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☆♪寒がり店主の料理の味

「ということで、ワタチは別に大きいお店がいくつかあるだけで、こういう小さな小屋も持っています」


 フーリエが『火球』を使って薪に火をつけました。


「それならそうと言ってくれれば良いのに、どうして隠していたのですか?」

「理由はもちろんあります。ここを通るか不明だったのであえて言いませんでした。ミッドガルフ貿易国とゲイルド魔術国家の間の街道はいくつか存在します。ワタチの店はそのいくつかあるうちの一つなので、トスカ様の旅をワタチが決めたく無かったのです」

「それはそれは。個人的には道を最初に決めた方が安心なのですが、今回は運が良かったとだけ思ってここにお世話になります」

「はい! 今食材を取りに行きますから、ゆっくりしていてください!」


 そう言って扉の方へ歩くフーリエでしたが、同時に扉が開きました。


「トスカ! 大きな魚が採れたわ! あ、フーリエ」

「……果物も取ってきた。案外この付近は結構良い。あ、フーリエ」


 二人は冷静ですね! 僕とゴルドは驚いて悲鳴をあげたというのに!


「トスカ。ボクとトスカが悲鳴をあげたという事は内緒にしましょう。何よりボクの精霊としての威厳が」

「今さら威厳を気にする貴方ですか!」


 何度でも言いましょう。そういう所です!


「あ、わ、わ」


 ゴルドに心で突っ込みを入れていると、フーリエは驚いています。



「食材採取はワタチの役割でしたが、まさかこんなに……今日は腕によりをかけて作ります!」



 そこでしたか。


 ☆


「『火球』と、『アイス・ニードル』。そして……」


 周囲は本当に人気の無い地域。となると料理や生活などでは魔術が必要となるのでしょうか。

 隅っこの調理場でフーリエが魔術を使って料理を行っていました。


「普段は何をしているのですか?」

「え? 普段は皆様も知っているように宿の経営ですが」

「あ、いや、『ここのフーリエ』です。大陸全土に何人かいるとはいえ、何もしないわけではないですよね?」

「掃除や洗濯。この服もボロボロにはなるのでその素材の採取を行ったりですね」

「……ご飯は食べないの?」

「ワタチは悪魔なので。基本的に食を必要としません。食べれば魔力に変換されますが、基本的に空気中の魔力で事足ります」


 そういえばフーリエは悪魔でした。

 というより、悪魔という分類に分けて良いのか不明ですね。


「悪魔という表現、他の方法は無いのでしょうか?」


 僕の発言にゴルドが反応しました。


「と言いますと?」

「いえ、悪魔というのはあまり良い印象では無いので、フーリエの場合はちょっと違うかなと」



「うっ」



 突然フーリエが膝をガクッと折りました。え! どうしました!


「トスカ様、そんなワタチの事を思って……嬉しいです!」

「そんなに思うことですか! 千年生きていれば誰かしら言うと思いますけど! 食材といい僕の言葉といい、フーリエの涙腺は浅すぎませんか!」


 そう言うとシャムロエが思いついた事を口に出しました。


「いや、あの布でグルグル巻きを見た瞬間、誰もが怪しんで近づかないでしょ」

「がはっ!」


 あ、そういうことですね。


「良いのです。でもこうしないと本当に寒くて倒れそうなのです」

「それも理由が?」

「はい。それこそ『いずれ知る事』なので。それよりもシャムロエ様達が持ってきた食材で調理しました! どうぞどうぞ!」

「……美味しそう。フーリエ、おかわりの予約をもうしておく」

「わかりました。もう何匹か魚があったので、煮込んでいますね」


 そう言ってフーリエはニコニコしながら調理場へ行き、僕達は美味しいご飯を食べるのでした。


「美味しい……ですね」


 ゴルドがゆっくりとご飯を食べています。そういえばゴルドって鉱石精霊なのでフーリエと似た感じでしたら食べる必要って無いのでは?


「ゴルドは空気中の魔力で足りないのですか?」

「いえ、むしろボクの場合は空気中の魔力以外は興味がありませんでした。千年前は『食べる』という事をしませんでした」

「ではどうして今フーリエのご飯を食べているのですか?」

「ボクは鉱石精霊なので味覚がありません。なのでこのご飯も全て微量な魔力に変換されるだけです」


 そう言って、調理場にいるフーリエを眺めました。


「ですが、ボクと同じ時間を歩んだ筈なのに、生きた時間はボクより長いフーリエのご飯を見て、『初めて』食べてみたくなったのです。相変わらず味覚は無いのでこの魚の味はわかりませんが」


 精霊事情はわかりませんが、味覚が無いというのは少し寂しいですね。


「……トスカ。こういうときこそ音の力」

「そうね。トスカにはそれができるわね」

「え?」


 そう言ってシャムロエは僕のクラリネットを持ってきて、渡してきました。


「ゴルドにこの魚の味を音で表現して教えてあげたら? そうすればご飯はもっと美味しくなるわよ?」

「なるほど。そうしますか」


 そう言って僕はクラリネットを少しだけ奏でました。


 フーリエの料理の味はこういうものですと念じながら演奏し、それを聞いたゴルドは静かに目を閉じながら料理を噛みしめるのでした。

挿絵(By みてみん)

 ♪ 


 ☆


「トスカ、ありがとうございました。今まで味覚というものに縁が無かったボクも料理を楽しむことができました」

「いえ。お礼はマオのパムレット係で良いですよ」

「……まさかの不意打ち。だけどパムレットが貰えるならマオに不満は無い」

「ちょっと! 私には何も無いの!」

「後で腰痛治療の演奏しますから」

「今は痛くないわよ」


 そういうやりとりをしていると、追加の料理をフーリエが運んできました。


「おや、フーリエ。目の周りが赤いのですがどうしたのですか?」

「へ? あ、いえ。皆様が喜んで食べてくださって良かったと思ったので、気合いを入れたら目に魚のうろこが飛んできたのです!」

「大丈夫ですか!」

「だ、大丈夫です! ほら、冷めない内に食べてください!」


 ワタワタと料理を勧め、僕達の皿に追加の魚料理をのせるフーリエ。

 マオが喜んで沢山入れて貰おうとフーリエとやりとりしていると、シャムロエが僕に耳打ちしてきました。


(もしかしてだけど、フーリエは千年前から待っていたゴルドにご飯を食べて貰って、味も分かってくれて嬉しかったのかしら?)

(と言いますと?)

(兄妹の様に慕っている人が千年間消えていたのよ。その間フーリエは千年も生きていた。出会えただけで良かったのに、それに次いで料理も食べて貰えた。もしかしたらフーリエにとって今日は忘れられない日になったかもしれないわね)

(女性の気持ちはわかりませんが……言われてみれば少し頬が赤いですし、そうかもしれませんね)


 そうやりとりをして、僕は魚を食べました。

 それはとても暖かく、とても美味しいものでした。


「トスカ。また演奏お願いできますか?」

「分かりました。今日は特別ですよ?」

「……パムレットが増えた」

「提案しておいて何ですが、もう少し僕に利点がある提案をすれば良かったです」

「わ、ワタチは空いたお皿を洗ってきますね!」


 そう言ってパタパタと皿洗いに向かうフーリエ。やはりフーリエは『悪魔』という括りに納めるよりはもっと別な分類で呼びたいと思いました。

 おまけの劇中曲のURLはこちらとなります!(Twitter)

https://twitter.com/kanpaneito/status/1121530498105221120

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