sideアルフィーネ:謎の施設 後編
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「マリベルは、もともとここにいない子だったから、父様に言われて隠れてたんだけど、それからずっと誰も帰ってこなかったの」
つまり、二ヶ月前に来たマリベルの父親たちとそれ以外の人たちも三週間前を境にして、ここから全て姿を消したということかしら……。
それにしても、マリベルは三週間もこんな場所に一人で暮らしてたのだとしたらすごい子なのでは。
父親が戻ってこないことをしょぼんとした顔をして語っていたマリベルを見て、可哀想だと思う感情が募り思わず涙がこぼれそうになる。
あたしってこんなに涙もろかったかしら……。
フィーンがいなくなってから泣くことが多くなって涙腺も緩んじゃったのかな。
「アルお兄ちゃん、どうしたの?」
マリベルが涙ぐんだあたしを気にして宝石のように真っ赤な瞳で覗き込んできた。
「ううん、なんでもないよ。それで、ずっと一人で父親が帰ってくるのを待ってたんだね」
「うん、出ようかと思ったけど扉が開かなくて。ご飯とかお水は残ってたのを食べたり飲んだりしてたけど、それも一昨日なくなって…。もうダメかと思った。けど、お姉さんたちが助けにきてくれた」
「つまり隠れてたマリベルだけが、今この施設にいるってことでいいかしら?」
マリベルはさもなんでもないようなことのように、水と食料が尽きた二日間のことを語っているが、自分がその立場だったと思うと発狂してもおかしくないと思っていた。
あたしが暗くて狭いところがダメなのは子供の頃のトラウマが原因だ。かくれんぼの時、孤児院の裏にあった小さな洞窟の中に隠れていたら、洞窟の入口が崩れて閉じ込められてしまった。それがトラウマになっている。
その時はすぐにフィーンが大人を呼んでくれて事なきを得たけど、それでも大人になった今でも狭くて暗い場所に入ると、心臓がキュッと押し潰されるような痛みを発してくる。
入口の扉が開いていて、光も灯しているから今は平静に、こうやってマリベルと話をできているけど、そうでなければ取り乱している可能性は高い。
そんなあたしの弱さとは対照的に、マリベルは幼いのにしっかり受け答えをしていた。
「稼働してる範囲の施設だと、入口はここしかないし。ご飯をもらえるならマリベルが施設の案内をしてあげるよ」
「案内するなんて……。二日も食べてないんだから無理しなくてもいいよ」
あたしは即座に腰のポーチから携帯食料を取り出すと、マリベルの前に差し出した。
マリベルはあたしの手にあった携帯食料をひったくるかのように手にとると、勢いよく頬張り始めていた。
「あのへ。マリヘルは二日くらいは食べなくてもげんひなのー」
「マリベル、食べながら喋るのはどうかと思うよ。ほら、そんなに詰め込むとむせるから、水も飲んで」
「んふーー」
あたしはむせかけたマリベルに水を差しだし、背中を優しくさすってあげた。
そんなあたしの背をメイラが突くと耳元で囁いてきた。
『アル、ギルドに報告するには詳しく探索しておいた方がいいと思うの。それにマリベル以外の人がいるなら救助しないと』
マリベルはみんないなくなったと言っていたが、けっこうな人数でこの施設で修繕作業をしていたようだし、メイラの言うことも一理ある――
『暗いから気乗りしないけど――』
自分のトラウマである暗くて狭い場所、その奥へ入るのにためらいを感じていた。
そんなあたしの様子を見ていたマリベルが立ち上がると、部屋の隅に向かって歩いていった。
「アルお兄ちゃん、明かりが欲しいならここを押すとね」
マリベルが壁に付いていた出っ張りを押すと、真っ暗だった部屋が急に眩しいくらいに明るくなっていた。
「あ、明かりが!? マリベルは魔法が使えるの?」
「違うよー。これは『でんき』って言うらしいよ。父様たちも驚いてたけど、変な言葉を喋る人たちが作った『かがく』ってやつだって言ってた」
『でんき』……『かがく』……これって魔法ではないのね。
でも、魔法みたいに部屋が一気に明るくなったし。
不思議な仕掛けね。
あたしは明るくなった室内を見て感心してしまっていた。
それは隣にいたメイラも同じ感想の様子であったようだ。
