第71話 金狐母娘と感染
マップで確認したところ、金狐の母娘は玉座の間にいるようだ。
この国の国王も同じ部屋にいるようだが……、玉座の横で昏倒している。
ついでに言うと、国王以外の王族は地下の牢屋に入れられている。
『狂化』はしていないけど、洗脳はされている模様。ピクリとも動かない。
多分、この辺りは金狐が『狂化』する前に洗脳したんだろうな。
俺たちはメイド部隊が<奴隷術>をかけている横を通り玉座の間へと向かう。
メイドたちが<奴隷術>をかける手際が良すぎる気がする。……確実に手馴れているよな。
A:人を無理矢理奴隷にするようなことはしていませんが、寒村などで身売りを求めるものがいた場合に<奴隷術>を使用しています。さらに効率的な奴隷収集のために、奴隷商を経営するかルセアが検討しています。
……ルセア、どこまで行くんだ。
と言うか、奴隷が経営する奴隷商ってどうなんだ?
A:奴隷紋を隠せば、何の問題もありません。奴隷にも<奴隷術>は使えますので。
そうなのか……。
でも、奴隷商は出来れば止めて欲しいな。なんか、やりすぎな気がする。
A:伝えておきます。止めるそうです。
早!?
A:伝えたら、即決でした。
ルセアは相変わらずだな……。
しばらく歩き、玉座の間に到着した。
この先に金狐がいるみたいだが、特に動いている様子がない。どうしたのだろうか?
「仁様、私が先行いたします」
「あ、私後ろにいるね。弓兵だし」
「私はご主人様の横にいますわ」
セラが横に付き、ミオが後ろに下がる。
その状態でマリアが先行して扉を開けた。
「はぁ、はぁ……、ここまで辿り着ける方がいらしたのでしょうか?」
「驚いた」
玉座の間には、金狐の母娘と国王しかいない。国王は昏倒しているので、実質金狐の母娘2人だけだ。
母親の月夜の方は金髪、金眼で長い髪を頭の上で結い上げている。
身長はセラより少し低く、セラに匹敵するほどの巨乳だ。
部分的な特徴だけを聞くと、セラに似ているという印象を受けるかもしれないが、実際の印象は大きく異なる。
セラが凛としたタイプの美人なら、月夜は癒し系の母性的な美人である。
娘の常夜も金髪金眼で……、って金狐なんだからある意味当然か。
10歳という年齢相応の身長で、髪はおかっぱ頭だ。
ただし、10歳にしてはやけに胸があるな。……さくらよりも大きそうだ。
月夜は赤を基調とした和服、常夜は黄色い可愛らしい和服を着ている。
金髪だけど意外と和服が似合っている。ただし月夜の胸元は大きくはだけている。
というか、息を切らして汗を大量にかいている。無駄に色っぽい。
「ん?そういや何で『狂化』しているのに普通に喋ってるんだ?」
扉を開けた時に確かにしゃべっていたよな。
「はぁ、はぁ……、私の状況をご存知と言うことですか……。これは……、期待が持てますね……」
「母様……」
月夜は何かを期待するように俺のことを見て、常夜はそんな月夜を悲しそうに見つめている。
「はぁ……、貴方様は今の私の状況について……、どれくらいご存じなのでしょうか?」
「金狐と言う魔物が人に変化して、この国を裏から支配していた。現在は『狂化』と言う暴走状態になっており、王宮の人間は『狂化』に感染して倒れている。これくらいか?」
月夜に聞かれたので答えてやると、月夜も常夜もポカンとした顔を見せた。
「ふ、ふふふ……、いいですね。最後の最後に面白い方と出会えました」
「考え直して」
「ふぅ、ふぅ……、無理ですよ常夜。こうなってしまってはどうにもなりません……」
「スマンが、こっちにも伝わるように話してくれないか?質問だけして終わりというのは失礼だろ?」
聞くだけ聞いて放置とか、寂しいじゃないか。
「はぁ、はぁ、すいません……。貴方様にお願いがあるのです。……私を殺してください。今のところ何とか自我を保っていますが、長くは保ちません……。はぁ、はぁ、『狂化』して意識を完全に失い、獣のようになるのは嫌なのです。私が私である内に死にたいのです」
「え、嫌だけど?」
「な!?」
いや、驚愕されても困るよ。
テイムしに来た相手を自ら殺すなんて、絶対に御免だね。
「はぁ、はぁ……、貴方様は……、私を殺しに来たのではないのですか……?」
「いや、母娘揃えてテイムしに来た。殺すつもりなんてない」
「はぁ、はぁ、ふふ……、残念でしたね。『狂化』した魔物はテイムできないんですよ。知らなかったのですか……?」
「その程度の事はどうにでもなる。ほれ」
<生殺与奪>がレベル7になった時に得た能力により、<色欲>の呪印を無効にする。
これで、七つの大罪の呪印が持つ、テイム無効も無効になった。『無効を無効』とか、小学生の言い合いみたいだ。
この能力を得たのは、ギガント・マンイーター戦の直後だったので、タイミング悪いとか思ったけど、今考えれば金狐を相手にする前にこの能力を得られたというのは、ベストタイミングだったのではないだろうか?
