56:インバハネスのギルドマスター
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冒険者ギルドの中に入ると、依頼を探しに来ている冒険者たちの視線が一斉に俺たちに注がれた。
建物内部は他の都市の作りとほぼ同じだが、中にいる冒険者たちの九割が獣人で残りが人族というのが俺に違和感を覚えさせていた。
「ノエリア、俺たちなんか目立ってるのか?」
人族が少ない地であるとはいえ、それにしてはジロジロと見られるので、なにか目立つことをしているかが気になり、俺はノエリアに尋ねていた。
俺の問いに隣を歩くノエリアの視線が少し泳ぐ。
もしかして、答えにくい質問だったのだろうか?
やがて、ノエリアが意を決したように口を開いた。
「し、失礼を承知で申し上げます。わたくしたちと言うよりも、ここにいる皆さんの視線はフリック様に集まっております。あのディモルでの騒動は冒険者たちの耳にも入っており、巨大翼竜乗りの冒険者として珍しがられているようです」
「え? 俺だったの? ディモルの件がそんなに話題になったとは知らなかった」
「わたくしとしてはあらぬ噂が立って、フリック様を色眼鏡で見る方が出ないようにと、色々と代官を通じて冒険者ギルドや自警団に口止めしたのですが……。どうやら、それが逆効果だったようで、噂が広まってしまいました。申し訳ありません」
ノエリアが申し訳なさそうに俺に頭を下げていた。
ノエリアに落ち度はないので、すぐに頭を上げてもらう。
「ディモルの件は事実だし、ノエリアが謝る必要はないさ。つまり、みんなは俺がデカい翼竜を乗り回して、自警団と揉めた冒険者だと知っているんだね?」
「え、ええ。そうです」
そんな俺たちのやりとりを見ていた冒険者たちが、ヒソヒソと話し始めるのが聞こえてくる。
「あの真っ赤な髪のやつが、自警団に翼竜をけしかけたやつだろ? まだ、若いし、他の街の青銅等級の冒険者じゃねぇか。あの噂ほんとかよ? 自警団の連中が寝ぼけてたんじゃないのか?」
「いや、オレも近くにいたんだが、あいつが口笛で呼ぶと、飛んでた翼竜が急降下してきて、そのまま乗って立ち去ったぞ」
「マジかよ。じゃあ、ユグハノーツの冒険者は青銅等級でも翼竜を軽くあしらえる実力ってことか?」
「んなわけあるか! ユグハノーツへ行商に行ってたやつに聞いた話だが、あの赤髪は『真紅の魔剣士』とかいう冒険者だそうだ。なんでも、ケルベロスをソロで狩った時、剣も髪もその血で赤く染まったらしいぞ」
「おい、ケルベロスのソロ狩りとかありえねぇ……。眉唾だろ? 軍隊レベルでも相手が難しい魔物だぞ」
「剣も魔法も超一流らしい。魔法は辺り一帯を焦土と化したらしいし、剣も振った衝撃波で魔物の首が飛んだそうだ」
「……ちょー、やべーやつじゃねえか! なんで、そんなのが青銅の徽章つけてるんだよっ!」
「そんなのオレが知るか」
そんなやりとりが俺の耳に届いてきた。
一部何か非常に誇張されているような気がしてならないが、おおよそ自分がユグハノーツでやらかした事実であるため否定はできなかった。
「えっと……。じゃあ、みんなの邪魔をしても悪いし、受付の人にこれを渡して早々にギルドマスターに面会を求めようか」
「え? あ、はい。そうですね。その方がよろしいかと存じます」
俺はざわざわしている冒険者ギルドの中を受付に向かって歩き出した。
その後、受付嬢にユグハノーツの冒険者ギルドマスターである、アーノルドから預かった手紙を渡し、ギルドマスターへの面会を許されると、スザーナの合流後、奥の事務所にある執務室へと通された。
「お待たせしました。私がこのインバハネスの冒険者ギルドを束ねるギルドマスターのギディオンと申します」
執務室に入った俺たちを出迎えたのは、虎の顔をした男性の獣人だった。
かなり獣化をしている人のようで、街の入り口にいた狼の獣人と同じように身体を毛が覆っている。
