104:顔なじみ
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設定の矛盾があったので少し改稿しました。
生まれ故郷であるリスバーンの村へと続く道は、木々が密生した高い山のふもとを貫くようにトンネルが作られた馬車一台がやっと通れるくらいの薄暗く細い道であった。
村へ入るにはこの道を通るか、高く険しい山を踏破していくしかない。
五年前、村から出て王都で冒険者になると決めて、この道をアルフィーネと歩いた時は怖くてしょうがなかった。けど、今見ると案外普通の道だったな。
俺も少しは成長してるってことか。
ディードゥルを操り、スザーナの運転する荷馬車を先導するように思い出の道を進んでいく。
やがて、長く暗いトンネルが俺たちの前に姿を現していた。
「スザーナさん、ここから先はけっこう長い距離のトンネルになってるから、明かり点けた方がいいよ」
「承知しました。すぐに準備します」
「スザーナ、予備の光源として魔法の光も宿しておきますね。フリック様も魔法の光を」
馬車が止まり、荷室から顔を出したノエリアが魔法の詠唱をすると、スザーナの馬車とともに俺の外套が光を帯び始め、周囲が明るく照らし出されていく。
「ありがとう。助かるよ。ランタンも点けるけど、何かあって消えた時に困るからね」
俺もディードゥルの鞍に着けた背嚢から、ランタンを取り出すと明かりを灯し、鞍に吊るして光源としておいた。
「それにしても何度かトンネルがありましたが、ここは奥まで真っ暗ですね……」
「このトンネルの出口を村の大人が見張ってて、村に出入りする人を管理してるんだけど……。大襲来の時はアビスウォーカーたちが、険しい山をものともせずに越えて侵入してきたって話なんだ」
「あの山をですか……」
ここまで来る道中に見えた山は、人だけでなく動物すらも寄せ付けない急峻な地形をしており、そこを何者かが越えてくるとは普通誰も考えない場所であった。
「だから、俺たちが育った時は子供は山に近づいちゃダメだったし、大人たちが定期的に山へ入ってたよ」
「へぇ、このような場所にまでアビスウォーカーが……」
ノエリアは感心したように、真っ暗なトンネルの奥へ視線を送っていた。
「フリック様、準備はできましたので進んでいただいて大丈夫です」
自らもランタンを点けて吊るしたスザーナが準備を終えたことを告げてくる。
明るくなったことで岩肌をくり抜いたトンネルの内部が浮かび上がってきていた。
「じゃあ、行くよ」
俺はディードゥルを歩かせると、ゴツゴツとした岩肌を見せるトンネルを進み始めた。
魔法の光とランタンの光で照らされたトンネルをひたすら進むと、やがて出口が見え始めてきた。外からの光と共に、こちらに向かって声がかけられた。
「この先はリスバーンの村だが、何用だ? 見たところ冒険者のようだが、この村には何もないぞ?」
外の光が逆光となり、声の主の顔は見えずにいる。
近づいていくと、声の主の顔が見えてきた。
声の主は俺の両親の知り合いで、いつも村の出入り口を守っていたライオットおじさんだった。
去年の春にアルフィーネと一緒に村に来たけど、今はこんな格好してるから俺をフィーンと理解してくれるだろうか?
