14:父娘の関係は難しい
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探索の旅一日目は何事も問題なく終了した。
予定されていたとおり、ユグハノーツから魔境の森の入り口まで到着していた。
残る五日間で魔境の森の中を歩き回り、『深淵を歩く者』の痕跡がないかを調べるとのことだった。
「フリック殿、すみませんな。野営の準備まで手伝っていただいて」
辺境伯のもとで騎士隊長を務めているマイスが、護衛の騎士たちと一緒に野営の準備をしていた俺に声をかけてきた。
「いえ、お気になさらず。これも護衛任務の一つだと思っておりますので。それよりも、あの二人大丈夫ですか?」
騎士隊長のマイスが、俺の視線を追った。
その先には本を読んで全く話を聞いている風に見えないノエリアと、沈黙をかけられ、声が出ない状態で一生懸命に何かを訴えかけている辺境伯がいたのだ。
「ああ、あれは日常茶飯事ですのでお気になさらず。ロイド様も過保護な方なので一人娘のノエリア様が気になってしょうがないのですよ。特に今回はノエリア様が初めて魔法以外に興味を示した方が一緒ですので」
マイスが二人の姿を見て苦笑いをしていた。
どうやら、あれはいつものことらしい。
俺の場合、孤児だったので親代わりを務めてくれた院長先生と喧嘩したという記憶は全くない。
たまにアルフィーネが悪戯をして怒られていたくらいだったもんな。
二人の姿を見て、ふと孤児院時代の懐かしい院長夫妻との記憶がよみがえってきていた。
院長たちも元気にしてるかな……。
久し振りにアルフィーネと顔を見に帰ったのは、去年の春だったよな。
二人ともけっこうな歳だし、病気とかしてないといいけど……それに仕送りもしないと。
よみがえってきた記憶と共に、孤児院のことで気になってたことを思い出していた。
そろそろこっちでの生活や収入も安定しそうだし、孤児院への仕送りも再開したいところだ。
けど、フィーンの名前で送ればアルフィーネに居場所がバレるかもしれないよな。
やっぱこうなった以上、フリックの名前で孤児院に寄付するというのが、一番問題が少なくすみそうだ。
俺は今回の成功報酬から孤児院への仕送りを再開することを決めた。
「そうでしたか……。俺が参加したことでなにか問題でも起きているのかと、今日一日ずっと考えてたのですが。あれが普通の状態なんですね」
「まぁ、正確には少し違いますが似たようなものでしょう。それにしても、フリック殿は旅慣れておられるようだ。まだ、冒険者になられて一ヶ月も経ってないとノエリア様より伺いましたが……」
マイスは手際よく野営の準備を進めていた俺を観察していたようだった。
「冒険者になる前は、旅商人の下働きをしていたのでこういうのは得意です」
アルフィーネ絡みで、前職が王都の白金等級の冒険者でしたとは言えない。
なので、冒険者になる前は旅商人の下働きをしていたことにしてある。
ちなみに剣の腕の方も、聞かれれば旅商人から護身のために習ったものだと返答していた。
みんなそれを言うと微妙な顔をするが、それ以上の追及はしてこなくなるので、そう言い張っている。
「ほぅ、前職は旅商人の下働きですか。なるほど、ならば野営の準備が上手いのも納得ですな」
マイスは顎に手を当てて、うんうんと頷き納得してくれていた。
やっぱり、ちゃんと話せば納得してくれるんだよな。
なんでレベッカや若い冒険者たちに話すと微妙な顔をされるんだろうか……。
「それよりも騎士の皆さんの野営の準備はかなり手際がよくて驚いてます。騎士は貴族の方だし、普通は野営の準備なんてされませんよね?」
剣聖の称号をもらい剣術師範になったアルフィーネに付いて、近衛騎士たちの野外行動の訓練に参加した時の酷さには参った。
貴族の子息たちだった彼らは火起こしすらも自分たちでできず、テントすらまともに建てられなかったからだ。
それに比べると辺境伯の騎士たちは手慣れた様子で火を起こし、手際よくテントを組み上げていた。
「あの騎士たちは冒険者から登用された者です。彼らは元白金等級の冒険者たちなので、野営の準備には慣れているのですよ」
冒険者を騎士に採用していたのか。なら野営の準備が上手いのも納得できた。
それにしても、騎士は最下級とはいえ貴族に連なる地位なのに、辺境伯はけっこうな数を採用しているようだ。
アルフィーネが剣聖の称号を与えられた時も、王が騎士の地位を与えると言っただけで、近衛騎士たちからは猛反発が出てたはず。
おかげで王様列席の御前試合まで開催され、その試合でアルフィーネが近衛騎士たちの腕自慢全員を叩き伏せ、実力を認めさせ騎士として貴族になったんだよな。
それくらい冒険者として腕があったとしても、庶民から貴族になるのは高い壁があるはずだけど……。
辺境伯はあまり出自を気にしない人なんだろうか?
