54:魔剣の名は
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「ひょえぇー。兄ちゃんは翼竜乗りなんか。わしもちらりと北の方にそういった連中がおるとは聞いたことがあったが、本当に乗ってるやつは初めて見たな。それにエネストローサ家の所有とはな」
「翼竜はチラリと見たことあるくらいだが、こいつはデカいだろ」
「かなり立派だと思うぞ。それを見事に躾けているとは……」
インバハネスの街を守る自警団によって、追い払われた俺とディモルは、来る途中にあった王国軍の駐屯地跡にある広場へと降りていた。
エネストローサ家の紋章を掲げたディモルの姿を見た王国軍の居残り兵士たちは、弓を持たず物珍しそうに集まってきている。
「すみません、突然に押しかけてしまって……。俺はエネストローサ家から依頼を受けて旅をしている冒険者のフリックと申します。実はお願いがありまして、しばらくでいいのでここで翼竜と一緒に逗留させてもらえないでしょうか? こいつは俺の言うことを必ず守りますし、駐屯地の皆さんにはご迷惑をおかけしないようにしますので」
俺はディモルから降りると、居残り兵士の中で責任職をしている感じの老兵士に、そう言って滞在の許可を求めた。
老兵士はディモルと俺の顔を交互に見て、何やら考えている様子だったが、やがて頷いていた。
「辺境伯家の紋章を掲げておられる以上、我らには手だしができぬ存在。こんなうらぶれた駐屯地跡でよければ自由に使ってもらって構いませんぞ」
「ありがとうございます! 邪魔にならないよう駐屯地の端で野営をしますので」
老兵士が自警団と違い話が分かる人でよかった。
ディモルがエネストローサ家の紋章を掲げている以上、矢を射かければ敵対行為だとして揉め事の種になってしまう可能性があるのだ。
自警団はあの紋章の意味を知っていて、なおディモルに矢を放ったのだろうか?
下手にこじれるとインバハネスの領主であるジャイルと、ユグハノーツの領主であるロイドの私闘の原因になりかねない。
スザーナから聞いた話だと、ハートフォード王国では大襲来後、貴族間の私闘は一度も起きていないらしい。
高い所を飛んでれば見つからないという俺の油断もあったけど、ノエリアが上手く収めてくれるのを期待するしかないな。
最悪、インバハネスの街に入れなかったら、この駐屯地に逗留してアビスウォーカーの捜索と魔術師の訪問を行うしかないか。
俺はディモルの身体を撫でながら、ふぅとため息を吐いた。
「その様子だとインバハネスの自警団の連中に追い返されたようですな。あの連中は、考え足らずで暴れたいだけの集まりだから、紋章の意味も深く考えずに、貴殿を追い払ったかとお見受けいたす」
老兵士が俺の様子から街で起きた事態を察していた。
「はい、そうなんです。事前にインバハネス側に申し入れしておけばよかったのですが、こちらの手抜かりもあってトラブルとなりまして……」
老兵士が『やっぱり』と言いたげな顔をして俺を見ていた。
「昔から私ら駐留軍と諍いを起こしていた連中ですからな。領主からインバハネスの治安維持を任されているはずなのに、他家の紋章を掲げていようがお構いなしとは……」
老兵士が自警団の暴挙を知って呆れたような顔をしていた。
俺の話を聞いた周りに集まっていた兵士たちも、老兵士と同じような顔をしている。
「私らが治安を任されていた時代は、こんなトラブルなぞ起こさせなかったのに……。このことが原因でラドクリフ家とエネストローサ家が私闘を始めるとは思わんのだろうか」
老兵士のつぶやきに、原因の一翼を担った俺は申し訳なさが募る。
やっぱ事前に申し入れをしてから連れていけばよかった。
今回の失敗は今後のために生かすとしよう。
「すみません。俺がちゃんと申し入れしてれば……」
「いやいや、トラブルの非は自警団の連中にある。翼竜があれだけよく見える紋章を掲げている以上、他家であったとしても矢で射るのは非礼に値するのだよ。フリック殿に非はないので謝る必要は不要かと」
「そう言ってもらえると、少し楽になりました」
俺は自警団とトラブルになったことを気にするなと言ってくれた老兵士に感謝し、深く頭を下げる。
「それにしても、翼竜がこのように人に懐くとは……。さきほども申しましたが、この駐屯地跡であればどこでも自由に使って頂いて結構ですぞ。無駄に部屋はたくさんあるし、厩舎も余っているのでな」
老兵士は俺の言うことを聞いて、大人しく羽を休めているディモルを見て感心していた。
野次馬の兵士たちも口々にディモルの姿を見て、褒めたり、感心したりしている。
ディモルも褒められてるのが分かっているようで、兵士たちに触れられても鳴いたりせず、悠然とした態度で羽を休めていた。
「ご配慮ありがとうございます。では、俺とディモルは厩舎を使わせてもらいます。こいつ、雨に濡れるのが嫌いなんで天井があるとありがたい」
「どうぞ、どうぞ。少し傷んでいるかもしれんが、自由に使ってくだされ」
「クェエエ!」
ディモルが老兵士に対し、お礼を言うように鳴くと、兵士から『おぉ』というどよめきが起きていた。
翼竜に知性があるとは思っていなかったのだろう。
その後、俺はディモルと一緒に駐屯地の外れにある厩舎に移動し、寝床の準備を始めていた。