「こ、古代遺跡でもこんな仕掛けは見たことないわ……。別の文化かしら……壁もよく見たら金属製っぽいけど」
メイラは明るくなった室内を色々と物色し、あーでもないこーでもないとブツブツと呟いていた。
どうやらメイラが得意としていた古代文明の施設とは違う様子らしいわね。
それにしてもなんの目的でこんな施設を……。
「こっちの扉の奥が通路になってて、この大穴の周りを掘り抜いて作られてるんだー」
そう言ったマリベルが扉に近づくと、勝手に扉が開いて通路と思われる場所の明かりが次々に点いていった。
「アビスフォールの横壁に異文化の施設が建設されてたなんてね……。アル、これは世紀の大発見どころの騒ぎじゃないかも」
様子を見ていたメイラがカタカタと足を震わせて驚いていた。
正直、あたしには何がどうなってあんな物ができたのか全く理解ができない。
魔法と同じようによく分からない原理で動いているんだろうけど。
気味が悪くてしょうがない。
明かりが点いていった通路に顔を出すと、アビスフォールに沿ってなだらかにカーブをしていた。
「アル、この通路がアビスフォール全体を周回してるとなると、かなりの長さになると思うわ。こんな大規模な施設があるなんて」
「メイラ、見て。この床も勝手に動くんだけど!?」
通路の中央に敷かれていた黒い絨毯みたいな場所に乗ると、何かの作動音がした。かと思うと黒い絨毯が勝手に動き始めていたのだ。
「アル、待って!置いてかないで。私も乗るから」
「マリベルが案内してあげるね」
勝手に動き出した床にマリベルとメイラも乗ると、床が動くのに任せて通路を進んでいくことにした。
通路は長く、動く床のスピードは早歩きよりも若干速いくらいだが、自分の足で歩く必要もなく床が勝手に進んでくれていた。
「これも『でんきとかがく』の力だってー。修繕はまだ半分しか終わってないから、途中までしかいけないけどね。こっちの部屋が修繕してた場所」
やがて、動いていた床が止まると、先ほどの部屋と同じように目の前の壁にあった扉が勝手に開いて中の明かりが点いていた。
部屋の中は入口だった部屋よりも数十倍広く、よく分からない設備や、器具が所狭しと広げられたままであった。
とりあえず人がいる気配はしないけど……。
油断はできないわね。
そんな設備や器具をメイラは目をキラキラさせて隅々まで見て回りながら奇声をあげていた。
古代遺跡ではないけど、彼女にとっては目の前のよく分からない設備はお宝の山にみえるのだろう。
「古代遺跡の文字とは違うみたいね。やっぱり、この大陸にいた先人の作った施設ではなさそう。私も知らないような技術がたくさん使われてるみたいだしね。魔導器文明とは全く違う文明の技術が使われてるわ」
ある程度調べ終わったメイラが頬を紅潮させて、そうあたしに報告してきていた。
やっぱり異文化の技術ってことね。
メイラが得意としているのは魔法文化を極めた魔導器文明だって言ってたし。
ここにある技術とは体系が違うってことみたい。
メイラが設備の調査をしている間、あたしはマリベルの案内で広い室内をくまなく捜索していたけど一人も残っていなかった。
「マリベルの言った通り誰もいないわね……。やはり、みんなここの修繕を放棄して帰ってしまったのかしら?」
三週間前に急にいなくなったというのは、この様子から察するにマリベルの言った通りね。
まさに作業中ってまま逃げ出したということかしら。
「となると、アビスウォーカーが発見された時期と重なるわね」
やっぱそう思うわよね……。
メイラの言葉を聞いて、あたしも同じ思いを抱いていた。
地上で発見されたアビスウォーカーが騎士団に討伐されたのが、だいたい三週間前らしいと聞いている。
「ここにいた人たちはアビスウォーカーとなんらかの関係を持っていたと見るべきかしら。アルはどう思う?」
「でも、それだとここに荷物を運ぶ指示を出したインバハネスの領主が関係を持っている可能性があるってことよね。つまり、ジャイルのやつが絡んでるってこと?」
メイラからの質問を受けたが、あたしも頭の中が上手く整理できずに質問で返してしまった。
ジャイルが直接この件を指示してるとなると、いったい何を狙ってこんな辺境でこのような施設を作ったのかしら。
仲が悪いと言われるユグハノーツ辺境伯を牽制するため?
