sideジャイル:超人計画
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※ジャイル視点
わたしはアルフィーネの処刑後、フレデリック王に芽生えたとされる不信感を払しょくするため、日夜王宮に顔を出し、ご機嫌伺いが日課となっていた。
そして、王への謁見を終えると、魔法研究所の所長であり王からの信頼も厚いライナスに関する情報を集めるため、王宮内で色々な宮廷貴族たちと懇談をする日々を送っていた。
その懇談の日々の成果もあり、長年王宮に出入りし、宮廷内の情報に精通した貴族からライナスの参画した二〇年前のある計画に関する情報を手に入れることに成功していた。
「よもや、大襲来の混乱の最中にこのような計画が秘密裏に魔法研究所で行われていたとは……。計画に参加した者の名に辺境伯夫人フロリーナの名まである。これは…」
「その計画は大襲来の対処で混乱するなか、ライナスが所長を務める魔法研究所が主体となり策定されたものです。フレデリック王の認可もなく、実行されたかどうかまでは分かりかねます。なにせ、あの時期は全てが混乱しておりましたので」
情報を提供した老貴族が額に浮かぶ汗を拭きながら、申し訳なさそうに頭を下げていた。
「されたか、されてないかは問題ない。むしろ、こんな計画を推進していたこと自体があいつの致命傷になるのだ」
「そう言っていただければ、この老骨も大事に懐で温めていた甲斐があるというもの。それで――」
「息子の爵位の件はわたしより父上に申し上げるので任せよ。絶対に悪いようにはせぬ。それに近衛騎士団でも相応のポストは用意してやる」
ライナスの首を飛ばせる情報を提供してくれたからには、このポンコツ貴族にも多少は甘い汁を吸わせてやらんとな。
わたしは頭を下げて這いつくばる老貴族を下がらせると、手に入れた情報を精査していく。
『超人計画』か……。人に圧倒的な魔力量を与えるため魔物の因子を魔法で定着させたり、圧倒的肉体の頑健さを持たせるために激毒である竜の血を魔法で浄化させ人体に加えるとか、あきらかに常軌を逸した人体実験の計画書。
計画立案者にライナス、フロリーナ、シンツィア、ダントン、フィーリアという五名の名が連なっているな。
立案された計画が実行されたかどうかは不明か。
結局、異世界の科学者もこの地の魔術師もやることは変らぬということだな。
まったくもって薄気味悪い連中だ。
手に入れた計画の内容に嫌悪感を抱いたが、この内容が自分の首を守る切り札となると考え、さらに情報を集めるためヴィーゴを呼ぶことにした。
しばらくすると呼び出されたヴィーゴが、王城内にある近衛騎士団長の執務室へ顔を出した。
「お呼びだそうで。ちょうどこちらも報告したいことがありましたので顔を出させてもらいました」
恭しく頭を下げているが、この目の前のヴィーゴも父の家臣をしながら、ライナスと同じように狂った研究に生涯をかけている男だ。
その狂った研究の推進に手を貸すことが、わたしが父から与えられた責務となっている。
「ああ、ライナスの身辺を調べていたら面白い情報を掴んだのでな。お前の組織に詳しく調べてもらおうと思ってな。まずはこれを見ろ」
わたしは手にしていたライナスたちの立案した『超人計画』の計画書をヴィーゴに見せる。
受け取ったヴィーゴは無言でその計画書に目を通していった。
「これは、素晴らしい計画ですな。そのようなアプローチがあったとは……私には全く考え付かなかった。これは新たな発見ができるかもしれません」
「馬鹿者、そのような計画の内容はどうでもよいのだ。わたしが知りたいのはこの計画が二〇年前に実行されたのか、されてないのかが知りたいのだ。お前のところで調べられるか?」
