136:王という地位
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「ブワハハハッ! 馬鹿だ! 馬鹿者がおるぞ! 自らが持つ圧倒的な力を他人のために惜しみなく使う大馬鹿者がおるぞ! ロイド、お前は婿にも同じ考えのやつを選んだのか! たしかお前も大襲来の折り、突入部隊編成式で私からの問いに同じ答えを返しておったな!」
よく通る声で笑っているレドリック王太子様の隣で、辺境伯様が額に手を当てて困った顔をしていた。
「カサンドラ殿から、ロイドの婿候補と聞かされておったからな。どんな男かと思ったが、英雄の後釜を継ぐ器量の欠片くらいは持っていそうな男で安心したぞ。私が王になれば、ロイドには色々と助けてもらわねばならんしな。その後継者の資質も見させてもらわねばと思っていた」
剣を納め笑うのをやめると、レドリック王太子様はソファに腰を下ろす。
「レドリック王太子様、フリックは我が後継者では――」
「ロイド、家長として私が許可してるから、あんたに文句は言えないよ。ババアの遺言だと思ってあきらめな」
「義母上殿!?」
「ロイド、カサンドラ殿が決めてしまっておるので諦めろ。それに王国最強の戦闘集団を率いる辺境伯の一人娘が、いつまでも独り身では後継者問題になる。フリックとノエリアの婚姻の媒酌人は私が務めてやるから安心しろ」
え? ちょっと、話が見えないんですけど。
ノエリアとのことは、きちんとしようと考えてるけど、まだアルフィーネの件も片付いてないし。
それに次期王様になる人が、婚姻の媒酌人とかって意味が分からないんだけど!?
混乱する俺の隣でノエリアは顔を真っ赤にして倒れかけており、アルは複雑そうな表情を浮かべて固まっていた。
「レドリック王太子様、婚姻とかちょっと話が――」
「あー、先走って悪かった。父亡き今、私が王位に就いて、宰相ボリスの影響力を排除しつつ、無事にハートフォード王国を統治するには、王国最強の騎士団を持つ辺境伯ロイドの力が必要不可欠であるのだ。そのロイドの後継者がポンコツではかなり困ったことになると懸念して、こうしてカサンドラ殿にお願いして今回の会談の場を用意してもらった」
「まさか、わたくしたちの申し開きを聞く気がもともとなかったと!?」
「まぁ、そういうことだ。ただ、アビスウォーカーの死骸が出てくるとまでは聞いてなかったがな」
レドリック王太子様は、チラリとカサンドラの方へ視線を向けると、肩を竦めていた。
「大襲来から二〇年、父上は宰相に就任したボリスをずっと恐れてたからな。いつか殺されるのではと私に漏らしていたのだよ。それに私が西の僻地に隔離されたのも、父上の配慮ということだ。宰相ボリスにとって、大襲来を終息させたロイドと次代の王位継承者である私が目障りだろうしな。アビスウォーカーの件で父上に王都に呼び出された時点で、何かボリスの策謀が動いていたとは察していた。それがどんな策謀だったかまでは分からずじまいだったがね」
「ですが、フレデリック王はボリスの嫡男であるジャイルを可愛がっておられましたが――」
「アルフィーネ殿、王とは貴族たちの上に立つ絶対的権力者であるが、同時に貴族たちに支配される者でもあるということだ。父上も王国再建を優先し、ボリスを受け入れた時点で支配されることになったということさ。信頼の証として、嫡男ジャイルの厚遇をしていたということだな。王とはまことに不自由な身分だと思う」
ソファに身を投げ出したレドリック王太子様は、疲れた表情を浮かべて喋っていた。
「今回の件も私が王位に就くためには、裏に宰相ボリスの策謀があったとしても、近衛騎士団長ジャイルが発狂し、王を殺害したとして処理するしかないのだ。無論、父親であるボリスには何らかの処罰を下すが、その罰が大きすぎれば宰相派の貴族たちの離反を招き、王国は内戦に陥りかねない。西の僻地に閉じ込められていた私には、権力基盤と呼べるものがほとんどないのでね」
「レドリック王太子様は宰相殿も懐柔すると?」
宰相ボリスを懐柔すると聞いた辺境伯様の顔が曇った。
「ああ、そのつもりだ。父上も私と同じ立場なら同じ選択をしたはずだ。残念ながら、今の私にボリスを弾劾し、追放するほどの権力はないのでね。ただ、私としてもやられっぱなしは、しゃくに触るので、辺境伯ロイドの近衛騎士団長就任くらいの嫌がらせはさせてもらうつもりだ」
「な、なんですと!?」
「仕方あるまい。近衛は王国の盾として最強であるべきだからな。近衛は形骸化してしまったので、現最強騎士団をその任に当てる方が手っ取り早いということだ」
辺境伯様が近衛騎士団長だって!? いやたしかにユグハノーツの騎士団は、近衛騎士とは違って精鋭ぞろいだけど。
それってかなり無茶なことじゃ!
噂でしかないけど、辺境伯様って王都の貴族たちからけっこう嫌われてるって話だし。
チラリとレドリック王太子様の方に顔を向けると、視線が合った。
「それにボリスが一番困る人事だろうしな。後継者もまずまずの男だ。平民なのが玉に瑕だが、それを言えばロイドも元平民だしな。それに王都を壊滅の危機から救った英雄として私から顕彰すれば、頭の固い貴族たちもとやかくは言うまい。そうであろうカサンドラ殿?」
「レドリック王太子様のご配慮に感謝いたします。エネストローサ家はレドリック王太子。いえ、レドリック王の忠臣として忠誠を捧げさせてもらいます」
「義母上殿!? いつの間にそのような話を進めて?」
「じゃあ、家長として当主ロイドに質問させてもらうが、今のうちが置かれた状況でこの選択以外に何が選べると?」
「ぐぬぅ……それはそうですが……」
「そういう話で進めている。しばらくは王都から動けると思うなよ。ロイド」
「しょ、承知しました」
「フリック、お前もしばらくは王都に足止めされると思え。さぁ、会談は終わりだ。これからもっと色々と忙しくなる」
それだけ言うと、ソファから立ち上がったレドリック王太子様は応接間から出て行った。