ごめん、異能のことを疑って悪かったよ。……異能に謝る俺である。
「え?『狂化』が、消えた?」
「本当?」
「ええ、頭を締め付けるような狂気も消えていますし、身体の制御も戻りました。信じられません……」
無事に<色欲>を無効化できたみたいで、月夜の顔色も良くなってきた。
「さ、これで元に戻ったな。テイムされろ」
「テイムされろって、ご主人様、そんなの聞く相手は……、あ、ドーラちゃんとミドリちゃんは無抵抗だったのよね」
ミオが突っ込みを入れようとするが、前例があるので途中で止まる。
「恐竜の卵もですわ」
「それを含めるのはどうかと思いますよ?」
今度はセラがボケたのでマリアが突っ込んだ。
「ふふふ、貴方様はとんでもない方なんですね。あれだけ私を苛んでいた『狂化』をいとも簡単に治すなんて……。でも、私をテイムしたければ、私と戦って勝利していただかなければいけません。私よりも弱い方に身体を許すなんて、私の矜持が許しませんから」
「もちろん構わないぞ。『狂化』した状態で戦うことも視野に入れていたんだからな」
「ふふふ、なんと言う自信なのでしょう。1000年生きてきて、ここまで面白い方に会ったのは初めてです」
妖艶に笑う月夜。母性的でありつつ凄まじい色気を放っている。
こりゃあ、傾国しますわ。
「それで、この狭い空間で戦うのか?折角だから常夜の能力を使ったらどうだ?」
「「!?」」
月夜と常夜がまたしても驚く。
「……一体貴方様は何者なんですか?」
「テイムされたら教えてやるよ」
「もう、テイムされてもいい気になってきました……。でも、戦わないという選択肢はありませんね。常夜、お願いしてもいいですか?」
「わかった」
常夜がそういうと、手でボールを持つような形を作った。
そこに黒い球体が発生し、それがどんどん大きくなっていく。俺たち全員を包んだあたりで、真っ暗な視界が急に切り替わった。
そこは今までと同じ玉座の間なのだが、明らかに風景が異なっている。
天井の高さが10倍では済まないくらいに上の方にある。床のタイルを見ると、同様に大きくなっているので、俺たちが小さくなったか、周りが大きくなったかのどちらかだろう。
「切り取って、広げて、固定した」
常夜が呟くが、いまいち言いたいことが伝わらないな。
「ふふ、常夜は言葉足らずですからね。玉座の間を元の空間から切り離し、50倍程度に広げ、床とかが壊れないように保護してくれたのですよ。私達が戦っても平気なように」
「なるほどな。これで思う存分戦えるんだな」
やはり<空間操作>は中々にすさまじいスキルだったようだ。
「じゃあさっそく戦おうか」
「ええ」
<空間操作>の影響で、俺と月夜の間の距離が程よく離れている。
月夜は<空間魔法>の『格納』から弓と矢を取り出して構えた。
「行きますよ!」
宣言と同時に月夜が俺に向けて矢を放つ。
「ほい」
手にした霊刀・未完で矢を切り捨てる。
<弓術LV5>程度ならば、気を張らなくても楽々斬り落とせる。
「……これでも、弓には結構自信があるのですが……」
「もっと得意なのがあるだろ?<火魔法>とか<闇魔法>とか<幻影魔法>とか。武器よりも魔法が得意なんだから、そっちで来いよ」
「……もう、貴方様に関しては驚くだけ無駄のようですね。わかりました。こちらも出し惜しみなどせずに、全力で行かせてもらいます」
その言葉と共に月夜から100を超える数の魔法が放たれる。
半分近くは<幻影魔法>による幻だな。
残り半分の半分、つまり4分の1は<火魔法>レベル5の『ボルケーノショット』だ。
