51:謎の馬
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群れが俺たちを囲んでいく間、リーダーの混沌馬はこちらを睨みつけるように悠然と歩いて前に出てくる。
普通の馬に比べて体躯は五倍くらいあるな……。
魔物化で身体がデカくなっているとはいえ、デカすぎて馬だと思えない。
こちらを睨みつけているリーダーの混沌馬の黒い馬体には、冒険者や他の魔物との戦闘でついた傷が多数見られた。
そして、目の色と首筋のたてがみは、他の混沌馬とは違い真っ赤であった。
綺麗な目とたてがみだな……。
俺と同じような色をしている。
真っ赤なたてがみを持つ混沌馬は、こちらと一定の距離のところで止まるとジッとこちらを睨みつけてくる。
「ブフィフィーン!」
混沌馬のリーダーがいななくと、隣に足を怪我した角馬が出てきた。
まるで家族に傷をつけたことを謝罪しろとでも言いたげな態度である。
やったのは俺たちじゃないんだがな……。
張本人たちはすでに逃げていったし……。
でも、こいつらから冒険者たちを襲っていったわけじゃないしなぁ。
彼らが怒った原因は、冒険者たちが捕獲しようとして群れを襲ったことが発端である。
このデカいリーダーの混沌馬を捕獲しようとする中で、冒険者の誰かが群れの角馬を傷つけたのだろう。
そう思うと相手が手出しをしてこない現状では、退治しようとしていた気持ちが急速にしぼんでいくのを感じた。
「悪かった。襲った連中は知り合いじゃないが、お前の家族を傷つけたことに変わりはない。彼らの代わりに俺が謝罪する」
俺はそう言うと魔剣を鞘にしまって、リーダーの混沌馬に頭を下げた。
『え? あ? マスター、戦わないのですか? ズバズバ斬れますよ』
戦闘を期待していた魔剣が鞘にしまわれたことで騒いでいるが、話の通じる相手なら無駄に斬り捨てることはしたくない。
「襲ってくるなら戦うが、どうも相手には戦う気がなさそうだし」
俺はフリックとなった自分の姿に似た混沌馬に親近感を抱いていた。
「フリック様、油断は禁物です。相手は魔物ですし」
「ああ、分ってる。けど、相手も俺たちとは戦う気はなさそうだし」
冒険者として何度も魔物と戦ってきているノエリアは杖を構えたままであった。
たしかに相手は魔物なんだけど、普通の魔物みたいにむやみに人を襲ってきてるわけじゃないんだよな。
「ちょっと、あの角馬の怪我を治してくるよ。謝罪だけじゃ、あっちも気がおさまらないだろうし」
「え? ちょっとフリック様!?」
『マスター! 危ないですって!』
俺は魔剣をノエリアに託すと、両手に武器がないことをリーダーに見せつつ、ゆっくりと近づいていく。
「ブフィフィーン!」
近づく俺に警戒した若い混沌馬が駆け寄ろうとしたが、リーダーが鳴き声で止めていた。
こっちに害意がないと見てくれているようだ。
「こっちを信用してくれて助かる。今、傷を癒してやるからな。本当なら角馬の角で触れるだけで治るんだろうけど……」
俺は後ろ脚を怪我している角馬に近づくと、怪我の部分に触れて回復魔法を発動させる。
「我が身に宿りし魔素よ。触れる者を癒す光となれ。癒しの光」
淡い光が角馬の傷口を包むと、徐々に塞がっていくのが見えた。
小さく深い刺し傷。
大きさからして槍先か弓矢が刺さった傷か……。
あの冒険者たちがリーダーをおびき出すために、この子を狙って襲ったんだろうな。
塞がっていく傷口を見つつ、冒険者たちから聞いた話を総合し、なにが原因で彼らが怒り狂っていたのかが判明する。
「すまなかったな。お前ら魔物を討伐するのも、俺たち冒険者の仕事だが、やり方にもルールがある」
相手に話が通じると思い、俺は治療をしながらリーダーの混沌馬に話しかけていた。
王都近郊の魔物では、このリーダーほど知性化された魔物は見かけなかった。
魔物は魔素の蓄積によって狂暴化した野生動物であり、人や動物と見れば手あたり次第に襲ってくるものがほとんどである。
だが、どう見てもこの混沌馬は、こちらの話を理解しているような気がしてならない。
「ブフィフィーン」
混沌馬のいななきが、まるで『しょうがねえなぁ、許してやらあ』と言っているように聞こえた。
「おまえ、人の言葉が分かるのか?」
混沌馬の態度を見て、思わずそう問いかけていた。
俺の問いかけに混沌馬は答えずそっぽを向く。
訓練された軍馬は人の指示を聞くが、元が野生の馬でなおかつ魔物化している混沌馬が人語を解するなんて考え過ぎか……。
「よっし、治療終わり。これで、勘弁してもらえるとありがたい。俺たちはこれで貸し借りなしにしとこうぜ。戦う理由もないしな」
混沌馬は角馬の尻にできていた傷口を確認すると、俺を見て『そうだな』と同意しているようにいなないた。
やっぱりこいつ人語を理解してるだろ……。
本当に魔物なのか……。
俺が家族の傷を癒したことで、混沌馬からの敵対的な態度は見られなくなっている。
「お前が話の分かるやつでよかったよ。じゃあ、俺たちは旅の途中だからここで失礼させてもらうぞ」
「ブフィフィーン」
立ち去ろうと背中を見せた俺に、混沌馬は『じゃあな』とでも言うようないななきを返していた。
まったく変わった魔物だ……。
インバハネスの魔物はみんなこんな感じなのだろうか。
初めて訪ねる街だが、相手がみんなこいつみたいに知性化してると戦いにくいんだが。
久しぶりに出会った魔物が魔物らしくなくて、拍子抜けした気持ちだったが、戦いを回避できたことには満足していた。
まったりな旅の話が続いておりますが。
今後とも剣聖の幼馴染をよろしくお願いします/)`;ω;´)
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