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道徳の時間:2

 目が覚めたら隣に好きな女の子が寝ていた、なんて少年マンガの一場面じゃあるまいし……。

 今日は久々の定休日だから、昼まで寝ていよう。

 学校は夕方からだから、久しぶりに溜まっていた本を読んで、詰め将棋を解いて……と思っていたのだが。

 なんだか柔らかいものが手に当たる。

 慧は手触りの正体を見極めようと目を開けた。

「……?」

 やがて意識がはっきりしてきた時、驚きで大声を上げそうになった。

「な、な、なんで?!」

 梨恵が隣に寝ていた。

「ぅん……」

 俺はもしや、こいつのお父さんに撃ち殺されても文句は言えないようなことをしたのか?!

 いや、ちゃんと俺はパジャマを着ているし、梨恵は服を着ている。

「おい、起きろ!」

 慧は梨恵の身体を揺り動かした。

「あ、慧ちゃんおはよー」

「おはよー、じゃねぇよ! なんで、何やってんだ、お前は?!」

 クラスメートであり片想い中である相手の少女は眠そうに目を擦りながら、

「だって、慧ちゃんに相談したいことがあって来たのに、まだ寝てるっていうから、起きるまで待っていようと思ってたら……あたしも眠くなっちゃって」

「相談……?」

 昨夜、あれから父親と姉は無事に帰ってきたらしい。電話でそのことは聞いた。

「なんか、さくらが変なの」

 いつものことだが、彼女の話は突然に始まる。

 およそロジックなどというものを求めても無駄だと知っているから、話を聞くこちらとしては察するしかない。

「とりあえず、顔洗ってくるから待ってろ」

 慧は起き上がって洗面所に向かう。冷たい水で顔を洗うと、ようやく意識がはっきりしてきた。

 自分専用の部屋はあてがわれているが、普段はそれほど掃除をしないので、あまり人に見られたくない……。

 隠しておきたいような怪しい本や雑誌は備えていないのだが。

「さくらってさぁ……基本的に何を考えてるのかわかんないんだよね」

 部屋に戻ると、唐突に梨恵はそう言った。

 そりゃそうだろうな。

 後先考えないで、思いつくままを口にするこの子と違って、彼女はあれこれ気を遣ってたくさんの言葉を飲み込んでいる。

 そのせいで『何を考えてるかわからない』と言われたら、少し気の毒な気がする。

「ゆうべは何か怒ってたんだよね。突然、妙なこと言い出すし。おかげでプレゼント渡せなかったよ……」

 昨日、一緒に福山へ出かけた時、姉と父に渡すのだと彼女がプレゼントを買ったことを慧も知っている。

「どうせお前がロクでもないこと、言ったりしたりしたんだろ……」

 梨恵は気分を害したらしい。ムっとした表情になる。

 しかしどういう訳か、すぐに悄然と肩を落とした。

「昨日……あの後、晩ご飯の支度をして、お風呂も沸かしたんだよ。お父さんとさくらが喜ぶと思って……。なのに、さくらはいきなり訳のわかんないこと言って怒り出すし、お父さんはさくらのことばっかり気にして、全然喜んでくれなかった」

「……」

「なんで? あたし、慧ちゃんに言われたことをちゃんとやったよ! 自分なりに頑張ってるつもりなのに……どうして? いくら考えてもわかんないよ……!」

 たまにはお前も家族のために料理するなり、風呂沸かすなり、いろいろやってみろよ。

 慧としては軽い気持ちで言っただけだ。

 どうせ家ではロクに姉の手伝いなどしていないだろう。

 そう思って、たまにはお前が食事の支度でもしてみせて、驚かせてやれ。

 なんていうことを言ったのが割と最近の話だと覚えている。

 単純と言ってしまえばそれだけだが、まさか真に受けるとは思ってもみなかった。

 彼女は彼女なりに、家庭の中で自分の居場所を探していたのかもしれない。

 あそこの家庭は完全に二分割されていたから。

 父親は長女のことしか考えていない。

 梨恵のことを可愛がっていた母親はもういない。

 双子の姉は優秀で、その上、自分の好きな男は彼女の方が本命らしい。

 大きな瞳から零れる涙を見ていて、慧は思わず梨恵を抱きしめたい衝動に駆られてしまった。

 どうにか抑えて、ようやく言葉を絞り出す。

「……ゆうべのこと、覚えてる限りでいい、話してみろ。自分だけじゃわからないなら、俺も一緒に考えてやるから」

「慧ちゃん……!!」

 抱きついて来た身体は思いのほか華奢で、頼りなかった。


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