sideノエリア:令嬢魔術師の焦り
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※ノエリア視点
魔物を率いた巨大な軍馬が去り、わたくしたちは二度の魔物の群れを引いた不運な冒険者たちの手当てをして別れると、日暮れが近くなり野営することにした。
そして今は地平線の先がゆっくりと明るさを帯び始めており、そろそろ夜が明けようとしていた。
わたくしは、さきほどまで歩哨してくれていたフリック様と入れ替わると、火の勢いが衰えていた焚火に、薪を加えて朝の支度を始めようとしていた。
「はぁ、フリック様はまた動物に夢中ですわね」
昨日の夕食で、フリック様が人語を理解する軍馬について熱く語っていたことを思い出し、愚痴とも言えない呟きを漏らしてしまった。
「そのようですね。あの歳の殿方にしてはいささか……」
メイド服に着替え髪をまとめ上げようとしているスザーナに背後から声をかけられ、驚いたわたくしは手にしていた薪を取り落としていた。
今日も一日ずっと荷馬車を運転するから、まだ、寝ていたと思っていたのに……。
「スザーナ!?……起きてきたのですか? 朝食の準備はわたくしがやると――」
スザーナは、自分は戦闘をしないからと、集中力を使う荷馬車の運転を買って出てくれているため、フリック様からの提案で夜はしっかりと寝てもらっていた。
そのスザーナが、まだ日も出ていない時間に起き出してきていた。
「フリック様が夜明けまでの歩哨を終えて、ご自分の寝袋を出して仮眠に入られましたので。それに、昨日の件でまたノエリア様が落ち込んでおられるのではと思いましたから、早めに起床してきました」
わたくしが、夕食の席でフリック様の巨馬に対する熱弁を聞いている顔を見て、彼女は心配してくれたようだ。
さすがに付き合いの長いスザーナにはお見通しだったか……。
「そう……で、スザーナはどう思う?」
使用人であるメイドではなく、頼れる姉と思っている彼女に対し、自分の中のモヤモヤした気持ちを隠そうとはせずに吐露していた。
「フリック様のことですか? それとも馬のことですか?」
ニコリと笑ったスザーナが意地悪な質問を返してくる。
うぅ、恥ずかしい……こんな話をスザーナとすることになるなんて……。
ついこの間までは、スザーナが勧めてくる結婚の話を、本を片手にフンフンと聞き流していたのに、わずかの間にこんなに状況が変化してしまうなんて思わなかった。
「……フリック様のことです」
頬が熱くなるのを感じながらも、スザーナの意地悪な質問に答えていた。
「わたくしでは彼に釣り合わないでしょうか……。その、女性として魅力が足りないのは自覚しておりましたが」
自分には男性の求める女性的な魅力が皆無なのは理解していた。
胸もなく、可愛げもあるとは言えず、魔法にだけやたらと興味を見せる変わった女性。
それが今の自分であった。
こんなわたくしでは、やはりフリック様には釣り合わず興味を持ってもらえる存在でもないような気がして、昨日から落ち込んでいたのだ。
「ノエリア様に足りぬのは胸くらいで、女性としての魅力は十分に備わっているかと。それはこのスザーナが保証いたします。ノエリア様はどこに嫁に出しても恥ずかしくない女性ですよ」
落ち込んだ様子のわたくしをスザーナが励ますように手を握ってくれた。
彼女の励ましに、落ち込んでいた気分が少しだけ上向く。
本当にスザーナが一緒についてきてくれて助かった……。自分一人だったら立ち直るきっかけすら見出せなかったかも。
この時ばかりは彼女の同行を強行してくれた父上に感謝をしている自分がいた。
「私が思うにフリック様の嗜好が、殿方として少し特殊なのかなと思っております」
「そうなのですか?」
「普通の殿方だと、今少し女性に対して興味を持たれる年頃」
フリック様はわたくしと同じく二〇歳。
それくらいの歳頃であれば、大半の貴族は結婚をしているし、庶民であったとしても付き合っている女性がいてもおかしくないはず。
それなのに近くで見ている限りでは、女性に対しそこまで興味を示されなかった。
本当に動物にしか興味を示されない方だったら……。
わたくしがフリック様の嗜好について考えこんでいる間も、スザーナの話は続いていた。
「それが、あのようなご様子だと……。過去に女性関係で何かあったのかも――はっ!」
スザーナの顔に『しまった』とでも言いたげな表情が浮かんでいた。
目を逸らそうと思っていたけれど、やはりフリック様が女性に興味を示されない原因はわたくしにあるのでは……。
そうであれば、わたくしからの好意は彼にとって重荷でしかない。
やはりフリック様は、こんな自分が好きになってはダメな存在だったのでは……。
スザーナの言葉に自分の立場を思い出した。
「本当に――自分のしでかしたことは深く反省していますので」
彼に酷いことをしている自分がこんな気持ちを伝えれば重荷でしかないはず。
だから、この気持ちはずっと心の中にしまっておいた方が、関係を壊さずに済む。
