遅ればせながら反抗期
サブタイトル、本当は『車、車、車。車三つで轟です』にしようかと思ったんですが……。
覚えてる人いるのかなぁ? っていうか、本編とまったく関係ないし(笑)
「びっくりしたねー、有村君」
体育祭は無事に幕を閉じた。
更衣室で服を着替えながら、園子が言った。
「変わった人だとは思ってたけど、まさかそっちの趣味だったとはね……」
さくらも心外だった。
ショックを通り越して、何も言えない。
「ねぇさくらちゃん、今日は何かこの後予定ある?」
「……どうして?」
実を言うと今朝、学校に行く前に父から通達があった。
今日は彰彦に体育祭の写真を撮ってくるよう命じてあるから、学校が終わったら二人で一緒に帰って来なさい、と。
見に来ないで欲しいと思っていたら、向こうはそういう手段に出た。
「実はね、クラスの皆で打ち上げにカラオケボックス行こうって話になってるの。一緒に行こうよ。さくらちゃんって、どんな歌が好き?」
ふと、さくらには気になることがあった。
先日父から聞いた話をすぐに思いだしたからだ。
「ねぇ、まさかお酒飲んだりとか……ないよね?」
最近流行りのカラオケボックスは、アルコール飲料も提供していると聞いたことがある。
「……大丈夫だよ」
語尾に「たぶん」とついたのと、園子の眼がやや泳いでいるのが気になった。
「本当に、大丈夫?」
「嫌なら無理に来なくてもいいよ」
ぷい、と友人はそっぽを向いてしまう。
「嫌じゃないよ、ただ……」
そうだ。だったら一緒に行って友人達が違法な行為をしないように見張っていよう。
さくらはそう考えて、同行することを了承した。
それに、今日ばかりは父に反抗してやろうという気分だった。
それから正門のところをくぐろうとした時、
「さくらちゃん」と、和泉が声をかけてきた。
一緒に歩いている友人達が途端にクスクス笑い出す。
つい先ほどのことを思い出して、さくらは苦い気持ちになった。
「お父さんがね、一緒に帰って来いって」
「……優作君と一緒に帰ったらいいんじゃないですか?」
和泉は苦笑して、
「あれはね、優君の片想いだから」
「朝は『僕のハニー』って言ってませんでした?」
「そんなこと言ったっけ? もう忘れちゃったよ」
この人って……こんな人だったかしら?
「私、これから友達と一緒に寄り道して帰りますから……」
それじゃ、とさくらは和泉に背を向けてしまった。
帰りの電車はかなり空いていて、腰掛けてから数秒も経過しないうちに慧は眼を閉じて眠り始めた。
相当疲れていたようだ。あちこち歩き回って疲れたのは梨恵も同じだが、付き合わされた方はもっと疲労していることだろう。
この人は本当に優しい人なのだ。
あどけない寝顔を見せる慧を見つめながら、梨恵は心の中でそう結論した。
考えてみればあの父親が、急に自分のことを気にかけてくれるようになったのは、慧に何か言われたからだとさくらから聞いた。
そして今思えば、彼の言うことはすべて、どんなに厳しくても自分のためを思ってくれてのことだった。
小松屋で働くようになってから、梨恵は今まで考えたこともなかったことをいろいろと考え始めるようになった。
それまでの自分中心的な考え方をやめてみたら、たくさんのことが見えてきた。
自分が今までどれだけの人に世話になってきたのかということ。
感謝しなければならない。
そうしたら、さくらや秀美に何か贈り物をしようと思い立った。もちろん父にも。
慧には、何を返せばいいのだろう?