『ボルケーノショット』は5mほどの火球を放つ魔法で、<火魔法>レベル9の『ボルケーノブラスト』の単発版と言うべき魔法だ。
もう4分の1が<闇魔法>レベル5の『ダークマターショット』だな。
『ダークマターショット』は『ボルケーノショット』と同じく、5mほどの黒球を放つ魔法で、レベル1の『ダークボール』の強化版のような魔法だ。
<無詠唱>と<幻影魔法>を用いて、まるで同時にこれだけの魔法を放ったかのように見せるのか。面白いな。
それに加えて<火魔法>を<闇魔法>に、<闇魔法>を<火魔法>に見せかけるというようなこともしている。芸が細かいな。
「いくら貴方様でも、これを全て避けるのは不可能でごさいましょう?」
幻が含まれているとはいえ、これほどの魔法を全て避けたり防いだりするのは困難だろう。
……普通ならば。
「飛剣連斬!」
お気に入りの攻撃である『飛剣連斬』は、<飛剣術>による飛ぶ斬撃をひたすらに繰り返すというモノだが、実はこれで以前に失敗をしている。
迷宮の50層ボスを倒すとき、魔法と相殺するつもりで、その奥にいた敵本体に攻撃を当ててしまったのだ。
今回、同じ過ちを繰り返すと月夜が死ぬ。それはもう確実に死ぬ。
そこで、俺は斬撃を飛ばしながら移動を繰り返し、迫りくる実態を持った魔法のみに攻撃をぶつける。
魔法を破壊した斬撃は当然のようにそのまま月夜に向けて飛び続ける。
そして、全ての斬撃は月夜の目の前1mの地点でぶつかって消滅した。
こうすれば奥にいる相手まで攻撃が届かないだろ?
間違って殺してしまうこともない訳だ。……相手が動かなければ。
-ドオオオン!!!-
「きゃああああ!!!」
<飛剣術>がぶつかった衝撃により、月夜が勢いよく吹き飛ぶ。
……どうやら、俺はもう1つ思い違いをしていたみたいだ。
<飛剣術>がぶつかった衝撃と言うのも、十分に攻撃たり得るということだ。
見れば、月夜は完全に気絶しているようだ。
「縮地法。よっ!」
このまま、月夜が地面に叩き付けられるのを見過ごすほど鬼ではないので、<縮地法>と<加速>により着地地点まで移動して受け止める。
折角近づいたことだし、<魔物調教>スキルにより、テイム用の陣を月夜にぶつける。
「う、ううん……」
少し待つと月夜が気絶から回復した。
それほどのダメージは与えていなかったからな。
余談だが、衝撃で月夜の着物がはだけて、とても扇情的な格好をしている。
「起きたか?」
「あ……、私、気絶を……。そうですか、私は負けたのですね……」
>金狐をテイムしました。
>金狐に名前を付けてください。
自らの敗北を悟り、大人しくテイムされることを選択した月夜。
……しかし、こんだけ堂々と名前が付いていても、名づけを要求されるんだな。
「これで私は貴方様にテイムされたということですね。ふふ、まさか私をテイムしようなんて、奇特な方が現れるとは、夢にも思いませんでしたよ」
「狐が好きだからな。後でモフらせろ」
「どうぞお好きなようにしてください。私の全ては貴方様のモノですから」
言質はとったぞ。後で徹底的にモフってやる。
戦いが終わったと見て、マリアたちが近づいてきた。
「仁様、お疲れ様です」
「お疲れ様ですわ」
「お疲れー、無事にテイムできたみたいね」
「おう、母金狐のテイム完了だ。後は娘金狐だな」
月夜を抱えたままマリアたちに返事を返す。
どうやら、月夜は俺の腕の中から降りるつもりはない様だ。
まあ、重いわけでもないから構わないんだけどな。