酷いことをした罰として自分はずっと我慢するべきなのだ。
そう思うものの、旅を一緒にすることで気持ちが大きくなっていくのが止まらなかった。
後悔なのか、絶望なのか、よく分からない感情が湧き上がり視界が涙でぼやけていく。
そんなわたくしを心配したスザーナがハンカチを差し出してくれていた。
「ご安心ください。ノエリア様のことではなく、それ以前にもフリック様には女性関係で色々とあったものと推察しております」
ハンカチを差し出したスザーナは、そのまま優しく諭すようにわたくしの頭を撫でてくれていた。
子供の頃から、母親がいなかったわたくしに辛いことがあった時、スザーナはいつもこうして優しく慰めてくれていた。
「そういえば……フリック様は冒険者になる前に隊商の護衛をなされていたと言われていたはず。そこで何かあったということ?」
スザーナの言葉で、わたくしは自分が好きな人のことをほとんど何も知らないことに気付かされていた。
隊商の護衛として剣の腕を磨いたけど、その隊商が解散して仕事にあぶれてユグハノーツに流れてきて冒険者になったとしか聞いていない。
それ以上のことを聞こうにも、自分のことを喋りたがる人ではなかったので、自分から聞くことはできずにいたのだ。
本当にわたくしはフリック様のことを何も知らない……。
魔法の才能や剣の才能のことは知ってるけど、どこで生まれ、どうやって育ってきたのかすらも知らないんだ……。
自分が好きという感情に振り回され、彼を知ろうとしてなかったことに冷や汗が出た。
酷いことをしたうえに自分の感情だけを押し付けて好意を向ける……わたくしがフリック様だったら絶対に関わり合いになりたくない異性……。
自分の今いる場所が、彼の人並外れた優しさによって確保されていたことを自覚させられた。
本当に最悪の異性だ……これじゃあ、フリック様がわたくしに興味を向けるわけがない……。
彼の近くに居られることでわたくしは思い違いをしていた。
そんなわたくしの顔色を察したスザーナが、頭を撫でてくれていた手で頬を引っ張っていた。
「ノエリア様。絶望するのはまだ早いですよ。いちおう私の方で冒険者ギルドを使いフリック様のことを少し調べさせてもらいました。犯罪歴はなし、隊商の護衛だと言うのはご自身の申告、出生地は北の大都市アルグレンとなっておりました。けれど、アルグレン特有の訛りもありません。ただ、一つ気になる点が判明しました」
「気になるへぇん!?」
スザーナに頬を手で引っ張られ無理やり笑顔にされたわたくしは、彼女によってもたらされたフリック様の情報に食いついていた。
「ええ、王都近隣の村にある孤児院へ匿名の寄付をしております。それもユグハノーツに来てから稼いだお金の内、かなりの額を寄付したようで……もしかしたら、そちらがフリック様の本当の出生地だという気がしてならないのですが」
「スザーナはフリック様が出生地を偽っていると?」
「出生地だけとは限りません。出生地以外にも誤魔化しがあるかもしれませんし、もしかするとすべてを誤魔化している可能性もあります。ですが、お人柄を見る限り何かやむにやまれぬ事情がおありかと。あれほど剣も魔法も使えますのに、ご自身の素性を隠そうとする殿方。ノエリア様はそれでもフリック様が好きですか?」
スザーナがフリック様の過去には触れてはならない謎があるが、それがあったとしても彼が好きかと聞いていた。
フリック様が実はフリック様ではないのかもとの情報に触れ、自分がもっとショックを受けるかとも思ったが、案外ショックはなかった。
なぜなら、過去に彼が何者であったとしても、ユグハノーツで自分と出会い、今も一緒に旅をしている。その彼の人柄に嘘偽りは見られないと思えたからだ。
だからスザーナの問いへの答えは『好き』だ。
これはフリック様が何者であったとしても変わらない自分の気持ちとして固まっている。
「過去が何者であったとしても、わたくしはフリック様が好き……です」
わたくしの答えを聞いたスザーナは頬から手を離すと、ニコリと笑う。
「なら問題ありません。旅の間にフリック様の態度も軟化するはず。焦らず、じっくりと信頼を得ていくしかありませんよ」
自分には自信はまったくないけど、スザーナがそう言うなら少しずつでも彼の信頼を勝ち取っていくしかない。
自分の好意を押し付けず、彼に贖罪し、信頼を勝ち得ていく。
スザーナのおかげで閉ざされたように思えた道に少しだけ光明が見えた。
「わたくしが焦り過ぎていたようですね。スザーナの助言通り地道に頑張ります」
「そのように思えるのは、恋する女性の特権だと思いますよ。では、フリック様の信頼確保の第一歩である胃袋を掴みに参りましょう」
そう言うとスザーナは朝食の準備を始めるため、鍋や食材を取りに荷馬車の方へ戻っていった。
スザーナさんのリサーチ能力は謎w
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