80:来訪者
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「お帰りなさいませ。新しい情報はありましたか?」
情報収集から戻った俺をノエリアとスザーナが出迎えてくれていた。
「いや、特には……。ただ、人狩りの方はおさまっているようだし、この近辺で怪しい人影は見られなかったよ」
「そうですか……」
「それで、ノエリアたちの方は何か収穫があったかい?」
ノエリアには、こちらの現状を記した手紙を使い魔の鳥の足に括り付け、ユグハノーツまで飛ばしてもらっていた。
このデボン村からユグハノーツまでとなるとかなり距離が遠くなるため、視覚や聴覚の共有はできず、行き先を指示するだけで精いっぱいらしい。
ただ、使役魔法の使い手であるシンツィアから色々と助言を受けたことで、なんとか長距離の使役を成功させていた。
「ええ、あったと言えばありましたね。父上に送っていた使い魔が手紙を携えて戻ってきました」
ずっと集中を強いられる生活を続けていたノエリアは少しやつれた顔をしていた。
この一〇日ほどずっと集中を強いられていたからな。
使い魔と繋がりが切れないよう、片時も気が休まる時がなかっただろうし。
しばらく休養して体調を整えてもらおう。
元々は魔力の多い俺が使役魔法で飛ばす予定だった。
だがシンツィア曰く、使役魔法は繊細な魔法なので、無駄に魔力が多くて大雑把な俺よりは、魔法を習熟しており、ある程度の魔力もあるノエリアの方が成功する確率が高いと言われ役割を交代していたのだ。
「それはよかった。長距離の使役魔法でかなり疲れてるだろうから、ノエリアはしばらくゆっくりと休んでくれ。ちょっと顔色が悪そうだからね」
俺はノエリアが差し出していた手紙を受け取ると、背の低い彼女の頭の位置まで腰をかがめてアイスブルーの瞳を覗き込んだ。
「いいえ、これくらいは大丈夫です。わたくしも冒険者ですので、自分の体調は――」
と言ったノエリアが俺の方へ倒れ込んで来ていた。
「ほら、こうやってふらついてるし、しっかりと休んでくれ。引き続き情報収集は俺が進めておくからさ」
「す、すみません。これくらいでふらつくとは……」
「ノエリアも使役魔法舐めてるわねー。精神の集中は大量に魔力を消費するよりも身体への負担が大きいんだから、フリックの言う通りしばらく安静にしなさいよねー」
いつの間にか俺の外套の中を棲家にしていたシンツィアが飛び出してくると、ノエリアの頭の上を旋回していた。
「シンツィア様の言う通りだ。スザーナ、ノエリアの寝床を準備してくれるかい?」
「はい、すでに支度はしてあります」
スザーナが扉を開けると、部屋の奥には備え付けのベッドに布団が敷いてあった。
「じゃあ、そこまで俺が運ぶから。いいよね?」
「え? あ、あああ、あの!? 大丈夫ですから!? 自分で歩けますし!?」
「いや、今の状態だと途中で倒れたりとかするかもしれないからね。俺に運ばせて」
俺にもたれかかっていたノエリアを少し強引に抱え上げると、部屋の奥にあるベッドまで運んで寝かしてあげた。
ベッドに横たわったノエリアが真っ赤な顔をして、ぼそりと呟く。
「あ、ありがとうございます……。で、でも、わたくしもいちおういい大人ですから……恥ずかしいとか思うこともあるんですよ」
しまった……。
これって年下の子にするような対応だったかもな。
そういえば、ノエリアは俺と同じ歳だったんだよな。
そう思うと、自分のした行為が彼女にとってすごく恥ずかしいことだったのではとの思いが湧き上がった。
「ご、ごめん! ただ、ちょっと疲れてそうだから大事を取って――」
「分かっております。フリック様はとても優しい方なので。そう、優しい方なので」
ノエリアは一瞬だけ悲しげな顔をすると、そのまま布団に顔を隠してしまった。
「ほんと……ごめん」
いたたまれなくなった俺は、そっとノエリアのベッドのある部屋の扉を閉めると外に出た。