電車が尾道へつくまでの約三十分間、起きていた梨恵はずっとそのことを考えていた。
尾道駅に降り立つと、既に周囲は暗い。
「今日はありがとね、慧ちゃん。それじゃまた明日」
自宅は小松屋と反対方向にある。歩きだした梨恵の背後から、慧の声がする。
「送って行く」
「え? そんな、大丈夫だよ……」
およそ遠慮という言葉を知らない梨恵だが、今日ばかりは相当疲れている様子の彼を見ていて、遠回りさせるのは申し訳ないと思ったのだ。
「遠慮するなんて、一番お前らしくないだろ」
「何それ!?」
「……ただ、もう少し一緒にいたいだけだ……」
「え?」
今、なんて言ったの?
皆、歌上手いんだなぁ……とさくらはただぼんやり聞いていた。
さくら自身はカラオケに行ったこともないし、流行りの歌もまったくわからない。
時々スーパーの有線放送で聞いたことがある曲だな、と他の子が歌っているのを聞きながら感心するぐらいだ。
今、同じ部屋にいるのは合計十二名。
男子と女子六名ずつで、向き合って座っている。
それにしてもこの場に優作が来ているのには驚いた。彼は絶対にこういうことに参加しないタイプだと思っていた。
無理に連れて来られたというふうでもない。
しかし、何か歌う訳でもなくひたすら分厚い曲目リストを悪戯に繰っているだけだ。
「ねぇ、さくらちゃんは何か歌わないの?」
園子が尋ねてくる。
「……私、全然知ってる歌がないから……」
コンコン、とドアをノックする音がして、店員が入ってきた。
飲み物の入ったグラスを次々にテーブルの上に置いていく。誰かがアルコールを飲んだりしないだろうかと心配していたさくらだが、彼女の知っている酒類というのはビールか日本酒ぐらいで、カクテルは範囲外である。
泡の立つ黄金色の飲み物が運ばれていたらすぐに気付いただろう。でも、オレンジジュースにしか見えない飲み物に、ウォッカが入っているなんてわかる訳がない。
じゃ、かんぱーい。
さくらは注文したオレンジジュースを口にした時、ふと多少の違和感を覚えたのですぐに飲むのをやめた。
それから、気になったので向かいに座っている優作をちらりと見た。
彼はホットコーヒーを啜りながら、相変わらず眉間に皺を寄せている。
本当に和泉のことが好きなのかな……?
そりゃあの人は顔も綺麗だし、カッコいいし……でも、男性だよ?
ふと目が合った。慌てて逸らしてしまう。
それから何気なく時計を確認する。午後六時を回っていた。
そろそろ帰らないと……。
「園子ちゃん、ごめん。私もう帰らないと……」
「えー?」
こちらを向いた彼女の顔は異様に赤かった。
「園子ちゃん……?」
「なんれ~? まだいいひゃーん」
呂律が回っていない。
「ねぇ、もしかして……」
飲み物にアルコールが入っていた?
ぐいっ。さくらは誰かにいきなり手首を掴まれて、引っ張られる。
「帰るぞ」
確認するまでもなく、すぐに優作だとわかった。
「え、ど、どうして……?!」
「巻き込まれたいのか?」
何に……? などと言うのは愚問だ。
アルコールが入ると、何が起きるかわからない。
「でも、園子ちゃんが……」
「いいから、帰るぞ」
カラオケボックスを出ると既に外は真っ暗だった。
ところで、ここはどこだろう?
学校から友人達にただついて歩いて行っただけの、初めて来た場所である。
明るい内はまったく気付かなかったが、派手なネオンやスナック、バー、と書かれた看板が並んでいることから察するに、ここはおよそ学生が出入りするような場所ではないことがわかる。
急激に、ものすごい不安が襲ってきた。
「……ねぇ、ここどこ?」
「俺達のような学生が出入りする場所じゃないことだけは確かだ」
「どうしよう……」
「父親に連絡して、迎えに来てもらう。公衆電話を探してくれ。俺はこっちを見てくるから、お前は……」
さくらは思わず優作の腕にしがみついた。
「怖いから、一人にしないで……!!」
私は行ったことありません。いわゆる尾道の繁華街と呼ばれる場所。




