表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冤罪で停学の俺を捨て教師と浮気した元カノへ。今更泣きつかれても、君たちの情事映像を全校生徒に流して社会的に抹殺済みですが何か?  作者: ledled


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/5

第三話 『反撃の狼煙』――学園の影の支配者である「孤高の令嬢」と手を組み、文化祭のステージを処刑台に変える

私立神楽坂かぐらざか学園の文化祭は、県内でも有数の規模を誇る一大イベントだ。

校舎の至る所に極彩色の垂れ幕が下がり、グラウンドには無数の模擬店が立ち並ぶ。焼きそばの香ばしい匂いと、クレープの甘い香りが入り混じり、行き交う生徒や来客たちの熱気で溢れかえっていた。


「さあ、続いては『神楽坂・ベストカップル&ティーチャーコンテスト』の結果発表です!」


放送部員のハイテンションな声が、特設メインステージの巨大スピーカーから響き渡る。

グラウンドの中央に設置されたステージの周りには、全校生徒だけでなく、保護者や近隣住民、さらには招待された地元の名士たちまで含め、千人近い観衆がひしめき合っていた。


ステージの袖で、蛇神錬次はネクタイを整えながら、満面の笑みを浮かべていた。


「緊張してるかい? 璃々花ちゃん」

「ううん、先生が一緒だもん。全然平気」


隣に立つ姫川璃々花は、弓道着ではなく、フリルのついた可愛らしいワンピースを身にまとっていた。その可憐な姿に、観客席からは「可愛い!」「アイドルみたい!」という黄色い声援が飛んでいる。

彼女は今、まさにこの学園のヒロインだった。横領事件の「被害者」であり、正義のために恋人の罪を告発した「悲劇のヒロイン」。その健気な姿と美貌は、周囲の同情と賞賛を集めるのに十分すぎる材料だった。


「では、栄えある『理想の師弟部門』の優勝ペアの登場です! 蛇神先生と、姫川璃々花さん!」


割れんばかりの拍手と歓声の中、二人はスポットライトを浴びてステージ中央へと進み出た。

蛇神はスマートに手を振り、璃々花は恥ずかしそうに俯きながらも、その瞳には優越感が滲んでいた。


「蛇神先生、一言お願いします!」


司会者がマイクを向ける。


「えー、このような賞をいただき光栄です。教師として、生徒と真摯に向き合ってきた結果だと思っています。最近、悲しい事件もありましたが……私たちはそれに負けず、前を向いて歩んでいきたい。そうだろう、姫川さん?」

「はい! 先生のおかげで、私も強くなれました。……悪いことは悪いって、ちゃんと言える勇気を持てましたから」


璃々花が潤んだ瞳でそう答えると、会場からは「感動した!」「頑張れー!」という温かい声援が巻き起こる。

蛇神は満足そうに頷き、璃々花の肩に手を置いた。


その光景を、ステージからはるか遠く、校舎の最上階にある放送室から見下ろしている二つの影があった。


「……反吐が出るわね」


天城夜空が、モニターに映る二人のアップ映像を見て、心底軽蔑したように呟いた。

彼女は放送室の機材デスクに座り、複雑な配線をノートPCに繋いでいる。本来なら放送部員が詰めているはずのこの部屋は、理事長の孫娘という権限と、「特別放送の準備」という名目で、一時的に無人となっていた。


「ああ。でも、あれももう終わりだ」


俺、九頭竜咲夜は、メインコンソールの前に立ち、最終チェックを行っていた。

手元のタブレットには、ステージ上の大型スクリーンへの割り込みプログラムが起動待機状態になっている。


「咲夜、緊張してる?」


夜空がふと手を止め、俺を見上げた。

俺の手は、微かだが震えていた。恐怖ではない。武者震いだ。


「いや、楽しみで仕方がないよ。あいつらが積み上げてきた嘘の城が、音を立てて崩れ落ちる瞬間がな」

「ふふ、いい顔よ。……じゃあ、始めましょうか。私たちのショータイムを」


夜空がEnterキーを押す。

同時に、俺はマイクのスイッチをONにした。


***


ステージ上では、表彰式がクライマックスを迎えていた。

校長先生が満面の笑みで賞状を渡そうとした、その時。


『キィィィィィン……』


不快なハウリング音が会場をつんざいた。

観衆が耳を塞ぎ、蛇神と璃々花が驚いて顔を見合わせる。


「なんだ? 音響トラブルか?」


司会者が慌ててマイクを確認するが、スピーカーからのノイズは止まない。

そして唐突に、ステージ背面の巨大スクリーン――今まで『神楽坂学園へようこそ』というロゴが表示されていた画面が、ブラックアウトした。


ざわめきが広がる中、真っ暗なスクリーンに白い文字がタイプライターのように打ち込まれていく。


『真実を知る準備はできているか?』

「な、なんだこれは! 放送部、どうなってるんだ!」


教頭が怒鳴る声が聞こえるが、放送は止まらない。


そして、画面が切り替わった。

映し出されたのは、エクセルで作られた見慣れた帳簿のデータだった。

だが、その内容は一般に公開されているものとは違う。赤字で修正された痕跡や、『使途不明金』という項目、そしてその振込先として『R.H』(蛇神のイニシャル)の個人口座が紐づけられている証拠画像だ。


