原初の魔力の理
「原初の魔力についてはどれくらい知っているかしら? といっても、この子が説明していると思うけど」
マリーの膝の上に乗っているフーリエがえっへんと顔が言っています。
「属性は『神、鉱石、音、光、時間』がある……くらいでしょうか」
「そうね。そしてそこのゴルドは鉱石の精霊。貴方は音の魔力を所持している人間となるわ」
「それを言ったら私も鉱石精霊の魔力を宿しているから、所持している人間となるのかしら?」
シャムロエが素朴な疑問を言いました。
「そうなるわね。ただ、貴女の場合はかなり特殊なケースよ。マオちゃんの膨大な魔力が合わさって転生した。これが世に知れたら蘇生魔術が流行ってしまうわね」
「蘇生……」
「まあ、貴女は運がよかった。一度死んだのにこの世に生まれたのよ。幸運と思って良いと思うわ」
「そうするわ」
深く考えずにシャムロエは頷きました。シャムロエの前向きな姿勢はいつも見習っておかないとと思ってしまいますね。
「さて、その原初の魔力というのから派生したのが、色々な属性になるのよ。鉱石から火や水。時間から空間や運命。光から闇などね」
「では土の精霊のノームの親的存在がゴルドなんですね」
「そうよ。で、魔力的な序列ってこの世界では絶対なの」
魔力的な序列。そんな言葉は初めて聞きました。
「マリー様、魔力的な序列とは?」
「実のところゴルドの鉱石はほとんどの魔術に対して有効なの。火や水の魔術に対して守ったり攻撃をしたりできるのよ」
「ですが、フーリエのように悪魔には弱いですよね?」
「そうね。魔力的には序列が上でも、ゴルドは『精霊』。精霊と悪魔という別の相性が生まれているのよ」
たとえ使用した魔術が有効でも、相手にとっては不利ということですね。
「でも悪魔はその代わりに『光』関連に弱い。そういう感じで世界は作られているのよ」
「一体誰が?」
「それが原初の魔力の『神』よ」
前から気になっていました。『神』というのはどういうものか。時々マオ達魔術師が『神術』を使って心を読みますが、いまいちどういうものかよくわかりません。
「『神』というのはワタクシにもまだ解明できていないわ。ただ一つ言えるのは、『無』から『有』にする存在かしら」
「無から有に」
「何かを作るという意味ね。ゴルドが相手にしているのはその『神』の属性を所持した神よ」
「その名前は?」
ゴルドに聞きました。すると。
「わかりません」
え、わかりません?
「ゴルドの答えは本物よ。トスカ。普通ならあるはずの名前が無い存在。いえ、あったのが無くなったかもしれないわね」
「どういうことですか?」
ゴルドが目を閉じつつも話し始めました。
「通称女神と言われているその神は『創造神』と呼ばれています。様々な世界を作り、カンパネを生み出し、そして破壊する。あったものを無かったものにできる存在で、名前が無いのですよ」
世界を作る存在に僕は即興で戦おうとしていたのですか!
「すみません。ですが、こういう事前情報を話すと絶対に断ると思いまして」
「当然断りますよ! 仮について行っても逃げますよ!」
机をたたき、ゴルドに大声で訴えかけました。
「トスカ。許してあげて。何もゴルドは考えなしに動いたわけではないのよ」
「どういうことですか?」
「魔力の序列は絶対。その頂点というのが『原初の魔力』なの。だから、その『神』に対抗できる存在は原初の魔力を持つゴルドとトスカということなのよ」
相手の力量はわかりませんが、僕のような音を操ることしかできない人間に何ができるのでしょうか。
「……腰痛を治せる」
「あの、マオ。急に冗談を言わないでください」
「……冗談ではない。本来精霊に腰痛という概念は存在しない。でもトスカは精霊に影響を与えることができる」
「それは……」
例えが全然かっこよくないのですが、まあ良しとします。
「でもゴルドはもう少し考えるべきだったわね」
「ボクですか?」
「ええ。原初の魔力が二つそろったところで勝てる可能性が増えただけで一が二になっただけよ。確実に勝つためにもう少し耐えても良かったんじゃ無くて?」
「そ、それは」
珍しくゴルドが落ち込みました。
「というわけで、この世界に存在する『光』と『時間』をワタクシはずっと探していたの。『こうなること』を予想していたからね」
「……一つ気になった。マリーは何者? さっきから『心情読破』が効かない」
ふっとマリーが微笑み、そして答えました。