「フリック様、あれはノエリアお嬢様の照れ隠しですのでどうかお気になされずに。同世代の殿方との触れ合いには慣れておりませんので」
外に出た俺にスザーナが慰めるような言葉を投げかけてくれていた。
「そ、そういうものかい? 俺の行為が彼女の面子を潰したとかないだろうか?」
「そのようなことはないかと。ええ、大丈夫です。ずっとお傍でお仕えしてきた私が保証いたします」
俺の行為でノエリアが気分を害していないとスザーナが保証してくれたことで、少しだけ安堵した気持ちになっている自分がいた。
「もうー、じれったいわねー。若いんだから勢いよ。勢い。ノリでいけるでしょうがー。あー! 食べるなー! ディモル、あたしを放せー!」
上空を飛んでいたシンツィアが何か言っていたが、急降下してきたディモルによって捕食され、連れ去られていくのが見えた。
「さて、ノエリア様もお休みになられましたし、旦那様から送られてきた手紙の内容をお伝えしませんと」
俺とスザーナは別室に移ると、辺境伯ロイドからもたらされた手紙の中身を吟味することにした。
手渡された手紙を読み進めると、とんでもない事実が書き記されていることに手が震えた。
内容はすごく簡潔に書いてあるが……。
限りなくジャイルの関与の可能性が高いということらしい。
しかも、辺境伯には監視もつけられているため、詳しい内容は向こうで発覚した事実をよく知る者を派遣する形で知らせると書かれていた。
「これって……やっぱり、王国の重大事だよな……」
「ええ、旦那様は前々から対アビスウォーカー予算の縮減を訴えているジャイル殿を怪しんでおりましたが、アビスウォーカーを動かす側だったとすれば納得の行動ですね」
「でも、まさか、近衛騎士団長だし、それに父親は宰相までやってる大貴族……。いくら、貴族が腐っているとはいえそれは……」
「元々ラドクリフ家は大襲来で一番利益を得た貴族ですので、あの家が二度目を狙っても不思議ではないかと……」
色々と貴族の事情に詳しいスザーナが、眉間に皺を寄せて憤っていた。
王国に混乱を引き起こし、その混乱に乗じて自家の勢力を増すなんて普通なら考えないだろ。
しかも、ラドクリフ家は王家に次ぐ大貴族。
王の信頼も厚いのになんで……。
俺は自分たちが暮らす王国の屋台骨がひそかに揺らいでいることを知った。
「ともかく、事情を詳しく知る者が来るまではこちらも引き続き情報収集して、場合によっては鉱山の方もどうにかしないといけないかもな」
「そのようですね。そのままにというわけにはいかないでしょうし、ラドクリフ家もこの事態に辺境伯家が関わっていると知れば簡単に握り潰せないでしょうしね」
そんなふうにスザーナと話していたら、急に村の方が騒がしくなるのが聞こえてきた。
「お、おい! マルコだ! マルコが帰ってきたぞ!」
「治療してあるが、すげー傷だぞ! すぐに傷を診ないと!」
「ユージン村長を呼んでこい! あとフリック様も呼んでこい、すぐに回復魔法を頼め!」
外の声はどんどんと大きくなり、やがて俺のいた家の扉が叩かれると、村人たちが血相を変えて呼びかけてきた。
「フリック様、怪我人がいるんです。すぐに診てもらえませんか?」
デボン村に世話になる手前、俺は周辺の村々を周りながら辻治療師として色々と村の人の怪我や病気をノエリアに習った回復魔法で癒していた。
情報収集するうえで治療行為は相手の警戒心を解くいい潤滑剤となっており、村人たちも俺に対して気さくに話しかけてくれるようになってきていたのだ。
「誰か怪我人が村に来たみたいだ。俺はちょっと診てくるよ。スザーナはノエリアの様子を見ててくれ」
「承知いたしました。もし、怪我人の方を本格的に治療する場合はこちらにお連れください」
「ああ、分かった。行ってくる」
俺はドンドンと音を立てる扉を開けると、村人の呼び出しに応じて怪我人の様子を見に行くことにした。







