73:真夜中の訪問者
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真夜中、駐屯地の中に鐘の音の大音響が響き渡った。
寝袋に入ったのはつい先ほどだったが、俺は即座に鐘の音の意味を察し、厩舎を飛び出すと駐屯地の正門に向かって駆けていた。
急いで正門に駆け付けると、入口には近衛騎士団に引き渡されたはずの巨馬が俺の出迎えを待つようにたたずんでいるのが見てくる。
「ブルフィフィーン」
巨馬は『遅かったな』と言いたげにいなないていた。
「やあ、そんなに怒るなって。意外と早かったな。あっちの飯は気に入らなかったか?」
「ブルフィフィーン」
「そうか、じゃあすぐに用意する。待ってろ――」
干し草の準備をしようと厩舎に駆けだそうとすると、巨馬は俺の外套を噛んで引き留めていた。
「な、なんだよ? 今から飯の準備を――」
俺を引き留めた巨馬は、蹄を巧みに使って地面に文字を書き始めた。
賢いやつだと思ってたけど、字まで書けるのかよっ!
それにしても達筆な文字だな。
俺に読めるか……。
巨馬が地面に書いた文字を解読しようと視線を向けるが、書かれている文字がどうしても読めないでいた。
「ブルフィフィーン」
蹄で文字を書き終えた巨馬が俺を咥えると背に乗せた。
「あっ!? そういうことか。お前側から見ないとダメだったな。読めないはずだ」
巨馬の背に乗ったことで、蹄で書かれた文字の意味が理解できた。
巨馬は、俺に名を付けろと訴えかけたかったようだ。
その様子を見ていた歩哨の兵士は口をあんぐりと開けて呆けていた。
「俺がつけていいのか?」
「ブルフィフィーン」
肯定を示すように巨馬はいななく。
こいつにピッタリの名を実はもう考えてたんだよな。
気に入ってくれるといいんだが……。
草原で一緒に魔物を倒した時には、巨馬に名前を思いついていたのだ。
「『巧妙な』という意味を持つ、ディードゥルとかどうだろうか? お前にピッタリだと思うぞ」
「ブルフィフィーン」
「そうか、気に入ってくれたか。今日からディードゥルと呼ばせてもらう。よろしくな、ディードゥル」
ディードゥルは名を与えられたことを喜んだのか、その場で棹立ちになると大きくいなないてくれた。
『ディードゥルちゃんは、ディーレの後輩になるんですよね?』
「ディーレ起きてたのか? まぁ、そうなるから先輩として色々とよろしく頼むぞ」
『承知しました。ディードゥルちゃんよろしく――!?』
魔石を明滅させて挨拶をしていたディーレを鞘ごとディードゥルが甘噛みしていた。
『きゃああー! ディーレは食べ物じゃないですー! マスター、ディーレが食べられちゃいますー!』
甘噛みされたディーレは、激しく魔石を明滅させて叫んでいた。
「ディードゥル、先輩のディーレはまだ幼いからあまりきつい悪戯はダメだぞ」
「ブルフィフィーン」
俺がディードゥルの口からディーレを取り返すと、『承知した』と言いたげに頷いていた。
『マスター、ディーレが食べられちゃいましたー。鞘ちゃんと残ってますか? うぇええーん!』
「ちゃんと残ってるから安心しろ。あとで手入れしてやるから泣くなって」
刀身まではディードゥルの涎は付いてないから、鞘のお手入れだけで済みそうだしな。
『本当ですか!? やったー! お手入れだー!』
さっきまで泣いてたディーレだったが、お手入れしてもらえると聞いてすぐに機嫌を直していた。
「現金なやつだな」
「ブルフィフィーン」
話を聞いていたと思われるディードゥルも俺に同意するように頷いた。
「フリック様、何事――って、もう来られたのですか!?」
鐘の音に気付いて、駐屯地の兵士に混じりノエリアやスザーナたちも正門に集まってきていた。
皆一様にディードゥルの姿を見て驚いた顔をしている。
「ああ、あっちの飯がたいそう気に入らなかったそうだ。それと、俺に名を与えてほしいと言われたから、今日からディードゥルと呼んでやってくれ」
「ブルフィフィーン」
「よろしくお願いします。ディードゥル――!?」
ディードゥルはゆっくりと歩くとノエリアの前に行き、彼女の服を咥えると背中に乗せてきた。
とっさにノエリアが落ちないように抱き抱える。
「すまない、ノエリア。こいつはけっこう悪戯が好きみたいでな。これまでは猫を被ってたかもしれない」
「い、いえ。お気になされずにディードゥルが賢いのはわたくしも知っておりますので」
ノエリアはディードゥルの真っ赤なたてがみを優しく撫でてくれていた。
「フリック様。お楽しみのところを申し訳ありませんが、ディードゥルが逃げ出してきたとなると、この駐屯地に近衛騎士団の者が押し寄せて来るかと思いますので、迷惑がかからぬうちにここを出立された方がよろしいかと思われます」
「そ、それもそうだな。ディードゥル、早めに腹ごしらえして目的地に出立するけどいいか?」
「ブルフィフィーン」
ディードゥルは了承を示す頷きを返す。
同意を得た俺は、ディードゥルから降りると駐屯地の管理者に謝礼とともに丁重な礼を述べ、手早く出立の準備を終えるとアビスウォーカーの目撃地点となったラハマン鉱山に向け夜道を駆けることにした。
三種のDが揃いました。
空のディモル
地のディードゥル
魔剣ディーレ
四種目のDはなんだろうか。
遅まきながら100話超えてたのに気づきました。(ページ二枚目入って気付いた)
ここまで更新してこれたのも、読者の皆様の応援のおかげです。
誤字修正も大変に助かっております<m(__)m>
書籍版の宣伝もしなければとは思いますが、WEB版気に入ってもらいましたら、書籍版もよろしくお願いしますとだけ<m(__)m>







