132:剣聖アルフィーネとアル
誤字脱字ありましたら誤字報告へ
「フレデリック王が処刑場になった広場にいたのは分かった。それじゃあ、次はジェノサイダーとはなんだい? フリック殿がアビスフォールや鉱山で倒したアビスウォーカーとは違うのかい?」
「えっと……ロイド様からの書簡で知っておられると思いますが、大襲来時よりも強化されたアビスウォーカーがいますよね。それをさらに戦闘向けに強化した個体が、ジェノサイダーという怪物です。一体で辺境伯様の騎士団の三割を戦闘不能にできるくらいの力を持ち、さらに絶命時には周囲を灰燼に帰すことができる力を持っています」
俺が口にしたジェノサイダーの戦闘力に対し、カサンドラの眼が『そんな化け物が存在するわけない』と言いたげに訴えていた。
「おばあさま、フリック様の言葉はわたくしも同意いたします。先ほど起きた巨大な爆発音は、ジェノサイダーが絶命時に起きた爆発の音です。フリック様がかなりの上空まで持ち上げてくれたため、被害らしい被害は出ずに済みましたが、あれが地上で爆発していたらと思うとゾッとします」
ノエリアの言う通り、アレが地上で爆発してたら、今頃王都は建物一つ残っていない更地になっていてもおかしくない。
あんなのが百体も二百体も出てきたら、大襲来の比ではない数の人が犠牲になりかねないはずだ。
俺は脳裏に浮かんだ最悪な妄想を振り払うように首を振った。
「はー、頭が痛いねぇ。強化されたアビスウォーカーがいるってだけでも大問題だが、それを超える戦闘力を見せる個体までいるとは……由々しき事態。だが、フレデリック王が亡くなったことで王国は機能停止状態だ」
カサンドラが言う通り、今の王都は最高権力者であったフレデリック王の死で騒然としており、通常の国家運営は期待できなくなりつつあった。
「これから王宮の貴族たちは新王への猟官運動に励むだろうし、しばらく王都は騒がしいだろうねぇ。衛兵たちも上役の貴族が決まらないと動けないだろう。それに近衛騎士団長の職もジャイルの小僧が死んで空白のままだし、エネストローサ家から個人的な依頼として各地の冒険者ギルドにヴィーゴの行方探しを依頼するしかあるまい」
ヴィーゴはこうなることを見越して、ジャイルとともにフレデリック王を暗殺した気がする。
とにかく時間を惜しんでいる節が見受けられたし。
王都と王国が混乱している間に、第二の大襲来を実行する気なんだろう。
「相手の策にはまって、動けない状況に追い込まれたのが悔やまれるところです」
「いや、フリック殿たちは賢明な判断をしたよ。下手に姿を隠してヴィーゴを追っていたら、それこそ謀反人にされ相手の思う壺だったはずさ。けど、フレデリック王の遺体とジャイルの遺体、そしてアビスウォーカーの死骸があれば、そのうち到着するであろうロイドを通じて、レドリック王太子様に身の潔白は説明できるはず。ボリスもまさかロイドが騎士団を連れて急行してるなんて思ってないだろうしね」
カサンドラと同じようにノエリアも提案してくれていたが、ロイドを通じて次期王となるレドリック王太子に事情を説明できれば、行動の自由は与えられると思われた。
「とりあえず、ジェノサイダーの脅威とヴィーゴの身柄の確保の大事さは理解したよ。ところで回収してきた遺体に、ライナスの遺体が見えないがどうしたんだい?」
ライナス師の遺体について問われた俺は、一瞬どう答えるべきか返答に詰まってしまった。
あの時、起きたことをどう伝えればいいんだろうか……。
ライナス師が、あのような形で亡くなられるとは、あの場にいた誰も思ってもいなかったし。
ライナス師が身を挺してフレデリック王を救い出そうとした時、起きた悲劇を思い出すと口が重くなる。
