98:祖母カサンドラ
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「日記の方は拝読させて頂きました。フリック様がアルフィーネ様のもとを去られてからアルフィーネ様に何かが起こっていた、そのように推測できる内容が書かれていたと思います」
手渡したアルフィーネの日記帳をパタリと閉じたノエリアが、俺に読み終えた日記帳を差し出してくる。
アルフィーネの俺に対する気持ちが赤裸々に書かれた日記帳であるため、ノエリアがどんな反応を見せるのか正直怖いという気持ちもあった。
でも、彼女はフリックとして生きると決めた俺を信じると言ってくれていた。
その彼女の言葉を今の俺は信じるしかなかった。
「ああ、何かが起こっていたみたいだが。アルフィーネの日記帳だけだと色々と情報が断片的過ぎて全体像がよく分からないな」
「ええ、わたくしも剣聖と呼ばれ、フレデリック王からも信頼されていたアルフィーネ様が処刑に至った理由が腑に落ちません。やはり近衛騎士団長ジャイル殿との間に何かがあったと見るべきかと」
「それに身代わりにされた女性の素性も調べないとな。彼女がなぜアルフィーネの替え玉として殺されなければならなかったかも関わってくるだろうし」
「そうですね。身代わりの女性の素性も調べた方がよろしいかと。鉱山の件やインバハネスの件もありますし、ラドクリフ家の嫡男ジャイル殿は要注意人物ですからね」
ラドクリフ家の野望実現にアルフィーネの剣技も利用しようとしていたのかもしれない。
大襲来で王国民を恐怖のどん底に叩き落としたアビスウォーカーですら利用している連中だしな。
「という事情ですので、この件を詳しく調べるには王都での大がかりな情報収集が必要となります。なので、フリック様には王都での我がエネストローサ家の責任者でもある、わたくしの祖母カサンドラに面会していただきたく」
「ああ、エネストローサ家に協力してもらえると貴族関係は色々と情報が集めやすそうだしな。ぜひ面会させてほしい」
『実はもう会われてるかと思いますが……』
俺の返事を聞いたノエリアが、少し困ったような顔をして視線を泳がせて何か呟いているのが見えた。
「え? 何か言った?」
「い、いえなんでもありません。すぐに面会しましょう。わたくしが呼んでまいりますので、フリック様はこの部屋でお待ちください」
ノエリアがそう言うと、パタパタと駆け出して部屋から出ていく。
残された俺は色々とありすぎて疲労を感じた身体をソファーに身を沈めて、ノエリアが戻ってくるのを静かに待つことにした。
しばらくすると、ドアがノックされ、お茶とお菓子を持ったメイドが一人入ってくる。
「ノエリア様より、お疲れのご様子なフリック様へお茶をお出しせよと承りましたのでお持ちしました。もう少ししたら、こちらへ参られると思いますので召し上がってお待ちください」
「あ、はい。すみません、いただきます」
給仕をしてくれているメイドの面影が、俺の知っている人に似ている気がしていた。
このメイドさん、スザーナに似てる気が……。
髪色も瞳の色も同じ感じがするんだよな。
彼女が歳をとったらこんな感じのメイドになりそうな気も……。
俺の視線に気付いたのか、メイドがこちらを見て微笑んでいた。
「わたしに何かついていますか?」
「え? いや、知り合いに似てるなと思ってただけで、ジロジロと見る気はなかったのですが。ご不快に思われたら謝罪いたします」
「いえいえ、不快になど思っておりません。それにうちの娘もフリック様には世話になっているようですし」
メイドは笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「娘って?」
「これは失礼いたしました。わたしはスザーナの母でカサンドラ様付きのメイド頭をさせてもらっているサマンサと申します。以後お見知りおきください」
サマンサと名乗ったメイドは、俺に向かって丁寧に頭を下げる。
に、似てると思ったけど、まさかスザーナの母親だったとは!?
そう言えば、スザーナの家は古くからエネストローサ家に仕えていた一族だって言ってたよな。
メイドや従僕として長らくエネストローサ家に仕えてきてるんだろうな。
「こちらこそ、スザーナさんには世話になっています」
「うちの娘もまだまだメイドの仕事を分かっておりませんので、色々とノエリア様やフリック様にご迷惑をおかけしているかと思いますが」
「いえ、こちらとしては彼女がいてくれてるおかげで助かることだらけでしたので。今も郊外の村で俺の馬と翼竜の世話をしてもらってますし」
「そうですか、お役に立てていれば幸いです」
それからしばらくサマンサと雑談を続けていたが、その彼女が給仕の手を止めると、ドアがノックされた。
「カサンドラ様がお見えになったようです」
俺はすぐにソファーから身を起こすと、ドアの方に向かって立った。
ドアが開くと、ノエリアの後ろから見覚えのある顔をした銀髪の老婦人が部屋に入ってくる。
えっと……あの人ってたしか。
どう見ても、俺をこの部屋にまで案内してくれた老メイドの人だよな……。
って!? あの人がノエリアのおばあちゃん!?
