62:傀儡の魔術師シンツィア
誤字脱字ありましたら誤字報告へ
小雲鯨の落ちそうな場所へ先んじて降りると、そこには骨の馬に乗った例の全身鎧の魔術師がいた。
「あの雲鯨をやったのは、あんただったのね。この辺じゃ滅多に見ないデカい翼竜が飛んでたからまさかとは思ったけどね」
顔から体まですべて鎧で覆っているため、魔術師からは表情はまったく読み取れずにいた。
俺は用心のため、ディーレの柄に手をかける。
「おっと、やめてよね。これでも褒めたつもりよ。その若さで大人になりたてだったとはいえ、魔物化した雲鯨を討伐した腕前はすごいものだと思うわ」
全身鎧の魔術師は、剣に手をかけた俺を手で制していた。
どうやら、こちらへの害意はないようだが……。
それにしても、表情が全く読めないというのは不便だな。
相手に害意がないと判断し、ディーレから手を離す。
「あんた、名前は?」
「フリックだ。ユグハノーツで冒険者をしていたが、今は依頼を受けてインバハネスの街で冒険者稼業をしてる」
「ふーん、冒険者ねぇ。青銅等級っていつの間にそんな強くなったのかしら? 雲鯨は白金等級でもソロだと倒せない代物なはずだけど。それに見慣れない魔法を使ってたわね。刀身から雷光が迸るのが何度も見えたわ」
この魔術師……かなり上空で戦っていた俺の戦闘の様子を知っているのか?
この場所からだと視力を強化してないと見えないと思うが。
正体不明の魔術師に、雲鯨との戦いを見られていたと知り、なんだか嫌な感覚を感じていた。
そこに一羽の骨の鳥が下りてきたかと思うと、魔術師の鎧の肩に止まっていた。
ああ、そいつを使い魔にして上空の雲鯨との戦いを覗いていたのか……。
って――!! 雲鯨!?
小雲鯨だとずっと思ってたのに! 道理で身体がデカいし、寄生鮫の数も多かったわけだ。
俺は内心で驚きながら、チラリとこちらに落ちてくる雲鯨に目をやった。
「その様子だと、小雲鯨だと思ってたみたいね。でも、残念だけどアレは雲鯨よ。大人になりたてのね」
「ちょっと聞いていいか? 討伐依頼を受けた小雲鯨だと思ってたんだが、雲鯨を討伐した場合、依頼未達成になると思うか?」
五年間、冒険者生活をしてきたが、討伐した対象が成長した後の物だったことは一度もなくて、思わず俺は目の前にいた全身鎧の魔術師に聞いてしまった。
「さぁね? あたしは魔術師で冒険者じゃないから分からないわ? でも、大人の方が高く売れると思うわよ」
全身鎧の魔術師はそう言って肩を竦ませた瞬間――。
兜が地面に向かって転がり落ち、カランという音を立てていた。
か、顔がない――!?
え? どうなって――?
あるべき場所にあるべき物がないため、俺は衝撃を受けていた。
「あ、ああ! あの、顔がないんだが!?」
「あら、失礼。中身がないから上に乗ってるだけでね。ちょっとしたことで落ちちゃうのよ。驚かせたかしらね?」
そう言って全身鎧の魔術師は、骨の馬から降りると、地面を転がっていた兜を拾っていた。
その時、ちらりと鎧の中身が視線に飛び込んできた。
「え? えっと、どういう意味です? 中身ないって?」
「見ての通り、あたしは『中身』がないの。ただ、それだけよ。そんなに驚くこと?」
落ちた兜を手に取った全身鎧の魔術師は、兜を鎧の上に載せると、落ちないように位置を調整していた。
「ええっ!! いや、中身ないとか!? 喋ってますし、動いてますし、ええっ!?」
俺が鎧の中身が無いのに驚いていると、ちょうど墜落してきた雲鯨が地響きを起こして全身鎧の魔術師の背後を通過していった。
その震動で再び、頭の兜が地面に落ちて転がっていく。
「んもうっ! この身体は結構面倒ね。お手入れはそんなにいらないけど、しょっちゅう頭が落ちるのは困りものね」
兜が落ちても不便そうにしてないように見えるので、どうやら視界は骨の鳥の方で取っているらしい。
俺の方に転がってきた兜を拾うがやはり中身は何もない。
「えっと、貴方いったい何者? ただの魔術師じゃないですよね?」
何者という俺の問いかけに、魔術師が腕を組んで考え込み始めた。
「うーん、なんと言えばいいかしら。骨の蒐集者とでも言えばいいのか、あたしの考える世界最高と言える絶世の美骨作りの探求者とでも言うべきか」
「え? 骨……です?」
「ええ、骨よ。骨。素敵でしょ? あれは神様が作り出した内臓パーツの中で最高の品物だわ! ああ、骨で思い出した。あの雲鯨の骨を譲ってくれないかしら、あたしが目指す絶世の美骨を作り上げるために使ってみたいのよ」
考え込んでいた全身鎧の魔術師は、ポンと手を打つと骨を作るために雲鯨の骨が欲しいと申し出てきた。
「え? ええっと」
「骨はいいわよ。一旦抜き出して、いらない物を綺麗に落として、白くしてあげて加工して組み上げる。ああぁ、素晴らしい。そして、その骨をあたしが自在に操る! 最高にいい気分になれるでしょうね!」
明らかに言っていることがヤバい人だった。
中身のない鎧を動かし、骨を操る魔法を使う目の前の魔術師に対し、俺の感覚が危険だから関わらない方がいいと伝えてきていた。
「えっと、それはちょっと……お断りして……」
「お金の心配してるの? 相場よりは高く買うわよ。こう見えても『傀儡の魔術師シンツィア』という名でちょっとは知られてる魔術師よ。お金ならいくらでもあるわ」
傀儡の魔術師シンツィアと名乗った魔術師は、別の意味でガウェインと同じような匂いを放つ人物のような気がしてならなかった。
「フリック様ー、お待たせしましたーって……。その方はこの前の鎧の人ですか?」
シンツィアの申し出に困惑する俺に声をかけたのは、追いついてきたノエリアであった。
「あら、あの子の骨も綺麗そうね」
ノエリアを見たシンツィアからありもしない舌なめずりの音が聞こえた気がした。
いつも剣聖の幼馴染を読んで頂きありがとうございます。
皆さまの応援のおかげをもちまして、本作品が書籍化に至ったことをお伝えさせていただきます。
発売は7月30日(予定) 双葉社Mノベルズ様より出版される予定です。
イラストレーターは ■Vtuber「角巻わため」や「Lv999の村人」を描かれているふーみ(@fuumiisc)様が担当していただけることになりました。
発売までしばらくの時がありますが、すでにアマゾンでは予約も開始されてます。
そして、書籍化に伴い正式タイトルは『剣聖の幼馴染がパワハラで俺につらく当たるので、絶縁して辺境で魔剣士として出直すことにした。 』と変更をさせていただきます。
それにより本日付けでなろう版のタイトルとしては書籍タイトルと統一させていただき、WEB版として連載を続けさせてもらう予定です。
書籍版はWEB版のストーリーをベースに、構成のし直しや設定の変更、かなりの加筆を加えてさせて頂いていますので、WEB版を読んだ方もまた楽しんで頂けれるよう鋭意製作中となっております。
作品への応援、感想、そして特に誤字脱字の修正をしていただいた方々にはとても感謝をしております。
今後とも『剣聖の幼馴染がパワハラで俺につらく当たるので、絶縁して辺境で魔剣士として出直すことにした。 』を応援していただければ幸いです。
では、また明日の更新をお待ちください。







