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ライジング!  作者: 御堂志生
第四章 女神の休日
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(17)ライバル


 レスキュー隊の中から眞理子は三名を選んだ。そのうち二名を佐久間隊員と男性の待つ側に向かわせる。命綱とそれを確保する人員を余分に配置し、いざという時は優先で引き上げるように指示した。

 落ちそうな救助用ゴンドラを挟んで、光次郎の待つ側に眞理子ともう一人、九条隊員が降下を始める。南と負傷した遠藤隊員は佐久間隊員の下方約十五メートルといった位置か。

 本来なら両方の救助に眞理子が関わりたいところだ。しかし、それほどの時間は残されていなかった。


 眞理子が光次郎の元に到着した瞬間、彼女は襟首を捉まれた。怒り狂う光次郎の鼻先に引き寄せられる。

「おいっ! テメェ、よくも長い間俺を担いでくれたな! オマケに……部下の前で、ど、ど、どう……」

「判った判った。そう怒るな」

「怒るなだとーーっ!」

「お前が童貞じゃないのはよぉく知ってる。確か……初体験は高三の夏だっけ? 女子大生のお姉さまに誘われて、湘南の海で済ませたんだろ?」

 眞理子の返答に光次郎は絶句する。

 何のことはない、図星であった。彼は高三の夏、眞理子に長年の想いを告白した。しかし、当時の眞理子は真に受けず、笑い飛ばされてしまう。ヤケクソと好奇心からひと夏の体験をしてしまったのだ。今この時まで、彼は初体験の顛末を眞理子に知られていたとは考えたこともなかった。

 反論も出来ずに黙り込む光次郎を慰めたのは、かつてのクラスメート千夏であった。


「吉田くん、大丈夫? 眞理子、久しぶりね。こんな場所で再会なんて……子供たちは大丈夫かしら?」

 約十年ぶりの再会だ。雨と土砂で汚れてはいるものの、年齢相応に落ち着いた大人の女性へと風貌が変わっていた。さらには母親らしく、子供のことを真っ先に気遣う。

「同窓会には不向きな場所だね。お子さんは二人とも無事だよ。それに、ご亭主のほうが先に救助されそうだ」

 眞理子は無線から入る報告にてきぱきと返事をしながら、千夏に向かって微笑んだ。

 千夏もホッとした様子で、

「眞理子にはいつも、助けてもらってばっかりね」

「そんなことはないよ。いつも勉強を教えてもらってた。それに今は、コレが私の仕事だからね。大丈夫、必ず無事に連れて帰る」

 千夏は中学時代と変わらぬ眞理子の笑顔につられ「……うん」、コクリと頷き笑顔を返す。

 学校の中で眞理子はヒーローだった。他校生に絡まれていると、相手が高校生であっても眞理子は怯むことなく掛かって行った。時にはやり過ぎて、親と一緒に学校に呼び出しを食らっていたが……。恐れられ、一目を置かれても、彼女を嫌う人間はいなかった。