「常夜、貴女はどうします?このお方に身をゆだねますか?」
「ゆだねる」
近づいてきた常夜に対して、月夜が質問したら即答だった。
「戦わなくてもいいのか?」
「母様と一緒ならそれでいい」
常夜は戦わずにテイムされることを選んだようだ。
月夜が大好きなのだろう。テイムされてでも離れたくないようだ。
「じゃあ、テイムの陣を出すぞ」
「了解」
月夜同様に、テイム用の陣をぶつける。
「う……」
「どうした?」
「常夜、どうしたのです?」
陣が常夜に当たった直後、常夜はうめき声をあげて蹲る。
「うわああああああああああああああ!!!」
「な、なんだ?」
常夜は急に大声で叫び出し、床の上をゴロゴロと転がる。
A:マスター、常夜が『狂化』しました。
「は?常夜が『狂化』した?」
慌てて常夜のステータスを確認する。
名前:常夜(狂化・嫉妬)
LV5
性別:女
年齢:10才
種族:金狐(レア・希少種)
スキル:<幻影魔法LV1><変化LV5><空間操作LV7>
呪印:<嫉妬LV->
<暴食>、<色欲>と来て、今度は<嫉妬>か……。
「そんな!?常夜!常夜ー!」
叫ぶ月夜だが、冷静になってほしい。
ついちょっと前に月夜の『狂化』を治したのは誰だったのか。
「落ち着いてよ!ご主人様がいるんだから大丈夫だって!」
「苦しそうだし、さっさと治すぞ」
「あっ、お願いします!」
月夜も落ち着いたらすぐに気が付いたようだ。
そのまま、<生殺与奪>を使って常夜の呪印<嫉妬>を無効にする。
「もう大丈夫だ」
「うう……」
常夜はそのまま倒れて動かなくなる。どうやら気絶したようだ。
『狂化』するというのは、相当身体に負担がかかるようだからな。
>金狐をテイムしました。
>金狐に名前を付けてください。
お、今のタイミングでテイム成功になるのか。
気絶する前にテイムを受け入れたみたいだな。
抱いたままだった月夜を降ろし、常夜を抱え上げる。
「常夜……」
「気絶しているだけだ。心配するな」
「はい……」
-ズズズズ-
部屋の周りから何かが迫ってくるような音が聞こえる。
「今度は何だ?」
「常夜の能力が解けます」
そう言えばここは常夜が<空間操作>で作り出した空間だった。
発動者が気絶とかすると解けるタイプの能力みたいだしな。
-ズズズ-
能力発動時と逆に、球体が外側から内側に狭まるように半透明の壁が迫ってきた。
その壁に触れたと思った時には、元の玉座の間に戻ってきていた。
「戻ってきたみたいだな」
「ふいー、これで金狐の母娘は予定通りテイム完了ね。最後はびっくりしたわよ」
ミオが息を付きながら言う。
ミオは基本何もしていないけどな。
「そうですわね。<色欲>を無効にしたら、すぐに<嫉妬>が出てきましたものね」
「それなんだけどさ。もしかして七つの大罪の呪印って、リレーみたいに順々に現れるのかな?」
「それは俺も考えた。<暴食>を倒した次の日に<色欲>が出てきて、それを無効にしたらすぐに<嫉妬>だ。今度はどこか別の場所で、別の魔物が『狂化』しているのかもな」
もしそうなら、合計7体の『狂化』した魔物が現れるということだ。面倒だ。
「私が『狂化』したのは昨日の夕方くらいですよ。そこから何とか耐えてきたんですけど、完全には抑えきれずに王宮の者たちが『狂化』してしまいました」
「時間的にも<暴食>を持っていたギガント・マンイーター討伐から、それほど離れていないな」
七つの大罪リレーの可能性は低くはなさそうだな。
その辺りどうなの?