「ワタクシは原初の魔力の『神』を宿している人間よ」
☆
夜。
部屋が用意され、僕とゴルドは同室となりました。
「まさかマリーが原初の魔力を持っていたとは」
「知らなかったのですか?」
「おかしいとは思っていました。ボクの考えを読める段階で疑うべきでした」
「でも、何故隠していたのでしょう」
「わかりません。人の心……いや、神の心は読めませんから」
天井を眺めて、無音がしばらく続きました。
「トスカ、今更ですが本当にすみませんでした」
「本当に今更ですね」
「ボクは焦っていました。カンパネのかけた『認識阻害』を解く人間が現れた時点で勝てると信じていましたから。二人の記憶が戻ったら救える。ずっとそう信じていました」
「仲間なら早く相談してほしかったですね」
「そう……ですね」
そして無音がまた続きました。
「じゃあ、僕の質問に納得のいく答えが出たら、全部許します」
「本当ですか? 何でしょう?」
食いつくように聞くゴルド。
「何故寝る必要が無い精霊が布団で横になっているんですか?」
「と、トスカの身の安全の……ため……に?」
「はい。許さないです。決定です」
そんな! という声が聞こえましたが無視です。
精霊が人間の生活に何馴染んでいるのですか。睡眠は人間に許された数少ない楽しみの一つですよ。
「本当にその通りです。ボクは以前冒険に出たとき、人間のシャルドネから色々な影響を受けました。いつもは眺めるだけの世界をこの足で旅をして、色々な人間の生活を見て、そして『死』というものを知りました」
「死?」
人間にとってはよく知っている概念です。僕にとって直近の死はマーシャおばちゃんですね。
「人間は百年ほどで死を迎えます。ですが、精霊は死にません」
「それはそうですが」
「精霊は『死』という概念はありません。あるのは『魔力へ変わる』ということだけです。意識を失い、ただ空気にただよう魔力へ」
「それって、死とはことなるのですか?」
「もしかしたら同じかもしれません。しかし、ボクはシャルドネと出会うまで、死という概念をそれほど深く考えませんでした。知っている精霊が消えても、魔力に変わった。それくらいの認識でしかなかったのです」
暗い部屋の中、ゴルドは天井を眺めながら言いました。
「親しい人間がいなくなることに涙を流す人間を見て、最初は何も感じませんでした。ですが、シャルドネが捕らわれてボクがミルダ大陸に落ちた時、初めて大切な存在がいなくなることに対して深い悲しみを感じました」
人間にとっては当たり前の感情でも、精霊の世界では違うのでしょう。
「だからこうして人間のことを知りたくて、ゴルドの隣に布団を置いて横になっている……かもしれません」
「かもしれませんとは、自分のことなのに曖昧ですね」
「はい。ですが、人間はこうしてよくわからないことに悩みますよね?」
ニコッと笑うゴルド。どこか寂し気な感じもしますが……まあ良いです。
「特別に許します。僕を変な事件に巻き込もうとしたことは許します」
「ありがとうございます。トスカ」
ゆっくりと話すゴルド。感情が無ければこんな言葉は出ないと思います。精霊と言っても、感情がないわけではなく、今までそういう場面に出会えなかっただけ……だと思いますが。
「その『女神様』という人も、話せばわかるのでしょうか」
僕の素朴な疑問にゴルドは
「ありえません」
強くそう言いました。
「す、すみません。反射的に言ってしまいました」
「いえ、僕も無神経でした。すみません」
そして無音の時間がまた訪れました。
「ゴルドはこの旅が終わったら、どうするのですか?」
「ボクですか? 神々の住む世界に帰ろうかと思っています」
「そうなのですか?」
「元々ボクはそこで生活していました。女神に喧嘩を売って落とされて、女神に勝つために旅をして、そしてまた落とされました。ボクの最終的な目的地は帰ることです」
「帰れると良いですね」
「トスカはどうするのですか?」
「そうですね」
そう言って、僕は天井を眺めて言いました。
「そもそも僕の目的は二人の記憶を取り戻すことです。それが終わったらタプル村に帰る……そんな感じですね」
「そうですか」
「とはいえ、それ以外にも問題は山積みです」
そう言って、天井をじっと見つめて僕は言いました。
「天井に張り付いて、さっきから僕たちを監視しているフーリエをいつ注意するか、そろそろ相談しませんか?」




