sideジャイル:背中の傷
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※ジャイル視点
「まったく、フレデリック王も意外にしつこい。何度もアルフィーネは病気療養だと申し上げているのに」
これまでにアルフィーネの件では数えるのも嫌になるほどフレデリック王から呼び出されてきた。今日もその件で詰問されたわたしは自室に戻るとソファに腰を掛けた。
何度も何度も呼び出されては、アルフィーネの病状の説明をさせられ、そのたびにわたしに向かい疑念を孕んだ視線を投げかけてくる。
そろそろ病気療養と言い繕うのは厳しいかもしれない。
アルフィーネの件がバレて王からの信頼を失ってしまえば近衛騎士団長の職も危うくなる。そうなれば厳しい父のことである。わたしを廃嫡に……。
苛立ちからか、わたしは自分の親指の爪を噛むのをやめることができなかった。
そんな時ドアがノックされると、わたしの入室許可を待たずにヴィーゴが駆け込んできていた。
「ヴィーゴ! わたしは入室許可を出した覚えはないぞ!」
「失礼いたしました。ただ、すぐにでもジャイル様の耳に入れるべき報告が上がってまいりましたので。これに目を通して頂けるとありがたいです」
叱責されたことにもなんら痛痒を感じずにいるヴィーゴは、ソファに座る私の前に来ると一枚の紙を差し出してきた。
渡された紙に書かれた文字に目を走らせる。
内容を目で追っていくと苛立ちで手の震えが止まらなくなる自分がいた。
「馬鹿者! こんな報告をわたしに上げてくるな!」
手渡された紙をクシャクシャにすると、ヴィーゴに向かって投げつける。
「ですが、御父上様よりこちらの件はジャイル様に一任されております。ですので、ジャイル様にご報告を申し上げるのが筋であると思われますが……」
ヴィーゴはクシャクシャになった紙を拾うと、再びわたしに向かって差し出していた。
「インバハネスの水晶鉱山の存在を調べる者がいるだとか、アビスフォールの地下施設を辺境伯が見つけ出したとか、そのうえわたしが楽しみにしていた軍馬がまた逃走しただと! こんな馬鹿な話があるか!」
「すべて私の手の者からの報告なので事実です。事態は非常にマズい方に流れているようで……。アルフィーネ様の捜索に手を回す余裕がなくなってまいりました」
ヴィーゴは顔色を変えずに、私の前に紙を差し出したままであった。
「馬鹿者! そっちは最優先だ! わたしがどれだけフレデリック王に呼び出されておるか知っておるだろう!」
「ですが、そちらの情報はユグハノーツで途絶えております。もしかしたら、すでに辺境伯ロイドがアルフィーネ様をかくまっているやも……」
「なんだと……。辺境伯がか?」
一番結びついて欲しくない二人が結びついたかもしれないというヴィーゴの報告に、背筋から大量の汗が流れだすのを感じた。
「ユグハノーツに送り込んだ者たちへの辺境伯の監視が厳しくなっているそうなので……。それにジャイル様の護衛をさせている騎士の話も漏れ聞こえてきたことを勘案すると、すでにアルフィーネ様は辺境伯ロイドに保護されていると見た方が――」
「そんな報告は聞きたくない!」
「いいえ、前回は取り下げましたがもう一度ジャイル様にはご提案させていただきます。アルフィーネ様を反逆者として亡き者にすることこそが、この危険な事態を収拾できる最善の手だと」
ヴィーゴは以前にわたしに提案してきたことを再び口にしていた。
この状況でアルフィーネが亡くなったことにした場合、わたしの立場がいっそう苦しくなるではないか。
ヴィーゴはわたしを失職させるつもりか。
「そのようなことをできるわけが……あるまい」
「いえ、しないとジャイル様の地位を守ることはもう厳しいです。辺境伯ロイドが口を挟んでくれば、フレデリック王もジャイル様に厳しい目を向けられるのは必定。そうなれば、御父上は色々な事態の責任をジャイル様に被せ幕引きを図るはずです」
ヴィーゴの囁いた言葉は、わたしのなかで急速に真実味を帯びていく。
父上がわたしを切る……。
それは否定できないかもしれぬ。
王国の宰相であり、国を切り盛りしている父は大いなる野心を抱いており、その野心の成就のためにわたしも動いていた。
「父上がわたしを切るだと!? だが、水晶鉱山や地下施設など、わたしが関与している事実は残していないはずだぞ。そうやれとお前には指示しておいたはずだ! それにアルフィーネが辺境伯に保護されているという事実もないだろう!」
「実際、まだ相手方もこちらの存在を確信できる証拠は手に入れていないはずですが……。それに源を手繰られる前に糸は切る予定です。が、アルフィーネ様には死んでもらわねばならぬ事態です。アルフィーネ様が死んでしまえば、辺境伯がいくら騒いでもお父上の力で潰せるはずですので」
アルフィーネが死ねば、我が身は守り切れる目も出るということか。
事態は急速にわたしの地位を脅かし始めているということか。
自分の中でアルフィーネと地位を天秤にかけ始める。
だが、その答えはすぐに出ていた。
「分かった。アルフィーネの影武者を殺せ。そいつに近衛騎士団長暗殺未遂犯として罪を被せ王都の城門に晒す。そこまでやれば、辺境伯が匿っているとしても口を出せまい」
「承知していただきありがとうございます。では、さっそく実行させてもらいます。ジャイル様の背中に死なぬ程度の刀傷を付けよ」
ヴィーゴがそう言うと、護衛として控えていた全身鎧の騎士が剣を抜き放ち、背中に焼けるような痛みが走っていた。
「ひぎいいぃいい!! ヴィーゴ何を!? 血、血がぁ! 死んでしまう! 何を!」
「ちゃんと治療はいたしますのでご安心を。剣聖アルフィーネと戦って無傷というわけにはいきませぬからな」
ヴィーゴは無表情でそれだけ言うと、騎士にわたしを担がせていた。
そこでわたしの意識はなくなっていた。
今週も更新を読んでいただきありがとうございます。
来週からはフリック編に戻ります。
毎回の誤字脱字の修正ありがとうございます。ご協力していただけるおかげで後から読まれる方はかなり読みやすくなっていると思い、日々感謝しております。<m(__)m>
感想の方も全て読ませてもらっており、書籍版を作る際の参考にもさせてもらっております。
このように皆様に支えられて書籍版も来週末には書店に並ぶと思いますので、用事で書店に行かれた際は手に取っていただければ幸いです/)`;ω;´)