「これは……弓道部の会計データ?」

「おい、あそこの口座名義、蛇神って書いてあるぞ?」


観客席の生徒たちが異変に気づき始める。

蛇神の顔から、血の気が引いていくのが見えた。


『ナレーション:九頭竜咲夜』


俺の声が、変声機を通さず、はっきりとスピーカーから流れた。


『皆様、こんにちは。そして、お久しぶりです。弓道部部費横領の濡れ衣を着せられ、停学処分中の九頭竜です。今日は、この場を借りて、本当の“犯人”を紹介したいと思います』

「く、九頭竜!? なぜあいつの声が!」


蛇神が叫ぶ。


「放送室だ! 今すぐ放送室へ行け! 電源を切れ!」


教師たちが動き出そうとするが、夜空が事前に校舎の電子ロックを操作しており、放送室への通路は遮断されている。そう簡単にはたどり着けない。


『まずは、こちらの音声をお聞きください。事件当日の、弓道部更衣室での会話です』


スクリーンには波形が表示され、クリアな音声が再生される。


『……ねえ、錬次さん。本当に大丈夫なの? 咲夜くんに全部なすりつけるなんて』

『大丈夫だって。あいつは馬鹿だから、僕たちが付き合ってることにも気づいてない。金庫の鍵は僕が持ってるんだから、あいつのカバンに札束を突っ込んでおけば、一発でクロだよ』

『でも、かわいそう……』

『かわいそう? 誰のおかげで、君が欲しがってたブランドのバッグが買えたと思ってるんだ? あの横領した金があったからだろ?』

『う……それは、そうだけど。……分かった。私、協力する。咲夜くんより、錬次さんとの生活の方が大事だもん』


会場が静まり返った。

あまりにも生々しい、悪事の相談。そして、何より衝撃的だったのは、その声の主だ。


「これ……璃々花ちゃんの声?」

「嘘だろ? ブランドバッグって……」

「蛇神先生、錬次さんって呼ばせてんの?」


生徒たちの視線が、ステージ上の二人に集中する。

賞賛と憧れの眼差しは消え失せ、軽蔑と疑念の色が濃くなっていく。


璃々花は顔面蒼白になり、ガタガタと震え出した。


「ち、違う……これ、合成よ! AIで作った偽物よ!」


彼女は必死に叫ぶが、マイクを通したその声は、震えすぎていて説得力がない。


『偽物だと思いますか? では、映像もご覧いただきましょう』


俺の操作で、画面が切り替わる。

それは第二話で俺が見た、部室での情事の映像――の、さすがにR18部分はカットし、決定的な「密会」と「共謀」のシーンを繋ぎ合わせたダイジェスト版だ。


蛇神が璃々花の腰に手を回し、札束の入った封筒を渡しているシーン。

二人が抱き合いながら、俺の悪口を言って嘲笑っているシーン。

『あんな陰キャ、早く消えればいいのに』と璃々花が言い放つシーン。


決定打だった。

もう、誰も二人を擁護する者はいない。


「うわっ、引くわ……」

「最低じゃん、あいつら」

「九頭竜、マジでハメられただけだったのか」


ざわめきは怒号へと変わっていく。

保護者席からも非難の声が上がり始めた。


「どういう教育をしてるんですか!」

「娘をこんな教師に預けていたなんて!」


蛇神は脂汗を流しながら、後ずさりをした。


「ち、違う! これは誤解だ! この映像は捏造だ! 九頭竜が私を恨んで作ったフェイク動画だ!」


見苦しい言い訳。だが、彼はまだ諦めていない。教師という立場にしがみつこうとしている。


その時、放送室のドアがドンドンと激しく叩かれた。


「開けろ! 警察だ! ……じゃなかった、生活指導だ!」


教師たちがついに辿り着いたようだ。だが、もう遅い。


「咲夜、仕上げよ」


夜空が俺に合図を送る。

俺は頷き、マイクに向かって最後の言葉を放った。


『蛇神先生。捏造だと言い張るなら、今すぐあなたのスマホのロックを解除して、LINEの履歴を見せてください。削除しても無駄ですよ。僕の手元には、サーバーからバックアップした過去一年分のログがありますから』


