65:使役魔法
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「悪さをすれば、フリック様がこの鎧ごと魔法剣で叩き切ればいいと思いますが」
スザーナは、ノエリアを庇うように前に出ると、シンツィアの目の代わりである骨の鳥を睨みつけていた。
よっぽど、ノエリアの骨が欲しいと言ったシンツィアに怒っているようだ。
姉妹同然に育ったと聞いているから、あの反応は当たり前か。
「くっ! あのメイド、あたしに対して厳しくない?」
「でも、シンツィア様は死霊魔法の使い手の前に使役魔法の達人でもありますし、ゴーレムとか作れると荷運びとか護衛とか偵察とか便利になると思いますが……。わたくしもまだゴーレムを創り出すのは未修得の魔法ですし、是非フリック様とともに弟子として魔法を教えていただけるとありがたいかなと」
ノエリアはシンツィアの極めた使役魔法に興味津々の様子であった。
たしかにゴーレムとか作り出せる魔法とかは、使い道が色々とあって便利そうな魔法だな。
ガウェインと同じように一般の人とちょっと感覚がズレてるだけで、案外まともな人かもしれない。
ライナス様からも稀少魔法を色々と覚えてきてほしいと頼まれていることもあるし、シンツィアに弟子入りしてみるか。
「とりあえず、行動をともにしてもらうことにしようか」
「やったー!」
「フリック様、その鎧が悪さをしたときはちゃんと処理してくださいね」
鎧をガシャガシャ言わせて、喜びを身体いっぱいに表現していたシンツィアをスザーナがキッと睨みつけていた。
「ああ、分かってる。たぶん、大丈夫だとは思うけど」
「そうですよ。スザーナも常々わたくしには人を見た目で判断してはいけないと言っていたはず」
「うっ! でも、アレはきっと邪悪です!」
「差別反対ー! 鎧だって生きてるんだからねー!」
その瞬間、パタパタと飛び回っていた骨の鳥にスザーナの手から何かが撃ち出された。
「あうぅ!」
金属の小さな板状の物が骨の鳥に当たると、バラバラに砕けて地面に落ちた。
スザーナって魔物とは戦ったことがないだけで、武芸とかいちおう一通り習得してるんじゃなかろうか。
あの投擲の正確さは練習した人しかできないだろうし。
ノエリア専属メイドだけってわけじゃなかったのかも。
ノエリア専属メイドという肩書を持つスザーナに興味を持ったが、突っ込むと色々とこちらも探られそうな気がするのでスルーしておくことにした。
「もー、バラバラになると復活するの面倒なんだからねー。よいっしょっと」
骨を動かして形を整えたシンツィアが再び飛び始める。
「くっ! 本体を先にやるべきか」
「スザーナ。とりあえず、シンツィア様はわたくしの師匠になられた方なのです。無礼は控えなさい」
「しょ、承知しました。ノエリア様がそう言われるのであれば、こちらは手を引きます」
ノエリアに止められたスザーナは、苦悶の表情を浮かべ手にしていた金属の板を引っ込めていた。
「きゃー、ノエリアちゃん、かっこいい。痺れるー。抱いてー」
「シンツィア様もあまり口が過ぎると、鎧ごとフリック様に消されるのでお慎みくださいね」
ノエリアから『ちょっとだけ脅してください』と言われた気がしたので、ディーレを鞘から引き抜いた。
【お仕置きはディーレにお任せしてください! ズバァって鎧ごと斬って炎上させます! いやー、鎧斬りたい! マスター、斬っていいですか!】
鞘から出したディーレが勝手に魔法剣を発動させて、炎を噴き出しヤル気を見せている。
「まだ、早いな。とりあえず、悪さはしてないし。いちおう、魔法を習う師匠にあたるシンツィア様だから粗相がないようにな」
【はーい。斬りたくなったらすぐに言ってくださいね。塵一つ残さずに燃やし尽くします!】
「ひ、ひぃ」
ノエリアの肩に止まった骨の鳥が骨をカタカタ揺らして怯えていた。
「大丈夫ですよ。悪ささえしなかったら俺も斬りませんし。シンツィア様も約束できますよね?」
「う、うん」
骨の鳥が頭を激しく揺らして同意してくれていた。