「『超人計画』の実行の有無ですか。承知しました。我らとしては是非とも検体となった人物を手に入れたいので、最優先で調べさせます。それとこの計画書はこちらでお預かりしてもよろしいですか?」
「かまわん、わたしが知りたいのは計画実行の有無だけだ。判明したらすぐに報告せよ」
「承知しました」
ヴィーゴは計画書を大事そうに懐にしまい込むと、今度は別の紙をわたしに差し出してきた。
「これは?」
「剣聖アルフィーネの消息です。いや、元剣聖と言うべきですな」
わたしは差し出された紙をひったくると、内容に目を走らせていく。
元剣聖アルフィーネは、南部辺境のユグハノーツに去ったと見られる恋人フィーンを追って、ユグハノーツに向かいそこで性別と容姿と剣の型を変え、駆け出し冒険者アルとして再登録した可能性が高い。
その二刀を使う冒険者アルは類まれな剣の才能を見せ、辺境伯ロイドに気に入られ、彼のお抱え冒険者として現在はインバハネスに向かっている模様。
内容を読み進めるうちに、紙を持つ手がプルプルと震えていくのが止まらなかった。
「すでにアルフィーネは辺境伯の手に落ちたということか」
「たぶん、その可能性は高いと。我らがアルフィーネ殿に対し行った行為も辺境伯側に漏れたと見ておいた方がいいと思われます」
「マズいではないか!」
わたしは怒りのあまり紙を持つ手で机を叩いていた。
「問題ありません。すでに剣聖アルフィーネ様は故人となっておりますので、辺境伯が容姿を変えたアルをアルフィーネ様だと言おうが偽者だと押し通せます」
「……それはそうだが。再びフレデリック王の耳にアルフィーネ生存の話が伝われば」
「そちらはライナス師をこの計画書の情報で排除すれば問題ありません。それよりもインバハネスで我がアビスウォーカーを倒した真紅の魔剣士フリックと辺境伯令嬢のノエリアがこの王都へ来訪しているとの情報を掴みました」
インバハネスの水晶鉱山にいたヴィーゴの手の者や、アビスウォーカーをたった一人で倒した化け物がこの王都に……。
やつらはきっと近衛騎士団とアビスウォーカーの繋がりを疑ってこの地に来たか。
色々と知られたら困ることを知ってしまっている連中だし、面倒なやつらだ。
「フリックとノエリアには早急に手を打て。王都内ならこちらでいくらでももみ消すことはできる」
「すでに新たな改良を加えたアビスウォーカーを呼び寄せております。そやつらに二人の暗殺をさせますので、今しばらくのお時間をいただきたく」
「改良だと?」
「ええ、さらなる戦闘力と生命力を向上させた強化種です。今までのとは比べ物にならないかと」
強化されたアビスウォーカーを語るヴィーゴの眼は狂気の色に染まっているように見えた。
さきほどまでの冷酷な実務家とはうって変わった表情に、自分がとんでもない男を使っていると再確認していた。
この男が狂気の研究に染まった理由までは知らないが、その眼を見ているとこちらまでうすら寒い感覚に陥る。
気分が悪くなりそうだったわたしは、無言で手を振りヴィーゴに指示を与えると退室を促した。
「では、全てこちらで処理させていただきます。ライナス師の件は把握次第すぐに報告にまいりますので、引き続きジャイル様の方でもあたっていただければ幸いです」
来た時と同じように恭しく頭を下げたヴィーゴは、執務室から立ち去ると深く嘆息をする。
「ふぅ。この世界はあちらもこちらも化け物ばかりか。本当に忌々しい世界だ」
堪えきれず吐き出した言葉に苛立ちが増し、手にしていた羽根ペンが音を立てて折れていた。
本日も更新読んで頂きありがとうございます。
二巻の方もWEB版からの大幅な再構成と書下ろしを入れて鋭意製作中です。
WEB版を読まれた方でも書籍版は楽しめるように作っておりますので、2巻も楽しみお待ちください。でも、その前にコミックス①巻が年末に発売されると思うのでそちらもよろしければお願いいたします<m(__)m>