貴族の衣装に身を包んだカサンドラが俺の前にまで進み出る。
そして、先ほどと同じように俺の手を取っていた。
「フリック殿はよき選択をされたようだ。我が家もこれで安泰。ただ、よりよき道もまだ見える。我が孫と幼馴染殿とで苦難を越えた先には王となる道もうっすらと見える。もしかしたら、我が家から王が出るやもしれん」
俺の手を握り、目を閉じたままのカサンドラがとんでもないことを言ってた。
王になるっていったいなんの話をしてるんだろうか!?
俺はただのしがない平民の孤児でしかないんだが。
戸惑う俺を見たノエリアが、カサンドラとの間に割り込んできた。
「おばあさま、フリック様のことは観なくても――」
「そうかい? いやー私も生きて曾孫が見れるとは――」
「っ――!?」
真っ赤な顔をしたノエリアがカサンドラの手を取って固まっていた。
「あ、あの王とか曾孫って?」
意味深長な笑みを浮かべたカサンドラが、俺の質問に答えてくれた。
「ああ、フリック殿には言い忘れてましたね。私はこの歳までずっと未来視の魔法を研鑽しておりましてな。こうやって、相手の手に触れると、その人に今後訪れるであろう未来が全て視えるのです。良い道も悪い道も全て余さずに視えるのですよ」
「未来が視える?」
「ただ、私が相手から視える未来はこれから起きることを言い表した断片的な文字による示唆であり、それが常に変化していて、視るたびに書き換わっていくらしく、当たったら儲けものくらいの確率でしかないですがね」
それでも未来が視えるのならすごい力だと思うんだが。
冷静なカサンドラの様子から見ると、そこまですごい力でもないらしい。
「未来は常に本人の無意識の決断で変化すると判明してるので。私はよりよき道を進めるように助言するくらいしかできないのですよ」
「でも、カサンドラ様のご助言で俺はフリックとして生きることを決意できた気がします。あの時、俺の迷いを言い当ててくれてなかったら、ノエリアに助力を求めず一人で事に当たっていたかもしれません」
「そういった未来も視えたので、我が孫と幼馴染殿のため、差し出がましいとは思いましたがご助言させていただきました。おかげでさきほどの未来視には、苦難の道こそ多く示唆されるものの破滅的な道は視えなくなりましたな」
「おばあさま、フリック様も戸惑われておりますし、未来視のことはそれくらいに。それよりも、さきほどお話しした通り、剣聖アルフィーネ様のことを調べたいのでご協力いただきたいのですが」
ノエリアはなぜか慌てた様子を見せており、カサンドラに対し話題を変えようと話しかけてきた。
ノエリアは様子がおかしいけどどうしたんだろうか?
祖母の未来視のことが俺に知られるとマズいのだろうか?
「あ、あのノエリア? もしかして、未来視のことを聞いたらマズかったとか?」
「そうですな。私の未来視魔法はエネストローサ家の中でも秘中の秘。その秘密を他人が知れば、死か一族入りするしか――」
急に鋭い視線になったカサンドラが俺の眼を射竦める。
その視線に背筋が凍りつくような気がしていた。
「おばあさま。フリック様が困ってますから、そういう冗談はおやめください!」
「曾孫の顔が――それに、我が家は三代続けて入り婿なので特に問題も――」
「そういうのはいいですからっ! おばあさま、あまり口が過ぎると沈黙を行使させてもらいますよ!」
慌てているノエリアが、俺の手を握ったままのカサンドラを押しのけていた。
貴族の老婦人然としているカサンドラは、真面目なノエリアの祖母だが、冗談好きなおばあちゃんなのかもしれない。
もしかしたら、未来視魔法の話は当たれば儲けものと本人も言ってることだし、案外彼女流の冗談なのかも。
祖母と言い合うノエリアだが、その姿はユグハノーツで父親と言い合う姿が重なり、彼女のことが分かり始めた俺には微笑ましく思えていた。
「フ、フリック殿。久し振りに顔を見せた孫娘が、私に冷たいのだが助けてもらえぬだろうか」
「フリック様、おばあさまは助けなくても大丈夫です。この方は父上と同じく、簡単には死なない方なので」
俺に助けを求めたカサンドラを、孫娘ノエリアがバッサリと一刀両断にしていた。
「さて、ノエリア様、カサンドラ様。あまり羽目を外されておりますと、フリック様が困惑されますので、本題に入った方がよろしいのではないでしょうか」
サマンサがそう冷たい声音で二人に宣言すると、争っていた二人がピタリと動きを止めて口をつぐむとコクコクと頷いていた。
二人の様子を見ていると、サマンサの方がこの家では色々と仕切る人らしい。
それにしてもエネストローサ家の人は普通の貴族とは違って、変わった人が多い一族な気がする。
そんなことを思いながらも、落ち着いた二人がソファーに座るのを待ち、俺も腰を下ろすと王都での情報収集についての協力を彼女たちに仰ぐ話し合いをすることにした。
本日も更新読んで頂きありがとうございます。
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あと、今回登場した未来視魔法は予知や予言といったものではなく、手を握った相手がその時向かうことができる無数の選択肢がカサンドラの脳内に浮かぶだけで、選択した道次第でまた別の選択肢が多数発生するため、本人が言う通り、当たったら儲けものというくらいの魔法となっています。占いレベルと解釈して頂ければ幸いかと。