「ノエリア・エネストローサです。お見知りおきを」
「俺はフリックです。よろしく」
握手を求められたので、獣化の影響が出て肉球があるギディオンの手を握り返していた。
そして、応接用にソファーを勧められたため、俺たちはソファーに座る。
その間にギディオンは、自分の執務机の椅子に戻っていた。
「早速ですが、アーノルド殿からの手紙は読ませていただきました。どうにも信じられない話が書いてありますが、エネストローサ家のご令嬢がここに居るとなると冗談の類ではない話なのでしょうな」
ギディオンは机に肘を突くと、こちらの様子を見逃すまいと観察するように視線を向けてくる。
アーノルドの手紙の内容は、公表しないことを前提にしてユグハノーツにあるアビスフォールで起きたことを詳細に書いてある。
アビスウォーカーが復活し、数こそ少ないが、その個体が非常に強力であると書き記しているはずだった。
「アーノルドの手紙の内容は、我が父であるロイドも承認しております。その返答でご不満でしょうか?」
「辺境伯様が……。ならば、これは真実というわけですな」
ロイドの名が出ただけで、ギディオンの疑惑に満ちていた表情が変わった。
やはり、大襲来からハートフォード王国の危機を救った英雄の名は他の都市でも尊敬を持って受け止められているようだ。
「ええ、非常に残念なことに真実なのです。数こそ確認されておりませんが、動くアビスウォーカーはわたくしもこちらのフリック様も見ております。あれは、世に放っていい物ではありません」
ノエリアがアビスウォーカーとの戦いを思い出しているのか、小刻みに震えていた。
アレが大挙してアビスフォールから出てきたら、今度こそ、このハートフォード王国は滅亡しかねないと俺も思っている。
「ノエリアの言う通りかと。俺もあれはこの世界に存在してはいけない物だと思います」
口を開いた俺へ、ギディオンの視線が注がれた。
「手紙に拠れば、その新型アビスウォーカーを倒されたのがそちらのフリック殿と書いてありますが。まだお若いですし、それに――」
視線が外套に付けてある徽章へ注がれた。
俺の徽章はまだ青銅等級のままだ。
ケルベロス討伐の成功を以って、白金等級という話もレベッカやアーノルドから出ていた。
だが、アビスウォーカーの足跡調査の旅に出ることを優先した俺は、白金等級の枠をユグハノーツに居ない自分が埋めるのは不義理だとして昇級を固辞して出てきていた。
「フリック様は青銅等級ではありますが、我が父より剣を授けられた剣士であり、我が師匠であるライナス様より魔法の使い手として認められた人材でもあります。それではご不満でしょうか?」
俺の実力に疑問を抱いていたギディオンの口を封じるように、ノエリアが被せ気味に答えていた。
「辺境伯様だけでなく、魔法の大家であるライナス師も認めておられるのか。では、冒険者たちの噂は本当だということですか。剣も魔法も超一流の『真紅の魔剣士』殿の噂は」
「おおむね噂は真実だと。一部誇張はありますが」
俺は謙遜するのが得策じゃないと見て、すかさず相手の求める答えを返しておいた。
アビスウォーカーの情報を出してもらわないといけないので、舐められるわけにはいかない事情がある。
ギディオンの視線が、俺に向かって更に注がれていた。
「翼竜の一件もありますし、フリック殿がただの駆け出し冒険者だとは思っておりませんが。白金等級の冒険者でもあるエネストローサ家のご令嬢からのお墨付きもあるようですし、実力は担保されていると見るべきでしょうな」
そう言ったギディオンの視線が緩む。
どうやら、俺の実力を認めてくれたようだ。
ジャイルの裏の顔がチラリ、チラリと見え隠れ。
王都の近衛の騎士団長は何をしておられるのやら。
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