sideノエリア:婚約
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※ノエリア視点
ライナス師……弟子として師匠をお助けすることができず、本当に申し訳ありませんでした……。
直弟子だった母の縁があったとはいえ、不出来な弟子を見捨てずに教え導いて頂いたことは終生忘れずに心に留めさせてもらいます。
師匠より授けられたこの魔術の知識を、より一層研鑽し、次代の魔術師たちに受け継ぐことこそ、わたくしの使命と思い、魔法の普及にこの身を捧げるつもりです。
おばあさまから自室での謹慎を言い渡されてから数日、亡くなったライナス師への語りかけがわたくしの日課になっていた。
当代一の魔法研究者であった師匠ライナス様が亡くなった。
そして王国の魔法研究の中心拠点だった魔法研究所はヴィーゴによって、収蔵物や論文が根こそぎ接収され、貴重な魔法知識が散逸してしまっている。
それに、ジャイルが故意に流した師匠ライナス様が主導し、人造人間による王国転覆計画とされた『超人計画』の件もあり、宰相派の貴族たちからの魔法研究に関する風当たりは強くなっていると聞かされた。
「ノエリア様、カサンドラ様がお見えになられました」
亡き師匠との無言の語らいをしていたわたくしに、部屋の隅で控えていたスザーナが祖母の来訪を告げていた。
「おばあさまが?」
「相変わらず、メソメソとライナスに懺悔してるのかい?」
祖母はすでに扉を開けて部屋の中に入ってきていた。
「メソメソなどはしておりません。わたくしは、師匠の遺志を継いで魔法研究の灯が途絶えないように頑張らねばならぬ身となりましたので」
「おや、そうかい。なら、よかった。ノエリアには、ロイドとともにレドリック王太子様に状況の説明をしてもらおうと思ってるからね。私は会見を準備するだけで力尽きそうだよ」
高齢とは思えない元気の良さを見せていた祖母も、連日の貴族からの問い合わせと、各方面への根回しに奔走したことで、疲れた顔色を見せていた。
「申し訳ありません。本来ならわたくしが、おばあさまの代わりに奔走するべきことでしたが……」
「ノエリアが当事者になっちまってるんだからしょうがあるまい。まぁ、だいたい片付いたからいいがね。レドリック王太子様もこちらの話を聞いてくれる約束を取り付けられた」
さすが、おばあさまです……。
父上との付き合いがあったとはいえ、次期王となるために多忙な日々を送っておられるレドリック王太子様への会見を数日で取り付けるとは。
エネストローサの魔女と、貴族の方たちから言われるだけのことはある。
手早く次期王との会見を取り付けた祖母の手腕に感心した。
「承知しました。会見の際は父上の傍らでレドリック王太子様に事情の説明をさせてもらいます」
王都に急行中の父上にも、連絡くらいは行っているとは思うけれど、レドリック王太子様からさまざまな質問がされるのは明白。
その際は、父上が答えに詰まらないよう補佐することに徹しないと。
父上とレドリック王太子様の会見が不調に終われば、我が家だけでなくフリック様にも責任が及んでしまう。
それだけは絶対に阻止しないと……。
祖母にこちらの決意が伝わったのか、険しかった顔が緩み、笑みを浮かべるとソファに座る。
「まぁ、会見の話はこれくらいにして、今日はフリック殿とのことを話させてもらうよ」
「フリック様のことですか!?」
姿を変えて存命していたアルフィーネ様との関係の話でしょうか……。
わたくしが知らないフィーン様時代の話をおばあさまが気にされて婿としてふさわしくないという判断を下されたのでは?
胸の内に生じた不安から、祖母の視線を直視できず目を逸らした。
「ああ、今回の件でフリック殿の存在を知った貴族家から、辺境伯家の令嬢の婚約者なのかって問い合わせが多くてね。説明するのも面倒だし、うちの孫娘の婚約者だって言っておいた」
な、ななななな!? なんと言われましたか!?
家長のおばあさまからは許可はもらいましたが、まだ、父上の許しをもらって――
いや、その前にフリック様をしかるべき貴族家の養子にしてから我が家に婿入りという流れではなかったのですか!?
「っ!?」
あまりの突然の話に声にならない悲鳴を上げた。
「英雄の婿になろうと思う骨のある貴族の子息はいないみたいだしね。孫娘が行き遅れるのを黙って見てるわけにいかないからのぅ。フリック殿に引き取ってもらうしかあるまい」
「おばあさま、そのような話を勝手に進めてもらっては――」
フレデリック王様の件や、アルフィーネ様の件、それに育ての両親であったダントン様やフィーリア様を亡くされて、今のフリック様は憔悴されているはず。
そんな時にわたくしとの婚約が勝手に進んでるなどと知ったら……。
彼の心中を察し、不安で心臓の鼓動が早くなった。
「ノエリア、あんたはフリック殿を殺す気か? 一介の冒険者と辺境伯家の婿候補。どっちが権力から身を守りやすいか分かるだろ」
おばあさまの言葉は正論だ。
腕が立つとはいえ平民の冒険者より、辺境伯家を継ぐ可能性がある者の方が圧倒的に守りやすい。
でも、それはこちら側の都合……。
「ですが……フリック様がどう言われるか」
「うちの孫娘は本当に色恋に疎いねぇ。フリック殿が幼馴染のアルフィーネ殿に再会しても、フリックと名乗り続けてるのは過去に戻るつもりはないという意思表示だろ。つまり、あんたの前で宣言したとおり、魔剣士フリックとしてずっと生きることを決めてるってことさ。だから、婚約の件も問題あるまい」
「あうぅ……」
婚約の話に困惑するわたくしの手を祖母が握る。
「ノエリア、お前はただフリック殿を信じればいいだけの話さ。アル殿の件もあの御仁は誠実に対応してくれる道が視えている。あんたは彼の誠実さを信じて待つだけで大丈夫」
祖母の言葉を聞いて、フリック様がアル様と再会したことで胸の中に生まれていたモヤモヤが晴れていく。
わたくしはただ、フリック様を信じてお支えすればいいだけの話。
色々なことが重なった結果とはいえ、そんな簡単なことを忘れてしまっていたとは。
祖母の手を強く握り返すと、逸らしていた視線を上げた。
「おばあさまのご助言。心に染み入りました。もう、大丈夫。エネストローサの女として恥じない行動をいたします」
「ようやく腹を括ったかい。いい顔だ。あーあとはアル殿とは友達になっておくことを勧めるよ。色んな意味で頼りになるからね」
「え!?」
祖母はそれだけ言うと、ケラケラと笑いながら部屋から去っていった。
「わたくしとアル様が友達!?」
祖母が残した謎の言葉に、またしても心が乱される気がしてならなかった。







