29.結婚……?うそでしょ?
一方、その頃。
エマはベッドに寝転がっていた。魔物に狙われた──その事実が、腹の奥にずしんと重い。
(特殊な能力を持っていたから、目をつけられてしまったんだ)
エマはざわざわする胸を押さえた。
(私がずっとここにいたら、きっとみんなの迷惑になる)
エマが苦し気に目を閉じた、その時だった。
「エマ、そこにいる?」
ノックの音がして、エマは飛び起きる。ユリウスの声だ。
「うん、ここにいる」
「……入っても?」
「来て。大丈夫」
ユリウスは、そうっとエマの部屋に滑り込んだ。
「ごめん、ユリウス。私のせいで……」
「エマのせいじゃないよ。そっちに座って」
二人はソファに隣り合って座る。
「これからのことなんだけど」
エマは、ぎゅうっと胸を締め付けられた。
(ああ、そうよね。きっと〝出て行け〟って言われちゃうんだ)
しかしユリウスの発した言葉は、思わぬものだった。
「君は、とにかく早く竜に戻るべきだ。で……軍事エリート竜になってもらう必要がある。モンスターをなぎ倒し、それから逃げ回る練習をする。この訓練は、しばらく竜獄で行うことになるだろう」
「……はい?」
「そうすれば、俺はエマとずっと一緒に暮らせる」
てっきり出て行けと言われるのかと思っていたが、むしろ〝強くなれ〟と言われてしまった。
(解決方法、それなの?おかしくない?)
エマは言った。
「何言ってるの?なら、なおさら私がここを出て行った方が……」
「ここは出たら駄目だ」
「?」
「さっきも言っただろう。俺は君とずっと一緒に暮らしたいんだって」
エマは赤くなって慌てた。
「ほ、本気で……?」
「俺はずっと本気だけど?」
「……!」
「それで……この先のことも考えて、エマの気持ちを聞いておかなければならないと思ったんだ」
エマは顔を上げる。
ユリウスは、覚悟を決めた目でこちらを見つめていた。
「俺はエマとずっと一緒にいたい。エマは、どうしたい?」
エマはごくりとつばを飲み込んだ。
(私……どうしたい?)
不可抗力でこの世界に来てしまった。誰かの役に立ちたいと願った。けれどその願いから得られた能力はまるで呪いだった。魔物をおびき寄せてしまう特異な治癒能力。きっといつかまた、エマは誰かの争いの種になってしまうのだろう。
でも──
「私も……ユリウスと、ずっと一緒にいたいな」
彼の視線に引き出されるように、エマの口から、彼女自身も思いもよらない言葉が出た。
ユリウスは自分が回答を促したにも関わらず、思わぬ展開になったようで少し顔を赤くしている。
「……エマも?」
「……?ユリウスが先に言い出したんでしょう?」
「あ……ごめん」
ユリウスは頭を掻いてから、ようやく頬を緩ませた。
「よかった、エマにそう言ってもらえて」
久々に見た。彼の、晴れやかな笑顔。
(はぁ……好き……)
エマも、胸がぎゅうっとなった。
(きっと研究対象として好きなだけなのだろうけど……ずっと一緒にいたいだなんて、嬉しいな)
エマは彼の笑顔を見るだけで、異世界で頑張れる。
「でも、エマはそのうち竜に戻るから……」
ユリウスの言葉に、エマはうんうんと頷いた。
(そうよね。私は妖怪だから一生一緒にはいられないし、家を存続させるために彼だってそろそろ誰かと結婚しなければならないはず……)
「かろうじて人っぽい姿をしている今の内に、親戚筋を呼んでエマと結婚式を挙げたいと思うんだけど、どう?」
エマの目が点になった。
「はい……?」
「あ!ごめん……まだ結婚の話は早かったかな……」
「!!? ちょっと待って待って待って!」
エマは思わず立ち上がった。
「妖怪と結婚なんて……!伯爵家当主ともあろう者が、早まったらだめ!」
「えー?だめ?」
「うっ……」
エマは、ユリウスの透き通った青い瞳が上目遣いになるのを、眩しすぎて直視できない。
「ユリウス……何でこんな化け物と結婚したいのよ……?」
「エマは全然化け物じゃないよ。俺はエマがこの世で一番美しい生き物だと思ってる」
エマは頭を抱えた。
「ちょっと待って……言い直してもらっていい?」
「!」
ユリウスは自分の犯した間違いに気づいた。
「……俺は、エマがこの世で一番美しい女性だと思ってる」
そう言い直すと、彼は許しを乞うように立ち上がり、エマの手を取った。
「さっきの襲撃で気づいたんだ。俺はエマを失うのが本当に怖い。多分──君を手放したら、一生後悔する。エマが人間か妖怪か竜かどうかは、俺の中では何ら問題ではない。ただ、ずっと一緒に居たいだけなんだ。そのためには結婚という契約を結んでしまった方が、書類上、エマを人間扱い出来るので話が早い」
とんでもない理論をぶちかまして来たユリウスだったが、エマには腑に落ちるところもあった。
この異世界で、得体の知れない彼女を守る方法は無きに等しい。日本でもペットが盗まれたり殺されたりしたところで、器物破損の罪にしか問われないのだ。
(つまり、とりあえず〝変わった姿の人間〟として妻にしてしまえば、世間も人として認めざるを得なくなるし、人間扱いせざるを得なくなる。……急に檻に入れられたり、討伐されたりすることは免れるというわけね……?)
彼の提案を、当初は突拍子もないと思ったが──
(よく考えれば、理にかなっているのかも)
エマはそこまで考えて、頷いた。
「ユリウスがしたいって言うなら、いいよ。でも……」
エマは変わり者の美男子を見上げた。
「私と結婚する前に……きちんと、言うことがあるよね?」
すると、途端にユリウスは緊張の面持ちになった。