 光次郎の立場も千夏と同じだ。怪力と揶揄される彼女のパワーで、何度救われたか判らない。何としても眞理子以上に強くなり、今度こそ彼女を守りたいと思っていた。

 それなのに、また助けられることになり……これで落ち込まなければ嘘だろう。


 悔しさのあまり奥歯を噛み締める光次郎に眞理子が尋ねる。

「まずは一人だ。――光次郎、お前の判断に任せる」

 民間人優先が原則だ。しかし、負傷した遠藤隊員は彼の部下であった。

「決まってる。お前と九条で千夏を救助してくれ。俺は……下りて遠藤の様子を見てくる。担架は下ろせそうか?」

「ああ。今、準備してる」

「なんだよ……。判ってんなら聞くなっ」

 眞理子の返事に光次郎は面白くなさそうな声を出した。試されたと思ったのだ。

 しかし、眞理子はあっさりと受け流す。

「違うよ。お前がそう答えるだろうと信じてたんだ」


 眞理子はインカムに向かって、新たな指示を出した。

『こちら沖だ。これより、女性一名を救助する。こちらの引きに合わせてロープを引っ張り上げてくれ。黒田隊員のほうはどうだ?』

 反対側に降りたレスキュー隊員にも声を掛ける。

『黒田です。順調で……現在、残り約十メートルの位置です』

『了解した。最後までよろしく頼む。――南、そっちはどうだ?』

『はい、南です。呼びかけてはいますが、遠藤隊員の意識は戻りません』

『吉田班長がそっちに向かう。担架の準備が出来次第、下ろして救助する。そのまま待機だ。以上』



~*~*~*~*~



 眞理子が千夏を背負い、九条隊員に誘導を任せてスルスル上がっていくのを見届け、光次郎は南の元に向かう。

 ゆっくり、斜面を這うように光次郎はゴンドラに反対側に移動した。ロープは眞理子の指示通り、新しく下ろされた物を使う。それは、何の変哲もないロープであった。

 光次郎らが主に使用するのは、自動昇降装置が付いているタイプだ。高層ビルや断崖で使用可能な物である。場合によっては、ガラスなどに張り付けて体をキープする便利な装置もセットされていた。

 機械頼みの消防と、山岳警察の面々が揶揄する要因とも言えよう。

 時間や余裕がある時は消防の方が安全かつ有利だ。だが、危険が差し迫っている時は個人技術の差が露呈して警察に軍配が上がる。眞理子のように、ケースバイケースで協力しあえばいい、というのは少数派であった。


 しかし、さすがに眞理子を目標としていただけあって、光次郎の身体能力は飛び抜けて高い。長時間の緊張状態にも関わらず、ロープさえ付け替えると南の横までスルスルと自力で下りて行く。

「遠藤を助けてくれて感謝する。この状態で背負い続けるのはきつかっただろ? 俺が代わるよ」

「いえ。吉田さんのほうが、私の倍以上ここに待機されているはずです」

「いや……悪いが、これ以上あんたの世話にはなりたくないんだ。俺の部下だ、俺が背負う」

 光次郎は真っ直ぐに南の目を見て言い返した。

 意地を張っているのは百も承知である。気力も体力も限界に近い。だが、光次郎にも男のプライドがあった。加えて、レスキューとしての意地を失くせば、この仕事は続けてはいけない。

 南にもそれが伝わったようだ。

「判りました」

 短く答えて遠藤隊員を光次郎に任せる。


「眞理子が隊長だって? ったく……総長って呼ばれてたガキの頃と変わってねえな。信じらんねぇ女だ」

 光次郎は吐き捨てるように言う。

 彼女自身が名乗った訳ではないが、県内の高校生の間で『F高の沖』と言えば知らない人間はおらず、いつしか〝総長〟と呼ばれるようになっていた。

 南は軽く苦笑し、

「昨夜聞かれましたよね? 隊長はどういう人か、と。ひと言では言い難いのですが……隊長は富士にとっても、私にとっても……かけがえのない人です。代わりのいない人なんです」

 その言葉に、光次郎は思い出していた。


 ――他の誰でもない。今の私にとって、なくてはならない人なんだ。


 南のことを眞理子はそう答えた。

「堪んねえな……クソッ」

 この数時間で南がどれほど優秀か、光次郎にもよく判っていた。

 子供二人をあっという間に救助した技術もさることながら、遠藤隊員の命があるのは南のおかげと言えよう。言葉は短く的確で決して感情的にならない。南はレスキューとして理想的な性格だった。

 それに比べて今日の光次郎は最悪だ。南に対するライバル心が先に立ち、言動に無駄が出ていた。口が悪いのはともかく、普段はもう少し冷静なのだ。

 ……というのは言い訳に過ぎなかった。

 


 一方、南にしても光次郎と大差なく、胸の内で葛藤していた。

 自分を信じて欲しいなどと大きな口を叩いておきながら……この様である。

 安全第一にと思うあまり、決断が遅れて躊躇した挙げ句、全てが後手後手に廻っている。富士で出動する時はもう少しマシだと思いたい。だが、これで眞理子の信頼を得て男性としても認めて欲しいなど、まさしく愚の骨頂だろう。

「どうして、僕はこうなんだ……」

 眞理子は光次郎のことを信頼している。そして彼は南とは違い、即断即決の出来る男だ。それだけじゃない、二十年以上に及ぶ長い時間を掛けて培われた関係に、太刀打ち出来そうもなく……。



 二人の男は互いに顔を逸らし、同時に深いため息を吐くのであった。




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