57:裏工作
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「で、お問い合わせ頂いている、この地でアビスウォーカーを目撃したという事案ですが……。これが、非常に困ったことになっておりまして……」
「「困ったこと?」」
俺とノエリアの声がハモっていた。
「ええ、この地は見ての通り防壁が無いため、二〇年前の大襲来でアビスウォーカーから受けた被害は甚大だったのですよ。だから、住民たちも魔物たちと同じく非常に気にかけている存在です」
たしかにこの街は叛乱後、立て籠もられないように防壁を築いていないため、圧倒的な数が溢れたと言われる大襲来の時は被害が甚大だったんだろうな。
ギディオンの言葉を聞いて、俺はこの地に大襲来の残した爪痕の深さを感じていた。
「なので、アビスウォーカーの姿を見たと報告されれば、冒険者ギルドが自主的に捜索活動をするようにしていたのですが……。ラドクリフ家のジャイル様がこの地の領主になられてからは、アビスウォーカーに関する捜索は時間と金の無駄ということで、領主権限で一切許可が下りないのですよ。うちが自主的にやらせてくださいと言っても認めてもらえないので」
インバハネスに来る道中、スザーナに聞いたのだが、普通の冒険者ギルドはユグハノーツと違って、領主から独立している組織だそうだ。
だが、独立している組織とはいえ、色々なしがらみがあって領主の意向を完全に無視することは難しいらしい。
逆に領主も、街で大きな権限を持つ冒険者ギルドの意向を無視することは領地運営上難しいらしい。
お互いがお互いの意向を尊重するのが普通なんだそうで、ギディオンの言うような領主側の一方的な態度は珍しいことのようだ。
「領主から捜索許可が下りないですって?」
俺は信じられなくて、ギディオンに確認するように聞いていた。
「ええ、アビスウォーカーに関しては、王国から領地持ちの貴族に対して厳しい通達があるはずなのに、許可が下りぬのです」
ギディオンは困ったような顔をして俺の問いに頷いていた。
他の問題なら、領主が拒否することもあるかもしれないけど、アビスウォーカーの件を報告しても捜索許可を出さない意味が理解できなかった。
王都こそ大襲来を忘れて気が緩んでいる貴族が多くなっているが、辺境ほどこの手の問題には――
そこまで考えて、この地の領主が近衛騎士団長であるジャイルであることを思い出していた。
たしかアルフィーネが言ってた気がするが、ジャイルは近衛騎士団長でありながら、父親の宰相と一緒に対アビスウォーカーの軍備縮小を強硬に王に訴えているやつだったはず。
そのジャイルが領主となれば、アビスウォーカーに金と人員を使うのは無駄だということを言うのは道理か。
「私も住民が不安がるアビスウォーカーの捜索を放置するわけにはいかず困ってしまい、治安維持を任されている自警団にも投げたのですが、『うちの管轄じゃない』と突き返されまして……。困り果てておったところなのです」
つまり現状は、インバハネスで発見報告されたアビスウォーカーの捜索に関しては誰も動いていないということか。
それに自警団も領主の意向を慮って、冒険者ギルドから持ちかけられた話を無視してるんだろうな。
「ではアーノルドが聞いたとされる、半年前のギルド総会の時の『若い冒険者の見間違い』という発言はどこから出た話です?」
ギディオンの話を聞いていたノエリアが、総会でのやりとりを尋ねていた。
アーノルドに聞いた話だと、アビスウォーカーの目撃例が報告された席での彼の一言がきっかけで、他の都市での発見報告も『若い冒険者の見間違い』という流れに変わったということだが。
今聞いた話だと捜索もしていないようなので、ギディオンの発言の裏付けは全くもってないものとなっている。
「あれは――」
ノエリアからの質問にギディオンの視線が泳ぐ。
「ご領主様の意向、もしくは代官様から直接そのように言えと依頼されたのかと推察いたします」
黙って話を聞いていたスザーナが、ギディオンの言葉を代弁してくれていた。
「ふぅ、そちらの女性が言われるとおりです。隠してもしょうがないので言いますが、総会出席前に代官様から、もしアビスウォーカーが議題に上がったらそう言えと釘を刺されました」
ギディオンはキョロキョロさせていた目の動きを止めると、自分の手元に視線を落としため息を吐いていた。
まるで、冒険者ギルドで議題にしてほしくないって感じだな。
