礼を言いたいんです……。ありがとうございました……》

《……わかった。さくらの感謝を受け取らせてもらうよ》


 うん、本当に念話越しで良かった。

 こんな事を真正面から言われたら、どんな顔をしていいのかわからないからな……。



裏伝


*本編の裏話、こぼれ話。


・虐めっ子

 さくらを虐めていた主犯格の女子生徒3人。

 名前は矢口やぐちリマ、浅賀あさがゆう高遠たかとお絵里えり

 さくらと相対したときに言ったセリフの一部を抜粋。


「何でアンタが生きているのよ。王宮を追い出されて野垂れ死んだんじゃなかったの?」

「何よ。アンタなんて死んでいればよかったのに」

「どうやって生き延びたのかしらね?その貧相な身体でも売ってたんじゃないの?」

「あはっ、こんな根暗女、金を払ってまで相手にしたいような物好きがいる訳ないじゃない」

「きっと、物乞いでもしてたのよ。ほら、木ノ下にはピッタリでしょ!」

「元々、ドブの匂いがしてたものね。あー、臭い臭い」

「言えてるー」


 セラ、ブチ切れそうなのを必死で我慢。


チャイコフスキー作曲「白鳥の湖」


いじめっ子の名前のネタは感想欄でも出ていましたが、名前と名字をずらすと『朝帰り』、『薬中』、『通り魔』になるというものです。通り魔だけは普通にヤバい。

ここまで詳細に書いたので、さくらサイドの短編は無くてもいいかな、と考えています。

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マグコミ様にてコミカライズ連載中
コミカライズ
― 新着の感想 ―
[一言] この作品って加害者しか得してないよね 勇者に対して死よりも辛くて酷い事を強要しないのが原因なんだけどさ 被害者達は死よりも辛かったり酷い経験をしてるのに、勇者は死んだらそれで終わりなんだもん…
[気になる点] 火の鳥なのに名前がチャイコフスキーなのが理解できない。 普通ならストラヴィンスキーと命名すると思う。 逆に白鳥の湖をモチーフにするなら、群舞やスワンとブラックスワンを使うべきだと思う…
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