81:不穏な気配
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外に出ると広場には村人たちが集まっており、その輪の中央には、汚れた包帯を身体中に巻いたガタイのいい猫の獣人の男が倒れ込んでいた。
「ちょっとどいてくれるかい。今から怪我人を見るから」
俺は村人たちを押しのけると、倒れている獣人の男に近寄る。
これは……酷い。
どうやったらこんな怪我をできるんだよ。
倒れ込んでいる獣人の男の身体に巻かれた包帯を外していくと、大きな刀傷や皮膚の大部分が焼けただれており、片目はすでに眼球ごと消え失せ、怪我というより生命の危機というような状態にあった。
自然回復力の強い獣人だからこそ、この状況でも辛うじて生きているといったところか。
回復魔法で傷はある程度癒せるだろうけど……。
それにしても、この獣人は治療を受けた形跡があるけど、こんな危険な状態でなんで村にまで来たのだろうか。
色々と考えを巡らせながらも、俺は荒い息をしている獣人の男の身体に手を触れ、回復魔法を発動させていた。
「我が身に宿りし魔素よ。触れる者を癒す光となれ。癒しの光」
淡い緑の光が男を包み込むと、本人の持つ回復力を速める効果を持つ癒しの光の影響で、赤黒くただれていた皮膚が綺麗な桃色になり、そして新たな皮膚が作り出されていく。
「これで皮膚からの感染症は防げそうだ。悪いけど、綺麗な布と沸騰した湯を持ってきてくれるかい?」
「あ、はい。承知しました。すぐにお持ちします」
隣で様子を見ていた村人に布と湯の用意を頼んだ。
村人が頼んだ物を取りに行くのを見送ると、あらためて男の怪我の様子を観察していく。
眼球が無くなっている左の目玉はもう無理だな。
魔法でもない物は復元できないってノエリアも言ってたし。
背中にあるデカい刀傷は塞ぐことはできそうだ。
「集めし魔素よ! 輝く光と成りてかの者の傷を癒せ! 回復の輝き」
多めの魔力を消費して、ごっそりと斬られてなくなっている背中の肉を再生させていく。
魔法が発動し、俺の魔力をもとにしたことで、男の背中の大きな刀傷がドンドンと埋まって元の形を取り戻していた。
「ふぅ、これでだいたいの治療はできたと思うが。あとは、綺麗な布と湯で男の身体の汚れを拭いて、新しい包帯を巻いて安静にしてれば回復していくはずだ」
「あ、ありがとうございます。おい、みんなマルコを運ぶぞ!」
「あとの処置は俺たちの借りている家でやるから、そっちに運び込んでくれるか」
俺は応急の治療を終えた男を板に乗せた村人に対し、自分たちが借り受けて寝床にしている家へ運び込むように指示を出した。
村人たちが男を運びこむのを見送っていると、背後から声をかけられた。
「フリック殿、マルコを救って頂いたようで感謝いたします」
声の主は村の代表であるユージンだった。
「世話になってますからね。これくらいはさせてくださいよ。で、あの獣人はこの村の人ですか?」
村人たちが男の名前を呼んでいたので、気になってユージンに質問してみた。
「え、ええ。この村の者です。ただ、何年も前に家族ごと鉱山に出稼ぎに出た者でして……」
「鉱山に居た……」
「ええ、娘と妻が一緒に居たはずですが……」
あの背中の傷を見ると、殺されかけたと見るべきだろうか。
だとすると、鉱山でも事態が色々と変化している可能性も……。
人狩りの一件もあるし、そのうえ辺境伯の方でも動きがあったようなので、鉱山側もこちらの存在に気付いて動き始めたのではとの思いが巡っていた。
「そうでしたか。あの怪我の様子だと誰かに殺されかけたという感じが濃厚だと。特に大きな刀傷は背中に受けてましたからね。背中を大きくバッサリ斬られるのは無防備に晒していたとしか……」
「鉱山の連中が獣人たちの始末をし始めたと……」
俺の言いたいことを口にしたユージンの顔は青く染まっていた。
まだ、鉱山には村から出稼ぎに出た者や人狩りに連れていかれた者が多数居たのだ。
「連中がそこまで非道だとは思いたくないですが……最悪、そんな事態にもなっているかもしれません。とりあえず、彼の意識が戻ったら話を聞かせてもらうつもりではいます」
「え、ええ。そんなことが起きてないことを祈りたいところですが……」
「俺もそう思ってますよ」
青い顔のままのユージンの肩を軽く叩いて励ますと、俺は借りている家に運び込まれた男の治療を続けるため歩き出していた。
家に戻ると、部屋に横たわった男が村人によって体の汚れを落とされ、新しい包帯が巻かれていた。
「フリック様、こちらの御方が先ほどの?」
手伝っていたスザーナが俺の存在に気付くと声をかけてきた。
「ああ。とりあえず、こっちで様子を見ることにした。大方の傷は回復魔法で癒したけど、酷く傷ついてたからかなりの血を失っていると思う」
スザーナはチラリと男の方を見ると、その傷の様子を確認していた。
「では、栄養のつく食事の準備をしておいた方がよろしいですね。今は眠っておられますが、きっと起きれば必要になると思いますので」
「ああ、そうしてくれるとありがたい。それに、起きたら色々と聞きたいこともあるしな」
「承知しました」
そう言うとスザーナは台所の方に消えていった。
残った俺は村人たちが新たな包帯を巻き終えた獣人の男に視線を落とす。
できれば彼からは嫌な話を聞きたくないけど。
状況からしてそれはかなり厳しいことのように思える。
獣人の男が意識を取り戻したのは翌日の昼頃だった。
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