67:説得
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森に近づくにつれて、中から魔物の気配が感じられてきた。
ディモルはこの気配に反応して鳴き声をあげていたようだ。
きっとここにあいつが隠れているに違いない。
俺が森の中に入ろうとすると、森の奥から黒い傷だらけの体をした巨馬が、のそりのそりと歩いて姿を現した。
「ブルフィフィーン」
巨馬は俺が来るのを察していたのか、『何か用か』と言いたげにいなないている。
「まさか、そっちから出迎えてくれるとは。俺が来るとよく分かったな」
「ブルフィフィーン」
森の切れ目から見えるディモルの姿を巨馬は顎先で指していた。
「ディモルの姿を見て、俺が来てると分かったのか。やっぱり、お前は頭のいいやつだな」
魔物化もしておらず、普通の軍馬だと思われる目の前の巨馬だが、知性は人並以上にあることを示していた。
この頭の良さが何度も発揮され、冒険者たちの捕獲を逃れてきたんだろうな。
言葉こそ話さないが、意思の疎通も普通にできるし。
俺は改めて、目の前の巨馬に対し感心をしていた。
そんな俺を見て巨馬は再び『用事はなんだ』と言いたげにいなないている。
「あ、すまん。ここに来た用事だったな。嘘を吐いてもしょうがないから、最初から本題を伝えるが、実はお前を捕獲しようと思ってここに来た。が、その前に俺の話を聞いてもらいたい」
巨馬は俺の言葉を聞いても、逃げ出すそぶりを見せず、『話を聞こうか』と言いたげに目の前で座り始めた。
野生の動物なら狩人の前に腰を下ろすことはせず、人の気配で逃げ出しているはずだが、目の前の巨馬は豪胆にも逃げずに座り込んでいた。
「話を聞いてくれてありがとう。お前とお前の群れにとっても悪い話ではないはずだ」
『続きを聞かせろ』と言いたげに座り込んだ巨馬は首を上下に振っていた。
「まず、お前に捕獲命令が出ているのは元々インバハネスの近衛騎士団の支所から逃げ出したのが始まりみたいなんだ。逃げ出したことで、近衛騎士団を通じて領主の代行をしてる代官に捕獲依頼が行き、代官が困って冒険者ギルドに話を回して、冒険者たちが次々にお前とお前の群れを狙って捕獲に来ているのが現状だ。これは理解してもらえるか?」
俺の説明を聞いていた巨馬は一瞬考える仕草をしていたが、やがて理解したように頷いていた。
「お前が逃げ回る限り、お前を慕ってついてきてる群れの連中が常に冒険者たちに狙われることになる。それはお前も本意じゃないだろ?」
「ブルル」
「そこでだ。一旦、お前には捕まってもらい、依頼を達成したことにして近衛騎士団に引き渡し、その後逃走してもらうという話を提案したいんだ。今回の捕獲依頼を達成したら冒険者ギルド側は二度とお前の捕獲依頼を受けないと確約してもらっている。逃げ出せば、あとは近衛騎士団だけしかお前に追手を出す者はいなくなるはずだ。そうすれば、この広い草原でならお前は捕まらないで済むし、群れも傷つくことも無くなると思うがどうだろうか?」
俺の話に耳を傾けていた巨馬は、提案を考え込むように顔を地面に伏せていた。
インバハネスの近衛騎士団の支所は人員の規模が小さいらしく、冒険者ギルドが捕獲依頼を受けなければ、実質的な自由を得るのと同じであった。
しばらく俺の提案を考えていた巨馬が立ち上がると、森に響き渡る大きな声でいなないた。
その声に釣られ森の中にいた混沌馬と角馬たちが集まってくる。
集まった群れの馬たちに向け、巨馬は何かを伝えるように鳴くと、自分の次に身体の大きな混沌馬に自分のたてがみを噛ませていた。
あれは群れの統率者をあの混沌馬に譲ったということだろうか。
あいつ、自分が群れに迷惑をかけてると判断して、群れから離れる気かもしれないな。
「ブルフィフィーン!!」
もう一度、巨馬が大きな声でいななくと、群れの馬たちは新たに統率者になった混沌馬を先頭にして森の中から一気に駆け去っていった。
「お前……。本当にそれで良かったのか?」
「ブルル」
『当たり前だ』と言いたげに巨馬は鳴く。
どういう経緯で目の前の巨馬が魔物化している馬の集団を率いることになったかは分からないが、自分の存在が迷惑をかけていると分かったことで統率者の地位を譲り、群れを逃がした判断はすごいと感心してしまった。
「そうか。お前さえよければだが、近衛騎士団の支所を逃げ出して行き先が無かったら、俺のところに来ればいい。俺たちはインバハネスの街の外にある王国軍の駐屯地に間借りしてるからな。それに用事を終えたらこの地を去る予定だし、その後は王国各地を旅する予定をしてるんだ。来るのはお前が暇でやることがなかったらでいいけどな」
巨馬の存在に魅力を感じた俺は、思わず仲間にならないかと勧誘に近い言葉をかけていた。
その言葉を聞いた巨馬は、少し首を傾げると『考えておく』と言いたげに小さくいなないた。
「ああ、暇でやることがなかったらでいい。俺も無理強いはしたくないからな。ディモルも意外とお前のことは気に入ってるみたいだし、あいつも結構頭がいいからいい話相手になると思うぞ。ノエリアもスザーナもいい人だし。あー、ちょっとシンツィア様だけは変だけども悪さはしないと思うからきっと大丈夫。お前の骨が欲しいと言い出さないようには――」
色々と喋りかけるのが止まらなくなった俺の外套の襟を巨馬が咥えると自分の背に乗せていた。
「ブルフィフィーン」
俺を自分の背に乗せた巨馬は『いくぞ』と言いたげに鳴くと、森の出口に向けて歩き出していった。
トラウマがフリックを動物スキーにかりてているのかは分かりませんが、馬には興味津々でした。
このまま話が進むと女性より動物の方が多くなる可能性も・・・・。







