sideアルフィーネ:剣聖墜つ②
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次に目覚めると、知らない天井が見えた。
ベッドも着ている物も調度品も自分には全く見覚えのないものだ。
「アルフィーネ殿、気分はどうかね?」
ここが何処なのかを知るため辺りをうかがっていると、苛立ちを覚える声が背後から聞こえてきた。
声の主はジャイルで、彼の後ろにはあの不気味な全身鎧の騎士二人とヴィーゴ、そしてメイドたちが付き従っていた。
屋敷でのことを思い出し、とっさに身構える。
「ここはどこ?」
「そう、怖い顔をすることもない。ここは、わたしの別宅だ。君が好きに使えばいい」
気絶していた間に、自分の屋敷からジャイルの別宅に運び込まれたと理解した。
自室で着ていた寝巻とは違う衣服に着替えさせられていた。気絶していた間に何かされた、その最悪を想定したら、自然と身体がこわばった。
「卑怯者! 気絶している私を……」
「勘違いしてもらっては困る。急に自害しようとされたアルフィーネ殿を助けて差し上げたのだよ。ここに移動してもらったのも、そのためだ。それにわたしは気を失っている女性に手を出すほど卑しい人間でもない。ちゃんと起きている状態で、言うことをきかせるのが好きなのだ。だから、あんな回りくどい手もつかったし、今もこうしている」
ジャイルは心外だと言わんばかりの顔でこちらを見ていた。
言葉から察するに、女性を自分の言葉で屈服させるのが彼の好みらしい。
ある意味、最低最悪の男だ。
おかげであたしがこの別宅に連れ込まれた意味は理解できたが確信がなかった。
「何が目的なの?」
「アルフィーネ殿は、だいたい察していると思うが?」
普段のにやついた顔に戻ったジャイルはとぼけていた。
自分からは切り出さないつもりなのだろうか……。
「あたしは察しが悪いのよ。ちゃんと言ってくれないと理解できないわ。馬鹿……だから」
「ふむ、理解できるまでここでゆっくりとしてくれたまえ。メイドたちには世話をするように申し付けてある」
あたしがジャイルに屈服するまで外には出さないということか……。
フィーンがいない世界であたしに生きる意味なんてないのに、本当に面倒なことをしてくれたわね。
あのまま、自害させてくれていたらよかったのに……。
「王にはすでに我が別宅で病気療養をしてもらっていると伝えてある。わたしは気の長い男だからいくら居てくれてもかまわない。それが北の地で亡くなられたフィーン殿に対する、わたしからの一番の供養になるだろう」
ジャイルはそれだけ言うと、メイドたちだけを残して立ち去った。
別宅での軟禁生活はすでに三日。
ジャイルは朝、挨拶に来るだけでその後は顔も見せない。
生活に関してはメイドたちが事細かに管理しているようで、あたしはただ着せられるままに服を着て、食事を与えられ生ける屍のような生活をしていた。
今、あたしは刃物を探している。早くフィーンに会って謝りたい。そのことしか考えられない。メイドたちの目をかいくぐって別宅をさまよっていた。
そんな中、通り過ぎようとした部屋から声が漏れ聞こえてきた。
『それにしても、おまえの策は大当たりだったようだな、ヴィーゴ。アルフィーネが、あの剣聖が、ただのか弱い女に成りよったぞ』
『それほどでも……アルフィーネ様は剣一筋の単純な方ですので。ただ、まだ油断はされませんように……自害する可能性は残っております』
『分かっておる。だから、四六時中メイドをそばに付けているのだ。この三日は大人しくしているそうだ』
どうやらあたしを売ったヴィーゴと、ジャイルの二人が中で話をしているらしい。
それにしてもヴィーゴの策って……何かしら……。
ジャイルにフィーンの情報を売っただけじゃなかったということ?