それにしては大掛かりすぎる気もするけど。
「分からないわ。マリベルのお父さんも家臣だって言ってただけだし、王都ののほほんとしてる近衛騎士団長様の名を騙ってる可能性も捨てきれないしね」
ジャイルの部下が勝手に作ってるにしては規模が大きすぎるような。
これだけの施設だと、お金も資源もかなりの量になっているだろうし。
とても部下の一存で作れるような施設ではない気がするわね。
でも、あの色ボケ坊ちゃん近衛騎士団長がこんな物に金を払うなんて思えないんだけどなぁ。
王都で貴族のボンボンであることを見せつけるように贅沢三昧の生活をしていたジャイルの姿と、この施設を作った人物のイメージがあたしの中で上手く繋がらないでいた。
「でも、これはすぐにでも冒険者ギルドに報告した方がいい案件だと思うわ。この施設を探索するには人手も時間もかかるだろうしね。さすがに私だけの手では無理」
自分が探索すると張り切っていたメイラも、さすがに異文化の巨大施設と判明したことで問題を冒険者ギルドに報告する気になったようだ。
あたしもこれはこのままにしておくと何かとんでもないことが起きそうな気がしたので、とりあえず冒険者ギルドに報告することに決めた。
「分かった。マリベル、とりあえず君をボクたちが保護するから一緒にきてくれるかい? 行方が分からない父様たちはボクたちも一緒に探してあげるから」
唯一残っていたマリベルを保護するためと、この施設のことを冒険者ギルドに報告するために野営地跡にあたしたちは戻ることにした。
「父様にはここで待ってろと言われたけど、ご飯もお水もなくなったし、アルお兄ちゃんとメイラお姉ちゃんたちについていくことにしたよ。とりあえず、父様がもし戻ってきても書き置きしておけば分かるもんね」
この施設を出ることを了承したマリベルは、近くにあった紙を手に取ると、筆を走らせて綺麗な字で父宛の書き置きを書き終えていた。
「マリベルは字が書けるの?」
「ちゃんと勉強はしてきてるよー。ほらー。父様から勉強して損はないって言われてるんだから。ここの施設の設備の使い方もこっそりと盗み見て覚えたんだよ。すごいでしょー」
あたしに誇らしげに自分の書いた書き置きを見せながら、マリベルが胸を張っていた。
度胸も行動力も賢さも、目の前のマリベルは普通の子供とは思えないほどしっかりしている子だった。
「その賢さがマリベルの命を救ったということね。じゃあ、ボクが抱っこしていくから」
「また来ることになりそうだけどね。今日はこのぐらいにしときましょうか」
入口まで戻ったあたしはマリベルを抱え落ちないように縄でお互いを縛ると、メイラから借りた巻き上げ機のハンドルを回して、壁を登っていった。
その後、野営地跡に帰り着いたあたしたちが報告したことで、ユグハノーツの街は騒然となった。
すぐに騎士団だけでなく領主であるロイド自身が乗り込んで発見した施設の捜索活動が実施される予定が決まり、その捜索にあたしたちも参加することが決定していた。







