sideアルフィーネ:剣聖墜つ①
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※アルフィーネ視点
アルグレンでの出来事は、あたしの生活を一変させた。
アルグレンでフィーンの死体を火葬し、遺髪と冒険者徽章をもらって王都に帰ってきた。
それから始まったフィーンがいない世界での生活。
朝起きて、フィーンの冒険者徽章を見て絶望し、それでもお腹が空くので自室でご飯を食べ、身だしなみも整えず爪を噛みぼんやりとフィーンとのことを思い出し、そのまま寝る。
それの繰り返しをしていた。
執事は最初こそ、慰めの言葉をかけてくれていたが、今はただ食事を運んでくるだけで言葉を交わすこともなくなった。
フィーン……ただ、ごめんねって一言が伝えたかっただけだったのに……。
居なくなるなんて……馬鹿、馬鹿、馬鹿……あたしの馬鹿。
全部気付かずに過ごしてきたあたしが馬鹿だった。
出尽くしたはずの涙がまた溢れ、枕をまた濡らしていた。
もう、二週間もこんな生活を続けている。
近衛騎士団の剣術指南の仕事も体調不良を理由に休みを延長してもらい、ずっと屋敷に引き籠ってふさぎ込んでいた。
フィーンがいなくなった今、全てがあたしにとってどうでもよくなっていた。
フィーンの冒険者徽章を眺め、彼にやめろと言われていた爪を噛んでいるとドアがノックされた。
「アルフィーネ様……近衛騎士団長のジャイル様がお見舞いに来られておりますが……。いかがいたしましょうか?」
「今は誰にも会いたくない。理由を付けて引き取ってもらいなさい」
あたしの全てだったフィーンが死んでどうでもよくなっているのに、なんで一番会いたくないやつの相手をしなければならないのか。
本当にこの執事はあたしのことを理解してくれない人だ。
「ですが……王様より直々にアルフィーネ様を見舞ってこいとの勅命を受けたそうで……」
「その声からすると、それなりに元気ではあるみたいですな。アルフィーネ殿」
家主であるあたしの許可を得ずドアを開け、近衛騎士団長であるジャイルが執事とともに不気味な全身鎧を着た騎士二人を引き連れ入ってきた。
「少々、やつれた顔をされているようだが深刻な状態ではなさそうですな。王だけでなく近衛騎士たちも長く病に臥せっているアルフィーネ殿を心配しておりますぞ。もちろん団長であるわたしも心配をしておりましてな」
ずっと引き籠って生活していたため、寝巻姿のままだった。すぐに手近にあったガウンを羽織った。
「ジャイル殿……いくら王からの勅命とはいえ、勝手に入ってこられては困ります」
「急に休暇を取られたと思ったら、それからずっと病気休養をなされている。これは、北の大都市アルグレンでよくない流行り病にでもかかられたのではと思い見舞いに来た次第です」
ジャイルはそう言うとニヤリと笑った。
なんで……あたしがアルグレンに向かったことをジャイルが知っているの。
この前もフィーンが失踪したことを知っていたし、今回は王にすら行き先を告げずに行った休暇中の行動まで知られているなんて……。
「おや? そのように怖い顔をされてはたまりませんな。わたしはアルフィーネ殿の味方のつもりなのですが。それで、フィーン殿には会えましたかな?」
「な、なんの話ですか。フィーンは剣の修行に出ていると申したはずですが……」
突如、ジャイルの口からフィーンの名を出されうろたえたものの、何とか言い繕ったつもりだった。
だが、ジャイルの顔に嘲笑とも思える表情が浮かんでいた。
この顔……アルグレンで何が起きたのか知っているということか……。
アルグレンの冒険者ギルド職員にもあたしの心の整理がつくまで、フィーンの死に関しては口止めを依頼しておいた。あとこのことを知っているのは……。
残る一人の真相を知る者に視線を向ける。
「申し訳ありません。ジャイル様には、アルフィーネ様にお仕えする前からお世話になっておりまして……。事の次第を話せと言われまして、あの地でのことをお伝えしました。これもアルフィーネ様のことを心配して、私が勝手にやったことです。お許しください」
「許す?ヴィーゴ、恥を知りなさい。雇い主の秘密を漏らす執事など、許せるものですか」
執事のヴィーゴが申し訳なさそうに頭を下げていた。
剣聖となり貴族に名を連ねる際、執事として雇った彼がジャイルにあたしとフィーンのことを全て情報として流していたと知り、憤りを感じた。
心は許していないつもりだったが、雇っていた者にまで裏切られていたと知り、あたしの心が一段とささくれ立った。
人を見る目すらないとは……あたしは本当に馬鹿な女だ……。
こんな女、フィーンが愛想を尽かすのは当たり前よね……。
「そうヴィーゴを責められるな。貴族に成り上がったアルフィーネ殿のことを心配して色々とわたしに相談をしてきていたのだ。そう色々とね。私は知っていますよ、あなたの癖も何もかも……」
嘲笑を浮かべ、にやけた顔をしたままジャイルがなれなれしくベッドに腰をかけ、あたしの肩に手を回してきた。
「無礼な……!病床の身でありますゆえ、触れるのはご遠慮してくださいませ」
あまりになれなれしい態度だったので、思わず肩に回された手を払いのけた。
「これはつれない態度ですな。大事な想い人であるフィーン殿がアルグレンの地で病死していたと聞き、わたしはアルフィーネ殿を慰めようとしているのですぞ」
ジャイルから発せられた言葉が、かろうじて平静を保っていたあたしの心を切り裂いていく。
「フィ、フィーンは死んではおりません。先ほども申したとおり剣の修行に――」
「フィーン殿の冒険者徽章もその遺体から手に入れたそうではありませんか?アルフィーネ殿と同じ刺青が首元に入った黒髪の若い男性の遺体から。その遺体が修行中ですと?まだそのような戯言で誤魔化すつもりですかな?」
「っ!?」
一番聞きたくない言葉を一番言われたくない人物から聞かされて、耐えていた心が完全に砕け散った。
こらえていた涙が流れ落ち、一番弱みを見せたくない男に自分の一番弱い姿を晒していた。
こんな弱く女々しい姿をこんな男に晒すなんて……。
もう、死んでしまいたい……フィーンがいない世界で生きていたって……。
そうよ、死んだらフィーンの近くにいける。
なんでそんな簡単なことに気付けなかったのか……やっぱりあたしは馬鹿だった。
あたしは衝動的にベッドサイドに置いていた剣を引き抜くと、自分の首筋に押し当てようとする。
「!? この女!! 自害しようとしてるぞ! ヴィーゴ、やめさせろ!」
「承知しました。剣を取り上げて気絶させろ」
ヴィーゴが不気味な全身鎧の騎士にそう言うと、直立不動だった騎士たちが素早い動きであたしから剣を奪い取り、拳でみぞおちを殴りつけた。
そして、あたしの意識はそこで消失していた。
すみません、長くなりそうだったので分割二話になります。
明日には出します。
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