A:過去の『狂化』では、リレーになるようなことはありませんでした。ただ、ないとは言い切れません。
アルタにもはっきりしたことはわからないのか。
確かに、祝福とか呪印については、アルタの知識も完璧とは言い難いからな。
もし、『狂化』した魔物の情報を入手したら教えてくれ。
A:わかりました。
「とりあえず、アルタに『狂化』した魔物を探すように頼んどいた」
「仁様の配下の人数もだいぶ増えてきました。各地に散った配下の情報網がありますので、もし『狂化』した魔物がいたなら、遠からず情報網にかかると思います」
「おお、相変わらず配下ネットワークは凄いわね」
「アルタ?配下?何のことですか?」
月夜が首を傾げる。
「そうだな。そろそろ色々と話をするか」
「私の出番ね!」
「頼む」
「らじゃ!」
説明担当はミオ、もしくはアルタである。
<無限収納>からイスとテーブルを引っ張り出して、お茶とお菓子を並べ、まったり説明を開始する。
かなりどうでもいい話だが、ここは玉座の間である。
「と言う訳で、ご主人様はあちこち旅をしながら、観光したり戦力を増強したりしているのよ。他にも話す内容は山ほどあるけど、最初に知っといた方がいいのはこのくらいね」
ミオの大雑把な説明終了。
「ご説明ありがとうございます。ふふふ、私の主になったお方は、私の思っていた何倍もとんでもないお方だったのですね」
「あ、その評価はもう少し後にした方がいいわよ。まだ、大物がいくつか残っているから」
「そうなのですか?では、驚くのはもう少し後にしますね」
迷宮を攻略して、ダンジョンマスターになった話とかはまだしていないからな。
「それにしても、このお菓子美味しいですね……」
「私の自信作よ。お代わりはあるからね」
並べられたお菓子を食べて、月夜が呟く。
並んでいるのはクッキーなどだが、これらはハーピィの卵を使って作られている。
高級な食材を、一流の料理人が調理したらどうなるか。その答えがここにある。
「お代わりですわ」
「セラちゃんは少し遠慮してね」
「残念ですわ」
相変わらずセラは食い意地が張っているな。
まあ、お代わりしたくなるほど美味いのは間違いないのだが……。もぐもぐ。
「そろそろ、月夜の話も聞かせてくれ」
「どこから話しましょうか?」
「この国を裏から支配した理由かな」
長く生きているから、聞ける話は山ほどあるだろうけど、直近で関係の深いのはやはりその話だろう。
「そうですね……。この国で王家に取り入ろうと考えたのは……」
月夜はそこまで言うと言葉を切り、東の方に顔を向けながら続ける。
「真紅帝国皇帝、スカーレット・クリムゾンを倒すためです」
真紅帝国、次の目的地にして、配下であるルージュたちの祖国。
スカーレットと言うのは、ルージュの兄の皇帝のことだな。
皇族は全員、赤に関する単語で名前が統一されているのか……。
「理由を聞いてもいいか?」
「常夜も眠っていますから……、大丈夫です」
「常夜が関係あるのか?」
「はい。スカーレット・クリムゾンは、私の親友、常夜の実の両親の仇なのです」
「実の両親」と言うからには、月夜と常夜の間に血縁関係はないということだろう。
「眠っているから大丈夫」と言ったことで、そのことを常夜が知らないということも予測がついた。
「私には同じ金狐の親友がいました。彼女は10年前に他の金狐と結婚して、常夜を産みました」
「それが常夜の実の両親か」
「はい、そうです。そして、子供が出来たという知らせを受け、私が親友の元に向かった時、そこにいたのは瀕死になっていた親友と、既に事切れていた彼女の夫、それと巧妙に隠されて無事だった常夜でした」
「それをやったのが?」
俺が先を促すと、月夜は頷いて話を続けた。
「はい、スカーレット・クリムゾンと親友が言っていました。あらゆる攻撃を弾き、手にした大剣で<幻影魔法>を切り裂いたそうです」
「ほう……」
ルージュたちの話から、相当な実力者であることは予想できていたが、金狐を倒すほどに強いのか。
「親友は手の施しようがないほどに傷ついていました。<回復魔法>を覚えようとしたのは、それが切っ掛けですね」
月夜の魔法の内、<回復魔法>だけやたらレベルが低いのは、最近覚えようと修行を開始し始めたからのようだ。
「その場で復讐に行こうと考えていたのですが、親友から止められました。『復讐なんてしなくてもいい。そんなことはいいから、娘のことをお願い』と言われました。その言葉に従い、常夜を私の娘として育てることにしたのです」
「常夜はそれを知らないんだな」
「はい、まだ打ち明けられていません」
月夜は寝ている常夜の頭を撫でながら答える。
「今考えれば、私でも親友とその夫2人を同時に相手にするのは困難だったでしょう。その2人を簡単に倒したスカーレット・クリムゾンです。もし私が挑んでも、勝てた保証はありません」
「それで、この国を乗っ取ろうとした話にはどう繋がるんだ?」
復讐を止めたというのに、スカーレット・クリムゾンを倒すというのはどういうことだ?
