side:ボリス 野心家宰相の謀計
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※ボリス視点
煤煙で霞む窓から見える高い山々には、夏だというのに雪の白さが残っているのが見えた。
数十年の間、膨大に発生させている精練の熱をもってしても、あの山の雪は溶けぬか……。
ヴィーゴの言った通り、自然というやつは忌々しい限りだ。
あの雪を被った高い山々は、ハートフォード王国建国当時から、ずっと他国の干渉を断絶させ続けてきた。
だが、それもあと少しのこと。
窓から執務机の上にあった書類に視線に目を戻すと、私は目の前に立つ人物に話しかけた。
「さて、全ては計画通り進行しているようだな」
「潜入させている者からの報告では、ジャイル兄さんの暴走に便乗した王都破壊は失敗したようですが、ヴィーゴが直接手を下し、フレデリック王の排除には成功した模様です。ジャイル兄さんはフレデリック王とともに死亡。ヴィーゴは王都の研究施設を爆破し、逃走に成功しております」
淡々とした口調で報告を読み上げているのは、次男であるユーグだった。
嫡男ジャイルは、アルグレン本家を乗っ取るために産ませたため、なんら能力に関し期待はしてなかったが……。
何ら才のない無能なクズだったが、最後は親のために、王国をひっかきまわす役をやり遂げたようだな。
「逃走したヴィーゴは、そのままアビスフォールを制圧に向かい、例の移住計画の最終段階に入りました。ただ、一部で怪しげな動きをしているとの報告が上がってきております」
あの狂人もアビスウォーカーの件を探っていたフリックどもに追い詰められて、ついに本当に狂ったか……。
魔素抗体がなく、同胞をこちらに呼び寄せれば、二度目の大襲来を引き起こすだけだと自分で言っていたのだが……。
やつらの持つ科学技術の全てを奪取することが、できなかったことは悔やまれる。
だが、三〇年以上かけてヴィーゴの組織から吸収した知識を学んだアルグレンの科学者たちの技術力は、王国の持つ技術を隔絶するところまできている。
それにヴィーゴの移住計画がたとえ成功したとしても、やつの同胞は女子供が多く、戦力となる成人男性は少人数でしかない。
やつらが強化したアビスウォーカーで、私に牙を剥けば対抗する手段を用いて、即座に組織ごと潰すしかあるまい。
そうならずに済むようヴィーゴの蜂起が成功し、ロイドたちと共倒れしてくれるのを願うとするか。
「ヴィーゴに関しては、残り少ない命しかない利用価値のなくなった老人だ。好きにやらせてやるつもりだからもう捨て置け」
「承知しました。ただ、今回の計画で一つ予想外のことが発生しておりまして……」
銀髪を綺麗に整えた紅眼のユーグが、珍しく口ごもる様子を見せた。
「ユーグ、お前が予想してないことか?」
「はい、予定では未だ王都に到着していないはずの辺境伯ロイドが、すでに王都でレドリック王太子との会談を終えたとの報告が……」
「想定していた予定より、一〇日ほど早いな。ユグハノーツから馬を飛ばして強行軍したとしても早過ぎる」
「辺境伯ロイドは翼竜に乗って現れたそうです。それが想定からズレた原因かと」
「ロイドが翼竜を操る技を得たということか?」
「そのように推察いたします。翼竜の習性を熟知し、支配下における武力を持つ者がいれば考えつくはず。それに英雄ロイドの近くには、真紅の魔剣士フリックがいます」
「巨大な翼竜を乗りこなす真紅の魔剣士フリックか。なるほど」
血統だけの無能なジャイルとは違い、次男のユーグは北の高峰に翼竜と共に暮らす一族から側室に迎えた女に産ませた子で、若い時から賢さと肉体の壮健さを見せた有能な子であった。
ユーグの才を確信したおかげで、私はフレデリック王への忠誠のしるしである人質として、嫡男であるが無能なジャイルを出すことを決められた。
北の高峰に住む竜騎士たちを自らの力で束ねたユーグならば、私が死んだとしても悲願を果たしてくれるはずだ。
「父上、想定から多少外れましたが、いかがいたしましょうか?」
「ユーグ、お前の意見を述べよ」
「では私見を述べさせてもらいます。ヴィーゴの蜂起で王国やロイドたちは手一杯になると思います。なので、他国を引き込むための地下トンネル開通までの期間、レドリック王太子や王都の貴族たちの眼を誤魔化せば、こちらの勝ちかと」
「そのために必要な措置はなんだ?」
「ジャイル兄さんの起こしたことに対するけじめとして、宰相職からの辞職、アルグレン公爵家の当主引退、インバハネス領及び大襲来後に得た領地の即時返還の提示が必要かと。それに大襲来を戦い抜かれたレドリック王太子様のことなので、盟友であるロイドを近衛騎士団長に就任させる嫌がらせくらいはしてくるはず。そちらも無条件で飲めば時間稼ぎの目くらましにはなるでしょう」
私の読みと同じか……。
目的さえ達成できるなら、ハートフォード王国宰相職も、アルグレン公爵家の当主の座も、領地も惜しいわけではない。
それにロイドの近衛騎士団長就任も、狂って死にゆくヴィーゴが願う移住計画成功への餞別くらいにはなるだろう。
「よかろう。私は表から消えて謹慎する。ユーグ、お前が今後当主代行として王都に赴き、レドリック王太子様やロイドたちの対応をせよ」
「承知しました。すぐに王都へ向かいます」
その後、すぐに王国宰相職の辞職に関する書簡と、当主引退及び領地返還の書簡をユーグに持たせ、王都に向かい出発させた。