アルフィーネとともに王都に出てからは、冒険者稼業で忙しかったこともあり、孤児院へ送金しながら、年に一度顔を出すくらいしか村へ戻っていなかった。
「ライオットおじさん、俺です。ローレンツの息子のフィーンです。ちょっと事情があって村に来たんですが入れてもらえますか?」
名を言われたライオットは、顔に驚きを張り付かせてこちらを見てきた。
「はぁ!? フィーン? フィーンだって? あの剣聖アルフィーネの相棒のフィーンか!? いやいや、ローレンツの息子のあいつは黒髪と黒目だったはず! 偽者だろ! 人を騙って村に入り込もうとする輩めっ! 不審者だ!」
俺の姿を見たライオットが首からかけている金属の笛を吹いて、手にしてた槍をこちらへ向けてくる。
そして、ライオットの笛の音を聞いた村人たちが、武器を手にわらわらとトンネルの出口に集まってくるのが見えた。
「本当です。本当に俺はフィーンなんです。今はこんな格好してますが、これには事情がありまして。孤児院の院長先生夫妻にお会いしたいだけなんですって」
やっぱりこの姿だと誰も俺をフィーンだって認めてくれないよな。
俺自身でも、以前とは違い過ぎると思ってるし。
でも、なんとかして分かってもらえないと村に入れないし困るよな……。
対応に困っていた俺の服の袖をいつの間にか馬車から降りていたノエリアが引いてきた。
『わたくしが事情をお話ししましょうか? 辺境伯家の名を出せば村の方も少しはこちらの話を聞いてくれるかと思いますが……』
『いや、ちゃんと話せば分かってくれると思うから大丈夫。いちおうノエリアたちは馬車の方に戻ってて』
俺はノエリアにそう言うと、ディードゥルから降りて槍先をこちらへ向けるライオットに近づいていった。
「ライオットおじさん、去年の春に怪我した左ひじの影響でまた槍先が下がってますよ。もっと上げないと」
「肘の怪我のことをなんで――」
「それに勤務中に酒を飲んだのが、クレアおばさんにバレるとまた家から叩き出されますよ」
「オレの嫁の名まで……まさか、お前本当にあのフィーンなのか……」
槍先を向けていたライオットは、奥さんの名を俺が言ったことで向けていた槍先を地面に降ろしていた。
「ライオットさん! こいつらが不審者ですか!」
笛の音で駆けつけた村人たちが、手にした槍を俺に向けようとしたが、ライオットが手で制していた。
「すまん、間違えた。こんななりになっちまってるが、目の前のこいつは村にいたフィーンに間違いなかろう」
「え? フィーンってあのフィーンですか? たしかに歳はフィーンに近そうだけど、あいつは黒髪黒目だったはず――」
「事情がありまして、今は赤髪赤眼になってしまいまして……。お久しぶりです。スコットさん」
「本当にフィーンなのか?」
駆けつけた村人も、村にいた時に面識のある人であった。
彼も俺の変わりように驚きながらも、ライオットの言葉を信じたようで槍を降ろしてくれていた。
「以前とは全く違って、こんな格好になってますが、今日は私的な用事で孤児院の院長先生夫妻に会いに来たんです。後ろの人たちは辺境伯家の令嬢ノエリア様とそのお付きの人たちですから」
「げぇ! 本当に辺境伯家の紋章だ!」
「なんで、大襲来の英雄の家の馬車がこんな村に!? って、さっきの若い女性は、もしかしたら英雄の娘である無限の魔術師様か?」
俺の説明を聞いた二人が、背後の馬車にランタンを向けると掲げられている紋章を見て驚いた顔をした。
「わたくしどもはフリック……いえ、フィーン様のお供をして来ただけですのでお構いなく。あと、村へ通していただければ助かります」
一度馬車に戻っていたノエリアも、様子が気になって荷室から再び顔を出していた。
「は、はい。どうぞ、お通りください! フィーンも通っていいぞ」
ライオットとスコットの二人は槍をおさめると、道の端に寄って姿勢を正していた。
「ありがとうございます。また、改めて後で家の方には顔を出しますから――」
俺は二人に軽く頭を下げると、ディードゥルに乗り、トンネルから外に出た。
暗いトンネルを抜け、降り注ぐ外の光に目が慣れると懐かしい景色が俺の前に拡がっていた。
「帰ってきたな……」
視界には高い山に囲まれた中にポツンとできた平地に作られた、俺の生まれ故郷であるリスバーンの村が五年前と変わらない姿を見せていた。
「孤児院も変わってないな……」
「ここがフリック様の育った村なのですね……」
「ああ、ここが俺が十五年過ごした村だ」
トンネルを出たところで馬車を降り、俺の隣に立つノエリアが眼下に広がる村の様子を見て感心しているようだった。
書籍化作業も片付いたので、今月は平日更新をできるだけしてお話を進めていこうと思います。
土日は以前と同じようにまとめ読みしてもらうため更新はしない予定ですので、よろしくおねがいします。王都編1月中にラストまでたどり着きたい<m(__)m>
コミックス①巻と書籍版②巻もよろしくお願いします。