「そちらはわたくしからお話します。ライナス師はジャイルに拘束されたフレデリック王を助け出そうとして、ジェノサイダーという怪物の攻撃により、骨の一つも残さず跡形もなく吹き飛ばされてしまいました」
ノエリアは蒼白な顔色で、魔法の師匠であったライナス師の壮絶な死を祖母に伝えていた。
無残とも言える死に様だったけど、ライナス師自身は、なぜかあの場で死ぬことを望んでいた。
それに弟子のダントン院長もフィーリア先生も、自らの行いに下された罰と言い、俺たちが救い出そうとするのを拒絶して、あの場で処刑されることを望んでいた節が強かった。
「ライナスはフレデリック王を助けるために死んだか……。フレデリック王の忠臣だった者の望んだ最期かもしれん。王国としては偉大な魔法研究家を失って多大な損失だ。それにしても直近のジャイルの行動は、ライナス排除の強引さといい、異常行動とも思える節が多々見られた。何が小僧をそこまで追い詰めてたのか」
「ジャイルは、王都から逃げ出して身を隠したあたしに殺されないか常に怯えていたんだと思います。もしかしたら、執事として近侍していたヴィーゴが、その不安を煽っていたのかも」
カサンドラの問いに答えたのは、青年冒険者アルに容姿を変えたアルフィーネだった。
「あんた名は?」
「元の名はアルフィーネ。今はアルです」
「あんたが剣聖アルフィーネ? 剣の女神と言われたあのアルフィーネかい? 私は会ったことあるが、そんな金髪碧眼じゃあなかったし、男でもなかったと思うが!?」
カサンドラも、公式には処刑されたと言われているアルフィーネが生きていると思っていたらしいが、容姿をあれだけ変化させていたとは想定外だったようだ。
「フィーンと同じく名と容姿を変えて、王都から逃げ出した後、彼の足跡を追っていました」
子供の時からずっと一緒にいた俺でも、よく見ないと分からないくらいに違う人に化けてたからな。
ロランさんの技術は、かなりのものだと思う。
「おばあさま、そのアル様はアルフィーネ様で間違いありません。そうでしょう、サマンサ」
カサンドラの隣にいたサマンサは、ノエリアの問いに無言で頷く。
「どれ、手をお貸し」
カサンドラは金髪碧眼の青年冒険者に化けたアルフィーネに近づくと、その手を握っていた。
「たしかにこの剣だこは、剣の稽古に励んだ者しか得られない物だね。それに孫娘とサマンサがそう言うなら、剣聖アルフィーネ殿なんだろう」
「信じて頂きありがとうございます」
「ついでに視たところ剣聖アルフィーネとして生きればその生は短く、アルとして生きれば苦難の道を歩むが、まぁ悪くない人生を過ごせるみたいだねぇい」
手を握っていたカサンドラは、アルフィーネの未来視もした様子だった。
「剣聖アルフィーネはすでに処刑され、故人となっております。ボクは一介の冒険者アルとして生きる道をすでに選んで歩み出したつもりです」
アルフィーネはカサンドラの未来視を聞いても、動じる気配はなく、きっぱりと冒険者アルとして生きることを宣言していた。
アルフィーネのやつ、いったいどういうつもりだろうか?
俺を探して連れ戻しにきたんじゃないのか?
ディモルに乗ってシンツィアと現れた時は、ジェノサイダーとの戦いに集中してて、俺のもとに来た理由を聞けずじまいだった。
アルフィーネの宣言を聞いたカサンドラは、そっと彼女に何かを耳打ちしていく。
チラリとこちらを見たアルフィーネと視線が合うと、黒髪だった時の彼女と姿が重なり心臓の鼓動が速まった。
向けられた視線からは、俺の知ってるアルフィーネの時の刺々しさが全くない。
今の彼女から俺に向けられた視線には、諦めと後悔を感じる気がする。
アルフィーネから向けられた視線の意味を理解できないでいた俺は、カサンドラに救いの視線を向けた。
「まぁ、人生にゃ色々と起きるってことさね」
俺とアルフィーネの顔を交互に見たカサンドラは一人だけ納得顔をした。