「直接手を出すのは、幼い常夜もいるので止めることにしたのですが、それでも腹の虫は収まりません。相手が皇帝なら、国家レベルで苦しめてやろうと思い至ったのです。丁度よく隣国が小国でしたからね。この国を足掛かりに徐々に真紅帝国を苦しめる布陣を敷いていこうと考えました」
「その結果が現在のこの国か……」
「はい。実施に行動に移したのは、常夜がある程度行動出来る年齢になった数年前からですけどね。そして、その結果が今のこの国です」
どうでもいい話だが、本来玉座の間で1番偉いはずの国王は、メイド部隊によって俺の奴隷にされ、俺の屋敷に回収されていった。
『狂化』の影響でしばらくは起きないので、王宮にいた人間はまとめて屋敷で管理するようだ。
A:今回奴隷になった者たちは、私の方で『調整』しておきます。
この段階で、この国の中枢、国王と王宮は俺の手に落ちたのだった。
カスタールは女王を配下にした。
エステアでは王女の1人を配下にし、主要産業である迷宮を支配した。
そして、このナルンカ王国では、国家の中枢たる王宮を完全支配するに至った。
もう俺、国王名乗ってもいいんじゃね?
以上、どうでもいい話、終わり。
月夜は話を続ける。
「しかし、ここで大きな誤算がありました。真紅帝国は周辺諸国に一切依存しないのです。隣国がどうなろうと、何の痛痒も与えられないということです」
真紅帝国は食料を一切輸入せず、全て自国だけで賄っている。つまり、食料自給率100%ということだ。
技術に関しても、スパイなどにより他国から盗むことはあっても、金を払って教えを乞うような真似はしない。
迷宮産のアイテムを持ち帰るのもこれに該当する。そう言う意味ではルージュはスパイなのだ。今は2重スパイになっているがな。
真紅帝国は、「他国に頼らず、自力で国力を保つ」ということを実現している稀有な国なのだ。
「結局、この国を支配しても真紅帝国には何の影響もないことがわかり、復讐を諦めかけていたところで『狂化』して、今に至ると言う訳です」
「まだ、復讐心は残っているのか?俺が手伝えば、その復讐が成せる可能性はかなり高くなるぞ」
俺たちは真紅帝国皇帝に「エステアと戦争をするな」と言いに行く予定だった。
もし、皇帝がこれを受け入れなければ、最悪皇帝を殺すことも視野に入れていた。
月夜がどうしてもと望むのなら、説得をしないで早々にルージュ皇帝を生み出しても構わない。
しかし、月夜は首を横に振った。
「そもそも、殺された親友が復讐を望んでいないのは明らかなのです。最後まで私と常夜の幸せを願っていましたから。だからこの復讐は、親友の遺志に反した、私のための復讐です。誰からも望まれていない復讐の炎は、1度消えてしまったら、再び点けることは難しいみたいですね」
そこでもう1度常夜の方を見て続ける。
「ただ、将来事実を打ち明けた時、常夜が真紅帝国皇帝を許せないというのなら話は別です。その時はどんな手を使ってでも真紅帝国皇帝を打ち倒すつもりです。あ、今はテイムされていますから貴方様の許可が必要ですけどね」
「そりゃまあ、許可を出す、と言うか手伝うだろうけどな」
「仁様が手伝うのでしたら、私達配下も全力でお手伝いいたします。でも月夜さん。常夜ちゃんに思いを聞くというのなら、今ここでするべきだと思います。……常夜ちゃん、起きていますよね?」
マリアが常夜に向けてそう言ったので、皆の視線が常夜に集中する。