自論である対アビスウォーカーの軍備縮小が滞るからと見るべきなんだろうか。
ギディオンから得た情報に触れ、俺の中で色々な考えが巡っていた。
とはいえ、このまま捜索もせずに放置するのは、万が一のこともあるのでできない。
アレは二体で熟練の騎士数百人を相手にできる化け物だ。
自警団の強さがどれほどのものか分からないが、一体でもうろついていれば防壁のない街は大惨事に見舞われかねない。
「そうでしたか。正直に言ってもらえてありがたいです。では、俺たちが勝手に捜索する分には何ら問題はないということでよろしいでしょうか?」
「はぁ?」
ギディオンの顔に『ちょっと言ってる意味が分からない』という表情が浮かんでいた。
なので、もう一度噛み砕いて説明する。
「ですから、このインバハネスの冒険者ギルドを通さずに勝手にアビスウォーカーの捜索をするものがいたら問題はありますでしょうか?」
「……あ、ああ! そういうことですか! いえ、個人が勝手に捜索する分にはうちは関与しませんのでご自由にやってください。それに、私の手元にあったアビスウォーカーの目撃情報を集めた資料が風に乗って紛失してしまったようです」
俺の言った意味を理解したギディオンが、執務机の上にあった紙の資料をわざとらしく、床に落とした。
この街のギルドマスターは話の通じる人だ。
俺は床に落ちた資料を手に取ると、何も言わずギディオンに頭を下げる。
「フリック様、そちらは『趣味』になりますので、ここはギルドマスターにお礼を込めて、いくつか困ってそうな案件も一緒に引き受けませんか?」
すかさずノエリアが、ギディオンに対して一番効果的なお礼を申し出ていた。
どこの冒険者ギルドにも冒険者が嫌がって受けない不良案件化した依頼はいくつかあるのだ。
彼女はそれを達成してお礼代わりにしようと言っている。
実に冒険者らしいお礼の仕方だと思った。
「ああ、それはいいな。お世話になる分のお礼はしておきたい。ギディオン殿、この『趣味』案件以外で困っている依頼が残っていれば俺たちが引き受けますよ」
不良案件化した依頼を受けると言った途端、ギディオンの顔が輝いていた。
「本当ですかな? いや実は色々と困った依頼が溜まってまして……特に困っているのが、代官様から依頼を受けてる軍馬の捕獲なのですよ。何度も捕獲依頼を出しているんですが失敗続きで……。代官様からはせっつかれてますが、昨日も捕獲に失敗したと冒険者が戻ってきてまして」
軍馬と聞いて、俺は街道で出会ったあの巨馬のことを思い出していた。
あいつを捕獲しようと冒険者が群れに手を出していたよな。
ギディオンの言ってるのはあの馬のことだろうか?
気になった俺はあの巨馬の特徴をギディオンに言ってみた。
「まさか、その軍馬って混沌馬みたいに真っ黒な馬体に赤いたてがみをした傷だらけの巨馬ですか?」
「おおっ! それです、それ! そいつは元々近衛騎士団の支所に居たのですが逃げ出してしまったようで、捕獲依頼が回ってきてまして……できれば、その依頼を解決してもらえると私の顔も立ちますのでありがたいのですが」
ギディオンが遠慮がちにこちらを見ていた。
あの巨馬とはなんか縁があるようだな。
ギディオンも困っているようだし、あいつとならこちらが誠意をもって話せば、群れの安全確保のために一度は捕まってくれそうな気がする。
たぶん、その後また脱走するんだろうけど。
「その依頼一回だけなら受けられると思いますけどそれでいいですかね? 多分、また脱走しそうな気もしますが」
「私も二度目の依頼は受けませんよ。あの依頼も代官様に騙されて無理やりねじ込まれたものですし、今度脱走したら自警団か近衛騎士団の仕事だと突っぱねますのでご安心を」
ギディオンも問題の依頼は押し付けられたものだと憤慨しているようなので、次は受けないと断言していた。
それなら、あいつにじっくりと言って聞かせればこっちの話に乗ってくれそうだな。
俺はそう思い、巨馬の捕獲依頼を受けることにした。
「じゃあ、その依頼は俺たちが引き受けます。あいつを説得するのに少し時間はかかるかもしれませんが必ず連れてきますよ」
「せ、説得とは?」
ギディオンの顔に疑問の表情が浮かんでいたが、詳しい説明はしないことにしておいた。
ジャイルがなんぞ暗躍してるらしい感じですが。
そんなことよりも馬さんの説得交渉を受けて、フリックのテンションが上がり気味かも。
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