『マスター、ディモルちゃんは追い出されたのですか?』
ディモルの寝床の準備を始めていた俺に魔剣が話しかけてきた。
黙っていたので寝てるかと思ったが、どうやらさっきのやりとりの時は起きていたらしい。
「まぁ、ちょっとした行き違いさ。俺の配慮が足らなかったというだけだよ。ディモルが俺の言うことを聞くのを相手は知らなかったからね。普通に考えて翼竜が降りてきたら襲われると思うだろうさ」
『そうですか……。やっぱり人って見慣れない物に恐怖を覚えるんでしょうか?』
魔剣は深刻そうな声でそう呟いていた。
「どうだろうか……。俺はあまり気にしないけど、人はそれぞれだと思うしな。そういった反応を示す人もいるだろうさ」
『はぁ、そうですか……。生物であるディモルちゃんでもそれだけ怖がられたら、生物でもない自分はどうなるんですかね?』
魔剣は淡く魔石を明滅させて呟く。
魔剣には俺が人前ではしゃべるなと言いつけているため、秘密を知る人以外が居る場所ではただの剣のフリをしているのだ。
この魔剣は生物とは言えない無機物の塊ではあるけど、自我を持つ剣だった。
その魔剣が発した呟きにハッとさせられた。
この魔剣のことが人に知られれば、おそらくきっと大半の人間は、こいつを怖がり嫌うと思われる。
戦うための武器が知性を持ち、あまつさえ喋るなどと誰も思わないからだ。
魔剣が言った見慣れない物だからこそ、その存在を恐れるし、嫌うこともする。
ディモルと同じように俺がどれだけ言葉を尽くして害はないと言っても、この魔剣を気味悪がって受け入れない人が存在するのは否めない。
そう思うと、魔剣のことが不憫に思えた。
とっさに深く考え込んでいる様子の魔剣を慰める言葉を探す。
「お前には俺がいるだろ。それじゃあ、ダメか?」
我ながらズルい答えを返したと思った。
『そうでした! マスターがいましたね! マスターさえいればガンガン頑張れます! ちょっと考え過ぎでした! うぅー考えすぎてて刀身が熱いです! ディモルちゃんのお世話が終わったらお手入れしてもらえますか?』
空元気とも取れる魔剣の声に、心が痛むのを感じる。
そんな思いをさせている魔剣へのせめてもの償いに、俺が贈ってやれる最大の贈り物を用意することにした。
「お手入れはしてやるが、その前に贈り物をやろう。これは俺からお前に対する感謝の気持ちだと思ってくれ」
『はわわ! 贈り物ですか!? 最高級砥石とかですかね? それとも、装飾付きの鞘でしょうか?』
意外と現金だった魔剣の様子に面食らう。
「あ、いや。そっちは稼げるようになったら贈ってやる。今回は、お前に名前を与えようと思ってな。いつまでも『お前』じゃかわいそうだし、俺の相棒でもあるからな」
『っ!? な、名前ですか!? な、ななな名前ですって!? そ、それは個体識別用ということですよね?』
「ああ、俺の相棒だからな。今から与える名を気に入ったらお前の物にしてくれるとありがたい」
名を与えると言ったため、魔剣の動揺が魔石の明滅に表れていた。
『きゅ、急に名前を与えるとか言われましても、心の準備がー! あ、あの、個体識別名を得るということは、つまり物から人に近づくという――』
「まぁ、そうだ。元々俺はお前を物だなんて思ってないぞ。ちょうどいい機会だったし、ここらで正式に名前を与えようと思う」
動揺と緊張から、魔剣は勝手にカタカタと震えていた。
『あっ、あっ、あっ、そんなの聞いてないです!? きゅ、急にそんな!?』
「まぁ、名前は気に入ったらでいいぞ。いちおう、『真紅』という意味を持つ『ディーレ』という名を用意した。ディモルの弟分という意味も込めている。いや、妹分か。まぁ、性別はどっちでもいいが」
『ディーレ!?』
名を与えたことで魔剣の魔石が激しく明滅していた。
「クェエエ!」
「ディモルは気に入ってくれたみたいだな。どうだ? ディーレでいいか?」
『は、はぃいいいいいいいいっ!! ディーレでいいです!! ディーレがいいです!! マスターの相棒、魔剣ディーレ……。かっこいぃいいいいっ!! ありがとうございます!! 今後は絶対ディーレって呼んでください!! ディモルちゃんもー!!』
「クェエエ!!」
魔剣はビカビカと魔石を光らせると、全身で喜びを表していた。
そこまで喜んでもらえるとは思ってもみなかったな。
今後も色々とディーレには面倒をかけると思うので、喜んでもらえてよかった。
「じゃあ、あらためてよろしくたのむぞ。ディーレ」
『はいっ!! マスター! マスターのためにすべてを断ち斬り、世界を浄化する魔剣ディーレとなるため頑張りまっすっ!!』
「ディーレ、すべて断ち斬ってくれるのはありがたいが、世界は浄化しなくていいから」
『むふー、了解です!』
こうして、俺は魔剣に『ディーレ』という名を贈り、ディモルの寝床を作るとディーレの手入れをしてから眠ることにした。
さて、休載充電感謝です/)`;ω;´)
忘れてたわけじゃないですが、魔剣ちゃんの名前が決定しました。
ディーレちゃん君です。性別は不明
まだ、生まれて間もない魔剣なので、あと20年もすれば大人に――なるんでしょうか。
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