これで、ひとまずシンツィアが悪さをすることはないと思われる。
「さて、じゃあ。この雲鯨を解体することにしましょうか。骨は欲しい部位があったら言ってくださいよ」
「えっと、雲鯨の尻尾の付け根付近の骨が固くて劣化もしにくいから欲しいわね」
「尻尾付近ですね。分かりました」
それから、俺たちは墜落した雲鯨を解体することにした。
雲鯨の本体はディモルより少し大きいくらいで、あの巨体を形成していた大部分が高密度の気体であった。
餌として大気を取り込み、魔素を吸収し終えた気体を圧縮して身体にまとって大きくなっていくのが雲鯨で、俺が退治したのはちょうど大人になった直後の雲鯨だった。
「肉はディモルの餌として持っていくとして、骨は軽量化して荷馬車に積んでおくか」
解体が進む中、雲鯨の巨体をどうするか問題が発生していた。
「そんなのは、あたしにお任せよ。使役魔法ってのはこういった時に威力を発揮するんだからね。形を失いし骨よ、わが魔素をまといて、在りし日の姿となれ。骨従者」
シンツィアが骨従者の魔法を詠唱すると、解体されて骨だけになった雲鯨が元の姿に繋がっていくのが見えた。
やがて、骨は雲鯨の形を取り戻し、空に浮かび上がろうと尾を振っていた。
「えーっと、シンツィア様……たぶん、あの雲鯨は身体に高密度の気体をまとってないので浮かばないと思うのですが……」
地面でバタついている雲鯨の骨を見て、ノエリアがぼそりと突っ込んでいた。
ああ、そう言えば浮き上がってないな。
アレだと移動できずにバタバタしてるだけだ。
ノエリアの冷静な突っ込みを聞いて、俺はなるほどと感心していた。
「ちょ、ちょっと選択を間違えただけよ。こっちにすれば問題ないわ。形を失いしものよ、わが魔素をまといて、人の姿となれ。傀儡人形」
シンツィアは地面でバタついている雲鯨の骨に向けて、新たな魔法を詠唱していた。
魔法の影響で雲鯨の骨は一度地面に落ちたかと思うと、再び動き出し寄り集まると人の形を作り出していた。
「おお、手足が付いて自分で立った」
雲鯨の骨は人の形を取ったかと思うと、近くにあった肉を抱え始めていた。
「傀儡人形なら、あらゆる物質を人の形に留めて使役できるからね。骨もあの通り人の形にして使役できるってわけ」
「これが使役魔法……。効果時間とかはどれくらいなんです?」
魔法に興味津々のノエリアが、すぐさまゴーレムに近寄って色々と観察し始めるとシンツィアに質問を始めていた。
「ゴーレムは術者の魔力を吸って稼働するからね。効果時間は術者の魔力が枯渇するまでってところね。あたしは消えたくないからある程度減ったら解除しちゃうけど」
「なるほど。では、次に強度とか、力とかはどうなるんです?」
ノエリアがシンツィアの答えを手帳に書きながら、次の質問をしていた。
ノエリアは本当に魔法のことになると、目を輝かせているな。
「強度は素材にした物体次第、硬い物を素材にすればカチカチのゴーレムになるしね。力は魔力の注入量次第かしらね。術者の魔力が多ければ多いほど力の強いゴーレムになるわね。フリックがこの世で一番硬い物体に魔力を全て注いでゴーレム作ったら誰も倒せないのができるんじゃないかしら。やってみる?」
「俺はしませんよ。使うとしてもすぐに解除できる物でしかやりませんから」
「なるほど……最強のゴーレムですか。一度は試してみたいところですね」
シンツィアの提案にノエリアは乗り気を見せているが、そんな凶悪なゴーレムを作る必要性は今のところ全くなかった。
荷運びでなら骨とか土とか木材で十分なような気がする。
「んんっ! ノエリア様、そのように危ないゴーレムの製造はユグハノーツに戻って御父上に許可をもらってから行なってください。すでにこの地の領主とは一度トラブルを起こしておりますので」
ゴーレム製造に色気を見せたノエリアにスザーナが咳ばらいをして釘を刺していた。
「そうでしたわね。では、最強ゴーレムの製造はユグハノーツに戻ってからの楽しみにとっておきましょう」
その後もノエリアはシンツィアの作ったゴーレムに関して次々と質問していった。