スクリーンに、二人のLINEのやり取りが高速でスクロールされる。


『今日のパンツ何色?』

『部費でホテル代浮いたねw』

『九頭竜の親呼び出されるの楽しみw』


卑猥で、下劣で、悪意に満ちた文字列の羅列。


「ひっ……!」


璃々花はその場に崩れ落ちた。もはや立っていることすらできない。

蛇神は呆然とスクリーンを見上げ、口をパクパクさせている。


『これで証明は終わりました。……ああ、それと』


俺は一呼吸置き、さらに冷たく告げる。


『この映像と音声データ、および横領の証拠資料は、すでに警察と教育委員会、そしてマスコミ各社に送信済みです。もう、隠蔽は不可能です』


その言葉と同時に、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。

一台や二台ではない。複数のパトカーが、学校に向かってきている音だ。


「け、警察……?」


蛇神の顔から、人間としての尊厳が完全に抜け落ちた。


俺は放送室の機材をシャットダウンし、ヘッドセットを外した。

静寂が戻った放送室で、夜空が拍手をする。


「ブラボー。最高のショーだったわ、咲夜」

「……ああ。すっきりしたよ」


俺は大きく息を吐き出した。

胸のつかえが取れたような爽快感。だが、それと同時に、少しの虚しさもあった。

あんなに好きだった璃々花が、あんなに惨めな姿を晒している。それを俺自身の手でやったのだ。


「同情する?」


夜空が俺の心情を見透かしたように尋ねる。


「いや。……自業自得だ」


俺はきっぱりと答えた。


その時、放送室のドアの鍵が電子音と共に解錠された。


「九頭竜! いるのは分かってるぞ!」


教師たちが雪崩れ込んでくる。

しかし、彼らは俺たちの姿を見て、動きを止めた。


俺の隣に、理事長の孫娘である天城夜空が優雅に座り、紅茶を啜っていたからだ。


「あ、天城さん……? なぜここに……?」


生活指導の教師が狼狽える。


「あら、騒々しいわね。私が彼に頼んで、学園の不正を正すための『特別授業』を放送させたのよ。何か文句でも?」


夜空が冷ややかな視線を向けると、教師たちは蛇に睨まれた蛙のように縮こまった。

理事長の孫娘には、教師といえども逆らえない。この学園の絶対的な権力構造だ。


「さあ、咲夜。行きましょうか。主役がカーテンコールに応えないと」


夜空が立ち上がり、俺に手を差し伸べる。

俺はその手を取り、教師たちの間を堂々と通り抜けた。


グラウンドに出ると、そこは修羅場と化していた。

パトカーが到着し、制服警官たちがステージ上の蛇神を取り囲んでいる。


「蛇神錬次、業務上横領および未成年者略取誘拐の疑いで任意同行を求める」

「ま、待ってください! 私は何も……!」


蛇神は無様に抵抗するが、警官たちに取り押さえられ、手錠をかけられた。その姿に、生徒たちからは「ざまぁみろ!」「犯罪者!」という罵声が浴びせられる。


一方、璃々花はステージの隅でうずくまり、泣きじゃくっていた。

彼女を取り囲んでいるのは、かつての取り巻きたちではなく、冷ややかな視線を向けるクラスメイトたちだ。


「信じてたのに、サイテー」

「私たちまで騙してたのね」


彼女が築き上げてきた『アイドル』としての地位は、粉々に砕け散っていた。


俺と夜空がステージの近くに姿を現すと、群衆がざっと道を空けた。

まるで、モーゼの十戒のように。

誰もが、恐れと敬意の入り混じった目で俺を見ている。


俺はまっすぐに璃々花のもとへ歩み寄った。

彼女は俺の足音に気づき、顔を上げた。化粧は涙で崩れ、かつての美しさは見る影もない。


「さ、咲夜くん……」


彼女は縋るような目で俺を見上げ、手を伸ばしてきた。


「ご、ごめんね……私、先生に脅されてて……本当は、咲夜くんのこと……」


まだ、そんな嘘が通じると思っているのか。

俺は彼女の手を冷たく見下ろした。


「……触るな」


短い一言。だが、そこには絶対的な拒絶が込められていた。

璃々花の手が空を切り、力なく垂れ下がる。


「二度と俺の前に現れるな。……君の顔を見ると、反吐が出る」


俺はそれだけ言い捨てると、彼女に背を向けた。

背後で、璃々花の絶望的な泣き叫ぶ声が聞こえたが、俺は一度も振り返らなかった。


隣を歩く夜空が、そっと俺の手に自分の手を重ねてきた。

その温もりが、冷え切った俺の心を少しだけ溶かしてくれた。


「終わったわね」

「ああ。終わった」


空は抜けるように青く、文化祭の喧騒は、新しい時代の始まりを告げるファンファーレのように聞こえた。

俺たちの復讐は、完璧な形で完遂されたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