75:デボン村
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作り出した八体のゴーレムに警戒待機をさせ聖域の魔法を展開すると、俺は荷馬車から寝袋を取り出して仮眠を始めていた。
待機状態のゴーレムとのリンクは最低限にまで絞ってあり、仮眠中の俺に流れ込んでくるのはゴーレムからの周囲の気配だけであった。
気配を拾える範囲が格段に広がったな。
これならかなり遠くの魔物や人の接近にも気づけそうだぞ。
視界の共有はしない方がいいけど、気配の共有は有効そうだ。
気配に対して敏感な俺にとって、野外での仮眠休憩は目を閉じて身体を休めることが主であり、深く眠ることはない。
なので仮眠のときにゴーレムと気配を共有していても、さほど気にならなかった。
しばらく仮眠を取り、手早く朝食を済ませるとゴーレムを解体し、再び追手からの距離を稼ぐため、密林地帯の中に続く街道をラハマン鉱山へ向けひた走った。
そして夕方近くには、目的地であるラハマン鉱山に一番近いデボン村へと到着していた。
「今日はここでしっかりと休むことにしよう。俺が村人に交渉してどこか屋根のある場所を寝床として提供してもらってくるよ。ノエリアとスザーナはここで待っててくれ」
「す、すみません。旅には慣れているつもりでしたが……。これだけの距離を一日で進んだことはありませんでしたので」
「わたくしもこれほどまでに疲労するとは……」
道中、短い休息を何度か挟んでいるが、ほぼ駆け通しで駐屯地からこの村まで来ていた。そのため二人の顔には疲労の色が見えていた。
本来なら三日か四日かかるところを飛ばしてきたからな。
アルフィーネならケロっとしてるだろうけど、ノエリアとスザーナには辛かったみたいだ。
この村でしっかりと疲れを癒やした方がよさそうだな。
急ぎの旅をしたことで疲労困憊な様子の二人を見て、自分の体力を基準にしてはマズいと思い至っていた。
「追手を気にして飛ばしすぎた。俺の事情で二人を巻き込んだことには本当にすまないと思っている」
「いえ、フリック様のせいでは。わたくしたちもディードゥルの加入を喜んでおりますし」
「ブルフィフィーン」
ディードゥルも俺と同じくノエリアとスザーナに『巻き込んですまない』と頭を下げていた。
そんなディードゥルのたてがみをノエリアは優しく撫でてくれていた。
「そこの者たち、わが村に何用だ!」
村の入り口で止まっていた俺たちの姿を見つけた村人たちが武装して声をかけてきていた。
武器を構えてこちらを威嚇している村人の多くは老人で、一部に子供の獣人が混じっているのが見える。
怯えているのか、子供の中には武器を持つ手が震えている子もいた。
「待ってくれ! こちらは争う気はない。ただ、この村で休みたいので屋根のある場所を貸してもらえるとありがたいのだが――」
「そんなことを言って、また鉱山で働かせるための人狩りに来たのであろう! もう、ワシらは協力せんと言うたはずだ」
村の代表者らしい老獣人が眉間に皺を寄せ、厳しい表情でこちらを睨みつけてきていた。
鉱山で働かせるための人狩り?
いったいなんの話だ?
この村に何が起こってるんだ?
村人から向けられた訳の分からない理由の敵意に俺は動揺していた。
「ちょっと待ってくれ! なんのことだ! 俺たちはここに一夜の宿を求めてるだけなんだが」
「嘘だ! そうやって村に入り込んで若い連中を連れていったのをワシらが忘れてるとでも思ったのか!」
様子を見ていたノエリアがそっと俺の袖を引くと耳打ちしてきた。
『村人たちの様子を見てると、どうやら外から来た人といざこざがあったのかもしれません。一旦村から出ますか?』
『だが、今後を考えると屋根のある場所でしっかりと休んだほうが良さそうだし。それに、アビスウォーカーの噂も集めたいからなんとか誤解を解きたいところだが』
『ですが、話し合うなら向こうに武器を置いてもらわないと……』
「ブルフィフィーン」
俺とノエリアの会話を聞いていたのか、ディードゥルが大きな声でいななくと前脚で地面をドンと勢いよく踏みしめた。
そのディードゥルの様子に村人たちの顔に恐怖の表情が浮かぶ。
「クェエエ!!」
そこへ上空からディモルも周囲を威圧するように羽ばたきながら村人の前に降りてきた。
「ひ、ひぃいい!」
「でっかい馬の化け物だけじゃなく、でかい翼竜までいやがる」
「こ、殺される! じいちゃん、助けて、うぇええええーーん!」
ディモルとディードゥルの様子を見た村人たちは戦意を失い、武器を取り落とし腰を抜かして地面に座り込んでいた。
「ブルフィフィーン」
ディードゥルは『これで話し合いの余地ができた』と言いたげに俺の方を向いている。
まぁ、たしかに話し合いの余地はできたけど。
村人たちにとんでもなく悪印象を与えた気がしないでもないんだが。
腰を抜かした村人たちへ敵意がないことを示すため、ディーレを鞘から抜き、地面に突き立てようとした瞬間――
『ディーレもお仕事します! ■▲〇※■▲〇※!』
敵意のないことを示すため、地面に突き立てようとしたディーレが急に火炎剣を発動させ、刀身に炎を纏っていた。
「ちょ、ディーレ何を!?」
「ひぃいいいっ!! 今度は剣まで燃え始めたっ!! こ、殺さないでくれ! 従う! 従うから!」
「い、命だけは」
「逆らわないから、頼む」
刀身から炎を噴き出したディーレを見て、村人たちは地面に顔を擦り付けて命乞いを始めていた。
これ完全に悪者になってるよな。
完全に巨馬と翼竜と魔剣を従えた極悪人って思われてる気がする。
「ちょ、違いますから! ちょっとした手違いですから! こちらに敵意はないです! ほら、武器はここに置きますから! 皆さん頭を上げてください。うちの者たちが失礼をしました。あいつらはちゃんと俺の言うことは聞きますから安心してください」
「武器を向けたのはワシの命令だったんです。村の者は何卒、何卒お許しください」
丸腰で近寄った俺の足にしがみついた村の代表者の老獣人が、顔をくしゃくしゃにして謝罪をしていた。
「いや、色々と手違いで勘違いが発生してますが、俺は殺すとか命を寄越せなんて言いませんし。落ち着いてください!」
「何卒、何卒村人の命だけは――」
それから、俺の足にしがみついておいおいと泣き始めた老獣人に、こちらの事情を説明するのにそれなりの時間がかかったが、なんとか誤解を解くことができ、一夜の宿を提供してもらえることになった頃には日が完全に落ちていた。
傷だらけの巨大な馬、やたらとデカい翼竜、炎を纏う魔剣を見せられたら、誰だってヤバい人だって思う。ゴーレムも使えるし、フリックは魔剣士というか魔王に近づいているのだろうか。