漏れ聞こえてくる話に興味をそそられたあたしは扉に耳を当て、中の会話に集中する。
『失踪したフィーン殿を探す中で、アルグレンの冒険者ギルドからフィーン殿の冒険者徽章を持った男の情報が手に入ったので、今回の策が浮かびました。あれほど、効果が出るとは思いませんでしたが』
『フィーンの失踪は本当に好都合だったな。黒髪に染め、首筋に刺青を施し、フィーンに偽装した死体を沈め、冒険者ギルド職員と徽章を持った男を買収して辻褄を合わせて、死んだことにしたらあの女はいとも簡単に信じてわたしの手中におさまった。こうなったら、あとはあっちが折れるのを気長に待てばいいだけで、さしたる手間もかからず剣の女神はわたしに従順に仕えるようになるはずだ。でかしたぞ、ヴィーゴ』
『ジャイル様、声を潜めてくださいませ。まだ、アルフィーネ様は完全には堕ちておりません。それにこのような依頼は今回だけにしていただきたく存じます。我らは大いなる使命を完遂するため、お父上である宰相様にご助力をしておりますので』
『分かっておる。あの女は国一番の美女だ。それさえ、わたしの手中にできればお前らの手を煩わせることはもうない』
二人の会話の内容にあたしは打ちのめされていた。
すべてが仕組まれていたことだった。
どこからがヴィーゴの策であったのかは分からないけど、フィーンが失踪したことに乗じて、偽物の遺体を作り彼を死んだことにしたらしい。
アルグレンで会った遺体はフィーンではなかった。
二人の話を総合すると、フィーンはまだ生きていて失踪したままだと思われる。
偽の遺体で騙された自分が滑稽すぎて、乾いた笑いが漏れ出した。
「馬鹿だ、馬鹿だわ……あたしは大馬鹿だわ。フィーンが死んだと簡単に思い込むなんて大馬鹿だ」
二人の会話を聞いて、湧き上がってきたのは愚か過ぎる自分に対する怒りだった。
死を断定する状況を並べられたくらいで、抗いもせずに受け入れた自分の馬鹿さ加減に怒りを覚えた。
けれど、同時にフィーンがまだこの世界に存在すると知って喜びも爆発し、心がよく分からないほどかき乱されていた。
冷静に、冷静になれ……あたし。
心のままに行動してたら今までの馬鹿なあたしのままだ。
今までのように衝動的に物事を判断せず、自分が持てる限りに自制心を発揮して、状況の把握をしてみた。
落ち着いて今の状況を考えよう……。
フィーンは生きている……嬉しい。
ジャイルはあたしを自分の物にしようとしている……ふざけるな。
ヴィーゴはジャイルの手先として、策動してた……もしかしたら、フィーンの情報を持ってるかも。
考えた結果、今はジャイルとヴィーゴからフィーンの情報を吐き出させるのが最優先だと判断した。
即座に扉を蹴破ると、中にいた二人に指を突き立てる。
いきなり乱入したあたしに、二人の目が点になっていた。
「今の話、詳しく説明してもらえるかしら!!」
「ま、待て! アルフィーネ殿。いったい、なんの話だ?」
狼狽して立ち上がったジャイルに素早く近づくと、彼の剣を引き抜き羽交い絞めにして首筋に押し当てた。
「フィーンの件を洗いざらい全て吐きなさい。ヴィーゴ、貴方もです!」
剣の刃先をジャイルの首筋にグイッと押し付ける。
薄っすらと皮が裂け、血が滲み始めた。
「ひぃっ! アルフィーネ殿、気は確かか!? わたしは近衛騎士団長だぞ!! このことが王に知られれば剣聖の称号はおろか、貴族の地位も――」
「あたしは、そんな地位にはもう興味はない。さぁ、フィーンの情報を吐きなさい。ヴィーゴ、貴方の本来の主人がこのままだと死ぬことになるわよ?」
喚くジャイルに剣を押し当てたまま、一番情報を握っていそうなヴィーゴを脅す。
本来の主人であるジャイルの危機に、ヴィーゴの顔には焦りの色が見えた。
「わ、分かりました。アルフィーネ殿、剣をしまってください。フィーン殿の件はすべて包み隠さずにお話しいたしますので……」
「情報を出すのが先です。早く!」
