137:幼馴染
誤字脱字ありましたら誤字報告へ
エネストローサ家の屋敷に来て二週間、王都は街も人も新王即位に向けて慌ただしさを増していた。
俺とノエリアとアルの謹慎も解け、自由に行動できるようになったが、王都から姿を消したヴィーゴの行方は未だに判明せずにいる。
そのため、俺たちは屋敷でジッと情報を待つことしかできないでいた。
「フリック様、今よろしいでしょうか?」
声に気付き部屋の入口に視線を向けると、そこにはノエリアが立っていた。
「ああ、大丈夫」
「アル様もご一緒なのですが」
アルフィーネも一緒……か……。
色々とドタバタしてて、ずっと聞きそびれてたけど。
でも、やっぱ一度ちゃんと聞いて、話し合わないとダメだよな。
逃げ出した俺を追ってきてたはずなのに連れ帰る気もなく、アルフィーネの名前も捨ててアルとして生きると宣言した意味を聞かないと。
「ちょうど、時間もあるし、俺も聞きたいことがあったから入ってもらって」
ノエリアが頷くと、入口の反対側に隠れていたアルが顔を出し、一緒に部屋の中に入ってきた。
スザーナに聞いた話だと、最近ノエリアは、アルの部屋をよく訪ねているらしい。
何の話をしているのかは気になったが、本人たちに聞くわけにもいかない。
でも、周囲の人から聞く範囲では、険悪な雰囲気はなく、むしろ仲良さげにしているそうだ。
あの気難しくて、人を寄せ付けないアルフィーネが、あまり知らない人と親しくするなんて信じられないんだが。
ノエリアと打ち解けた様子を見せているアルフィーネの姿に、俺は違和感を感じていた。
「アル様はこちらへどうぞ」
「ごめん、ありがとう」
俺はソファに腰を掛けた二人の反対側に腰を掛けた。
ソファに腰を下ろすと、金髪碧眼の青年剣士に扮したままのアルフィーネの視線に晒される。
その視線に罵倒してくる黒髪のアルフィーネの姿が被った。
「フリック様、顔色が……」
「いや、大丈夫さ。俺の問題だし」
俺の様子を見ていたアルフィーネも心配そうな表情を浮かべていた。
あの表情って……絶対、俺の知ってるアルフィーネじゃないよな……。
容姿が変わって人格まで変わったんだろうか。
深く息を吸って、速まった鼓動を抑える。
「アルフィーネ、一つだけ聞きたいことがあるんだけどいいかい?」
「アルフィーネはもう死んでる。ボクはアルだよ。フィーンさん」
俺が必死で絞り出した言葉を、アルフィーネは、自分は死んだとはぐらかしてきた。
「何言ってるんだよ。ジャイルの追手から姿を隠すために名前と容姿を変えただけだろ!」
アルフィーネは何も答えず、無言で首を振った。
アルフィーネは俺に何がしたいんだよっ!
いつもみたいに激しく罵って、俺のことを小馬鹿にして、自分の言うことを聞いてればいいって言わないのかよっ!
俺の知るアルフィーネと全く違う反応を見せられ、徐々に苛立ちが芽生えてきた。
彼女の甘えからくるわがままが重荷になって、逃げだしたことを無言で抗議されているような気がしてならない。
「俺の……俺の……せいかよ。俺のせいだって言いたいのかよ。アルフィーネのことを絶縁して逃げ出した俺のせいだって……」
止めようと思っても、腹の底から湧き上がる言葉を抑えることができず、呪詛のようにまき散らしていく。
「俺だって必死に頑張ったさ。色々とうまくやっていけるようにしてたさ! 幼馴染としても恋人としても相棒としても! アルフィーネからの要求に応えられる男になろうと努力してた! してたけど……」
俺は逃げ出した……。
極度の人見知りなうえ、人嫌いで、滅多に他人に心を開かないアルフィーネからしたら、唯一素の自分を出せる一番近しい相手だと知りながら。
俺は絶縁を突きつけて逃げ出した。
「ごめん……なさい。ずっとフィーンを傷付けてたことに気付かないフリをしてきてた」
黙って聞いていたアルフィーネが、口を開いたかと思うと、目から大粒の涙を流していた。
「あたしは馬鹿だから、フィーンがずっと一緒にいてくれるものだって信じて疑ってなかった。でも、違う。フィーンは特別優しかったから、子供のままだったあたしのそばにずっと寄り添って守ってくれてたと気づくことができたの」
ボロボロと大粒の涙を流し、口に手を当てて嗚咽するアルフィーネの姿が目に飛び込んでくる。
なんだよ……そんな弱々しく泣く姿、俺の知ってるアルフィーネじゃない。
いつも自信に漲ってて、なんでもできて、どんな無茶なことでも必ずやり遂げるアルフィーネが大粒の涙を流して泣くなんて……嘘だろ……。
大粒の涙をこぼし泣いているアルフィーネの姿を見ていたら、古い記憶が脳裏に浮かんできた。
それは、アルフィーネが剣を握る前、幼児だったころの記憶だった。
いつも何かに怯えて、俺の後ろに隠れてずっと泣いてた弱々しい女の子。
俺はそんなアルフィーネを守ろうと、いつも一緒にいた。
今、目の前にいるアルフィーネは、あの時、泣いてた弱々しい女の子のままだった。
俺は知ってたはず、アルフィーネが本当は強くないって……。
ずっと一緒に育ってきた俺は知ってたはずだった。
剣を手にしてからのアルフィーネに対し、勝手に幻想を作り上げたのは俺だったんだ。