俺は冒険者を騎士に採用している辺境伯の人柄が気になったので、マイスに聞いてみることにした。
「辺境伯様は大貴族なのに、庶民である冒険者を騎士として採用されるのですか?」
「今は大貴族様ですが、ロイド様は元々冒険者ですからなぁ。ノエリア様の母親の実家であるエネストローサ家に婿入りして辺境伯まで昇り詰められた方ですので」
ユグハノーツ辺境伯が元冒険者だったとは……初耳だ。
『大襲来』では凄腕の白金等級の冒険者たちを率いて、『深淵を歩く者』で溢れた魔境の森に突入し、発生元を破壊した英雄であると聞いたことはあった。
その功績で下級貴族だった彼が、ユグハノーツの辺境伯として取り立てられ大貴族となったと聞き及んでいた。
「辺境伯様は冒険者だったんですか……」
「フリック殿の年代の方は知らない人が多いかもしれませんな。『大襲来』では多くのベテラン冒険者を失いましたし」
壮年のマイスは、『大襲来』を語る村の大人たちと同じような顔をしていた。
「もしかしてマイス殿も?」
「ええ、ロイド様とフロリーナ様のパーティーに参加していた冒険者です」
辺境伯の片腕とも言うべき騎士隊長のマイスも元冒険者だった。
しかも、辺境伯が率いていた冒険者パーティーの一員であったらしい。
その中で俺の知らない名前が一人出てきていた。
気になったのでついでに聞いてみた。
「フロリーナ様とは?」
「ノエリア様の母君のお名前です。エネストローサ家の御令嬢でしたが、親から勧められた婚約者が気に入らないと家出して、魔法の才能があったため魔術師として辺境で冒険者になった変わった方でした」
なるほど……フロリーナ様は変わった方のようだ。
マイスから聞いた話だけだが、ノエリアの母親はノエリアに似ているようでかなり突飛な行動をする人のようだ。
それにしても、有名な辺境伯の夫人の話は街の住民たちからも、冒険者たちからも聞いたことがないが。
「ノエリア様もそんなお方の血を引いているので、さきほどの父娘の様子はロイド様とフロリーナ様の関係を丸写しした感じですな。フロリーナ様がご存命ならあそこまで父娘関係がこじれてないと思いますが……かえすがえすも『大襲来』では惜しい人物をたくさん亡くしましたな」
「もしかして、フロリーナ様も『大襲来』でお亡くなりに?」
「……ええ、ノエリア様を授かったことでロイド様の婿入りを条件に実家からの勘当を解かれ、出産準備中に『大襲来』が始まりまして。突入部隊の指揮官に志願したロイド様は臨月が近いとの理由で止めたのですが、腕利きの魔術師だったフロリーナ様は『深淵を歩く者』の発生源である魔境の森への突入部隊の成功率を上げるため無理を押して参加し、そして戦闘中にノエリア様を出産して亡くなられてしまったのですよ。おかげで父娘関係はさきほど見たとおりです」
マイスが再び、辺境伯とノエリアの方へ視線を向けていた。
視線の先では辺境伯が一生懸命に何かを訴えかけているが、ノエリアは無視して手元の本へ視線を落としたままであった。
「魔境の森の『深淵を歩く者』調査隊は、毎年私がロイド様の代行としてフロリーナ様や散っていった冒険者のお墓参りをするための名目として行ってきてたのですが……。今年は二十年目ということもあり、ロイド様も区切りとして参加なさると言われ、更にはノエリア様までご同行なさるとおっしゃられたので喜んでいたのですが……あのご様子だと前途多難な気もしますなぁ」
壮年の騎士隊長マイスは、ノエリアと辺境伯の姿を見て再び苦笑いをしていた。
「そうだったのですか。って、さきほどからの話を聞いてると、ノエリアって今年で二十歳ですか?」
「ええ、『大襲来』が終息する寸前にお生まれになったので、今年で二十歳におなりです」
完全にノエリアのことを年下だと思ってた。
身体もけっこう小柄だし、子供っぽい顔だったから絶対に自分より年下だと思ってたよ。
同い歳だったのか……。
ノエリアが自分と同じ歳だと知ると、今まで年下の子として対応してきたことが急に恥ずかしく感じた。
「フリック殿もかなり若そうですが、その割にはかなり落ち着いた振る舞いをされていますな。これも旅商人の下働きで培ったものでしょうかな?」
「そうですかね。自分では普通だと思いますが……」
「まぁ、ロイド様も婿入りされた方ですし、能力がある若者は世に出したいと常々言われてる方なのでフリック殿との問題はない――」
マイスが何かを言いかけたところで、辺境伯から声がかかった。
彼は軽く会釈をして、辺境伯のもとへと駆けていった。
最後は何を言いたかったんだろうか……。
それにしても、ノエリアも同じ歳で『大襲来』で片親をなくしていたとはね……。
貴族の御令嬢でかなり変わった行動をする子だと思ってたけど、根っこの部分は俺と近いのかもしれないな。
俺はノエリアのことを少しだけ近くに感じるようになった。
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