「ヴィーゴっ! 頼む、助けてくれ! わたしはまだ死にたくない!」
死の恐怖にかられたジャイルの足元に水たまりが発生していた。
どうやら恐怖のあまり失禁したようだ。
軟弱だとは思っていたが、ここまでふがいない男だとは思わなかった。
こんな男が近衛騎士団長として王に仕えているとなると、この国の行く末が不安になる。
「分かりました。フィーン殿はまだ生きているはずです。辺境都市ユグハノーツへ向かう駅馬車の停留所で見かけたのが最後の情報だと申し上げましたが、フィーン殿の冒険者徽章を持っていた男は身分を偽るため、辺境都市ユグハノーツから流れてきたと言っていました」
「やはり辺境に向かったというの?」
「多分、そうかと。ただ、こちらもユグハノーツからの足取りが一切掴めずにいるのは本当です。あの地でフィーン殿の足跡は消えてしまいました。これがこっちの持っているフィーン殿に関してのすべての情報です」
「本当にもう隠していないかしら?」
「はい、生きている可能性が高いと思われますが、行方不明です」
ヴィーゴの様子を察すると、これ以上の情報はなさそうか……。
フィーンは辺境のユグハノーツに向かって、そこで自分の冒険者徽章を捨てたということね。
その後の足跡は行って調べるしかないか……。
「ア、アルフィーネ殿。これで、満足だろう? わたしを解放したまえ」
「貴方にはあたしが王都を逃げ出すまでの人質になってもらいます。さぁ、ヴィーゴ。馬車を用意して」
「アルフィーネ様、悪いですがそれは無理です。ジャイル様――」
ヴィーゴが両手で何かを押し下げる仕草をした瞬間――
ジャイルが腰を抜かしたように沈み込んで、剣の刃から逃れると背後の窓が盛大に割れる音がした。
「ジャイル様をお守りしろっ!! その女は殺しても構わん!!」
態度を豹変させたヴィーゴの声に反応し、背後から猛烈な殺気が感じられた。
殺気に反応して、身をひるがえす。
見ると、猛烈な殺気の持ち主はあの不気味な全身鎧を着た騎士二人だった。
二人の騎士は、すごい速さであたしに向かってくるや猛烈な速さで抜刀し、目の覚めるような斬撃を繰り出してきた。
「はやいっ!」
繰り出された斬撃の速さに対応が遅れ、寝巻が少し切り裂かれた。
近衛騎士? いや、近衛の鎧を着てないから違うか?
でも、王都でこんな凄腕の騎士なんて見たことないけど……あたしの腕が落ちたのかしら。
「早く始末しろ!」
ジャイルを保護したヴィーゴが再び、騎士たちをけしかけた。
声に反応し、剣を構えた騎士があたしの息の根を止めようと斬りかかってくる。
速いし、斬撃が重いし、本当にこんな凄腕の騎士がどこにいたのかしら……。
くっ、このままじゃ、本当にやられかねない。
騎士の斬撃を弾き、剣を構え直すと、これまで幾度も自分の危機を救ってきた刺突の構えをとる。
そして、相手の動きの隙を見つけて、必殺の刺突を繰り出し騎士の鎧の付け根を貫いた。
これで、動きは止められるはずっ!
だが、必殺の刺突は騎士の鎧を貫いたところで剣が折れた。
馬鹿なっ! なんで鎧より中身の方が固いのよっ!
折れた剣に気を取られ、不気味な騎士に首を掴まれてしまった。
ぐぅう! 苦しいっ! こんな怪力……人間じゃないみたいっ!
折れた剣の先で、首元を締め上げる騎士の手を突きさすと、緑の血が鎧の隙間から漏れ出した。
緑の血? 人間じゃない!?
騎士は痛みを覚えたのか、あたしを壁に投げつけた。
木材でできた壁が盛大に壊れ、あたしの背中に酷い痛みを与えてくる。
これは……今のあたしじゃ勝てないかも……。
どう見ても相手は普通の人間じゃなさそうだし……それよりも、今は逃げてフィーンを探し出す方が先ね。
壁を貫通して中庭に放り出されたことで、逃げ出す機会を得たと見たあたしは、不気味な騎士との闘いをやめ、ジャイルの別宅から逃げ出すことにした。
すみません、分割三話になりました。
同時にあげてるのでよろしくです。