常夜は目を開くとそのまま起き上がった。
「常夜……!起きていたのですか!?」
「うん」
「え、マリアちゃんは気付いていたの?いつから?」
常夜が起きていることに気付いていなかったミオがマリアに詰め寄る。
俺?一応気付いていたよ。多分セラも気付いていたな。チラチラ見てたし。
「月夜さんが、常夜ちゃんは寝ていると言った辺りで、起きていることに気付きました。多分、あのセリフを聞いたから、起きるに起きられなくなってしまったのでしょう」
「うん……」
目が覚めた時に、寝ている前提で話が進んでいたら、起きられないよな……。
そのまま寝たふりをしてしまうのも当然だろう。
「常夜……、聞いていたのですね」
「うん……」
今まで実の両親について黙っていた月夜も、寝たふりをして話を盗み聞いた常夜も、どちらも居心地の悪そうな顔をする。
「先ほど話したことが真実です。今まで黙っていて申し訳ありませんでした」
「いい。母様は母様、私の大切な人。母様は常夜のこと、嫌い?」
月夜が頭を下げて謝罪するが、常夜は首を横に振る。
「いいえ。私も常夜が大好きですよ」
「なら、いい」
月夜は常夜に近づき、軽く抱き寄せる。
常夜も満足そうに微笑み、月夜に抱き着き返す。
「母様、常夜は復讐を望まない」
月夜に抱き着きながら常夜が呟く。
「常夜……、いいのですか?貴女の本当の両親は、スカーレット・クリムゾンに殺されたのですよ?」
「いい。私は幸せになりたい。母様には幸せになってほしい。前の母様もそれを望んでいるって母様も言った」
前の母様っていうのが実の母親のことみたいだな。
「はい。私の親友、常夜の母親は私たち2人の幸せを最後まで願い、スカーレット・クリムゾンに対する恨み言なんて、一言も言っていませんでした。スカーレット・クリムゾンの名前を出したのも、私に注意を促すためだけでしょう」
「うん。だから、前の母様の遺志に従う」
「……わかりました。私も復讐はもう考えないことにします。これからは2人仲良く、従魔として生きていきましょう」
「うん」
真実を打ち明けても、2人の関係は全く変わらなかったようだ。
まあ、寝たふりを最後まで出来ていた時点で、常夜が月夜に含むところがないのは明らかだったんだけどな。
もし、言いたいことがあるのなら、寝たふりなんて続けられないだろ?
「ふふ、そう言う訳ですので、2人合わせて可愛がってくださいね?」
「どうぞよろしく」
「ああ、2人まとめて徹底的にモフるから、覚悟しておけよ」
「はい!」
「うん」
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裏伝
*本編の裏話、こぼれ話。
・狂化
本編では七つの大罪リレーはあくまでも疑惑だったが、裏伝でリレーだと断言してしまう。裏伝で説明が入るということは、本編で深く掘り下げられないということでもある。
重要そうなモノの扱いが酷いのは、いつものことである。
七つの大罪の呪印は魔王が現れてしばらくするとアト諸国連合内に発生する。しかし、これを倒すべき勇者は紛争地域であるアト諸国連合には来ないし、対応できる冒険者もいない。よって、最初に『狂化』した1匹が暴れに暴れる(毎回<暴食>が最初に来るとは限らない)。
魔王が勇者によって討伐されると同時に、『狂化』していた魔物も死亡するので、過去リレーが発動したことは1度もなかった。
次回、第4章リザルト回。
第5章、帝国編に続く。




